五章二十節 『行ってきます』
予感はしていた。
父が言っていた通り、ロークはロベルト家から少し距離を開けていた。
私はてっきり、まだ馴染めずにいるからとばかり思っていた。
だが、実際は馴染めずに距離を置いていたのではなく――少しでも、違和感なく消える為であった。
キークが出来るだけ、心配しないように少しずつ間隔を広げていき、気付いた時には既に蚊帳の外と言う構図を思い描いていたのであった。
「……止めない辺り、薄々気付いてたのか? それならそれで良い。ただ生き死によりも、キークに申し訳ないと思っちまう」
「なら……一緒に考えようよ。橘様だって、どうにかしてくれるよ! だって…だって、お婆様の教え子だったんですもの。きっと……きっと…」
ミーシャはロークに希望を芽生えさせようと必死になって、思考を巡らせる。
その結果、徐々に分かり始めるのであった。
なぜ突然、後見人となったお婆様の口から『明日養子が顔見せに来るから部屋の用意しといてくれ』とメイドとお母様に、事の成り行きを話している。
自分に妹か弟、もしくは兄や姉が出来ると思ってその日一人舞い上がっていた。
でも、お母様の流した涙の意味を、今頃になって理解した。
「……養子になって、家族になったのは……キークちゃんだけだったの?」
「――そうなる。本当なら、俺もあの輪に入りたかった……でも、俺の中の魔物がそれを許さない。人間じゃないから……理事長には、気にするなとは言われたけど…そうもいかねーよ」
悲しそうな表情で笑うロークは、無理をしている。
キークは当然のように、自分が関わってしまうことでロベルト家の人達を悲しい思いにしたくない。
そんな精一杯のロークなりの、優しさがミーシャの心を締め付ける。
(なら、少しでも…家族として隣で寄り添わせてよ)
思っても口に出来ない言葉が、頭の中で暴れる。
次もしも、元老院や異形と戦闘になれば、まず間違いなくロークは魔物へと変貌してしまう。
心を食われ、私達に襲うかもしれない。
自分の居場所をくれた人達を傷付けたくないロークの気持ちを、汲んで挙げたい。
家族となれば、ロークは恐怖の中を一人で歩かされる。
独り孤独になれば、キークは血の繋がった家族を失い。
『家族』と周囲から言われても、血の繋がらない家族を肌で感じて孤独になってしまうかもしれない。
ミーシャは悩んで悩んで、答えを導き出そうとする。
「――バカ言うんじゃないよ」
ロークの後頭部を思いっきり、強化魔法を乗せた拳が振り下ろされる。
当然の事であっても、ロークは拳を右に躱わし背後の人影目掛けて肘を叩き込む。
目にも止まらぬ速さで組み合う二人の動きに、ミーシャは目を丸くする。
後方から放たれた魔力がロークの両足を捕らえ、頭上から現れたもう一人の人影がロークを拘束する。
「お婆様! それに…お母様にお父様まで!」
ロークの動きを止めた者達に、ローク同様にミーシャも驚く。
「心を食われて、私達を殺してしまう。しかし、単純で思考が読める程度の化け物なら、私一人でも余裕かな?」
「そして、私達三人で掛かれば、ロークさん一人拘束するとしても、さして難しくありませんわ」
ミューナとハルマーン夫妻がロークの動きを止め、ロークの正面に立った星零理事長がロークの顔をマジマジ見詰める。
「ローク。お前は、ロベルト家の事を何も理解していない。初めてここに来て、気が付かないでいたのか? ここのメイド達の底知れぬ力に」
ロベルト夫妻の予想外の能力もさることながら、ローク自身が忘れていたある重大な事実。
ロベルト家夫妻の母親であるこのババァこと、星零理事長は黒の師匠である。
