五章十九節 ロークの『決意』
黒焔騎士団の大会議室は、重たい雰囲気で幕を開く。
先ほどまでの威圧的な雰囲気はどこへと行ったのやら、黒は物凄く目線が泳ぎ。
何度も何度も同じ人物を横目に見てしまう。
それは、黒に限ったものではなく。
その場に居る、暁やじい様、銀隠とマギジなどの元反逆者、ハートと紅や笹草の禁忌。
アリスと天童旧黒焔とステラとリーラなどの新黒焔も同じ人物を、チラチラと見てしまう。
翔と大輝は、二人の間に座る佐奈に二人同時に「女って化粧一つで、見た目まで変化するのか?」などと言ったヴォルティナの代わり映えが化粧の影響なのかと尋ねる。
当然の如く、佐奈は溜め息と共に二人の質問を無視する。
化粧一つであれほどの変化が出来得るならば、変装などもはや見分けることすら出来なくなる。
アルフレッタとユタカタが微妙な雰囲気になっている会議室内を見て、どう話を進めるべきか意見を出し合う。
(おい…ユタカタ。この状況どうすんだよ、今後について話し合う前にヴォルティナの変化の疑問を解く会議になるぞ)
(私に振らないで下さいッ! 私だってこんな会議に出る事事態初めて何ですから、未熟者には荷が重いので……アルフレッタさんがお手本を)
(ざけんな。こう言う場面なら、普段からゲラゲラうるさい女が進行すれば良いだろ?話題が無くならないからなー…)
隣で真顔のまま殺気に似たオーラを醸し出す二人を見て、ヴォルティナは溜め息を溢す。
「お前達の考えてる事は自然と読める。ましてや、そんな気持ち悪いほどチラチラ見られていては、進む話しも進まぬ。率直に答えよう――」
話を切り出したヴォルティナが席を立ち、つい先日までの幼女の様な姿が消えた大人な女性の姿をしたヴォルティナが普段からしている腕組みが、豊満な胸を持ち上げる様な形なり。
佐奈やステラ達約数名の女性が胸の奥に何かしらのダメージを受けたのは黙っておこう。
胸を揺らして立ち上がったヴォルティナが、一呼吸開けて真実を話す。
「―――コレが、本来の私の姿だ」
次の瞬間、黒が机に突っ伏し暁が吐血を吐き、ハートが無表情のまま意識を手放す。
天童が笑い転げ、佐奈達女性組が揃って驚愕の表情でヴォルティナの身体をマジマジ見詰める。
ユタカタとアルフレッタが重たくなっていた空気が和らぎ、ほっと息をつく。
そして、ヴォルティナの幼女から大人へと進化した衝撃から、目覚めた暁とハートが深刻なダメージを最も受けた黒の肩を軽く叩く。
二人は心の中で「明日から身長でバカに出来ないな」と黒を優しく励ます。
その理由として、黒の身長よりもヴォルティナの方が高くなっているからであった。
ヴォルティナが席に付き、暁との戦いの最中で黒焔騎士団には在籍していない、一人の女性騎士の事を思い出した事を告げる。
「【瑠璃の皇女】の称号保持者って言えば分かるか? その称号保持者である幸崎千歳って子がね……。私の事を『ヴォルティナ姉様』って気持ち悪い呼び方されてな……思い出したんだよ」
ヴォルティナが今まで長い付きである黒達ですら背筋が凍るほどの、憤りが籠った顔で頭を下げてきた。
「……私には、千歳ともう一人妹が居るんだ。今も何処かで、たった一人で異形と戦いながらそこに住む人達を守ってるに違いない。それに比べて…私は…教え子の存在を忘れて、呑気にくつろいでる自分が許せないんだ! だから…だから……その…」
ヴォルティナの言葉を遮る様に、黒が机を力強く叩きその先の言葉を遮る。
その目はうっすらと魔力が流れ、青く輝いて見えた。
