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難攻不落の黒竜帝  作者: 遊木昌
五章 虚ろな夕闇の摩天楼
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五章最終節 震わせるは、勝利の太鼓


 雷鳴轟く中で、空に目映い軌跡を残し空を翔る様は、まさに――縦横無尽。

 蜘蛛が翔の放った大技、雷帝魔法を直撃しほぼ意識の存在しないにも関わらず、その身体は依然として肉体と言う原型を少しばかり留めている。

 畳み掛けるように稲妻が蜘蛛の全身を激しく打ち付け、逃げようと攻撃を防ごうともしなず。

 一方的に翔に殴られ続ける様は、異様であった。


 ピンチを迎えては逆転し、また迎えては逆転する。

 まるで、何かの成長プログラムのように騎士側の成長を促しているように、感じられる今回の戦いに、鴉は要塞上空から蜘蛛と翔を見下ろす。


 「そう言うこと……。姉さんの考えることが読めたよ」

 鴉は一人、雷雲で完全に隠れてしまった夕日を見詰める。

 「僕が、黒竜帝の魔力を吸収し呑まれた時に、毒で僕を拘束しつつ魔力を無効化したのも……。全部――()()()()()()()()()()選びでしょ?」

 そう呟いた鴉の耳元で、女の可愛らしい笑い声が聞こえてくる。

 子供一人が通れるほどのサイズに開かれた空間から、先程の女性が現れる。

 「ホント……。私の弟は、頭の回転が速くて助かる。そうよ、今回のゲームに手出ししたのは、私のゲームを楽しませる役者である皇帝を消させないためよ……蜘蛛と大蛇を無理矢理衝突させて、雷帝の解禁を黒竜帝と近い領域まで上げたのも、私のゲームの為なの」

 くるくると鴉の周りを周り始める彼女の言動に、鴉はため息を溢す。

 鴉の仕掛けた三千年前のゲームも、2年前と今回のゲームは全て、姉である。

 ――(スコーピオン)のゲームを盛り上げるための、布石に過ぎないと言う事であった。

 「じゃ……僕と蜘蛛も姉さんのゲームには、参加して良いよね?傍観者じゃなくて、参加者として…」

 「もちろんよ…。その為には、大蛇と蜘蛛にはバレてはいけないわよ?すぐにバレて……騎士達が強くなろうと努力しなくなるから」

 「分かってるよ。なら、今度からは姉さんの指示で動くよ。それで、コレはどうするの?」

 鴉が下の戦場を指差し、蠍が微笑む。

 「今回の目玉は、雷帝の限界突破と戦乙女の能力を深く知る事ね……。多分だけど、あなたが恐れるべきは皇帝やその他の騎士よりも彼女の能力の方かもしれないわよ」

 蜘蛛が要塞に向けて投げ飛ばされ、大量の吐血とボロボロになった手足を瞬く間に再生させ立ち上がる。


 「おぉ……こんなところに居たのか…悪いが手出し無用だぞ?コイツは俺の獲物だ。横取りすんなよ…?」

 フラフラと立ち上がった蜘蛛は再度翔へと大鎌を振る。

 「僕が次元に閉じ込めた騎士達はどうするの?戻す?」

 「今戻すと、私達が刈られちゃう。次は大蛇にやられるから、その時に戻せば良いわ。それより、まずはどうやって戦乙女に本気を出させるかよ……」

 鴉はため息を溢し、蠍の悩みの種である戦乙女(ヴァルキリア)の本気をどう出させるかで悩んでいた。

 その理由は至極シンプルであった。


 ――そもそも、人前で()()()使()()()()


 その為か、能力の情報が少なく分かっているのは大規模な魔力結界などの防御や支援といった大掛かりな魔法を単身で発動し得る能力だけ、禁忌指定の魔法である【幻と唄う空庭(ガーデン・ルキナ)】と言う魂や魔力を閉じ込める特殊な空間を創造する能力のみであった。