「私達家族の一員になると、万が一魔物となった際に傷付けてしまう恐れが高いと思ったか? 残念だが…黒に魔法と体術を組み合わした戦いの基礎的な事を教えたのは私だぞ。お前程度の子供に負ける筈無いだろ?」
ロークは力なく項垂れ、静かに開く扉の先で涙を浮かべる者を見て、心の奥底に感じる痛みに耐える。
「行かないでぇ……一人にしないでぇ…もう……一人はイヤッ!」
白色のパジャマ姿の妹を優しく抱き抱え、溢れて止まらない涙をロークは噛み締める。
二度とこの手を離さない。
新たに出来た家族を、大切な家族をこの手で守るために―――
朝を迎え、その部屋に置かれているソファーで目を覚ましたロークは、ベッドの方を見詰める。
昨日夜遅くまで起きていたキークは、まだ眠りその横で頬を赤らめている一人の女性にロークは溜め息を溢す。
(まさか、キークに読み聞かせしてて自分が眠ってるとか面白すぎだろ)
昨日はあの後、家族全員で話し合い現状の共有を行った。
その際、兄が死ぬかもしれないと理解したキークはベッタリと兄の側を離れようとしなず。
キーク達はロークの部屋で休む事となり、本を読み聞かせていたミーシャも同様にベッドに入ってしまっていた。
ロークは部屋に置かれていた鏡を前に、上着を脱ぎ首にあった紋様の現状を確認する。
首筋の紋様は昨日よりも濃く色が変わり、模様の範囲も僅かだが広がり始めている。
『次第に全身へと転移し、その者の体と心を魔物へと変えるだろう』
魔物の力だけを譲渡したこの身は、既に化け物へと変化しつつある。
それなのに、何故か先日まであった不安感なく心も穏やかに思える。
「おーい……いつまで、寝たふりしてんだ? 気配がダダ漏れだぞ?」
「へッ!?……気付いて…たんだ。えへへ……(家族とは言え、男性と…おっ…おおお同じ空間で―――寝るなんてーッ!)」
更に顔を真っ赤にを染めるミーシャにロークは苦笑いを浮かべ、少し間を開けてキークが起きる。
跳ねた髪の毛をミーシャがブラシで整えている間に、ロークは書斎へと一人向かう。
書斎の扉を開けば、四方を埋め尽くすほどの本棚と床に置かれた分厚い資料は、この部屋の所有者が昨日までの間に読み取ったと思われる情報の多さは、ロークの想像を遥かに越えている。
「あぁ……すまないね。昨日の間に溜め込んでいた調べ物を消化したら、こんな量になってしまった」
書類の山に囲まれた机から、現れた理事長は体を伸ばしたりと、固まった体を解す。
相当な高齢にも関わらず、まるで自分と同年代にも見えるほどの生命力にロークは自分の目を疑う。
「そんなに驚くことかい? 私ぐらいの魔導師になれば、細胞の劣化を防ぐ事なんか造作もない。それを象徴する最適な表現がある。『――皇帝のほとんどが人外だよ』記憶が無いお前さんにも少しは、身に覚えがあるだろ?」
未だに多くの記憶が穴埋めのように抜け落ちている中でも、一際『皇帝』に関しての記憶がほとんど存在しない。
しかし、12人の皇帝達が化け物揃いなのは一般常識と思っている。
そだからこそ、今ここで知識を蓄えている理事長に聞きたい事があった。
「――あんたは知ってるのか? 記憶改竄で消せている記憶と混在している記憶があるって事を……」
理事長は頷き、一冊の古びた書物をロークに渡す。
「これは…?」
「2年前の時点で確認された。禁忌魔法の全てがここに記してある。無論、私が個人的に記した物だ。その為……実際とは食い違っている点が数ヶ所存在する」
ロークが恐る恐る本の表紙を捲り、長い間書庫の奥にしまわれていたのか所々が破れたり変色しており、読めた物ではなかった。
