六章一節 空いた席と新たな団長
騎士団に大きな爪痕を残した大規模作戦から、およそ2ヶ月が過ぎた頃。
邪馬国からの視察団を名乗る者達が、黒焔騎士団に来ていた。
「2ヶ月と言う時間は、とても長いようであっという間でしたね」
「そうですね。……私達もそれなりに準備や片付けが終わって、ようやく一段落付けたばかりですけどね」
邪馬国の視察団の代表の女性と他愛ない話をしているのは、現代黒焔騎士団の代表を勤める『天城未来』であった。
コーヒーの熱で冷めた両手を温めながら、2人は時折笑顔で笑い合っている。
視察団の者達が、本部内を隅々まで確認しては本部上層に建てられた橘総合病院の中にまで立ち入り、視察する。
資料用として、写真や通り過ぎる騎士団団員や施設利用者に質問などを細かく行う。
そのような視察が始まったのは、大規模作戦が終了し鴉の改竄魔法や封印魔法によって閉じ込められていた人や都市が元に戻った後の出来事だあった。
「端的に申し上げます。2年前に起きた『黒竜帝の暴走』も、都市や全人口の9割の記憶が改竄されたのは、すべて同一犯によるテロ行為と……。間違いありませんか?」
様々な報道陣が、黒焔騎士団の象徴と呼ぶにふさわしい漆黒のローブを羽織った未来を取り囲むように質疑応答が繰り返される。
質問の内容は様々であり、その全てを未来が答えれる範囲で答える。
「今回の大規模作戦、犠牲者が多く出たと言われてます。その数は想定の範囲だったのでしょうか?」
「なぜ、もっと早くに対処しなかったのですか?対処が遅れていなければ、周囲への被害を押さえられたのではないのですか?」
「亡くなられた騎士団関係者への遺族にどうご説明なさるおつもりですか?」
「皇帝と呼ばれた騎士が2人も所属し、戦力も申し分無かったにも関わらず。多くの犠牲を招いた作戦はホントに正しかったと言えるのでしょうか?」
返答に困る様々な質問に、質疑応答を終えた未来が休憩所で項垂れていた。
「よく…報道陣のクソ野郎共のペラペラな質問に、嫌な顔しなずに答えれますね。姉さんは」
「共子はもう少し……言葉を考えてよ。」
同じローブを羽織った未来と共子は、暖かい飲み物を片手に一息付く。
「でも、姉さん。よく最後の質問で――怒らなかったよね。ウチがあの場に居たら…きっと殺してた……」
共子の暗い瞳が、先程終えたばかりの質疑応答を思い返させる。
質疑応答を終え、未来やその護衛が部屋から退出する際に、一人の男性記者の質問にその場の空気は一転した。
「今回の大規模作戦では、表だって騎士を率いていたのは、黒竜帝の筈。なぜ、質疑応答に参加しないのでしょーか?まさか……殉職しました?」
記者達のどよめきが聞こえ、未来が唇を噛み締め最適な答えを探しだす。
「どうやら、私が独自で入手した情報通りだな。貴重な情報ありがとうございます!そうだな……1面はこれで行くか『無能な皇帝落命』っと」
部屋を早々に退出した男性記者に続いて、男の質問に対して他報道陣は何も発言しなず早々に部屋を出て行く。
まるで、逃げるかのように退出しだす報道陣を共子は横目に、暗い表情の未来を抱き締める。
「姉さん……。団長なら、きっと生きてます。封印から解放される寸前まで近くに居たウチが保証します」
優しく包み込んでくれた共子の暖かさに、未来は速くなる鼓動を抑える。
質疑応答での、未来の対応は間違いではなかった。
しかし、退出間際の男性記者からの問いに直ぐに反応しなかったのは、誤りであった。
翌日の報道や新聞では、皇帝の力で不足や空いた皇帝の一席で話は持ちきりであった。
そして、そこへ追い討ちとばかりに黒焔騎士団にさらなる問題が連盟と議会の上層部から、舞い込んできた。
