五章二十五節 『終わり』は直ぐソコへ
綾見は大和に住んでいた母親と玲奈の生存を確認を終え、シェルターへと誘導する。
続々とシェルターへと向かう民間人を異形から守る。
遠くの方では、ロークと思われる魔力が何度も伸縮を繰り返し、先程とは全く別な魔力も感じられる。
民間人の避難を行う傍ら、ロークの異質な魔力か団長である黒に似てきたことに確信を得る。
「もう……お前は引き下がらないのか…」
悲しそうな顔で、硝煙と砂塵によって鉛色となった空を見詰める。
向かってくる異形種をシェルターに近付けない為にも、綾見は両手から放つ炎で異形を塵に帰す。
支部のシェルターは今だ満員では無い状態ではあったが、既にほとんどの民間人が収用されたとの報告を元に手負いの騎士や綾見が邪魔と判断した騎士をシェルターへと投げ、綾見が扉を閉める。
異形の一団が支部を取り囲む中で、たった一人残った綾見は閉じる寸前にシェルターから差し伸べられた一人の騎士の手を思い出す。
「生き残れよ……こんな化け物に手を差し伸べた騎士さん…」
手負いの騎士が携帯していたドライバを持つ異形や、息絶えた騎士を食らい始める異形を綾見は睨み付ける。
大型や小型とは違い、個々で意志を持ってい人型は殺戮を好む。
自らの手で殺めた騎士や民間人を食事ではなく、玩具のように遊び口で咥えている。
綾見の拳が、帰り血で真っ赤に染まった異形を灰に帰す。
拳に纏わせた蒼焔が今にも弾けそうな衝動を無理矢理力で押さえ込む。
心臓から感じる自分ではない、圧倒的な存在感を見せる力が綾見の身体を奪おうと目を覚ます。
『…カラカラダ……渇イテイル…闘争ヲ……』
心臓が妙に熱く、鼓動がいつもよりも速くなるのを感じる。
心臓から運ばれる血液も、頭に響く言葉に反応し高揚していくのを感じる。
徐々に呼吸が荒くなり、意識も次第におぼろ気になってきた。
『…妾は……貴様の相棒とは違く。そう易々と…飢えは満たせぬ………急ぎ……闘争と言う渇きを…満たせ。…妾は食べ盛りなんだ…』
頭の中に響く言葉が、ノイズがかった物からハッキリとした幼子の声へと変わり、綾見の身体の主導権が魔物に傾いてきた証拠でもあった。
髪色が青色がかった白髪へと変化するが、寸前で綾見は意識を取り戻し、身体の主導権を握る。
「悪いが…まだその時じゃない。……ここで、腹一杯にすると……メイデッシュが食えんぞ?」
『ならば…待とう……さらなる…闘争を求め…』
しばらくし、魔物の声が聞こえなくなり、代わりに可愛らしい寝息が聞こえる。
焔を纏った拳で、迫り来る異形を潰し、ただ一人支部の前で異形を狩続ける。
しばらくし、魔力も失くなり始め、辺りを囲む異形の数が格段に減り代わりに、ロークと思われる人物の元に集まった異形種の反応に綾見は冷や汗をかく。
(あの量が、一気に雪崩れ込んだら……流石に一人じゃ捌ききれんな)
荒くなった呼吸を整え、頬を軽く叩き己に渇を入れる。
次の瞬間、背後から現れた人型異形種が綾見を横から蹴り跳ばし支部から少し離れた位置まで吹き飛ぶ。
そして、少し遅れて、ミーシャとキークの姿を視認する綾見は、その顔を絶望一色となる。
すぐに助けに向かおうとするが、新手の異形が綾見の妨害に入る。
先程と数も力も同じだが、冷静さと魔力を失った綾見は存分な力を発揮出来ずにいた。
十数体の異形に囲まれ、袋叩きになる綾見は一瞬の隙を突き焔を纏った拳を地面に打ち付け辺りを吹き飛ばす。
ゾロゾロと群がる異形を蹴散らし、今にも倒れそうな身体でキーク達の居た場所に駆け寄る。
姿が見当たらず、膝から崩れ落ちる――が、遥か前方から感じる魔力と辺りに積もった灰が何よりの証拠となった。
綾見はそのまま、前方に倒れると背後から襲い掛かった異形が音速の速さで跳び掛かってきた人影に上半身を吹き飛ばされ、はいとなる。
「大分…無茶したな。相棒」
「綾見…お前こそ」
紅の衣を纏ったロークが綾見に手を差し出す。
焔を纏っているから、きっと高温なのだろうと思ったが普段と同じ変わらない体温に綾見は驚く。
――鬼でありながらも自分を保っている――
そんな、ロークに綾見は最大の信頼と希望を込めて、願いを伝える。