 しかし、特出すべき点が存在していた。

 人族にも関わらず翔の様に神器を用いて魔力を回復し続ける事を行わずに、大規模な結界。

 2年と言う長い間、常に禁忌魔法を発動し続けた事など、異例な報告が多々上げられる。

 鴉はそんな事を踏まえて、蠍が最も警戒しているであろう人物――天城 未来(てんじょう みらい)を睨む。

 神器の能力も魔物の能力も未知数であり、そもそも戦いに率先しして参加しない彼女は、常に後衛としての役回りでここ数年黒の隣に居続けた。

 十二単将と枠組みされた12人の強大な騎士を護衛とし、騎士団でもかなりの地位に付いていた。

 「少し、試したい事がある」

 「それって、どんなの?」

 首を傾げる蠍を横目に、たんたんと話を始める。


 「――まず、2年前に黒焔と戦ったときの出来事だ。皇帝や多くの騎士団をその土地諸とも次元に封印した時に、彼女は大勢の仲間に守られながら回復などの補助を行っていた。黒竜帝と雷帝を次元に封印しても、なぜか……次元を裂いて戻ってきた。他の皇帝よりも序列が比較的低い雷帝までもが……」

 顎に手を当てて、話す鴉に蠍は興味津々に話に耳を傾ける。

 「そこで、仲間割れを起こすために、厄介な者同士で争わせた。でも、一命を取り留めた戦乙女が怒りよって暴走した黒竜帝に良い放ったんだ―――『止めて』と」

 頭をかきむしった鴉がその時に、感じた恐怖と黒竜帝に与えられた完治している筈の傷を触る。

 ズキズキと有り得ないはずの痛みが鴉を襲い、隣の蠍が弟の頭を優しく抱き締める。


 「辛いなら……良いわ。ゆっくり休んで」

 「大丈夫だよ、姉さん。その直後だった……黒竜帝の標的が暁や周囲の有象無象ではなく。――僕に向けられた。戦乙女の魔物が持つ能力は……まるで自身で手綱を引いて、他人を自分の意のままに操る能力かもしれない」