だが、禁忌魔法の名前やその能力を記された文よりも、目を引く文を注視する。
「『――我が命…のちの世…大きな争い…12の偉大な王が集う』『皇帝……即ち…竜王達が定めた魔神である』ッ!? ――魔神…」
ロークは理事長に向き直り、この言葉の疑問を問うが同じようにその分の意味を知らない理事長は首を横に振る。
「黒の父親が、皇帝の制度を作ったとばかり思っていたが……それは、勘違いだった。昨日から多くの文献を漁ったが皇帝に関しての記録はそれのみ……すまないがロークの求めていた答えでは無いだろ?」
何度とページを捲り続けているロークを書斎に残し、理事長は食堂に向かって歩き出す。
ロークは書斎に残された皇帝に関する書類を読み漁っていると、現皇帝の情報か手書きで記されたメモ帳を見付ける。
獣魔法の影響なのか、本能的にそのメモ帳を開くことを拒んでいる。
しかし、今のローク愚者魔法の進行を止める為に情報が誰よりも欲しかった。
この家で生活するため、この家で笑うために、この家の家族になりたいが為に――そのメモ帳を開く。
『――現在の12の皇帝は、多種多様な異種族で構成されている。
これまでの長い歴史から見ても、異例とも言える人族の皇帝『戮力協心の騎士王』が皇帝序列1位となった事で世界は驚愕する。
その強さの秘訣となっている能力は、戮力協心と言うことわざと同じ意味合いであった。
『その場に居合わせた全員の力を集結させ、その全てを自身の力に置き換える』と言う力は、化け物と相違無いだろう。
そして、新たに序列2位となった『国士無双の紅竜帝』
未だ能力については判明しておらず少ない情報だが、噂では『自身な定めた空間内を素早く動いていた』との噂。
この事から、結界などの定められた範囲を制限無く動く能力と予想した。
今回の取材で明らかになったが、数多くの功績や戦果を納めたくせ者が、各地から集い勢揃いで―――』
この先は汚れによって解読は困難であったが、このメモ帳には様々な騎士の情報が事細かに記されていた。
無論、黒焔の情報も存在した。
だが、黒の名ではあったが、その騎士団名が大きく変わっていた。
「――【黒焔と竜帝】…黒焔とは違う騎士団なのか? それとも……」
「お兄ちゃーん! ご飯出来てるよ?」
背後から抱き付いてきた妹が兄の顔を覗き込む。
後から言われたが、凄まじい汗を掻いていたらしい。
ロークが書斎に置いていたメモ帳が真っ黒な焔に包まれ、灰となって消える。
開かれていた書斎の窓に腰を下ろしていた一人の青年とメモ帳を燃やしたと思われる青年の二人を見守る女性の三人が部屋を後にするロークを見詰める。
『あーあー……バレちゃったよ? 黒竜帝の騎士団。あの子、ずーと気味悪い違和感と戦わないと行けないんだよ? 早く行動に移さないと、君達が残した黒焔が奴らに壊されちゃうよ。良いの? ―――マルグス?』
マルグスと呼ばれた青年はにこやかに笑い、今にも消えて無くなりそうな体で書物を手に取る。
女性がマルグスの背中を抱き締めるように背後に立ち、徐々に亀裂が生じる体を見詰めて光となって消える。
それを見届けた青年は、淡い炎となってローク体内へと戻る。
『さーて…見せて貰うよ。黒焔の魔女とマルグスが残した因縁が、どちらの勝利で終わるのか……楽しみだよ。黒竜帝の愚者共――』
青年は不気味な江見を浮かべるとロークの肩に手を置き、塵となって消える。
朝食を食べ終えたローク達は、何故だか市街地へと向かっていた。
執事とメイドが運転する馬車に揺られながら、市街地に立つ雑貨屋や高そうなお店を見て回る。
