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難攻不落の黒竜帝  作者: 遊木昌
五章 虚ろな夕闇の摩天楼
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五章二十七節 叢雲は淡く輝く


 暁が戦う最前線から遠く離れた場所、作戦本部では何人もの騎士が負傷した騎士の手当てに負われていた。



 「こちらに包帯お願いしますッ!」

 「薬品の予備持ってきました!」

 「ここのベッドを開けろッ!重症者だ!」

 「回復魔法の使える騎士はいるか!? 医療部隊だけじゃ間に合わないぞ!」

 「私と彼女が使えます」

 まるで地獄絵図と呼ぶに相応しい程、医療現場はそうぜんとしていた。

 ステラとリーラは笹草の指示の元、多くの負傷者を救う為に魔力の限界まで回復魔法につぎ込む。

 マギジが数少ない残り物となった銀弾を掴み取り、適正の銃を片手に防衛へと回る。

 空中地上と視界全てを囲む異形種の軍勢を前に、マギジの足がすくむ。

 心のどこかで、暁が危ないのではと思い助けに駆け出したい。

 しかし、このまま仲間を見殺しには出来ない。


 銃のセーフティを外し、空の弾倉を取り外し新たな弾倉を装着する。

 一分一秒も気が抜けない危険な状況でも、騎士は諦めずに武器を取る。

 きっと、彼らならばと思い、信じきっているからだろう。



 殺女とマギジが足早に、大輝とユタカタの元へと向かい手薄になっている箇所の応援に行くと、数多くの騎士や志願兵が血を流していた。

 アルフレッタとミシェーレが造り出した結界に、紅とアリスの水魔法での防壁でさえも、圧倒的な異形種の数を前に防壁の意味が薄かった。

 単体で乗り込む異形であれば、凄まじい水圧の防壁で切り刻まれるが、その数が数十に及べばこの内の数体は無傷で侵入する。

 さらに、結界を破壊しようと防壁を抜けた異形が綻んでいる結界を破壊しようと集まる。

 多くの結界系魔法が何度も使用され、破壊される度に新たな結界が張られている。

 開戦前に大量にあった兵器は、既に異形に破壊されたりと、銀弾に至っては、残弾も残り僅かとなっていた。


 「皆さん!魔物や近接タイプのドライバをお持ちの方は、結界の崩壊と同時に進行する異形を殲滅してください!ここを乗り切れば、我々の勝利です」

 既に誰がそんな事を言ったかは知るよしも無いが、根拠すらない言葉であってもその場の騎士達に勇気と勝利へと渇望を奮い立たせる。

 丘上で設置された碧の扱う砲台が飛行型異形種の襲撃と同時に破壊され、碧が足早に丘上から本陣へと向かう。

 並み居る異形の頭部をドライバで吹き飛ばし、佐奈とヘレナが押され気味の防衛地点にへと向かう。


 そして、押し寄せていた異形種諸とも、飛来した何者かの一撃により、水の防衛も結界も結界付近で固まっていた佐奈やヘレナ達を巻き込み轟音が辺りに響く。

 目の前に現れたのは、華奢な女性が持つには無理がある巨大な太刀を片手で持った『シエラ・フォトマー』その人が立っていた。

 アルフレッタと大輝が同時に仕掛けるが、消耗しきった彼らとほぼ万全状態の帝王では力の差はハッキリしていた。