 鴉が歯軋りし、蠍の腕から逃れると、蜘蛛の元へと飛び降りる。

 その後ろ姿を見詰めている蠍が、蜘蛛と鴉の愛すべき2人の弟達へ自身の魔力を少しばかり送る。

 「2人とも、頑張ってね――」

 その一言を残し、蠍は要塞に散らばっている崩れた瓦礫を魔力で形を変形させ、物質を全く違う物へと変化させる。

 まるで、()()()()()()()――。

 ふかふかの生地のソファーに寝そべった蠍が、蜘蛛と鴉へと手を振る。


 地面へと着地を華麗に決めた鴉が、激しく互いを殴り合う蜘蛛と翔の2人を横目に敵意を剥き出しにした騎士を睨む。

 「邪魔なカス共だ――」

 叢雲を鞘から抜き去り、並み居る騎士達を切り裂く。

 魔法や銀弾さえも、切り裂きただ一転目掛けて突き進む。

 「天城未来は、ここで殺さないと……後々面倒な事になる」

 アルフレッタやハート達が立ち上がり、鴉の前に立ちはだかるが鴉の万全な状態とは裏腹に彼らは既に満身創痍。

 笹草やステラ達の回復のお陰とは言え、それでも鴉の足元には及ばない。

 鴉の素早さの前に、成す術なく未来の前に鴉を通してしまう。



 「奴を止めろ――ッ!」

 ハートが戦神を顕現させ、手を伸ばすが鴉に触れず虚空を掴み、未来へと振り下ろされた叢雲が未来の首を捕らえる。

 空間魔法が未来の足下に現れ、鴉の振るった叢雲が空振り一瞬の間を開けてマギジの放った蹴りが鴉その場から退かせる。


 「ッ……!く――ッ!」

 マギジの腹部に巻かれていた包帯が閉じ掛けていた傷が開き、包帯を赤く染める。

 その場で膝を付いたマギジに、空間魔法から飛び出た未来がマギジの前に立つ。

 「逃げてよ…。未来様が死んだら……私達の苦労が水の泡になる!」

 「だからと言って……仲間を見捨てて良い理由にならない!黒ちゃんだって、そうする!」

 未来がマギジから取り上げた拳銃で、鴉へと発砲する。

 叢雲で銀弾を切り落とし、徐々に距離を縮める鴉が背後から現れたアルフレッタ達を寄せ付けないように強力な結界を張る。

 手負いのマギジと魔力が少ない未来の前に、軽くジャンプをし余裕の笑みを浮かべる鴉。

 鴉が未来への間合いを詰め、その首を両断する。

 未来は咄嗟に拳銃で叢雲を防ぎ、バラバラに破壊された拳銃の部品を鴉に投げつける。

 手で部品を防ぎ、その間に距離を離した未来の動きを見て核心する。

 「天城……魔法はホントに使えないみたいだな。隠し玉や最後の悪足掻きに使う訳でもなく。ただ単に魔力が切れている……これで、この無意味なゲームも終わりだ」

 叢雲振り上げようとする動きよりも先に、姉である蠍の言葉が鴉の動きを停止させる。


 ―――夜が()()()


 遠すぎる為か重要な所は聞き取れなかったが、鴉の振り上げた叢雲がその場からピクリとも動かない事に、鴉は冷や汗を掻く。



 「そうだった……。黒焔には、雷帝や戦乙女。万全な状態の戦神を警戒するばかりで、忘れてたよ。―――()()()()()()()()だったね」

 音速を越えた蹴りが鴉の脇腹を折り砕き、隆起した地盤を意図も容易く粉々にする。

 全身から漲る凄まじい魔力と、漂う血液が真っ赤な満月を背にした男の本性を晒す。


 「求めよ――【血濡れの吸血鬼(ヴァンパイア)】」


 暁の耳が伸び、深紅に染まった髪と瞳が暁の変化を象徴させる。

 鋭利な爪とまるで、吸血鬼と思わせる伸びた犬歯が夜空に煌めく。

 最後の仮面が砕け、立ち上がった鴉が叢雲を構える。

 地面から飛び出す数え切れないほどの杭が、鴉を狙い続ける。

 「でも、その大技は――今の君では身体が持たない」

 暁が吐血し、全身から魔力のほとんどが消えると、暁の顔を蹴り飛ばした鴉が叢雲で暁の身体を切り刻む。

 腹部を押さえたまま、涙を流したマギジが暁の元へと向かい落ちていたドライバを鴉に向ける。

 鴉が邪魔だと言わんばかりに、マギジのドライバを弾き首を掴み上げる。

 「君は、魔力操作が上手く機転が直ぐに利く。だから、殺さずに生かしたのに……愛する人が傷付くと冷静ではいられなくなるようだね」

 叢雲の刃がマギジへと突き立てようとした鴉を見て、立ち尽くしていた未来が頭を真っ白にする。


 ここまで、自分の為だと言って命を掛けた者達が大勢存在した。

 ハートやアルフレッタ達が自分の身を犠牲に未来を守ろうと、未来を救おうとした。

 2年前も鴉が未来の身体を狙った時も、黒や皆が必死になって守ってくれた。


 ―――でも、私は何も出来なかった。


 今も翔がボロボロになりながらも、蜘蛛を単身食い止めている。

 満身創痍であっても、命を掛けて守ろうとする暁が倒れ、私を守るためにマギジが立ち向かった。


 ――でも、()()()()()()()

 ―――守って貰う…()()()()()()()


 ―――皆を助けて……これ以上…皆に()()()()()()()…。


 「もう……止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!」


 未来が喉が張り裂けようと構わず全力で声を上げ、細いく弱い手で勝つ事など不可能な存在に立ち向かう。

 マギジを投げ、鴉が叢雲を未来へと突き出す。



 ―――ドーンッ!



 何処からともなく太鼓の音色が聞こえ、石に躓いた未来が目の前から消えた鴉の姿を探す。

 「……え…?」

 大気を震わせ続ける太鼓の音が、騎士や志願兵達の耳に届く。


 ―――ドーンッドーンッ!


 さらに太鼓の音色が聞こえ、大気を震わせる振動が高まる。


 ―――ドーンッドーンッドーンドーンッ!


