五章十三節 北の大陸へと向かう
暁の魔力によって、一時的ではあるが未来がいる空庭と黒達の次元が繋がった。
触れる事はできないが、声や表情は未来にも伝わり自分達も未来の声や表情が伝わってくる。
『それで、こうして私の空庭に繋がったのは波瀬の攻略法でも聞きたくなったの?』
「まず、あるのか? 2年前にやりあっただけのお前がよく短期間で波瀬の攻略法を見出だせたな」
黒は空庭の空を眺めながら、未来が知りうる波瀬攻略法に耳を傾ける。
ミシェーレとアリスが未来の隣で手帳を開き、波瀬攻略法を書き留めようとする。
全員が黙りその場が静かになった事を未来は確認すると、波瀬攻略に最も必要な条件を話す。
『まず! 天童君は、こっちに来て…私の側に来れば問題無いよ』
「…へ? 俺?」
理解できない天童と、天童以上に未来の考えが読めない全員が天童の背中を目で追う。
未来の正面に立った天童に未来は両手を広げ、天童のこめかみに人差し指を近付ける。
触れる事は出来ないと分かっている黒達は、さらに未来の行動に疑問を抱く。
「ネダムノット・グールムメメント・オグゾーバー」
未来が呪文を詠唱すると、右の人差し指から稲妻が生まれ、天童の頭を貫き左手の人差し指を抜ける。
天童が頭を稲妻に貫かれたと同時に、天童はその場から二歩四歩と後退する。
何が起きたのか、数秒後には天童の表情は険しい物へと変化し更に数秒でも元のふざけた天童へと変わる。
「いやー…驚いたよ。心配すんな皆、2年前に渡しておいて俺の魔力を返したもらっただけだよ」
陽気に笑いながらも、急激な魔力の増減の影響でふらつきその場で膝を折る天童。
次第に荒くなる呼吸と真っ青に変わる顔色に、周囲の者達は不安その物であった。
『じゃ……本題に入るね。黒ちゃんとハート以外の皆は、これから波瀬よりも先に、十二単将を探して、きっと今の黒焔には必要だから』
空庭内で黒達の戦力拡大を願う未来とは、うって変わって団員達は首を傾げ、仲間同士で複雑な表情を浮かべる。
現在の地球は、主に4つの大陸を中心とした四大陸に別れており。
日本の様に島国として生活できる島は存在しなず、ほぼ全ての国や地域は、この四大陸に集中し共に支え合って生きている。
その理由として、異形はなぜか孤立した地域から襲う傾向がある。
日本列島へと進行する異形達に戦力を向ければ、他の大陸ではほとんどの異形は現れることはない。
現れても、数百から数える程度しか現れない。
その為、日本列島は四大陸からは『囮の島国』『捨て駒国家』等と言われてはいるが、事実。
―――四大陸のどこよりも安全で危険が少ない。
その理由として、最も適切なのは―――12人の帝王が列島に鎮座するから――と言われていた。
現在では、その数は減りに減り。
今では正確な数を答えれる人は、数少ない――いや、ほとんど知らないだろう。
「うわーん…寒いよー! 暖めてー【爛陽竜】ー」
焦げ茶色のコートに身を包んだ茜が赤紫色の眼鏡を外し、涙目で顕現させた爛陽竜の炎で暖まる。
「茜…隣開けて、寒くて手先の感覚が……」
茶色のコートに身を包んだ碧が、赤色の手袋を外し茜の隣に座り同じく爛陽竜の炎の前で、姉妹仲良く身を寄せ合う。
「二人共、この位の寒さが何だ! シャキッとしてはどうだ。子供は風の子と昔は言っていたらしいぞ 」
コートだけのミシェーレとコートに手袋とカイロをポケットに入るだけ入れた橘姉妹。
カイロの数は、コートと服のポケットに入ってたのと驚かれる位の量である。
「仕方ないですよ。竜人族の方々は寒さに弱いですし…普通の我々人間もこの寒さは堪えます」
大輝が白い吐息を吐きながら、空から落ちてくる雪を眺める。
「まぁ…ね。北の大陸は寒さが異常って聞いてから、覚悟はしてたけど……大輝は平気見たいね。……見た目からして分かるけど」
アリスが大輝に冷たい目を向け、金色の髪色と大抵の人の目線が頭へと向かう。
大輝の頭には、大きな獣の耳が立っており金髪よりも印象が強い。
そんな、獣の耳へと全員の目線が行くのは、氣志真 大輝と言う人物が獣人族であるが故だろう。
金色に色付く頭髪と耳は、フサフサとした毛皮に覆われており、何とも暖かそうであった。
服の下から現れた巨大な尻尾は、小さい子供一人を隠せるほど大きい。
モフモフとフサフサの毛皮をして、雪が降るこの瞬間を一人楽しむ大輝。
黒焔騎士団一同は、大和から北の大陸へと向かう為に大異空間発着港にて、北の大陸へと足を踏み入れる。
そして――北の大陸では、昨晩の大雪によって空港職員が除雪作業に追われている。
橘姉妹は北の大陸特有の寒さにやられ、普段しっかりしている碧は猫のように丸まり。
新天地では、テンションが人一倍高い茜は爛陽竜の炎を見詰めている。
そんな彼女達の意外な一面に驚きつつも、アリスは溜め息を溢しつつ未来が唱えた波瀬攻略の糸口の一つである。
『十二単将』を探すために、北の大陸で最も人口が多い大都市である『北神の都』へと向かう。
「何か…悪いわね、ミッシェルにこんなに荷物を持たせちゃって…」