――俺が俺じゃなかったら殺してくれ――
そして、綾見の髪色が蒼色がかった白銀髪へと変化し、綾見の全身に蒼色の痣が浮かび上がる。
蒼色の焔は、より一層色が濃くなり蒼色の炎が綾見の全身を包み込む。
頭部に現れた竜の角は炎がその形を作り、両腕両足に纏った竜の衣が綾見をより一層、竜の姿に近付ける。
炎が次第にその大きさを変化させ、ローク以上の火力と思われる熱量がこの場を支配する。
「行くぞ?――相棒」
「あぁ……蹴散らすぞ。ローク」
異形が踏み込むと、2人の騎士も雄叫びを挙げて迫り来る異形の大軍勢を突き進む。
色鮮やかに思わせる紅と蒼の火柱が、都市を染め上げる。
次々と送り込まれる手筈だった異形と隊士達が、開かれた空間魔法の前で足踏みしている。
一歩でも空間を飛び越え、大和に向かえば為す術なく葬られる事は誰の目にも明らかであった。
開かれた数十ヶ所の空間から、大和を眺める。
荒れ狂う嵐のような2頭の悪魔が、さながら舞を踊るかな様に意気揚々と異形や隊士を蹴散らす。
瓦礫はあまりの熱量に溶接され、異形は一撃受けただけでもたちまち灰から塵へとなる。
二人の騎士を前に、自身の力を見謝った者や敵を侮っていた者達は一人も存在しない。
焼け焦げ、骨まで炭となった隊士が山の様に積み重なり、異形達のが焼け焦げた臭いが異臭となって隊士達を震え上がらせる。
遠くでは、ゆらゆらと蜃気楼によって身体が揺れる2人の悪魔がこちらを見詰めている。
しかし、その眼光は怪しく光り彼ら隊士の首に噛み付こうと――気を狙っている。
前線で奮闘する銀隠と五右衛門、さらに後方ではステラとリーラの後方支援が行われ、マギジと殺女の2人が壁に群がる異形を蹴散らす。
アリスが魔力枯渇によって倒れた事により、戦況は一気に不利な方へと傾きつつあった。
銀隠と五右衛門もアリス同様に既に魔力はほとんどなく、リーラとステラの魔法でどうにか前線の崩壊が押し留まっている状態であった。
マギジと殺女の両名が援護に行きたい気持ちを押し殺し、ステラとリーラが抑えきれなかった敵を倒す。
銀隠と五右衛門が敵の数を大まかに減らし、ステラとリーラがさらに減らしマギジと殺女が残りを叩く。
しかし、敵の勢力は依然前線に向かって突き進む。
遅れて、ハートの聖剣が銀隠と五右衛門に群がっていた異形を蹴散らす。
アリスが脱落した瞬間に、アリスの役目を担ったハートが銀隠達よりもさらに前線へと上がり大規模な魔力を解き放つ。
しかし、それでも敵の侵攻スピードは落ちる事を知らない。
銀隠、五右衛門、ハートまでもが魔力枯渇によって窮地に立たされる。
乱れた呼吸を整えつつ、銀隠は自分達の周囲を取り囲む異形種を睨む。
余裕を見せるその笑みが、3人の苛立ちをさらに増幅させる。
ハートが剣を握る拳に力を入れ、残る魔力全てを聖剣に回す。
神々しい魔力を纏った聖剣がハートの意思に応える様に光りを発する。
銀隠と五右衛門の両名も、ハートに釣られるように残りの魔力を各々の武器に纏わせる。
静寂を切り裂くハートの踏み込みと異形達の雄叫びが、開戦の合図となる。
―――ひゅぅぅぅぅぅぅぅ―――
銀隠が感じた違和感は、ハート達に伝えるよりも先に現実となる。
凄まじい爆音が辺りに響き渡り、地面が異形諸とも吹き飛び、巨大なクレーターを造り出す。
一定の間を開けて、幾度もを雲の上から降り注ぐ砲撃の雨は的確に異形の大群を吹き飛ばす。
異形が砲撃を避けようと散り散りになるよりも先に砲撃が止み、代わりとばかりに巨大な雷が地面を削りながら、異形の頭上に降り注ぐ。
視界を覆い隠すほどの砂鉄と濁流となった川が前線を守るかのように配置される。
少し遅れ、ハートと同じ様に前線防衛を任されたミシェーレが前線拠点に降り立つ。
濁流の上を仁王立ちで佇むアッシュが前線基地を抜け、ハート達3人を素早く回収する。
一時撤退なのは妥当な判断ではあるが、大和付近に隊を率いていたアッシュがここに居るのが理解できないハート達。
質問をするよりも先に、アッシュの目前で空間が開かれる。
アッシュの濁流が3人を拠点に放り投げ、アッシュが空間から現れた異形種を蹴散らす。