 枯れ葉の様に崩れ落ちる金騎士を前に、各々の武器を手から滑り落とす。

 膝から崩れ落ちた者達は、既に勝機は無いのだと理解しているのだろう。

 少し遅れ、五右衛門と銀隠が駆けつけだがシエラの背後から顕現した白兵が2人の相手をする。


 「……2人は、任せたよ…白兵…」

 ボーッとした表情で、太刀を軽々と回し未だ諦めていない騎士達や志願兵を吹き飛ばす。

 多くの者達が地面に転がり、シエラの前で立っている者はほとんどいなかった。


 「……碧姉…。黒兄なら、どうするかな?」

 「……茜。分かりきった事は聞かないの」

 碧が腰のホルスターから素早く抜き去った銃身型ドライバを2丁向け、残り少ない銀弾を放つ。

 太刀を回し、銀弾を防ぐシエラが身動き出来ない瞬間を狙って、茜の殴打が炸裂する。

 灼熱がシエラの全身を包み込むが、横から現れた白兵が茜の前に立ちはだかっていた。

 碧が周囲を見回すと、駆け付けた銀隠と五右衛門は立ち上がれる状態ではなかった。

 間合いを詰めたシエラの太刀を躱わし、碧は拳銃の引き金を引き、超至近距離から銀弾を浴びせる。

 七発の銃弾がシエラの刀身に弾かれ、虚しく地面に転がる。

 シエラの太刀が碧の身体を切り落とそうと振るわれ、ギリギリの間合いを保ちつつ碧はシエラの太刀を避ける。

 自分達よりも遥かに、能力も経験も計り知れない帝王に一歩も引かない2人に騎士達は生唾を飲み込んだ。



 数分の攻防を制したのは、シエラではあったが格下と油断したシエラに碧と茜が背後から2体の竜魔物を顕現させ。

 シエラを庇って前に出た白兵を、高密度な二つの魔法で吹き飛ばす。

 荒く乱れた呼吸と打撲と思われる全身の傷に、茜は涙を堪える。

 碧が目眩にも似た症状に苦しむ中でも、シエラの魔物は休みを与えない。

 瞬間的に紫電竜が碧を庇うが、シエラの魔物とは違って少量の魔力での顕現の為。

 魔物の装甲は薄く、白兵の一撃で紫電竜の魔力体は崩れる。


 「――碧姉ッ!」

 茜が姉の名を呼び、手を伸ばすが既に碧の目の前に立つ白兵は拳を突き出そうと構えていた。

 身体をひねり、白兵のしなやかな腕が碧の首を狙って真横に振られる。



 砂塵が視界を覆い隠し、風圧によって地面を数回転がった茜は堪えていた涙を溢れさせる。

 しばらくし、砂塵が止み碧のいた場所には一人の影があるのみであった。

 「――ッ!」

 堪えきれない嗚咽と涙を滲ませ、白兵へと駆け出すが――茜の目の前に突如として煙の中から投げ渡された、碧を慌てて抱き抱え地面を再度転がる。

 「――碧姉ぇ!」

 出血した腹部を押さえた碧が妹の頬を優しく撫でる。


 「いやー……危なかったね。本当危機一髪だったね」

 目の前に現れたのは、連盟と評議会の大和支部を束ねる最高責任者。

 大和支部の支部長が呑気に手を軽く振って茜に『元気~?』と尋ねる。

 白兵がゆっくりと立ち上がり、支部長の方へと向き直り拳を突き出す。

 透かさず、支部長の安そうなサンダル履いた足が白兵の拳を受け止め、尚且つ白兵を吹き飛ばす。

 「まぁ……予想はしてたよ。アイツの事だから、まずまともな戦いにはならないと思ったけど……これは酷いな。改竄した記憶を利用し、自分の配下に帝王を付ける。チートにも程があるね、これは…」