『――難攻不落の黒竜帝並びに、縦横無尽の雷帝。以下の者達を除籍処分とする』
未来が上層部の者と思われる黒服の男女が提示してきた一枚の紙を手に持ったまま崩れ落ちる。
記憶を取り戻し、大切な存在を取り戻した黒が次に失ったのは――皇帝の席であった。
碧や茜を含めた大勢の者達が、目の前の上層部の者に反論しようとするのを、未来と暁が止める。
「……報告の為だけに、ここまで足を運んで頂き感謝致します…。雷帝と黒竜帝に変わってお礼と謝罪を…」
深々と頭を下ろした暁と未来を見て、上層部の者達はその場を後にする。
「何で、何も言い返さないんですか?……黒が居たからこそ、俺達は勝てた。黒から帝位を取るって、責任を取れって意味なのか?」
ロークが暁の胸ぐらを掴み、揺さぶる。
何も答えない暁に、我慢の限界を迎えたロークが拳を振り上げるが、隣に居た綾見がロークを殴り飛ばす。
一同が困惑する中で、ある者達が全員の疑問に答えた。
「皇帝と言う立場の者達には、大きく分けて2つの規則が存在する。まず、1つ目は――如何なる戦力よりも戦力であれ。これを簡単に説明すると、最強に近い力を持ってるから、危機的状況を打開する力であってねって事だね。そして、2つ目――魔の頂きに踏み込むな。これが一番大事な規則かな…。皇帝って言う立場は、純粋に力を持ってるって事だから、十五解禁に到達したら……とてつもない力を一人で持ち得るって事になる。暴走の危険と隣り合わせな騎士の力を頼ることは出来ない。それが、皇帝に定められた絶対の規則」
人差し指を可愛く揺らしながら、赤と白の大きなマントと腰に下げて物凄く雑な扱いを受けている王冠と小柄な身長が特徴的な女の子が笑顔で、黒焔騎士団本部のエントランスに立っていた。
全くの気配すらなく、始めからそこにいたのではと錯覚させるほどの気配遮断。
スキップしながら、キラキラと光を反射させる王冠を揺らしながら、彼女は未来に抱き付き自身の頬と未来の頬を擦り合わせる。
顔を真っ赤にして、嫌がる未来に対して彼女はおっさんのように欲情した目と手付きで未来の全身を触る。
「こー……らッ!未来ちゃんが嫌がってんでしょ。女の子同士だからって、セクハラで殺されるよ?」
「ったーい…。皇帝の一人を殴るなんて、重罪中の重罪だよ!?死刑ものだッ!貼り付けに処す!」
小柄な女性の額を小突いたのは、燃え盛る炎を模した着物に瞳も髪も真っ赤に染めた女性が未来から小柄な女性を引き剥がす。
「あんたのその、未来ちゃん好きはどうにかなんないの? ……アレか、橘くんが未来ちゃんに取られたから? 橘くんの匂いが身体中に付いた未来ちゃんで欲求を満たそう……とか?」
大勢の前で、本心を突かれ為か一瞬で顔を赤く染めた小柄な女性が慌てふためきながら、弁明しようと必死に頭を回す。
「ふふ……。メリアナも黒ちゃんが好きなんだよね」
未来がメリアナと呼ばれた小柄な身体を優しく抱き締める。
「反則だよ…あーあー。未来ちゃんが相手じゃ、橘くんは奪えないよ……」
未来から離れたらメリアナが赤い着物姿の女性の隣に立ち、腰に下げていた王冠を頭に乗せ、どや顔で周囲を見渡す。
黒焔団員達が、息を飲み空気の変わったエントランス内で、沈黙が続く。
「自己紹介がまだだったね。私の名前は『メリアナ・サー・ペンドラゴン』円卓騎士の団長であり、皇帝序列の栄光ある序列1位――【戮力協心の騎士王】だ!」
満面の笑顔で胸を張るメリアナを退かすように、隣の女性がメリアナの一歩前と出る。
「えー…同じく皇帝の序列2位の【国土無双の紅竜帝】赭渕 陽葵だ。私が率いる騎士団は……ほとんど表に出てないから知らないと思うけど『紅の騎竜』って名前なんだ。よろしく」