初めは一人はしゃいでいたキークだったが、次第にミーシャも釣られて子供の様に市街地を走る。
聞いた話では、普段から勉強などで家や学校にしか外に出ておらず、家族揃ってのお出かけに出るのも久しぶりとの事であった。
普段から勉強や親の顔に泥を塗らない様な振る舞いを心掛けているせいなのか、家や妹であるキークと遊ぶ時は子供に戻って遊んでいる。
二人のメイドが荷物を持って、ミーシャの後をついて回る。
キークにと、可愛らしい服を選んでは着せている。
「楽しいかね? ローク君」
ハルマーンが木陰で休んでいるロークに声を掛ける。
「ハルマーンさん……。楽しいかと言われたら、疲れますね。女の子は何時間も同じ店で服を選ぶ。付き合わされるこっちが、大変ですよ」
「はははッ…! そうか、そうか!」
ハルマーンは豪快に笑い妻とミーシャ達3人の元へと向かい、共にキークの服を選ぶ。
一人木陰でそんな4人の様子を眺めているロークは、懐から取り出したピストンの安全装置を外す。
死角から、気配を感じる者が3名と少し奥のカフェからこちらの様子を必要に伺う者の計四名。
ロークを狙っている様子ではなく、夫妻かまたはミーシャを狙っていると仮定したロークは嗅覚と聴覚を獣魔法で強化する。
周囲の音が鮮明に聞こえ、ぐずる赤ん坊を抱き抱える母親が困惑する声と羽上がる心拍、泣きじゃくる赤ん坊を父親と思われる男性が抱き上げている。
走ってきたのか、男性からは汗の匂いを感じる。
コーヒー豆の優しい香りと昼の開店に向けて慌てるお店や、カフェで働く大学生と思われる女性が、お皿を割った音と店内奥から先輩と思われる男性が用具を持って片付けを手伝っている音。
見るからに探偵と思われる身なりの2名が、路地裏の影から誰かを尾行する音。
様々な音や匂いがロークに数多くの情報を渡し、視覚だけでは手に入れない情報を集める。
ミーシャとキークが揃って新しい服を持って店内を後にする。
透かさず動き出した3人の男が、ミーシャへとサイレンサー付のピストンを向ける。
ロークはピストルの銃口にサイレンサーを取り付け、男の膝下に向けて発砲すると同時にカフェの男を獣魔法【獅子の意向】で窓を突き破らせ、近くの樹木に顔から叩き付ける。
慌てる一般人に紛れ、3名を路地裏に引きずり込みしばらくは立ち上がらないように半殺しにする。
そんな男達の上着の下からは、元老院の隊士と思われる格好から敵の犯行と見る。
「もしもし……ロークです、お疲れ様です。実は元老院と思われる者から襲撃を受けまして、民間人に被害は出てませんが――」
「ローク、後は俺がやっとくよ。先輩に良いところ見せてくれよ?」
唐突に背後から声を掛けられ、一瞬死を悟ったロークはため息を溢す。
「五右衛門さん、驚かせないで下さい。心臓に悪い」
「ははッ…後処理は俺がやっとくから、家族と楽しい休暇を過ごしてろ」
いつの間にか消えていた隊士の3人と、樹木下で倒れていた隊士も一瞬で連れ去った五右衛門の速度にロークは冷や汗を滲ませる。
「俺の速さよりも、速くて……アレで人間のままって事に驚かされるよ」
自分の名を呼ぶキークとミーシャの元へと駆け寄り、笑みを浮かべて2人の前に立つ。
何事も無く、2人に何も悟らせないように振る舞うために、ロークは獣魔法を解除し普段の何気ない生活が出来る場所へと戻る。
馬車の荷台に収まりきらないほどの服や買い込んだその他の備品で、馬車は今にも潰れそうであった。
そんな理由から人足先に屋敷へと戻っていく馬車を見詰めながら、ロークは自身の名を呼び続ける家族の元へと向かう。