 『ハッ!』ドーンッドンッ!

 『セイッヤー』ドーンッドーンッ!

 『セイッハッ!』ドードーンッドドーッドドドドーンッ!


 轟く太鼓の音に交じり笛や琴と言った和楽器の音色も聞こえ、奏でられている音色を聞き入る者達。

 大地を震わせ大気を震わせ続ける太鼓の音によって、全身の細胞と言う細胞が奮い立ち、今まで静まり返っていたのかと思わせるほど心臓の鼓動が高まるのを感じる。

 冷たく冷えきっていた全身に熱く滾った血液が巡り、太鼓の音に合わせて心臓が奮い立つ。


 『セイッヤー』ドーンッドーンッ!

 『ハッ!』ドーンッドンッ!

 『ハッハッイヤイヤ!』ドードーンッドドーッドドドドーンドンッ!

 『ソレソレソレソレ――ッ!』ドードーンッドドーッドドドドーンッ!


 謎の太鼓達が奏でる音に合わせて、騎士達が釣られるように武器を掲げ張り裂けるようが構わず声を張り上げる。

 そして、大粒の涙を流しながら、その場に膝から崩れ落ちた未来が大気を震わせ続ける太鼓に耳を傾け、胸の前で手を強く握る。


 未来から距離を取った鴉が頭を掻きむしりながら呻き声を上げ、そんな弟の異変に気付いた蠍が直ぐ様鴉の元へと駆け寄り、鴉の肩に手を置く。

 その身体は酷く小刻みに震え、蠍は尋常ではない事だと悟る。

 普段から怯えることはなく、黒竜帝に対しても恐怖や嫌悪感は合ったにしろ。

 ここまで全面的に恐怖をさらけ出す姿は、見たことが無い。

 「蜘蛛(スパイダー)ッ!鴉の様子がおかしい!この太鼓だと思うが、一旦引くわよ」

 蠍からの提案に頷いた蜘蛛が、間合いを詰めた翔を地面へと蹴り飛ばし、十五解禁が解除されたことを確認する。

 ラックが血を吐き出した翔を起こし、蜘蛛を睨む。

 「ラックと言ったな。その男の傷が言えたら再選したい、より強くしておく事だな」

 蜘蛛が蠍の元へと跳躍すると、目の前の空間がひび割れている事に気付く。

 気付けば、鴉が逃げ出す騎士や援軍として他の騎士が来ないようにと張った結界が所々にひび割れが見えた。

 「ふざけんなよ……ふざけんなよッ!」

 突如、立ち上がった鴉が側に駆け寄っていた蠍を突飛ばし叢雲を力強く握る。

 「俺の計画を台無しに何て、させるかよ。三千年だぞ…?三千年だぞッ!お前らごとき糞虫の命なんかよりも、この計画は長い年月掛けてんだよッ!」

 鴉が蜘蛛や蠍の手を払い除け、未来へと叢雲を突き指すために距離を詰めようと地を蹴る。



 マギジの膝の上で横になりながら、暁はマギジの頭を優しく撫でる。

 「ありがと…俺のために命を掛けようとしてくれて……」

 「当然だよ…。暁は、誰でもなかった私を命懸けで助けてくれた上にマギジって女の子にしてくれた。暁には返しきれない大きな恩があるから」

 笑顔のマギジが暁の頬を優しく触れる。

 不安だったのか、その顔はどこか泣きたい気持ちを無理矢理抑え込んでいる様にも見えた。

 暁がマギジの頬に触れ、無理に作った笑顔を崩す為に柔らかい摘まむ。

 痛みによって涙が溢れたのか、溜め込んでいた涙が出たのか分からないが、マギジは暁の胸に胸に顔を埋めて泣く。

 誰にも聞こえないように、隣で寄り添ってくれている暁だけに聞こえるように――……。



 未来が鳴り止まぬ太鼓の音が強く聞こえる位置に向けて、1人走る。

 そんな後ろ姿を鴉は逃さず、一瞬で未来の間合いを詰める。