赭渕が手を差し出し、正面で目があった茜が手を差し出すと団員全員の手が軽く叩かれる。
「握手とは言えないけど、ハイタッチは出来たね」
瞬間移動にも似た動きによって、この場にいる全員とハイタッチを交わした赭渕の速さに、未来を含めて全員が言葉を失う。
「さて、自己紹介も済んだし……。本題に入ろうか」
これから本題と分かると、赭渕の目付きが鋭くなり未来を静かに見つめる。
メリアナが溜め息を溢し、未来に3人で話せる場所が欲しいと頼み、未来と皇帝2人の会談が始まる。
「まずは、今回の大規模作戦は……本当にありがとう。本来なら、私達も軍を率いて戦うべきだったと思う。でも、私達か封印されている間に円卓は機能を失い。次元を越える手段がない私達は見てることしか出来なかった…」
「メリアナの言う通り、今回の作戦は私達の不在からあれだけの犠牲が出た。そして、やむを得ず富士宮が十五解禁に手を出した。元を辿れば、富士宮の除籍処分は橘くんを覗く全ての皇帝にある。……シエラちゃんも記憶が戻ってから相当ショックだったらしくて……いまだに部屋から出てきてないって言うしね」
メリアナと赭渕の感謝と謝罪を受けて、未来が慌てる中で2人は笑みを浮かべる。
そして、赭渕のある質問に言葉を詰まらせながら橘支部の最下層へと3人は静かに向かう。
様々な魔法で封印された頑丈な扉を数ヶ所通り、ミシェーレと大輝の2人がドライバを持った完全武装状態で警護する頑丈な大扉を開ける。
医療器具や全身に生命維持装置を取り付け、ラックと笹草の2人がベッドの両サイドで待機している。
そこには、皇帝の1人として黒焔の四天を率いていた、富士宮翔の姿があった。
作戦で受けた数多くの傷は、幾度の回復魔法によって完全に治癒されてはいるが、静かに呼吸を続けているが、既に以前のような力強さを感じない身体に赭渕は目を反らす。
メリアナが翔の右腕を優しく握り、翔の隣で涙を見せる。
「思えば……。皇帝と言う制度が消えかけてて、人工的に造られた皇帝だった私に、初めて手を差しのべてくれたのは……翔くんと陽葵ちゃんだったね。橘くんが皇帝に選ばれてから、翔くんに続いて陽葵ちゃんって、どんどん増えていって……。今では、12だよ」
メリアナが反応が無い翔の手を握り続け、涙を堪える赭渕に振り替える。
「赭渕陽葵って言う女の子を…置いて勝手に死なないでよ?陽葵ちゃんだって橘くんに負けず劣らず泣き虫何だから」
「メリアナ…ぐすっ……一言余計…すっ」
赭渕が涙を拭い、翔の頬に触れる。
「……目立ちたがりで、後先考えず突っ走って……残された私の身になってよ。皇帝になっても、その性格は治らないし。私やメリアナが2人の後片付けばっかり……。でも、そんな優しくて誰かの為に戦える翔に私は惹かれたんだよ…。だから、生きてよ……私にこの想い伝えさせてよ」
だが、2人が呼び掛けても、翔は呼吸をし心臓を動かすだけのまるで魂の籠っていない人間であった。
脈拍も身体への異常は見当たらないがラックと笹草の話では、十五解禁が解かれた途端に、翔の身体は魔力が一切無くなったとの話であった。
過去に、黒が魔力が使えなくなったような現象や魔力が枯渇したなどの実例とは全く異なる。
――魔力を司る魔物そのものの反応が消えた……とラックと笹草は考えた。
そもそも、解禁とは魔物と宿主とを繋ぐ魔力パスの制限機能が本来の役割。
すべての制限を取り払い、魔物の純粋な100%の魔力を受けた宿主は、2年前の黒同様に暴走し、魔物と成り果てる。
しかし、現在の翔は、暴走の兆候所か自身の意思で十五解禁を解放し、暴走をしなずに蜘蛛と対峙した。
