表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
難攻不落の黒竜帝  作者: 遊木昌
五章 虚ろな夕闇の摩天楼
114/181

五章十七節 佐奈の調律


 隊士達が尻込みする中で、一人の男が仲間の間を抜け、路地へと向かう。


 「――波瀬に報告か……」

 手慣れた手付きで端末を操作し、波瀬の端末に連絡を入れる。

 路地を足早に進みつつ、後方のステラ達と戦う隊士を嘲笑うかの様な笑みを浮かべる。

 端末の画面が切り替わり、端末に視線を落とす。

 『やぁ…僕の忠実な僕。定期連絡にしては、速いが……もしかして、予定通りじゃ無いのかな?』

 「――結論から申しますと、黒焔がこちらで確保した十二単を奪還しに来たと思います。我々の情報が漏れてたか…裏切りですかね?」

 『可能性としては、裏切りもあるかもしれない。それか、……戦乙女と接触したかもしれないな』

 男は、端末に写る波瀬の顔が苛立ちから歪むのを見て、背筋が凍る。

 波瀬と男が少しの間沈黙していると、波瀬は不気味な笑みを浮かべ男に提案する。


 ―――戦乙女を……()()()()()()()――と。

 男は波瀬の命令に静かに頷き、端末の画面が暗いまま少しの間見詰める。

 数分後、男は別の誰かに向けて端末を操作する。

 「あぁ私だ。戦乙女(ヴァルキリー)についての情報が欲しい。例えば――()()()()()()()とか」

 男は端末を閉じ、提供された情報を元に波瀬から受けた任務遂行の為、足早に王都を後にする。





 ステラとリーラが四方八方から迫り来る隊士を捌きながら、二人は後方を走る仲間の為に壁となる。

 ステラが足で地面を軽く引っ掻き、霜柱が徐々に大きくなりリーラの後方に分厚く巨大な氷壁を造り出す。

 隊士の行く手を阻む巨大な壁を前に、隊士達は標的を一旦リーラ達に向ける。

 それとは別の部隊が氷の壁が薄い部分を壊し、遠回りをして先に進む。

 ステラとリーラの相手をするにしても、王都の中枢へと向かった6人を追う必要がある。

 万が一でも、十二単将と接触すれば元老院に勝ち目はない。

 屋根づたいからアリス達の邪魔をする者と大通りを一直線に進み先回りする者の更にふたてへと別れる。

 着々と中枢へと距離を縮めるアリス達の速さに、隊士達は更に焦り始める。


 「見つけたぞ!2時の方向に3ッ――!」

 隊士が声を挙げると、いち速く気付いた碧の紫電が空を走り隊士の身体を貫く。

 一瞬の出来事に、敵を前にして目を反らした事を後悔するよりも意識を手離す。

 しかし、遅く隊士の大人数が屋根からアリス達の頭上から襲い掛かる。

 いち速く反応したのは、両手を真っ赤な炎で染めた茜が石畳を叩く。

 石畳を吹き飛ばし火柱が上がり、数名の隊士を凄まじい熱量と風圧で上空へ吹き飛ばす。

 次々と現れる隊士の数に、彼女達の足が止まり始める。



 「ねぇ……碧姉…この状況って何て言うんだっけ…?」

 茜が冷や汗を掻きつつ、恐る恐る隣で拳銃と小銃に銃弾を装填する碧に尋ねる。

 碧が息を吐き、深呼吸すると冷静に現在の状況を述べる。


 「――私達の四方は囲まれてます」


 アリスと佐奈がカトラスと小刀を構え、目前に迫る隊士に刃を向ける。

 目標の王宮地下は目前に迫っているが、感じな王宮への道が隊士に阻まれる。


 「諦めるんだな。貴様らに我々、元老院を前に勝ち目など……元より無いも等しいッ!」

 後方で声を挙げる男が、右腕を下ろすと一斉に隊士がアリス達目掛けて走る。

 地鳴りに似た怒号と、石畳を踏み叩く隊士の足音がアリス達の周囲から鳴り響く。

 この絶対絶命の状況に、活路を見出だした者がただ一人存在した。




 「――闇を纏え。『魑魅魍魎の主(ぬらりひょん)』」



 佐奈の魔力が周囲に霧散すると、真っ黒な霧が王都を包み込み敵味方関係無く。

 その姿を披露する。


 「佐奈ッ! 本気でやるつもり?」

 アリスが尋ねる事を最初から分かっていた佐奈は、自身の全身に覆い被さる闇の中から笑みを見せる。