黒がゆっくりと立ち上がり、静寂に包まれた会議室でヴォルティナは薄々感じた。
どう足掻いても、世界の命運を左右する大規模な戦いを私情で抜けれる筈がない。
ましてや、未来の提案した波瀬攻略の可能性が低くなった今、ヴォルティナの様な金騎士は戦力として必要不可欠。
拳を強く握って、分かりきった言葉をただ待つのみ――「良いぞ」―予想通りの答えにヴォルティナは自分の気持ちを押し殺す。
「え?」
ヴォルティナが耳を疑うほどの予想を遥かに上回る返答に、座り直した筈が再度立ち上がり椅子が後方に倒れる。
「確かにヴォルティナが欠けるのは痛いが……万が一その『教え子』が中々使える人材なら、俺達の戦力として数えれるからな。お前の今後の方針として、まず教え子との接触。戦力として活躍して貰う」
黒の方針に満場一致で決まり、黒は「今すぐにでも、捜索と行きたいが……ヴォルティナ単身じゃ何かと不便で大変だと思う」その言葉を待っていたとばかりに、アルフレッタが会議室の扉を開く。
そこには、瑠璃色のローブを羽織った集団が扉の前で固まっていた。
【瑠璃色騎士団】の団員達と団長の幸崎が扉の前で、綺麗な姿勢で立っている。
「橘団長殿! ヴォルティナ姉様……ヴォルティナ様の護衛を私達に一任させて貰えないでしょうか?」
扉を潜り抜けようとしたのか会議室の絨毯に足を付けようとするが、幸崎は唇を噛み締めてその一歩を下げる。
本来、騎士団の会議にはそれ相応の力と能力を認められた者達に以外の入室は固く禁じられている。
今回の様に、誰かが招き入れる場合であっても、団長などの上位の者が入室を許可しなければ『敵』と見なされる騎士団もある。
例え、同じ団長と言う立場であったも構成メンバーや実績の差から団長自身にもランキングがされている。
他の騎士団が騎士団内の作戦や方針に異を唱える事すら、有り得ないものであるが、幸崎は自身の姉の身を案じている。
その幸崎の頑なな意思に負けたのか、黒は鼻で笑いヴォルティナの護衛を幸崎に一任する。
その為には、最も必要な儀式を早急に執り行う必要が出てきた。
突然の黒焔騎士団上位幹部ら全員が立ち上がり、幸崎を会議室内へと招き入れる。
そして、巨大なテーブルに新たに置かれた一つの椅子が意味する物に幸崎は全身に凄まじい稲妻が走る。
ヴォルティナの代わりではなく、新たに一席として黒焔騎士団の幹部に認められた瞬間であった。
「周りから見れば、俺と幸崎は騎士団を率いる大将だが、今より俺達黒焔と幸崎千歳率いる。瑠璃色騎士団は、正式に俺達の傘下に入って貰う。色々と都合があるかも知れんが……記憶の改竄から抜け出した者同士手を組もうぜ?」
幸崎としてはこの上ないほどの有難い言葉であった。
憧れのヴォルティナ姉様と同等と言えるほど憧れの騎士と、対等な席で会議が行える。
それだけで、幸崎は目頭が熱くなる。
テーブルに置かれた自身の席に座り、背凭れから直接背中に感じる暖かさと自身がこの席に座ったと言う想いを強く感じる。
「さて……これでようやく、話が進めれるな。と…思ったが、まずは幸崎の為に自己紹介と行こうか俺の左右に座ってるのが暁とハートだ」
黒と丁度正面に向かい合う様に座っている幸崎が背筋をただし、暁とハートに軽く会釈する。
今幸崎の目の前に集まっている者達は、現黒焔騎士団の形になる前に様々な勢力や部隊を率いていた者が大半であった。
この顔ぶれこそ、現在の黒焔の代表格と言っても過言ではない。
世界の敵と言われていた元反逆者を率いていた暁と、その右腕として動いていた銀隠が『幹部』として席に座る。