もしも、本来の十五解禁と言うものが――宿主の身体に負荷が計り知れない程掛かり、1回限りであれば、笹草とラックはそれ以上は口にしなかった。
「メリアナさんも、赭渕さんも…諦めるには、まだ早すぎます」
未来がラックの隣へと立ち、眠り続ける翔の心音を触って確かめる。
自分の魔力を翔へと送り、翔の微かな魔力反応を確認できるまで、自分の魔力を送り続ける。
幾度となく続いた未来の無意味と思えるほどの確証すらない行動に、赭渕は自然と翔へと魔力を注いだ。
翔の魔力は一切反応しなず、2時間が経過し未来の魔力が底を付き始める。
「未来ちゃん……止めなよ。ただでさえ、魔力の少ない人族の未来ちゃんが無理をしたら、今度は未来ちゃんが死んじゃうよ」
「――メリアナ! 翔ちゃんはまだ死んでない。息をしてる、鼓動を感じる、身体だって暖かい。十五解禁の反動で翔ちゃんが死ぬわけ無いッ!黒ちゃんだって生きてたんだから!」
その時、未来を含めたラックと笹草が同じ考えに辿り着く。
「橘様は、十五解禁を解放後も…生きていました」
「ううん。黒ちゃんは生きてたんじゃない、私の空庭で仮死状態のままだったよ」
「てことは、翔くんのこの状態は仮死状態――橘くんが意識を戻した要因は?」
笹草と未来が考えながら、ラックの問いで未来は思い当たる節を思い出す。
「空庭で生まれた――虹の林檎」
「虹の林檎?」
「何なのそれ……」
未来の溢した言葉に反応したラックと赭渕、未来が予想としてではあるが、林檎の正体を口にしようとする。
だが、突如として開かれた扉の音に全員が驚き振り替える。
目の前に現れた女性は、碧と瓜二つな顔立ちに黒曜石のような艶やかな髪をした女性が、どや顔で翔を指差す。
「翔くんは生きてるよー!……但し、少しずつ死に近付いてるけどね」
女性が軽快なステップで、翔の眠るベッドに腰を下ろし一息付く。
なぜか、数歩だけのステップで息を切らし、頬や首に汗を滲ませている。
すると、扉の隙間から数人の足音と共に扉が再度開かれる。
「空……あまり外を出歩くな。三千年もの間、指先一つ動かさず黒曜石に閉じ籠っていたんだからな」
「それは、そうだけど……。三千年後の世界で復活してすぐにピンチだよ? ほっとけないよ…竜玄くん」
そこには、息を切らした竜玄とその娘である碧と茜が父親の背中から顔を覗かせる。
「これは……未来姉さん。何で、富士宮さんが隔離棟に隔離されてるんですか?」
「未来姉…隔離棟で厳重隔離の話って……翔さんなの?」
翔の現容態は、ラックや笹草を含めて数える程度しか把握しておらず。
団員全員には『翔は大ケガを治療するた、笹草の持つ特殊な医療施設へと移送した』それだけしか、情報は無く。
茜が教授と言う名を利用して、掛け持ちで請け負っている研究室の一部である隔離棟へは、未来が『厳重隔離を必要な研究対象がいるから、貸して欲しい』とだけ言われているだけであった。
しかし、目の前で横になる翔を一目見れば、誰の目にも明らかである。
翔の容態は治る所か、隔離が必要な状態であると――
「十五解禁の影響か……」
口を開いた竜玄が頬を掻きながら、翔の隣へと向かう。
「流石は、皇帝クラスの息子を持つ父親だね。一瞬で原因を突き止めるなんて、流石だね!」
場の空気を読まずに、笑顔を振り撒く空と呼ばれた女性の頭を殴る竜玄。
「竜玄くん!?初代様を殴るなんて、君は年長者を労らないの!?」
「そんな事より、初代なら分かるんだろ?黒と同じ様に、十五解禁で眠った富士宮を起こす方法」
空がむっと頬を膨らませ、翔の身体に魔力を送る。
「簡単に説明すると、黒くんも翔くんも……ただ全身の魔力を魔物に明け渡しただけだよ。確か、黒くんも2年前に同じ事が起きたよね?」