日は完全に傾き、空を覆う色が青色から黒の色へと変わり、星が数えきれない程輝いていた。
「ねぇ、楽しい?」
星空を見上げていて気が付かなかったが、ミーシャは真っ赤なドレス姿でロークの隣で笑って見せる。
ミューナやハルマーンもドレス衣装と格好を決めている。
ミューナの隣で静かに付き添っていたメイドが、ロークにタキシードを渡してくる。
買い物を終え、てっきり屋敷に戻るものだと思っていたロークに『今宵は、私の友人やミーシャのお友達と社交パーティー何だが……着いてくるかな?』
――と、自分が断ると分かっていてキークと一所の時間を見計らって、ロークに話を持ち掛けて来た。
確実に自分をこのパーティーに参加させたいのか、キークを世間から『家族』の一員として広めたいのを見越しての作戦なのだろうかと、ロークは断らなかった自分の選択を少し後悔した。
きらびやかな衣装に身を包んだミューナとミーシャは、途端に多くの男性に囲まれる。
社交会のマナーなのか知らないが、軽い挨拶程度で直ぐに離れていく者達ややたらと自分の子供を必要に話に出す所を見るに、お見合いの話だろう。
だが、ミーシャも決して嫌な顔をせずに『――お食事でも』や『嬉しいです』と言った返しで返す。
相手に恥を掻かせないように、適切な言葉と笑顔で対応する。
テーブルに置かれている色とりどりな豪華な食事の数々は、自分達の身分では到底ありつけないと思われる料理であった。
ケーキなどの甘いスイーツを姉であるミーシャと共に堪能している姿を見ると、実の姉妹に見える。
ロベルト夫妻は、2名のメイドが2人の護衛をしている。
そんな事を遠目から眺めていたロークは、キークとミーシャ元に詰め寄っている人影に気付くのが遅れる。
既に、5人の護衛と思われる男を従わせた男がミーシャに声を掛けていた。
他にも、ミーシャに声を掛けようとした者達が居たが、屈強な護衛達に恐れをなしてその場から立ち去る。
ロベルト夫妻からは、丁度視界に入らない様に仕向けられたのかミーシャが目線を両親に向けても一切気が付かない。
こう言った事態を未然に防ぎ、自身の跡目を厳しく躾るのもお偉いさんの役目では無いのかとロークは溜め息を溢す。
その場にいた給仕に自身が飲んでいた飲み物を渡し、殺気を極限まで抑えたまま近付く。
「そのドレス可愛いね……。そうだ! 僕が君に似合う世界で1つだけのドレスを、特別に君だけに贈るよ。こう見えて、僕の家は有名な騎士共と関係を持っている。その気になれば、豪華な宝石だって君のために用意するよ?」
「あの……お誘いはありがたいですが…今すぐは……それに、他の皆様ともう少しお話したいですし…」
「大丈夫だよ。この…お金持ちの僕が君の話し相手になってあげるよ。他の有象無象など放っておけば良い」
徐々に距離を積めていき、男の顔が目と鼻の先にまで達しミーシャの瞳に涙が見える。
「おい。止めろ……ミーシャが嫌がってんだろ?」
ロークが男の襟を掴み後ろに無理矢理倒す。
勿論男がどこに体をぶつけて、お気に入りの服を汚そうともロークにとってはどうでも良い事であった。
飲み物が入っていたグラスが手に当たり、ズボンが飲み物で濡れると男の顔は一気に怒りを露にした。
「僕がその子と話しているだぞッ!横から入ってきて、嫌がってるだぁ…? 貴様は…この僕に恥を掻かせるのか!?」
男が叫びにも似た声を上げ、周囲の音楽や話し声が一瞬で消える。
その現場の中心がミーシャとキーク達と知ると、ロベルト夫妻が慌てて二人に寄り添う。
男の態度が怖かったのか、ミーシャ以上にキークは涙を滲ませていた。