 「お前さえいなければ、お前さえいなければ――ッ!」

 鴉の叢雲が振り下ろされ、未来の背中を斜めに切り裂く。


 ――だが、目の前に突如として現れた数人の男女が、各々の武器を鴉の首筋や全身に向ける。

 肌から感じる殺気は、2年前と何ら変わらない。

 それでいて、怒り憎悪と言った感情も微かに感じられる。


 「ねぇ……。ウチらの姉さんに、何してるん?ぶっ殺されたいの……?」

 短髪で耳に付けられたピアスが特徴的な女性が刀剣型ドライバを向け、騎士団の仲間である未来でさえも、そんな彼女のオーラに寒気を覚えた。

 「……共子(きょうこ)さん、未来様が驚かれている。少しは、放出している魔力の量を調整したらどうだ?」

 メガネを掛けた男が同じく刀剣型ドライバを腰に下げた鞘に納める。

 「ベルガモット…。ウチらが味わった2年間もの屈辱を……あんたは、そう簡単に手放せるの?ウチはあんたとは違う」

 ドライバに込めた魔力が黒の扱う斬撃のように飛び、鴉の左肩を切り裂く。

 瞬間的に八岐大蛇の魔力を解放し、その場から離れる。


 「ちょっとッ……共子!斬撃が私に直撃しそうだったんだけど!」

 少し小柄な女性が、淡い光を放つ刀剣型ドライバを振り払いながら、共子と呼ばれた騎士の攻撃を相殺する。

 「おいおい…。頼むから、こんな所で喧嘩は止めてくれよ?特に――共子と夏菜(なつな)。お前ら2人は毎度毎度……」

 「ちょっと!それ、どいうこと?」

 「まるで、私の共子が常日頃から喧嘩してるみたいな言い草じゃない?」

 オールバックにした髪型の男が、2人の女性に言い寄られ冷や汗を掻く。

 「共子…夏菜……ノルバを困らせないの。それより――鴉が逃げちゃったわよ?」 

 水を指の上で器用に転がしながら、長髪の女性が手に持っていた刀剣型ドライバを振り、逃走を図った鴉の足を切り裂こうと斬撃を飛ばす。

 「んー…おーい、シャルル。(やっこ)さんに命中してねーぞ?」

 「え……うそでしょ?」

 シャルルと呼ばれた女性がため息を溢しながら、刀剣を鞘に戻す。

 「なー、俺が殺って良いか?……てか、この中であの射程に届くの俺しかいねーか」

 男がそう言と、隣で佇んでいた全身機械の機械生命体(オートマター)を小突く。

 「おーい…ラムーナ。――『遠距離用曲射連弩(Bブランド)』用意」

 「訂正を要求する。クルム、私は『ラムーナ』じゃない……『()()()()()』です」

 機械生命体の右肩が外れ、右腕をバラバラに分解しながら巨大な弩の形へと生まれ変わる。

 「クルム。言っとくが……外すことは許可しない」

 「ラムーナ……。それは、外せって解釈で良いのか?悪いけど――外したことねーから」

 自身の刀剣型ドライバを弩にセットし、少し角度を付けて放つ。

 勢い良く放たれたドライバが弧を描く様に、鴉の右肩を貫く。

 だが、着弾地点にはクルムの放ったドライバが突き刺ささっているのみ。

 ドライバによって服や肉片が落ちているのなら分かるが、血痕一つない事にクルムは違和感を感じた。

 「命中しなかった……俺は外したみたいだ」

 顎に手を当て、考え込むクルム。

 「嘘でしょ?」

 「腕落ちた?」

 共子と夏菜の2人が、クルムの肩に手を当てて遠くに突き刺さったドライバを探す。