 支部長がペタペタと音を挙げるサンダルにシエラが舌打ちし、太刀と白兵の2方向からの攻撃を片手で捌く支部長に、全員が唖然としていた。

 明らかな実力派であるシエラをただの書類整理などの雑務しかしていない筈の、それも人間である支部長が帝王を子供とじゃれ合う大人の様にあしらっていた。

 幾度も太刀を回し、支部長目掛けて殺気剥き出しの攻撃を繰り出すが、支部長は華麗にまるで踊るかのように攻撃を避け続ける。

 苛立ちを隠しきれないシエラが太刀を振るうと、支部長がシエラの太刀を片手で受け止める。

 優しい笑みを見せ、シエラから太刀を引き剥がす。


「可憐な女性が、こんな物騒な物持ってちゃいけないよ?……はい、没収」

 刃先を掴んだまま、支部長はシエラの神器【死酷刀】を肩に担ぐ。

 溜め息をつき、こちらへと進行する異形を睨むと死酷刀を異形種に向け投擲する。

 地面に突き刺さった死酷刀を足場に、頭上から異形の頭部を掴むと、背骨諸とも上半身から引き剥がす。

 続けざまに並み居る異形種を蹴散らし、残ったのは灰色一色の地面と陽気に鼻唄を口ずさむ男だけであった。


 支部長の黒と同等かそれ以上と思われる魔力が本部内を包み込み、重傷者を優先的に【広域回復魔法】を発動する。

 地面に埋まっていた騎士や身体がへし折れていた筈の志願兵も雨のように満遍なく振りかかる回復魔法に、頬をつねる。


 「やー……。まさか、結界で中に入れなくなるとは思わなかったから、強引にも結界を通り抜けて正解だったね。相手さんも黒君達とやり合ってて気付いてないらしいね」

 倒れたまま何が何なのか分からない碧と茜に手を差しのべた支部長は、改めて自己紹介を始める。

 「僕の名前は知ってるかな? 『()()()()()()()()()()』って言えば分かるかな?」

 碧も茜もその名前を知らない筈はなかった。

 兄から聞いた話では、初代黒焔団長であったマルグスの夫であり、英雄と称された騎士の象徴たる存在であった。

 しかし、歴史上の人物が現代にいる訳がない。


 支部長は自分達をバカにしているのだと、碧は思った。




 「支部長がラック・ネルベスティ。本人だとしたら、英雄と言われた『ラック』は偽物ですか?そんな筈はありません。…有り得るとしたら……貴方が嘘を付いていると言う事です。多くの騎士が夢見た英雄を侮辱する発言です。――取り消して下さい」

 碧が真剣な眼差しで、ラックを見詰めるが本人は頭を掻きながら、少し困った顔をする。

 「うーん、本名だけどな。困ったな……なぁ【時之姫巫女(ソルス)】」

 ラックが後ろを振り向き、背後から顕現した巫女装束の女性が髪を靡かせながら、鋼鉄の刃を浮遊させながら眠り眼を擦る。

 『全く……言ったでしょ、あなたの言葉が事実であっても、現代に生きる者達がそれを受け入れる保証はないと……あなたの言葉を受け入れられるとすれば、あの子と同じ――()()()()()()()ボウヤだけよ』

 「何だよ。君が僕を蘇らせて、この時代に連れてきたんじゃないか…。それとも、三千年前の借りは返さなくていいのかな?」

 姫巫女のムッとした表情とは裏腹に、どこか嬉しそうであった。

 「あの……その『三千年前の借り』とか『黒竜を継承した』とか、一体何の事何ですか?」

 茜がラックと名乗った支部長の前に立ち、真剣な眼差しで尋ねる。

 「その話を聞いたら、この戦いが起きた起源と黒焔との因縁を見届ける必要があるよ?……それでも、聞くのかな?」

 ラックが目を細め、先程とは違ったオーラで茜を見詰める。

 姉である碧も、茜同様にラックの前でその覚悟があることを示す。



 「時は……今から『三千年』の前話だ。時期は今と被らないけど、君達が初めて鴉と対峙した2年前は…丁度時期が被っていた」

 ラックの話は、その場の騎士や志願兵達を巻き込み。

 話に釣られた者達はラックを中心に大きな円形になって、固まっていた。

 ラックの話は、次第に碧達の頭を鋭い痛みに誘い始める。

 金騎士の数名は、この現象こそが鴉の改竄が解かれている証拠だと認識する。

 途中途中で休憩を入れ、ラックは思いがけない事を口にする。



 「今、黒君と戦っている鴉は、直接には関与してはいないが……この時代に送り込んだ張本人は僕だ」


 ラックの真剣な瞳を見詰め続ける碧に、ラックはある人物の面影を重ねてしまう。

 どうしようもないほど、元気で自分の可能性に限界を決めない女性。

 どんな事でも真っ直ぐに受け止め、否定するときはとことん否定する。

 自分でどうにかしようと溜め込み、気付いたら爆発して溢れ出してしまう危険な『教え子』に重ねてしまう。

 だが、それも運命と言えるとだろう―――顔の出で立ちは当然の様に、その身に宿す魔物の系統も同じ。

 髪色は、特徴的であった()()()()()()()()()()()は失くなってはいるが、その一族の血は脈々と受け継がれていた。

 「その、髪色……大切にね」

 ラックの呟いた言葉は、誰にも届かないが碧の瞳に宿る炎にラックは真実を告げる。


 「君達が、信じていた歴史も言葉も全て偽りだ。その昔、『日本』と呼ばれていた国家が崩れ、邪馬国として生まれ変わったのや……対異形用の巨大な防壁が完成したのも、列島の形や世界地図の形が変わって『三十五年』などの身近な時間で起き得る訳がない。全ては、三千年前から存在するものだ」