「この僕が、ロストワンデ公爵家の跡継ぎと知っての狼藉か!? ふっ…君のその――薄汚い装いを見るに、場違いの平民かな?」
『場違いの平民』そんな子供のケンカに出てきそうなセリフ何かよりも、ロークの心を傷付けた言葉は――薄汚い装いと言う発言であった。
ハルマーンさんが申し訳なさそうに『本当なら、今回のこのパーティーでローク君ようの服を準備したかったが……なかなか私の方の予定が合わず、準備できなかった。嫌かもしれないが、私の昔使っていた物でも良ければ着るかね?』と渡してくれた想いが詰まった服。
それをこんなくそガキに笑われたとこが、悔しくて嫌でムカついて―――許せなかった。
「――ローク君!」
ハルマーンが止めるよりも先に、ロークは近くにあったテーブルを壁際まで蹴り飛ばす。
バラバラに砕けたテーブルと亀裂が生じた壁を全員が見詰め、怒りを露にしたロークに目線が戻る。
「お……ぉ前達ッ…!ああアイツを叩きのめせ!ぼこぼこにして、僕に楯突いたことを後悔させてやる!」
「騎士達と関係がある。ってことは、お前も相当な手練れとお見受けした。まさか……そこら辺で飲んで喋ってる見た目だけのカス騎士共が本物騎士とかって言うオチは止めてくれよ?」
上着を脱ぎ捨てると、正面から向かってくる男達を睨み付ける。
一瞬だけ、ロークの睨みに狼狽えてしまい男達の足が一瞬止まる。
その隙を逃さないロークは男達の顔目掛けて、蹴りを入れる。
男達の一瞬の油断が命取りとなり、ロークの一撃で五人全員が床で伸びる。
「ぁ…ああ………ぅあッ――!」
ロストワンデ公爵家の跡取りがロークの殺気に負け、もつれ気味の足にムチを打って床を走る。
恥や家名の事などとうに忘れ、無様にも顔を涙と鼻水で濡らし衛兵の元へと走る。
「やっ…奴を殺せ! 僕を殺そうと侵入した、殺し屋だ!。ロストワンデ公爵家の財産を狙った者達だッ!」
男が鼻水をすすり、満面の笑みを向ける。
(これで、アイツも終わりだ――さっさと死ね!)
――と言う事を考えてそうな顔に、ミーシャは笑ってしまう。
直ぐ様集められた衛兵達に大声で『奴を殺せ』と命じる男と、その後方からもう一人の老人が衛兵達に静止を命じる。
「衛兵よ。全員その場から動くなッ――!」
唐突な命令に狼狽えてた衛兵も、直ぐ様道を明け直立で老人の歩く道を作る。
「なっ…!何故です、父上!」
男が老人に意見すると、父上と呼ばれた老人が男の頬を強力な平手打ちで黙らせる。
「このバカ息子が……この私に恥を掻かせおって…恥を知れッ! ――皆様この度は私めの息子が迷惑をお掛けしました」
老人が突如頭を下げ、その驚いた行動に周囲から声が溢れる。
「ち……父上!先に仕掛けてきたのはアイツです。僕が楽しく話をしていたら、急に――」
「お前の言う楽しいお喋りとは…護衛で囲み。脅迫紛いな物の事か?それならば、なおさら許さぬ。相手側のご息女に失礼極まりない!」
衛兵に床で伸びた護衛を連れていかせ、老人がローク達ロベルト夫妻の前で軽く会釈する。
「今回の騒動は、完全に私の教育不足であった。娘さんにケガなどは無いだろうか?」
「あぁ、いえ……ケガは無いが…下の娘がすっかり彼に怯えてしまって……」
ミーシャとロークがミューナの横で震えているキークに気付くと、ロークはキークを抱っこしその頭を軽く撫でる。
それから、パーティーは騒動などが起きた為にそこで終わり、ローク達は帰路へ着いた。
既に昼間の買い物と夜間のパーティーによって疲れてしまったキークは家に帰ると直ぐに寝てしまう。