続いて『幹部補佐』の役に、じい様、マギジの二人が幹部の真後ろの席に座る。
禁忌の聖騎士と称されていた5名の騎士も先ほどと同じように、座っていく。
元々座っていたハートはその席のまま、アルフレッタ、紅、笹草、ヴォルティナを新たに『幹部補佐』としての席に座るために動く。
四天のメンバーは、既に力の上下関係を把握しているのか無言で翔と大輝が向かい合う様に席に座り、佐奈とユタカタも二人の後ろへと回る。
旧黒焔騎士団のメンバーである天童とアリスの二人を『幹部』の席に座らせ、補佐役にステラとリーラの二人を黒が指名した所でリーラは黒に抗議した。
が、黒はそんな抗議を意にも止めず話を進める。
「――リーラ、ステラ。この役は、二人じゃないと意味が無い。次世代の騎士を担ってるお前らの世代じゃないと」
「でも、それならロークさんや綾見さんでも――! ……いえ、何でもありません」
リーラが静かに席に座るのを横目に見ていた黒は、この幹部と言う階級を作った意味を話し始める。
指揮系統の安定化と迅速な作戦実行能力の向上を目的に、幹部を中心とした部隊に分け、元老院との衝突に備える。
この幹部制度を元に確実で強くなるよりも、各々の率いる部隊ごとに訓練すれば、一人一人の負担低下にも繋がる。
そして、孔明が試作中の団体行動を常に意識した包囲陣形で統率が取れていない異形を一気に殲滅するなどの作戦もゆくゆくは検討すると、黒は説明する。
新幹部として、大会議室の一席に座る幸崎千歳は、自分と正面で話を続ける黒を直視できないでいた。
本来ならヴォルティナに先日の謝罪をと立ち寄った所を、出会し謝罪をすると思いきや唐突なヴォルティナからの謝罪。
話を聞けば、自身に『妹』の存在を明かされる。
どうにかして、一人で仲間を探そうとしたヴォルティナを見て、千歳も付いて行こうと決意する。
この場に『付いて来るなッ!』と拒絶されても、ヴォルティナの元からは離れない千歳に折れたヴォルティナ。
今すぐにでも、大会議室にて黒からの返答を貰いたい思いが先走り。
近くにいたアルフレッタとユタカタに無理を言って、会議室の扉を開けて貰う。
許可を貰った身である自分が、何故ヴォルティナ姉様よりも互角以上の力を持つハートや暁と並んでいるのか分からないでいる。
様々な討論が行われ、会議が終わると暁と黒が席に座ったまま、ヴォルティナと幸崎を呼ぶ。
暁が神器の力を解放し、別空間と自分達の空間が繋がり、幸崎の世代では名を知らない者は誰一人として居ない女性が現れる。
モコモコな白パーカーに黒いワンピース姿の彼女は、どこか近寄り難いオーラが出ている。
触れようとしても、煙のように消えてしまう目の前女性は微笑み、ヴォルティナの頭部に天童と同じく稲妻を発生させ、貫く。
「ネダムノット・グールムメメント・オグゾーバー」
しばらく立ち眩みで倒れたヴォルティナが目を覚まし、何かを決意したヴォルティナは早々に支部を後にする。
「あ……それと、幸崎! 出発する前に自分の団員からお前の補佐官を推薦しとけよー。ヴォルティナ奴大丈夫か、ヘロヘロしてたけど?」
「問題ないでしょ。未来の言葉をそのまま鵜呑みにしたのなら……事の重大差に気付いてるよ」
『…ど言うことだ?』と尋ねる黒に、返答せずに暁は能力を解放していた神器【十國】を鞘に戻す。
『5分』だけと黒に伝え、暁も会議室を後にする。
空間が徐々にゆっくりとだが、縮み始めるのを確認した黒は、未だ会うことが叶わない恋人と、5分と言うとても短い時間の中で笑い会うのであった。