 「確かに……外してるな。それも、盛大に」

 ノルバが髪を掻きながら、あれほど啖呵を切って余裕を見せていたクルムを励ますように、肩を軽く叩く。


 「あの……皆…」

 地面に座ったままであった未来がゆっくりと立ち上がり、自分の元へと歩み寄る8人が未来の前で膝を突く。

 頭を深々と下げ、異形が完全に消えたため未来の元へと集まっていた大勢の騎士達の前で、彼らは膝を突いた。



 「誰なんだ。あの人達は――」

 「でも、相当強いわよ。あの敵を前に余裕で話をしてたのよ」

 「俺でも分かる……。アイツら今のちょっとした小競り合いでさえも、全く力を出してなかったぞ」

 「ピアス着けた女の魔力…微かに感じたけど、団長並みの魔力だったぞ!?」

 「敵……じゃないよね。もう戦える戦力なんて、私達には無いのに…」

 ざわめく騎士達の前に、マギジの肩を借りてゆっくりと歩みを進める暁が笑みを浮かべる。

 「みんな久し振りだね。僕も翔ちゃんもハートちゃんも、みんなの帰りを待ってたよ」

 明るく笑顔を見せる暁ではあるが、未来やその回りに集まった8人は瞬時に理解した。

 「団長の事ですね……お察しの通りです」

 両目を瞑った一人のおっとりとした女性が、7人の顔をそれぞれ伺う。

 「未来お姉さま……。こちらを、どうか()()()…」

 未来の手に渡された3つの所持品を見て、未来は涙を静かに流した。

 綺麗に折り畳まれた緑色のパーカーと、黒の所有する神器『黒幻』砂埃や血痕がこびりついた黒そっくりの小さなお人形の3つが未来に渡される。

 「団長は、空間魔法よりも遥かに高レベルな魔法【次元魔法】により、敵が造り出した別次元へと飛ばされ。数多の次元を持てる技を全て使い切り裂き、次元を越えました。ですが…私達全員を救うために……ご自身の魔力を引き換えに私達を次元から解き放ちました」

 女性はその場に膝を折り、地面に頭を擦り付けた。

 一部の騎士からはどよめきが生じ、アルフレッタやハート。

 佐奈やアリスが駆け寄って、女性を立たせようとするが女性は4人の手を振り払い涙ながらに謝罪する。


 「――本来であれば、未来お姉さまの身の安全を守るのが……我々の役目。にも関わらず、戦力の必要な時に……我々がお守りするべき時に、お側にお仕えできなかった事を……。我々は一生の不覚と致します」

 8人全員がその場で未来に向けて、頭を下げ一人早くに頭を下げた女性やクルム、シャルル、夏菜、ベルガモット。

 共子やノルバ、ラ・ムーナ達が各々の悔しい表情を浮かべ、依然として未来に頭を上げずに涙を流していた。


 「――大丈夫だよ…。ナドネ」

 未来が目の前で頭を地面に擦り付けていた女性の頭を優しく撫でる。

 ナドネと呼ばれた女性は瞑ったままの両目から涙を流し、未来に謝り続ける。

 『お側にお仕えできず、申し訳ありません』『団長の盾にもなれず申し訳ありません』『お姉さまの苦しい時に、隣で話を聞いてあげれず申し訳ありません』と口を開く度に謝罪をするナドネの態度に、未来の我慢が限界を迎えた。

 ナドネを立たせ、その頬を力強く叩いた未来が持っていた黒幻を地面に突き刺す。

 「……黒焔騎士団の有する師団長ともある者が、何という体たらく…。黒の求めた最強部隊を指揮する指揮官としては不合格です。気を引き締めなさい!――いつまでも、泣き喚くなッ!」