「黒が2年前の戦いで死んだってのは、今の翔の現象を見れば嘘だって分かる。未来ちゃんが、帝都での鴉との戦いで記憶改竄から逃れ、黒の肉体と共に空庭へと逃げた。その後暁と共に俺の所に来た時には黒は仮死状態だった。それを、未来ちゃんには死んだことにして…十五解禁の影響だと悟らせないようにしたんだよ」
竜玄と空の説明に、未来と橘姉妹は不機嫌な顔をする。
「未来ちゃんには悪い思ったが、十五解禁の情報は1つ残らず漏らしちゃ行けないルールなんだよ。だから仮死ってことにして、未来ちゃんの魔法で人形に黒の精神を移して、黒が生きてる事にした」
近くの椅子に座り、一息突いた竜玄が碧の顔を見る。
「黒があのまま死んだって事にしたら、鴉達が直ぐに動いた可能性があったから……黒には記憶を改竄されたまま生きてて貰った。暁はそれを知った上で、黒と鴉が戦うまでの時間を稼いで貰ったんだ。これが、今回の作戦まで暁が反逆者って名前で黒と争った経緯だよ」
いきなりとてつもない情報を叩き込まれた茜が目を回す。
「あれ?でも、敵の凄い次元魔法で未来姉は……次元の彼方に落ちたんでしょ、それを暁さんが助けたって話だったよね?何で嘘を付いたの?」
茜が首を傾げて、竜玄に訪ねると竜玄は口を押さえて本当の事を話すか話さないべきかを考えた。
「――裏切り者が居たんだよ。この騎士団に入ってから鴉に情報を流してた人が…。だから、暁が記憶を改竄されたフリをして鴉の言いなりだった頃に黒ちゃんの所に先回りりして戦いが頻繁に起こったの」
未来が拳を握り、言葉を詰まらせながらも話を続ける。
――始めは、ただの団員に変装し騎士団内部の密偵として、動き。
反逆者側では、高位な位置に立ち暁に悟られないように黒達騎士団の情報を鴉に根回し、暁達に黒との同士討ちを行わせる。
しかし、鴉は暁の記憶が戻っていることに気が付かず、探していた未来との接触した密偵の働きに大変感謝したそうだ。
しかし、それこそが暁の罠であった。
記憶が戻ることを前提に、鴉は暁を泳がし未来の居場所を見付ける。
そして、記憶が完全に戻った暁達が騎士団団員達と黒の目の前で未来の存在を空庭にいると見せ付ける。
この行為こそが、鴉の密偵を炙り出す罠である。
反逆者側であれば、未来は暁の空間内部に潜んでいると分かり、騎士団内部であれば、空庭に潜んでいると分かる。
そして、案の定鴉は大規模作戦の際に未来の居場所を見付けたのは、暁の空間内部だと知っていた。
そして、未来が空庭からその者の記憶改竄を解いて貰った者の証言や密偵と実際に戦った者の情報で既に目星は付いていた。
「――んで、旦那からの命令は来てねーか?」
「澤本…もっと気を引き締めろ。大規模作戦で我々に下されたのは、邪魔な戦神と雷帝を引き離す事だった。単なる時間稼ぎに他ならない」
「分かってるって…。でも、俺達の働きも虚しく…戦乙女を取り逃がし、俺達の敗北でこのゲームは終わりだろ?なんなら、チェスの駒みたく敵を何も考えず突っ走って倒したかったなー」
薄暗い地下通路を進む2人の前に、件の人影がみえる。
「お!……じゃ、早速。旦那達の尻拭い程度に、戦乙女拉致ってボコボコの俺達3人の玩具にしようぜ」
「ふん…。勝手に動いた我々だ、蠍様の大目玉は必然だな」
溜め息を溢すレックスに対して、余裕を見せる澤本が鼻歌混じりに軽快なステップを刻む。
「情報は既に渡したな?情報を読み違えた私のミスによって、戦乙女の首を鴉様にお渡しできなかった。こちらも、汚名も注ぐ絶好の機会だ。助けは惜しまないぞ」
暗がりでさえも、フードを深く被り顔を隠した黒焔の内通者に、澤本とレックスは自然と笑みが浮かぶ。