 真っ暗な闇の中から、微かに読み取れた佐奈の表情にアリスは頷く。


 「全員――走ってッ!」


 アリスが碧と茜の背中を押し、殺女とマギジの二人が王宮の扉を破壊し正面で待ち構える隊士を魔法で一掃する。

 隊士の中を切り開く殺女とマギジに続いて、碧と茜がその後ろを続く。

 そして、アリスは佐奈の後方でカトラスを持って階段上から隊士を睨む。


 「ここから先は、簡単に通り抜けれないと思って……もちろん――死ぬ覚悟は出来てるよね?」

 カトラスを破壊された扉の前に突き刺し、巨大な水流が扉を持ち上げ、王宮内への扉を塞ぐ。

 「……アリス。私一人で……十分なのに…」

 「私は佐奈が、心配なの。魔物(ギフト)使えばどうなるか自分が一番分かってるでしょ?」

 闇の中から聞こえる佐奈の声はどこか不満そうではあるが、長年共に異形と戦った中だから分かる事がある。

 闇が隠してはいるが、その顔はどこか嬉しそうであった。



 「行くよ……アリス…」

 「了解――タイミングは任せるね」

 アリスが階段から隊列を組む隊士の頭上を軽々と飛び越える。

 佐奈を覆っていた闇が晴れ、黒と赤を基調とした和服の装いと真っ黒なショートヘアーが今は見る影もない。

 白髪と所々に地毛であった黒色が残り、腰近くまで到達するほどの長髪と肩に羽織った羽織からは時折高濃度な魔力が漏れていた。

 「……行け…『ぬらりひょん』」

 佐奈が小刀の鞘を抜き、その場で軽く一閃する。

 刃の軌跡がハッキリと視認出来る事に、その場の隊士は空中で徐々に薄れる軌跡をマジマジと見つめる。

 そして、隊士の大半が()()()()()()()()()()()()()と誤った解釈をした――その時―



 最前列で佐奈に刃を向けた隊士の数名が、大きく回転しながら後方へと吹き飛ばされる。

 そのあまりにも歪な光景に、隊士の歩みが止まる。


 「…良いよ。みんな、やっちゃって……」

 佐奈が後方に退きながら刀を振るい空中に軌跡を幾つも残し、次第に軌跡が黒く染まり。

 異形ともま違った異質な存在が姿を現し、軌跡から何体も出現する。

 「―――【百鬼夜行】……名付けるとしたら、この技名かな…どう…ぬらりひょん?」

 『ワシにいちいち確認する必要あるか? 主が良いならそれで、良い。さっさとせんと、主の魔力がすっからかんになるぞ?』

 佐奈の背から現れた男は肩に刀を担ぎ、佐奈と同様の装いの姿から魔物であると判断出来る。

 佐奈が小刀を軽く振る度に、魑魅魍魎共が軌跡から這い出ると地を滑るようにして隊士に襲い掛かる。

 しかし、魑魅魍魎達の猛威から逃げ延びた者達が佐奈に刃を突き立てる。

 左脇腹と喉、腹部と左太股に突き刺さる槍や剣の刃先からは鮮血が辺りに飛び散る。

 敵の一人を倒したことに歓喜する隊士達ではあるが、つかの間の喜びも一瞬にして切り捨てられる。


 後方から放たれた砲声と同時着弾した砲撃に、巨大な窪みが出来上がる。

 アリスがカトラスを振るい、距離を離した隊士にはアリスの頭上に現れた大砲から放たれる砲撃によって、吹き飛ばされる。

 先ほどまでの整った石畳が、今は所々が捲れ上がり窪みが数えきれないほど出来上がっている。

 凄まじい土煙が絶え間なく隊士達を空高く吹き飛ばす。


 「退くなッ! 今を逃したら、我々に完璧な勝利などあり得んぞ!」

 声を挙げ、隊士達の士気を高めると一斉にアリスの元へ突撃する。

 あまりの無謀さに、呆れ果てるアリスは左腕を払いアリスの動きに会わせるように隊士の頭上から巨大な錨が姿を見せる。

 地面を抉りながら隊士を、なぎ払うアリスはカトラスを地面に突き刺し魔力を流す。

 石畳を突き破るように現れた巨大な帆船に隊士達は、混乱し慌ててその場から逃げる。


 周囲の建物を崩しながら帆船が地面を滑る。

 アリスが帆船に魔力を回し、更に帆船の速度が増すと思われたその時――帆船が粉々に破壊され、その余波によってアリスの体は王宮の壁に縫い付けられる。

 透かさず意識を取り戻そうとするアリスに拳を叩き込む人影から、アリスを助け出す佐奈。