最後に未来が満面の笑みで黒の頬に優しく触れると、空間が粒へと変わり景色は元通りとなる。
いつの間にか流れていた涙を拭い、黒は会議室を後にする。
「少しでも、話はできたか?」
部屋の前で待機していた暁が、イヤホンを外し音楽を止める。
「お前の修業の成果か知らんが…神器解放時の魔力軽減だけが成果ならもう少し、成果らしい成果が欲しいな」
「言ってろ……未来から重大な話ってのは聞かされたか?」
黒は首を横に振り、暁に背を向けてその場を早々に立ち去る。
十國の刀身を見詰め、暁の眉間にシワが寄る。
天童、ヴォルティナ、暁の三人だけが未来から聞かされた重大な話を暁は信じたくはなかった。
しかし、三人の思っている以上に天童に接触した者から虚偽は晴れず。
虚偽は確証へと変わる。
「天童――ヴォルティナさんと千歳さんが抜けた今が、好機って思うかな?」
暁が支部内の通路を、目的の無いままただ歩いている暁がいつの間にか後ろに付いていた天童に意見を求める。
無言のまま頷いた天童が丸サングラスに切り替え、普段からどこか不抜けている天童の目付きが変わるのを暁は肌で感じる。
「その、肌を刺激する駄々漏れのオーラ控えてくれない?」
「こりゃ…失礼。まー未来様の言ってた通り、アイツの言動は不自然だったな。何せ―――」
天童が丸サングラスから覗く瞳が殺意と怒りで満たされ、ジャケットの胸ポケットから取り出した黒手袋をはめ、つり上がった頬を片手で隠す。
「―――俺が十二単将って知ってる奴なんて…敵にしかいねーよ」
暁と肩を並べて歩く天童、記憶改竄によって知る人はほとんどいない事実がある。
現在の黒が知るよしもない事ではあるが、2年前の翔と暁は他の騎士からの印象は黒の隣を守る鋼の盾そのものであった。
『左将軍』『右将軍』と他の者から呼ばれ、『四天』と呼ばれる者達を束ねる者と『十二単将』を束ねるこの二人の『将』の存在こそが難攻不落と呼ばれた黒の力象徴であった。
そして、そんな象徴と呼べる十二単将には天童と言うズバ抜けた化け物の存在があり、今その存在が元上官である暁と共に行動を始めたのであった。
黒が早急に選抜するようにと言われていた、幸崎の補佐役。
幹部補佐に幸崎の騎士団で参謀の役目を担っている目楠 蕘と言う女性が選抜される。
団長自らの推薦もあってから、蕘も断る事をしなず即答する――そして、多くの書類とファイルで溢れた瑠璃色騎士団の専用執務室で蕘は涙目で書類整理を始める。
その仕事は、本来ならば団長である幹部に付いた千歳とその補佐である蕘の二人が中心の仕事である。
が――幹部である千歳はヴォルティナの後ろに付いて、『妹弟子』探しに出ていた。
「ぅぅ……ッ! 姉様の…バカ―――ッ!」
本日2度目の現実逃避と思われる叫びが橘支部全体に響き、瑠璃色の執務室を通り掛かった職員達が同情の意味を込めたお茶を差し入れに向かう。
黒と翔の二人がテーブルを見詰めて、唸り声を挙げている。
二人はかれこれ、一時間近くテーブルを睨み付け作戦を練っていた。
「……もう一度確認するけど…孔明いないの?」
「…いない。居たら気絶させても、ここに連れてきてる」
二人は溜め息を溢し、溢れた地図と書類の山に身を委ねる。
こう言った頭を使った話は、黒と翔は苦手であった。
黒焔の参謀と言えば、孔明やアリスと言った知能の高い者が挙げられるが、現在はアリスと孔明は各部隊を召集し『実戦に向けた訓練』と称して、『皇宮』へと向かってしまった。