辺り一帯を水で覆い、アッシュの独壇場を造り出す。
「ハートッ!銀隠ッ!五右衛門ッ! お前らの仕事は、まず回復だ!立ってるのがやっとなお前らは、邪魔だ!」
アッシュの声が壁を越えた3人に届く。
未来からの少ない情報とほとんど無い記憶から、十二単将と言われ黒焔の中で特別な地位に立つ者達。
その力は、並みの金騎士を遥かに凌駕する。
――が、状況が状況であった。
アッシュ一人を囲む異形種の軍勢は、銀隠達が居た時に比べその量は増えるばかり。
拠点内から持ち出した刀剣型ドライバを構え、間合い積め始める異形達にアッシュの心拍が速まる。
碧の長距離射撃支援が無くなった事からも、後衛で何かしら起きたと思われる。
アッシュの水魔法が、周囲の異形を蹴散らし手に持ったドライバに魔力流し異形の装甲を切り裂く。
しかし、現在の魔力量では視界に映る異形達を一掃するには、魔力が到底足りない。
歯軋りし、一体でも多く異形を倒すべく足に力を入れ、踏み込む。
「あーあー……期待してくれば、金一匹よ」
「No.81…。2人では平等に分けれませんね……貴方にあげますよ」
アッシュの両隣に、音も気配もなく現れた2体の異形がアッシュに殺意とはまた違ったオーラを発する。
2体の登場に、周囲の異形が動きを止め2体の異形が手を挙げる。
「――雑魚は任せる」
その命令を受けた異形達は、アッシュを軽々と飛び越え前線拠点を目指す。
「――行かせるかッ!」
振り向いたアッシュが水を纏わせたドライバで、自分を無視する異形を切る。
しかし、アッシュのドライバはNo.81と呼ばれた特殊な異形が片足でドライバを防ぐ。
「行かせろよ……その方が、もっと楽しめる」
ドライバと片足が火花を散らし、水魔法とドライバの連携攻撃を異形は鼻歌混じりに避け、アッシュの目にも止まらぬ攻撃を避け続ける。
既に前線の防壁を異形達は越え、前線は崩壊した。
しかし、アッシュの表情は穏やかであった。
「何がおかしいんだ? 俺達に壁を崩されたんだぞ?」
No.81がアッシュに向かって飛び掛かると、不可視な一撃が異形を遠く彼方まで吹き飛ばし、その体を大気摩擦で塵になるまで燃やす。
「貴方…今何を?」
不思議がる異形に余裕な笑みを見せるアッシュは、ドライバを地面に突き刺し、異形に手招きする。
もう一体の異形が、眉間にシワを寄せ明らかにアッシュの挑発に反応したのをアッシュは見逃さない。
踏み込む異形を見て、アッシュは目を閉じる。
そして、異形の体は真っ二つに両断されアッシュを通り抜けようとした多くの異形諸ともその体を切り裂く。
不可視な一撃の正体は、ドライバの刃先に目に見えない程凝縮されした水であった。
圧縮に圧縮を重ね、一瞬で弾けることで生み出した小さな水滴を高速回転させた刃として周囲にばら蒔いた。
集中が乱れては圧縮の精度が落ち、本来の性能を存分に発揮できない。
一瞬の油断で、死に至る可能性が十分にある戦場でも、アッシュは戦いながら精密な魔力コントロールしていた。
「そんな芸当などしなず、普通にその剣で斬れば良いものを……」
徐々に灰へと変化する異形に、アッシュは言葉を付け足す。
「普通のドライバなら、お前のくそ分厚い装甲でダメになるだろ?……違うか?」
異形は苦笑いを浮かべ、灰となって消える。
突破された前線を前に、アッシュは乱れていた魔力を整え再度全身に巡らせる。
半壊した壁を飛び越え、拠点へと向かうと意外なメンツを前にアッシュは肩を竦める。
「本部と大和が手薄になるけど、そこら辺は問題無いの?」
本部へと撤退を始める騎士達を横目に、五右衛門と銀隠がハートから渡されたコーヒーで一息付いている。
それほどの、絶対的信頼を置く存在が異形の頭部に刺さった刀剣を引き抜く。
「佐奈とアルフレッタの所も一旦引き換えさせたし、大輝とユタカタの2人は今本部に向かって撤退中の前線部隊に付けた。ここからは、本部が落ちるか……鴉を倒すかの瀬戸際。少数で挑むぞ」
そう言った男は、座っていた五右衛門と銀隠に目線を送る。
ハートとアッシュの体力は回復しつつあるが、五右衛門と銀隠の魔力の回復速度は2人よりも遥かに高い。