信じた仲間の中に、内通者が居たと分かれば疑心暗鬼所のさわぎではない。
確実に、戦乙女の背中を捕らえ首筋に刃が通る今がチャンス――
「――そう言う事を考えてんだから、鴉も詰めが甘く。部下はより一層詰めが甘く、腹が痛いレベルで無能何だよ」
突如、自分達の背後から見知った声音が聞こえ、振り向いた澤本と内通者。
目の前に広がった、あまりにも驚愕な事実に動きを止める。
目にも止まらぬ速さで繰り出された蹴りによって、地下通路の壁や天井や地下水路。
その全てに全身を打ち付けながら、地下通路を跳ね回って絶命したレックス。
赤い軌跡を描いて足を下ろし、澤本と内通者の目の前に立つ男がポケットに手を入れる。
かけていたのはトレードマークの丸眼鏡でも、サングラスでもない。
その2つのどちらも着けず、鋭いな眼光が薄暗い地下通路で不気味に輝く。
「さーて、天童宗近お兄さんの特別課外授業のお時間だ。ハートと翔が取り逃がした雑魚を、人知れず片付けるのは俺の役目だからな。――覚悟は出来てるか?出来てなくても、直ぐにさせてやるよ」
一人距離を取った澤本が、懐から取り出した拳銃のセーフティを外す。
しかし、そんな澤本の動きを遥かに凌駕する天童宗近と言う男の蹴りが、澤本の右肩を粉砕する。
力無く倒れた右肩を捨て、落ちた拳銃を左腕で発砲する。
4発の銃弾が、澤本の視界から消え自分の額に跳ね返ってきた銃弾が、頭を吹き飛ばす。
壁や天井を赤く染め、天童は鋭い眼光で背後から襲い掛かる内通者を睨む。
「知ってんだろ?俺が、どういう奴で……元々何者だったか――」
内通者が懐から取り出した小型カプセルを地面に投げ付けるよりも先に、天童の右腕が内通者の両足を削ぎ落とす。
鮮血と転がった両足を見て、天童は舌打ちする。
「んだよ…。鴉と蜘蛛と来たら、今度は蛇か?その仮面が名前を表してんだったら、名乗らなくていいぜ」
右腕にこびりついた肉片と血を払い、天童は向かい合った長身の仮面の出方を伺う。
「ごめんなさいねー。今回は、この子の命を助けに来ただけよ。こっちは可愛い部下を二人も殺られて、私の相手があなた一人だと…釣り合わないのよ」
大蛇が異形の組織で即興で造り出した義足を、内通者の両足に移植する。
「さて……帰るわよ。姉さんには私からも独断で動いちゃってごめんなさいって謝るわ」
内通者がフードを下ろし、その顔を天童晒す。
「鴉との戦いで、あんたは本気だったのか?」
「俺が本気をだせるのは、黒が許した時だけだ。そんな情報が欲しいなら、鴉共に言っとけ。…次は、殺すってな。――ノラ」
大蛇の開いた空間が閉まるその時まで、天童とノラは互いを睨み合う。
「どうだった…?少しは相手の戦力は削げた?」
天童の背後からゆっくりと近付いた暁とハートが、手に持っていた神器を鞘に収める。
「レックスと澤本って奴らは、その辺に転がってるだろ?内通者……ノラは両足を削ぎ落とした」
傍らに転がってる両足を顎で示した天童に、ハートと暁は冷や汗を掻いた。
内通者がノラだった件に、3人はやりきれない思いを胸に押し殺す。
大切な仲間が、裏切り者となっていた事実をどう説明すれば良いのか、暁は溜め息を溢す。
反逆者として活動していた時からだとすれば、ノラと人一倍仲が良かったフローネに何て言おう。
そんな事ばかり考える暁に、天童は背中を力強く叩く。
「これからだろ?先ずは、黒が居なくなったこの団をいつまでも未来様に任せておいたら、それこそ……黒に顔向け出来ねー」
「なら、することは決まってるだろ?暁が――団長に立て…」
ハートと天童の2人が同時に暁の方へと振り返る。