隠密行動を得意とする佐奈と五右衛門は、三奈達新人団員の訓練と称して、『大和支部』へと向かってしまった。
暁と天童を誘って4人でむさ苦しく会議をしようと言って、仕事を任せようと企んだ二人ではあったが、当の本人は行方をくらましている。
ステラやリーラと言った新人にも、経験と思って会議関係の仕事を経験させようとしたが、大輝同様に出来るだけ安静にと言われる始末。
「アリスと佐奈があんなに動いてんだ。大輝だって問題ねーだろ? なー翔」
「外じゃなくて、大輝は中に問題がある。怒りに任せて魔物の力を使って、体が悲鳴挙げたんだ。ステラやリーラも、今後の事を考えて会議とかよりも訓練させた方が良いだろ?」
翔の言うことも一理あると思うが、早急に手を打ちたい気が早まってしまう。
窓に肘を置いて、外を眺めている黒を見てコーヒーを勧める。
「所で…愚者の二人はどこだ? 訓練が一番必要なのはアイツらだろ?」
黒が窓を閉め、必要が無くなった書類をまとめて隅に置くと「二人に訓練は後回し」と応える。
今の二人に必要なのは、『覚悟』と『勇気』であった。
豪華な佇まいな大きな屋敷の中を一人走り回る少女は、拾った子犬――と思われる巨大な狼男を横に屋敷の中を走り回る。
大和で暮らしていた住居を大和のお偉いさんに返し、後見人となった星零学院理事長の家に迎えられた。
大きめのバックを片手に、はしゃぐキークと狼を掴み落ち着かせる。
玄関を開けてくれた二人のメイドを横目に、ロークは呼吸を整える。
流石は『理事長』と呼ばれるだけはある、家の仕事を適切にこなすメイドや庭の手入れを行う庭師。
料理人に至るまで全員が、底知れぬ力を普段から隠している。
初めて来た者であるロークを警戒しているのか、そのオーラをロークに分かるように出している。
自分がこんな事で怯える他愛ない者か試されているのか分からないが、ロークは屋敷の主と思われる三人の家族に気づく。
ゆっくりと気品溢れる風貌と身嗜みの女性二人が、ロークのキークに笑みを見せる。
正面に立つ杖を付いた男が、ロークに手を差し伸べる。
「ようこそロークくん、キークくん。君達は、これから我が家の――家族だ」
狼と一緒になって歓迎されていることに喜ぶキークだが、ロークはどこか『家族』と言う言葉に、胸を痛めていた。
ロークとキークが案内された部屋はとても広く、キークの部屋には巨大な勉強机と様々な本が本棚となって敷き詰められていた。
この家の家主である『ハルマーン・ロベルト』の配慮によって、魔獣師を目指すキークにとってこれほど恵まれた環境はそう無い。
柔らかなソファーとベッドは、女の子向けの可愛らしい動物やピンクを基調としている。
ロークの部屋も、騎士に関する本や様々な武術や魔法に関する本が置かれていた。
「ここは、君達の部屋だ。好きに使ってくれて構わない。それと……敬語はやめてくれ――今日から家族なのだから」
キークは実の父親と思って、抱き付いては満面の笑みで屋敷を見て回る。
豪華な花瓶や絵を見ては、「ハルマーンさん!ハルマーンさん!」と興味を引かれた物を指差しては、尋ねている。
血の繋がった実の親を亡くしてロベルト家に抵抗があるかと思われたキークに問題は見当たらない。
そうハルマーンの妻である『ミューナ・ロベルト』は思った。
日が傾き、月明かりに照らされた庭をテラスから眺めるローク。
胸に手を当てれば、鼓動が聞こえてくる。
しかし、その鼓動が本当に自分の心臓から発せられているのから、分からなくなってくる。