前線に黒と共に出撃したほぼ全ての部隊が、本部に集いこれから起きるであろう、持久戦に向けて防御を固める。
「――暁…指示を」
五右衛門と銀隠が立ち上がり、壁を越える異形を同時に切り捨て暁の進む道を開く。
ハートとアッシュが深呼吸し、体内の魔力を効率良く循環させ魔力回復に集中する。
「敵の主力である白兵は、黒ちゃんが止めてる。翔ちゃんもある程度異形を抑えてる。本部の守りは、天童達が居るし……。余計な心配は捨てて、目の前の敵を葬る事に集中しよう。さて、鴉――お前の理想に反逆する時だッ!」
暁の持っていた神器十國が魔力を纏い異質な魔力が暁の進行を妨げる異形を一閃する。
凄まじい風圧により、地面は捲れ地面に足や腕を突き刺して風圧に耐えようとした異形が、突き刺した腕などを残して吹き飛ぶ。
「流石、頭。やることなすことが派手で堪らん」
「いやー、こうも実力見せられたら……暑くなるね」
白無垢を構え、五右衛門が異形の大群に単身で飛び込む。
異形の雄叫びが途中から、叫びや悲鳴に変化していた事に5人は気が付かない。
五右衛門同様に暁の進行を妨げる異形を蹴散らし、道を開く五右衛門と銀隠を見て、暁は2年前の光景と今を重ねていた。
――黒が雄叫びを挙げ士気が限界まで到達し、黒の左右に暁、翔。
その後ろには、ハート、天童が続き――
――10人の騎士が、黒焔の背中を守る様に黒に付き従い――
――アリス、アルフレッタ、佐奈、大輝などの四天や大勢の騎士が黒達が開いた道を、がむしゃらに突き進む――
――決して、折れることを知らない団長と強くもないのに決して諦めない副団長が並び合って突き進む――
(……あの頃は…俺の宝物だ…)
暁が、魔力を十國に集中させ、五右衛門と銀隠よりも前に飛び出し目の前の敵に魔力を叩きつける。
轟音が戦場に響き、宙を舞う異形達が一瞬で灰と変わる。
ハートとアッシュが見詰める中、暁は誰よりもあの男の隣へと戦場を駆ける。
異形の大群が減り始めたと同じく、銀隠達の魔力が減り始めた頃、
2つの強大な魔力が衝突するなかで、遠くで一際魔力を無駄に放出しては、放った魔力残滓をかき集める。
と言った無駄に体力を消費する豪快な戦いをする者に、暁は堪らず笑い出す。
「アッシュと五右衛門は、翔ちゃんの所に向かってくれ。銀隠とハートは黒に近付く異形を殲滅するよ」
異形の大群を飛び越え、翔と黒の元に向かう5人は、一皮厚い装甲のNo.シリーズと呼ばれる改造に改造を施された異形と当たる。
――が、暁の太刀筋、五右衛門の太刀筋、ハートの聖剣、銀隠の体術、アッシュの魔法の前に尽く粉砕される。
「――暁ィィィィィッ―――!」
遠くから響く翔の声に反応するように、暁はつり上がった両頬に触れる。
(あぁ……ホントに懐かしいッ!)
「――翔ちゃんッ!外さないでよ?」
暁の魔物である狐が、一本の尻尾を大気を切り裂く様に頭上から翔を狙う。
「俺を舐めるなよ? ――こんな最高に目立つ場面で、ヘマ何かしねーよ!」
翔の最大火力と思われる雷が尾と激しく衝突し、高密度な魔力同士が衝突によって異質なの魔力同士が混ざる。
「「合魔――【妖狐の蒼雷弾】ッ!」」
雷を纏った狐が雄叫びを挙げ、雄叫びち呼応したように尾が弾いた雷が数万近い異形を殲滅する。
地面を雷が滑り命からがら生き残っていた異形をへと止めを刺す。
辺りの異形を一掃し終わり、黒とシエラの2人が距離を置いて間合いの隙を伺っている。
シエラの背後に現れた白兵と黒の背後に現れた黒竜の2体が、高濃度な魔力で互いに威嚇し合う。
黒とシエラ以外の者は、そんな高濃度な魔力に寒気を感じ手足の感覚が著しくおかしくなるだろう。
銀隠と五右衛門が、膝を折って見詰め合う帝王同士の戦いを見守る。
ハートと翔が、薄く結界を貼ることで魔力の余波を軽減され、五右衛門が荒くなった呼吸を整える。
暁が見守る中で、両者がほぼ同時に踏み込む。
「やー…。黒竜帝に反逆者の代表君」
自分達の遥か頭上に現れた男が、シエラの太刀を片手で受け止める。
驚くシエラに対して、黒は黒幻に魔力を巡らせる。