 ラックの言葉に、碧達は一斉に頭を抱え苦しみ出す。

 今さら、鮮明に映し出される過去の偽りの無い記憶が甦る。


 「三千年よりも前にこの世界に現れた原種の異族が、全世界と和平を結び。多くの異形用兵器を生み出しては敗北し、生み出しては敗北を重ね……今の世界となった」

 ドライバの設計から古代兵器の捜索までもが、この戦いを終わらせる為の準備であった事を話す。

 「今の世界がこうなってしまったのも、全ては三千年前に鴉を撃ち取れなかった僕達に責任がある…」

 うつ向くラックに、碧はラックの述べた言葉の意図を尋ねる。


 「では、三千年前の借りとは、鴉達異形に敗北した事を意味しているんですね」

 「そうだね……。正確に言えば、引き分けで終わってしまった決着を付ける事だけどね。そして、黒竜を継承したって事だけど――」

 ラックは、少し言葉を詰まらせながら、碧と茜の二人に目線を向ける。

 「――黒竜ってのは、竜系魔物の中でも極めて異質な魔物何だ。三千年前の僕達が魔物や神器などの知識が少なかった時に、君達の先祖に当たる女性――『橘 空(たちばな そら)』。彼女が教えてくれた魔物の事を研究して、今の君達が知る魔物の情報が完成した。改竄された歴史だと、三千年前は魔物の情報が全く無いって話でしょ?」

 ラックが笑みを見せ、音や気配を消して近付いてきたシエラに対して、自身の魔物である時之姫巫女を顕現させる。

 距離を積めたシエラが反応できない速度で、姫巫女の周囲を浮遊していた刃が形を変え、鋼鉄の鎖となってシエラを縛る。

 もがくシエラを他所に、ラックは話を続ける。

 「黒竜は、本当に特殊な魔物で……代々受け継がれてきた極めて異例の力。黒君に宿った黒竜は、その代々受け継がれてきた同じ黒竜と呼ばれた者達の力を扱える。つまり…この世全ての魔法を扱える可能性がある魔物なんだよ」

 ラックの話には、大半の者達が嘘ではないかと半信半疑であったが、妹である碧と茜には事実だと認めていた。

 黒竜の力の謎を知っている事を考えるに、このラックと言う男はこの戦いを終わらせる為、力を貸してくれると期待を胸に提案する。


 「――先程までの話が、事実なら……責任は取るつもりですよね?」

 碧の殺気が籠った声音に、茜が驚き周囲の者達もびく付く。


 「もちろん、加勢するよ。それに、この戦いは本来なら僕達でケリを付けるべき何だ」

 立ち上がったラックは、真剣な眼差しで遥か先で凄まじい魔力の衝突を肌で感じ、頬に触れる。

 (…今の僕だけじゃ…奴は倒しきれない。黒君でも、暁君でも不可能……でも、()()()いや――()()()()