 満身創痍なのか、先ほどに比べて羽織と髪が短く元の服装へと戻っていた。

 意識を取り戻したアリスはその場に手をついて、自分を吹き飛ばした者の顔を睨む。


 男は妙な笑みを浮かべ、部下の隊士に目線だけ送る。

 すると、数名の隊士が連れた者達の姿にアリスと佐奈は驚愕し、数分間固まってしまう。

 「おいおいおーい……固まっちまったよ。おい! その四人をコイツらの前に放り投げろ」

 「ですが隊長…敵の仲間を解放するのは―――」

 男は自分の命令に意見してきた隊士の下顎を平手打ち一発で粉々に砕き、その者の顔を掴み地面に突き刺す。

 地面から血が吹き出し、男は自身の手を滴り落ちいく血液を振り払う。

 男はそのまま地面に倒れている一人の女性を持ち上げる。


 「はい。君達のお仲間だぞ? 大切に扱えよ?」

 放心状態の佐奈とアリスの前に投げられたのは、意識を失ったままのミシェーレとミッシェルであった。

 二人は全身を痛めつけられたのか、服の上からでも分かるほどに所々から血が滲んでいた。

 さらに、男の背後からは拘束されたリーラとステラが抵抗しつつも隊士の腕に引かれて歩いていた。

 「ごめんなさい……不意を突かれてしまいまして……」

 「くッ! んッ!………はぁ…面目ありません。私の力量不足でした…」

 リーラとステラの二人が佐奈とアリスの足を引っ張った事実に、唇を噛み悔しさを滲ませる。

 「こうも強い奴と弱い奴の差があると、苦労が絶えねーな。俺も自分じゃ自覚ねーけど……最強と釣り合う部下ってのは、数十年生きてるけど会った事がねー」

 男は、未だ現実を受け止めきれないアリスと佐奈を交合に見ると、戦意を失ったと判断したのか後ろで待機していた隊士達に射殺を命じる。

 横一列に並んだ隊士の一斉放射、隊士の持つ銃から硝煙が昇り男は深く息を吸い、男の鼻腔を擽る硝煙の香りを堪能する。

 香りを楽しみ、無様に絶命した騎士の最後を見ようと男が振り向く。

 しかし、そこにはアリス達の死体所か先ほど捕まえた捕虜の姿さえも無い。

 男が近くの隊士の胸ぐらを掴み、彼女達をどこに消えたのか問う。

 そして、全隊士達が揃って笑い『目の前で血だらけになって倒れている』と意味の分からない事を喋りだす。

 頭でもイカれたのか幻でも見ているのかと思ったその時、男は事前に話された情報に『高度な幻を見せる騎士』の存在を思い出す。

 辺りを見回すと、王宮の扉付近に空間の亀裂を見付け高濃度な魔力を干渉させる。

 辺り一帯を対象とした広範囲な幻に、これまで踊らされていたと分かると男の眉間にシワが寄る。

 腕の血管が浮き出ると、続いて首や額に血管が浮き彫りとなる。



 「テメーら、ぜっっっってぇ―――ブっ殺してやるッ!」


 怒号に似た叫びと共に男の全身の筋肉と言う筋肉が肥大化し、王宮の壁を殴り壊す。

 すると、破壊された壁から黒い闇を纏った佐奈が石畳の上に綺麗に着地する。

 「嬉しいぜー……お前だけ残ってくれて、女だろうが男だろうが関係ねぇ。ボロ雑巾になるまで引きずりまわして、その傷付き汚れた醜い体をお前ら騎士団本部に丁寧に届けてやるよッ!」

 男が脚に魔力を巡らせ、勢い良く跳躍し佐奈との距離を一瞬にして縮める。

 振り上げられた丸太のような剛腕を黙って見詰める佐奈に、男は更に怒りを覚える。


 「―――死にやがれッ!」


 剛腕が佐奈の体を枝のように軽々とへし折り、叩き付けた石畳が吹き飛び。

 凄まじい揺れと亀裂が王宮の壁に亀裂を与え、周囲の半壊した建物が次々と崩れ落ちる。

 粉塵が辺りを包み、視界が閉ざされた王都に響く男の雄叫びが粉塵を吹き飛ばす。

 男は足下に目を向けると、深く空いた石畳の穴と上半身が存在しないぐちゃぐちゃとなった女の死体を黙って見詰める。

 心の底から快感を覚え、左手に残る未だ暖かく柔らかい女特有の肉の感触に身悶えする。

 (やっぱ……男よりも女の方が気持ちいい! 男とは比べ物にならない。あの柔らかな肉の感触と男の本能を滾らせる血の香り! 堪らねぇなおいッ!)