夜風に辺りながら、ロークはメイドが持ってきたコーヒーを飲みながら星空を見上げている。
背後から忍び寄るミーシャの気配に気付き、驚かせようとしたミーシャを逆に驚かせる。
驚かされたミーシャは、頬を膨らませロークの背中を何度も何度も殴り付ける。
小さく女性の細い腕で何度も殴られても、痛くも痒くもないが、ロークは大袈裟にミーシャの拳から逃げる。
中庭から聞こえる男女の声に、ロベルト夫妻は笑みを浮かべてその光景を眺める。
書斎の窓から、中庭を見詰めている理事長は自分の孫が元気になった事が嬉しかった。
2日後の昼からメイド達が屋敷の中を忙しそうに走り回っていた。
その理由としては、先日のパーティーの非礼を詫びようとロストワンデ公爵家の者が来ていた。
いつもの名家のお嬢様と言った服装ではなく、平民間丸出しのラフな服装から、お嬢様な服装にメイド数名の手を借りた。
はや着替えをしているとキークから聞かされ、ロークは寝起きから笑っていた。
そんなロークを置いて、応接間で待っていたロストワンデ公爵とその息子が堅苦しい服装でミーシャを待っていた。
ロベルト夫妻の隣に座ったミーシャを見て、ハルマーンと公爵が、話を始める。
内容としては、先日の謝罪から始まり、これ以上の家名に傷付く事を恐れての世間に向けての話であった。
壁にもたれ掛かって話を盗み聞きしていると、メイドの中で最も高齢なメイド長がロークの耳を掴みその場から引きずって行く。
話は途中で聞けなくなったため、途中で帰ってきたミーシャに尋ねることにした。
「話は済んだのか?」
「うん……でも、少し大変な事になったかも…」
ミーシャの心配を気にしてか、キークがミーシャへと抱き付いてきた。
すると、部屋のドアを数回叩く音共に、例の男が話し掛けてきた。
「ドアを開けては貰えないか?」
キークは小さな悲鳴を挙げ、ミーシャがドアへと近付こうとするとミーシャよりも先にロークがドアノブを回し、男の前に現れる。
高貴な身分な家に、養子として迎え入れられたロークがラフな服装で男の前に立つ。
「き……君は…なるほど、普段から会っていれば……ミーシャさんの妹さんも懐くわけか」
「キークは俺の妹だ。ミーシャやロベルト夫妻とは、血の繋がりは一切ない。無論俺もだ」
突如、ロークが男とその後ろに待機していた老人を見詰め、キークを呼ぶ。
「ほら……最初から怖がってたら、キークの魔獣師って言う夢も叶わないぞ?魔獣だって、怖がってたら仲良く馴れんだろ?」
静かに頷いたキークがミーシャに付き添われるように、男の前に立つ。
男自身からの謝罪の言葉を効いているキークを横目にロークはポケットの中で震える端末に目を落とす。
『――休暇終了。本部へ出頭せよ』
そのメールを見たロークは自室へと向かい、黒から貰ったピアスを片耳に付ける。
支度を終え自室の扉を開け、屋敷を後にしようとする。
後方から、自分の名を呼ぶ声がする。
振り向けば、キークやミーシャが走って向かっていた。
ロベルト夫妻と理事長もゆっくりとこちらに歩み寄って来ている。
ロークに抱き付いたキークは顔を埋めて、ローク抱き付いたまま泣いていた。
「心配すんなよ。本部へ出頭するだけで、また帰ってくるよ」
キークの頭を優しくなで、涙で濡れた頬に触れる。
キークは何度も頷くが、頷く度に涙が溢れていた。
キークを背中から抱き締めるミーシャ。
ハルマーンがロークの頭を軽く撫でる。
ミューナは手に持っていたハンカチでキークの涙を拭う。
理事長がロークの背中を叩き、気合いを入れる。
もう、心の底から声を大にして言える。
―――行ってきます―――