 「碧さんに茜さん。僕の回復魔法で負傷者はいないよね?なら、全員で張れるだけの強力な結界を張り続けて……君達の身を案じていれば、それだけで彼らの負担になる」

 こくりっと頷いた碧に笑みを見せ、ラックは一瞬で鴉の元へと走る。

 すれ違うように銀隠と五右衛門に回復魔法を施したラックが、二人に2人の少女を護るように耳打ちする。

 銀隠と五右衛門の両名が黙って頷き、ラックはその場を後にする。



 「――ソルスッ!ここから、最短距離で何分だ?」

 『少量の魔力で、【跳躍】を繰り返せば……十五分。魔力を一気に消費して【加速】を使えば……五分』

 「五分コース!」

 『言うと思った…』

 ラックの身体が青白く発光し、風を切り裂く音共にラックは鴉の元へと急ぐ。








 顔面蒼白と言う言葉を耳にした事はあっても、実際に目にした事はなかった。

 しかし、今まさに暁の目の前で鴉の先程までの余裕な表情は消え、目の前の脅威から逃れようと黒の力を乱用する。

 しかし、天童と呼ばれている男には他人から略奪した付け焼き刃な力では、天童に勝てない。

 真っ黒な魔力が天童を押し退けようと無数重力の塊が襲い、真っ黒な雷が降り注ごうとも、大地から噴き出す紅蓮の炎でさえも、天童の脅威にすらならない。

 振り上げた右足が、鴉の肩に炸裂し鎧が砕け鴉の骨を砕く。

 生々しい骨の音に、鴉の額から大粒の汗が滴り落ちる。

 一切の隙すら与えない猛攻に、鴉は黒竜の翼を広げ空へと退避する。

 しかし、黒竜の真っ黒な翼を視界に捉えたままの天童が真っ赤な眼光で鴉の背後に回る。

 鴉の反応速度を上回る速さで叩き込まれる殴打は、鴉の背骨を砕き内蔵を破裂させる。

 仮面が砕け、身体が再生するのを待っていた天童が鴉の元へと歩み寄る。

 天童の全身から溢れる異様な魔力の正体に鴉は気付き、その仕掛けにも気付いた。


 「なるほど……道理で、俺よりも遥かに力が上なのか分かったよ」

 鴉が黒から奪った魔力を抑えると、天童の魔力も徐々に下がり始める。

 「チッ……。感付くのがおせーんだよ」

 天童が魔力の低下した状態で、鴉の間合いに踏み込み腹部や足や腕の関節を狙って拳を叩き込む。

 関節の外れる音や骨が折れるような鈍い音が、鴉の体内か聞こえる。

 一瞬の油断すら許されない攻防に、天童の額から汗が流れる。


 「奥の手とも言える。その力が停止した今なら、お前なんぞ…雑魚同然何だよッ!」

 鴉の持つ叢雲が天童が硬化させた両腕と火花を散らす。

 鴉の魔力を纏った叢雲が巨大な斬撃を放ち、天童が立っていた地面が抉れていく。


 「どうだ、図星か?天童宗近ッ!」


 天童の硬化させた両腕を弾き、鴉の叢雲が天童の胴体を切り裂く。

 しかし、天童の胴体は以前として繋がったままであり、鴉の叢雲が暁の十國に防がれていた。

 透かさず、暁の身体を蹴り飛ばし、その場から距離を取った鴉に彼方から放たれた雷撃が右頬を抉るように直撃する。

 ―――ズドォン…ッ! と言う鈍い音が響き、鴉の身体が宙を舞う。


 「―――ッ!?」

 鴉の意識が一瞬だけ途切れ、透かさず雷が伸びた方向へと意識を向ける。

 傷だらけの翔が、荒い呼吸と共にフラフラな足取りでこちらに笑みを見せる。

 体勢を戻した鴉が、空気を蹴り翔目掛けて跳躍するが、跳躍の速度を上回る攻撃が鴉の下半身を切り裂く。

 地を這うように放たれた光の斬撃が、翔のさらに後方から鴉の身体を狙う。


 「――翔ッ!ハートッ!手負いの雑魚は、寝てろ!」

 「天童ッ!手負いの雑魚さんに、援護された気分どうだ?」

 余裕な笑みを見せた翔が、後方から走って来たハートを掴み跳躍する。

 鴉の巨大な斬撃を翔は躱し、透かさずハートの斬撃が鴉の叢雲を弾き、ハートの隙を狙った斬撃が鴉の身体を掠める。

 「ハートちゃん、翔ちゃん!魔力を温存しつつ立ち回って、鴉はまだ……()()()()()()()()ッ!」

 暁の意識が鴉から、翔の元へと変わった瞬間を狙って巨大な大蛇が暁を噛み殺そうと迫る。

 天童が硬化させた足で、蛇を蹴り飛ばし方向を無理やり変化させ、暁を助ける。

 「油断すんな……相手に隙を見せたら、殺られるぞ?」

 「それを許さない、頼もしい仲間がいるから……大丈夫だよ」

 余裕な暁に苦笑いを浮かべ、迫り来る数多の斬撃を躱しながら天童と暁は翔の元へと合流する。