 未来が一瞬だけ纏った魔力が黒と類似していることに、全員が心の中で同じような事を考えた。


 ―――黒焔に2人の皇帝がいるから強いんじゃない、十二単や四天などの特殊な部隊が存在するからじゃない。

 最強の()()()が我々の背中を押すからこそ、心が折れないのだ。

 未来の喝を胸に刻み、8人が未来の前で膝を突く。


 ―――ご命令を、我らが乙女よ――


 8人の言葉が重なり、未来の命令を待つ。


 「結界内の戦える騎士と共に、結界を破ります。敵反応が無いとは言え……完全に撤退したとは思えません。少なからず、妨害などが考えれます――」

 地面に突き刺した黒幻を鞘に収め、8人を背に聳え立つ結界を睨む。

 完全に破壊された訳ではなく、所々にひび割れている結界はその効力を薄めつつあり、外の様子を完全に遮断出来ておらず。

 微かに感じる魔力から、アッシュやその他の奇襲にと配置した騎士の魔力と異形種の魔力も同時に感じられる。


 「未来姉さん…。ここは、俺達にやらしてくれねーか?」

 ノルバがドライバを手に携え、ゆっくりと歩を進める。

 そんなノルバに続くように、ナドネやクルム達が続いて結界へと向かう。

 多くの騎士達が、固唾を飲んで結界へと向かう彼らの背中を見詰める。

 騎士達が心配するのは、ただただ目の前の結界が強力であるがゆえであった。

 十五解禁状態であった翔や暁達の魔力余波を受けても、傷一つ付く事はなく。

 次元を越えた際に聞こえてきた太鼓の音色で、ようやくひび割れた。

 たったの8人の力で、結界を破壊するのは不可能ではと考える者も少なくはない。

 例え、団長並みの魔力を持った8人だとしても――……。




 8人が結界へと近付き、ドライバを構える。

 既に結界外へと逃げた鴉達をここで逃さば、またいつ襲われるか分からない。

 8人の魔力が研ぎ澄まされ、各々の持ちドライバに魔力が巡る。

 ビキビキとひび割れた音を挙げて、ドライバを振り上げるよりも先に、結界が全て弾け飛ぶ。

 そして、朝日が騎士達を優しく包み込み、目映い光を背にした9人の騎士が灰となって朽ち果て倒れる異形の前を通る。


 「うんうん。無事生還!やっぱり、橘くんには感謝しないとね」

 「ホント、そうだね。でも、当の本人は次元の中に引き込もってるけどね?」

 「………」

 「橘様のお陰とは言え……大勢の尊い犠牲が出ました。…私達はあまりにも無力過ぎました」

 「悔いても仕方ない。だから、今ある命を守ることに全力を捧げる」

 「くうー…。悲し過ぎて、涙が止まらねぇ!自分の不甲斐なさが許せねぇ!」

 「うるさ過ぎる……でも、磯部の気持ちは分かるよ。自分達が原因の犠牲だからね」

 「普段フラフラしてる僕でも…流石に頭に来たよ」

 「シエラは操られてたの?――可哀想に、みんなの仇を取ろうよ」

 それぞれ9人の男女が、依然として自分達に敵意を向けて押し寄せる小型や中型異形種を視界に写った途端に滅する。

 全員の魔力がとてつもなく、黒竜帝や雷帝と呼ばれた黒や翔と同じ位に属する者達だと、記憶が戻ってそれほど時間が立っていない者達でも直ぐに分かった。


 ――戻らない方が、可笑しい程である。


 「富士宮様は、魔力が欠乏し……全身に火傷と裂傷。両足と右腕の骨が砕けてますね」

 シスターの装いをした女性がラックに担がれて気を失っている、翔の容態を確認する。

 淡い光が翔を包み込み、徐々に翔が蜘蛛との戦いで負った傷を癒す。

 しかし、そんな彼女でも癒せぬ傷の存在に気付き全神経を翔に注ぐ。

 「翔くんの状態は極めて危険だ。身体の治癒と平行しながら魔力回復は可能?」

 「はい、可能です。……ですが、これは――」

 戸惑うシスターに、ラックはシスターの手を固く握る。

 真剣なラックの眼差しに頬を赤く染めながらも、彼女なりに最善を尽くす事を決める。

 結界が崩壊し、結界の外は異形種の多くが依然として活動していた。

 騎士団側の作戦として、動いていた騎士や志願兵が奮闘し異形種の動きを止める。

 結界内に閉じ籠られた者達が加勢へと向かい、今回の大規模作戦は彼ら騎士団の実質的勝利となった。


 鴉達が足止めとして配置した異形を殲滅し、騎士達の歓喜の声が空へと木霊する。



 総勢『74名』の尊い犠牲の上に勝ち取った異形種達との戦いに、勝利を素直に喜ぶ者がいるように喜べない者達も当然存在した。

 




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