綾見と甲斐での修業で掴めたこの力は、多くの人を守る為に使うと綾見と誓いを立てた。
『誰かの人生を紡げるなら後悔何かする必要がねぇよ』
今のロークにとってはその誓いが崩れそうになっていた。
今の環境なら、キークは1人寂しいのを我慢する事もないと思う。
暖かい布団と後見人となった家の人達も優しく、キークの寂しさを和らげてくれる。
「――ぐッ! ……ッ…」
綾見と同様に、ロークの首に痣のような紋様が浮かび上がっている。
愚者魔法の影響によって、紋様が浮かんでるいると黒が言いその後に起こる現実も教えてくれた。
「一度の愚者化で、心臓が魔物化し……徐々にゆっくりと確実に魔物へと近付く…か…」
初めての愚者化を終え、黒が同席しての検査した際に黒から言われた事が頭から離れない。
『二人の愚者魔法の元となった魂……いわゆる『魔物』は俺の黒竜と鬼極丸だ。綾見が竜でロークが鬼……どちらにせよ、お前らは俺の忠告を無視して愚者化を果たしちまった…』
黙って俯く黒に、二人は首筋に現れた紋様を摩りながら黒の忠告には感謝していた。
『後悔はない』そうその場では言っているが、綾見は元々騎士を目覚して大和に住む母親を頼った。
しかし、ロークは違っていた。
ただ普通にごく平凡な生活を手に入れるために、力を付け平和を手に入れた。
キークや亡くなった両親に誇れる男になると啖呵を切ったが、内心不安で仕方ない。
キークの前では、虚勢を張って自分を保つがいざ真夜中になっめ月を見上げると、自然と込み上げてくる。
『覚悟を決めろ』とこの魔法を託された時の黒は、この事を心配していたんだ。
使う旅に、心が抜け落ちていく恐怖に一人耐えなくてはならないのは、疲れる。
死ぬのは別にどうでも良い……ただ妹の事を考えると堪らなく怖い。
それは、死に恐怖していると言えるかも知れたい。
ただ純粋に、キークが大人になっていき『この人…私の彼氏』『お兄ちゃん……私は今幸せだよ』って言いながら、結婚式を迎える妹の隣で笑ったり涙を流す事が出来ないんじゃないかと考えると戦場に立つのが怖い。
「――ローク…さん?」
不意に隣から掛けられた言葉に、ロークは嗚咽を圧し殺して流していた涙を拭うのを忘れる。
頬を伝う涙と、真っ赤に晴れた瞳から目の前の女性は、ロークを優しく抱き締める。
「ミーシャ…さん……」
あまりにも突然抱き締められ、ロークは恥ずかしさに顔を染めミーシャを自分から引き剥がす。
「ミーシャさん。やたらめったら異性に抱き付くもんじゃないっすよ。勘違いされたら、ミーシャさんも嫌でしょ?」
「何で…何でそう他人行儀なのよッ!」
ミーシャは出会って間もないロークの頬を思いっきりひっぱたく。
ミーシャの瞳から涙がこぼれ、ロークは叩かれた事よりもその涙の意味が分からず椅子から落ちる。
月明かりがミーシャの顔を照す。
整った顔立ちにきれいな瞳は、まるで太陽と言えるほど暖かく心癒される瞳である。
その瞳も今は、雨模様。
椅子を立て直すロークは、ヒリヒリとする頬を摩り、ミーシャを見詰める。
彼らロベルト家も、理事長同席時に黒から聞かされている。
綾見とロークの2名は、既に人の可能性は低くいつ魔物へと変化するか分からない状況である。
「ミーシャさん。俺は、この家が好きだ。キークがあんなに笑って、はしゃいだのも久しぶりに見れたし……ここなら、安心して任せれる。本当なら、綾見みたいに実の親に任せたかったけど、死んじゃうったからな……俺はあんたらを信用する。――妹をお願いします」