 雄叫びを挙げ、鴉の全身から黒の魔力と鴉の持っていた魔力が放出される。


 「なー……確か、黒の魔力が奪われてるんだよな?」

 「そうだよ。それと、僕の魔力も多少なり奪われてるから…僕のも鴉の力にプラスされてるよ」

 天童が冷や汗を掻きつつ、隣で並走する暁に質問する。

 「てことは、黒の魔力と暁の魔力を持ったイカれた奴が…さらに自分の魔力を上乗せして、神器の力を解放しようとしてるのか?」

 「それは、ヤバいな…。ただでさえ、力の差が埋まらない状況で神器使われたら、俺たち死ぬぞ?」

 翔とハートが同じく並走しつつ、暁の苦笑いに溜め息を溢す。


 後方で砂塵を生み出し、溢れんばかりに羽上がった魔力の大きさに暁が舌打ちする。

 十國で開いた空間に、ハートと天童が飛び込むと、暁が翔の肩を掴む。

 暁の意図を理解した翔が、神器から溢れる魔力を一気に吸収し、体内に残っていた魔力も合わせて、両足に集中させる。

 翔が暁を掴み、凄まじい魔力で強化された跳躍で鴉の解き放った魔力の余波範囲内から退く。

 轟音が響き、砂塵が辺りを呑み込む。


 砂塵の中をうねうねと蠢く、八体の影が次第にその大きさを増していき。

 翔は着地後、直ぐ様暁を前方に放り投げ後方から伸びた影を落雷と放電で吹き飛ばす。

 砂塵の中で蠢いていた八本の影が砂塵を吹き飛ばし、その姿を顕にする。

 八本の長い首と凄まじい巨大が地面を滑り、鴉を背に乗せ鋭利な牙をチラつかせ、蛇特有の舌が何度も口から顔を出す。

 邪馬国が厳重に封印し、保管していた古代兵器は鴉の手に渡り現代に甦る。

 その姿はまさしく、日本神話に登場した―――八岐大蛇(ヤマタノオロチ)であった。

 「この世の全てを破壊しろ――【八岐大蛇(ヤマタノオロチ)】ッ!」

 鴉が叢雲を暁に向けると、八岐大蛇は地面を滑り暁の方へと距離を詰める。

 翔が義手型神器の調子を今一度確め、食らい付こうと伸びた八岐大蛇の牙を義手で受け止める。

 「――建御雷神」

 翔の義手に溜め込んでいた魔力が放出され、八岐大蛇の牙を伝い全身に流れた雷の余波は凄まじ物であった。

 暁と天童が同時に仕掛け、ハートと翔の援護を受け八岐大蛇が苦痛に顔を歪める。

 呻き声に似たうなり声が聞こえ、好機と見た4人が一斉に仕掛ける。

 「――隙が出来たと思ったのか?」

 不気味な笑みを浮かべた鴉が、叢雲を振り下ろす。

 「――この叢雲の能力が、斬撃だと()()思ってるなら……気を付けな」

 暁の鼻を掠めた見えない攻撃に、暁は十國で開いた空間へ3人を退避させる。

 空間から戻った3人が、鴉の動きに警戒していると不意に地面が捲れ上がり咄嗟に暁を庇ったハートを八岐大蛇が食らい付く。

 「ハートッ!」

 翔がハートへと手を伸ばすよりも先に、大蛇が放った光線が直撃する。

 地面へと着弾すると光の柱を造り上げ、灼熱の炎が辺りを燃やす。

 寸前で戦神を顕現させたハートではあるが、その身体はとても戦える状態ではなかった。


 「さーて、答え合わせだ。この叢雲の能力は何だッ!」


 そして、翔は暁と天童を引きずりながらも鴉の元から離れようとする。

 「おっ……おいッ!翔!」

 「翔ちゃん!?何をしてんだよ!」

 無理矢理にでも翔を振り払おうともがく、天童と暁が目にしたのは翔のなりふり構わない切迫した表情であった。

 「アイツの持ってる神器、叢雲の能力は……斬撃を飛ばすとかそんな生優しい物じゃない…」

 翔が跳躍し、暁と天童を前方へと放り投げる。


 「叢雲の能力は――蛇()()()ッ!」

 翔の身体を包み込んだ光線が空高く上り、翔を呑み込み空を切り裂く。



 「正解……。叢雲は、世界でも数少ない特定の魔物用に造られた。専用兵器だ。この、叢雲は八岐大蛇の特性を存分に発揮できるように仕立てられた、神器だ。持つ者の力でその真価を発揮し、弱くも強くもなる」

 鴉の持つ叢雲が淡い光を放ち、蛇の形をした魔力が鴉の身体を覆う。

 真っ白な鎧兜に身を包み、鴉の不気味な笑みがより一層不気味さを引き立てている。

 内から滲み出る魔力は、神器叢雲の力も合わさり先程とは比べ物にならない。



 「さて、今度はどう殺されたい?」


 

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