 男の頬は赤く染まり、地面とほぼ溶け合った肉片を掴み取ると生暖かい肉の感触を堪能する。

 次の瞬間には、その感触も血の匂いも無くなり破壊された壁や地面だけがそこにあった。

 まるで、さきほどまで何も無いただの地面を殴っていたとばかりな現実に再度怒りが込み上がる。


 「幻ばっか見せやがってッ! 逃げてばかりじゃ……俺には勝てねぇぞッ――!」

 男は近くの瓦礫を片手で掴み、所構わず瓦礫を投げては佐奈が隠れているであろうと予測出来る場所を次々と破壊する。

 さきほどまでの、瓦礫の山は男が投げた瓦礫によって粉砕され崩れてしまった。

 見通しが少しは良くなり、男の雄叫びで男の半径数メートルは小さな瓦礫すらそんざいしない。

 男の顔は、怒りが抑えれないのか鼻息が荒く血管が終始浮き彫りとなっている。


 そんな男を空高くから見下す様に見下ろす佐奈は、都全体を寒さから守る結界はあるものの遮断されずに通り抜ける。

 すこし、肌寒い風を肌で感じる。

 月明かりによって、男は自分の遥か上空に停滞する佐奈の姿を視認する。

 不気味なまでに歪んだ笑みは、男が佐奈を捕まえ一思いに殺さないようにどういたぶり遊ぶかを考えているのが、佐奈からは手に取る様に分かる。


 (……醜い人…他人を弄ぶ事に、快感を覚え。…女性を性的な目でしか見れない。………男の中でも最底辺の――グズ野郎)

 『主はそんなグズ野郎を、どうすんだ?』

 佐奈は小刀を手放し、左腕を上に向け右側を下に向け自分の体と垂直に合わせる。

 「闇を纏え……『ぬらりひょん』」

 再度と佐奈の体に纏わり付いた闇の羽織と佐奈から漏れる闇が辺りに霧散する。

 そして、凄まじい勢いで再度佐奈の元へと辺りの魔力を巻き込みながら集まる。



 「――日が昇り、朝日が訪れる。――日が沈み、夕焼けと共に『闇』が訪れる。――月が満ちれば、我らは踊ろう。――朧気な満月と共に、朝が来るまで踊り明かそう――」


 佐奈の両腕がゆっくりと動くと、次第に周囲の月明かりがその月光が増し始める。

 三日月だった筈の月が徐々に満月へと変化し、瓦礫の影や建物の隙間から闇の魔力が大地を染め上げる。


 「踊れ踊れと……狂乱舞踏。あれやこれやと騒ぎ明かそう――」


 佐奈の両腕が水平になると、地面であった場所が男が気付いた時には湖のように見渡す限りの水面と化す。

 男がその幻覚に驚き一二歩下がると、水面に波紋が生まれ波紋は止まることを知らない。

 佐奈の両腕が垂直へと代わり、初めと左右反転した状態に変わると男が見ていた景色もガラリと変わる。

 空を覆っていた闇が晴れ、頭上と水面に浮かぶ二つの巨大な満月と幾千にも輝く星の煌めき。

 佐奈が水面にゆっくりと着地すると、二つの波紋がぶつかり合いながら、その大きさを変えて男の足下を通過する。



 「幻と夢の【幻夢魔法】……【闇魔法】…二つの魔法を合わせた…調律魔法……【朧裏月(おぼろうらづき)】」

 佐奈の両目が青紫に光を放ち、ゆっくりとこちらに歩みを進める。



 「……ごめん。アリス…みんな……」

 佐奈は両腕を広げ、水面に着地した際に乱れた黒色のマフラーを手早く直す。

 徐々に伸び始める長髪と肩に羽織った羽織は、さきほどまで漏れていた魔力が一切漏らずに羽織としての形を留める。


 「来いよッ! 女騎士!」

 「纏え――『ぬらりひょん』ッ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