「ううん…とんでもないわ、ミシェーレちゃん。この位の量なら、ヘッチャラよ。バーバラさんの所で働いてた時は、もっと重いものも持ってたから」
ミシェーレとミッシェルの二人が、雪の止む気配の見えない『北神の都』へと向かっていたが……想像以上に橘姉妹の体調が優れず。
一旦雪が落ち着く見込みのある、明日以降に十二単将探索を持ち越す事となる。
ミシェーレとミッシェルが、アリス名義で宿を取った場所へと向かう。
木製の扉をゆっくりと押し開き、ブーツの回りに付いた雪を落とし部屋へと入る。
薪ストーブの正面を陣取った二人の女性が、毛布にくるまって寝息を立てる。
ベッドに座り、温かいコーヒーで一息着くアリスと殺女。
バックから取り出した銀弾などの携帯品の点検を行う、ステラと佐奈。
奧の台所では、鼻歌混じりに野菜スープを作るリーラとマギジ。
ミッシェルとミシェーレが買ってきた物品一つ一つを、手にとって確かめる佐奈とミシェーレ。
「はーい。皆さんスープ出来ましたよ」
リーラとマギジの二人が、人数分の野菜スープを持って台所から現れる。
ひとまず、リーラ達が作った野菜スープを飲み体の芯から暖まる。
薪ストーブの真ん前で横になっていた二人の姉妹を、アリスが揺すり起こし湯気が立ち、野菜を柔らかくなるまで煮込んだ野菜スープを手渡す。
寝ぼけ気味の二人が、もたれ掛かりながら口に運んだスープの美味しさに酔いしれる。
「あのー…1つ質問良いですか?」
リーラが恐る恐る手を挙げ、全員の目線を集める。
「皆さんは…『十二単将』って何かご存知何ですか? 私は…記憶が改竄されてる以前に……十二単将と言う名称としか知らなくて…黒焔が誇る部隊の隊長とは聞いてますけど…」
佐奈とアリスが回りを見回すと、ミッシェルとミシェーレも同じようにリーラ同様にアリスと佐奈に尋ねる。
「もしかしてさー……二人は記憶があるの? 私は、改竄の後遺症的なので記憶が曖昧何だ」
「私も…ミシェーレちゃんと同じよ。なーんか覚えてる気がするんだけど…良く分からないのよね。記憶にあっても思い出し難い…? って感じかしら?」
首を傾げるミシェーレとミッシェルの二人に、アリスがコーヒーを飲み干し、野菜スープを一口飲む。
「……私も、確実な事は断言出来ない。でも…確かな事は、佐奈さんの肩書きにある『四天』は、1つの枠組みだと思う。黒焔にとっての最高戦力の一部と見てもらって良いかな。……ただ、十二単将と言う枠組みが、何の為に存在するのがまでは分からないのよね。思い出そうとしても、その先の記憶が曖昧で…十二単将に『将』って付いてるから、元々あった黒焔騎士団の十二の師団長と何か関係あるのかもね」
アリスもミシェーレ達同様に軽度な改竄の後遺症によって、記憶が入り交じっている。
未来の波瀬攻略法に最も必要不可欠な『十二単将』を、黒焔騎士団創設メンバーであるアリスでさえも、確かな情報を持っていない。
アリスの話が終わり、静寂が部屋を包み誰一人として話をしない空気になる。
すると、タイミングよくアリスの通信端末が鳴り、アリスの顔を曇らせる。
「そう言えば……碧さん達の具合が優れないから、大輝達男子組は先に都に向かったんだよね?」
「うん。私も、そう聞いてるよ。ただこの寒さと雪だからそんなに早く着くとは思わないけど……波瀬?」
アリスが床に端末を置き、端末の画面が全員に見えるようにする。
そこには、大輝と数名の男性団員が鎖で宙吊りにされた写真が匿名で送られてきた。
無論、アリスの端末の識別コードを知らない者が、アリスの端末に写真を送る事は不可能に近い。
この写真によって、アリスは黒焔内に内通者の存在と自分達の動きを波瀬に割れている事を理解する。
「直ぐにここから、離れよう。元老院は既に私達の動き読んで、先の先まで行動をしてる……完全に後手に回ってる」
アリスが神器であるカトラスを鞘から抜き、雪で視界が閉ざされた窓の外をカーテンの隙間から覗く。
そこには、気付きにくいが数名の元老院隊士の姿が確認できた。
「ミシェーレさんとミッシェルは、相手の攻撃を防ぐ壁役に徹して、リーラさんとステラさんで敵の撹乱と仕留めれる敵は仕留めて。橘姉妹を殺女と佐奈で守ってあげて……マギジは戦えるの?」
「冗談でしょ……何なら、敵は私で一掃するから皆はリーラの作ったスープでも飲んでて」
マギジが胸のホルスターから2丁の拳銃を取り出し、素早くセーフティを外す。
壁に背を付け、カーテンの隙間を覗き敵の位置と正確な数を確認する。
拳銃に弾倉を挿入しコッキングと共に、カーテン越しに外で待ち構える元老院隊士を撃ち抜く。
予測していなかったのか、隊士の数名はマギジの放った銃弾と砲声に不意を突かれる。
建物を囲むように配置された隊士達は、突然の砲声と肩を押さえて倒れる仲間の姿に慌てふためく。
間髪いれず、マギジは拳銃の引き金を引く。
空薬莢がマギジの足下へと散らばり、間もなく隊士達が自身の持つ拳銃でマギジ達の居る建物へと一斉射撃が始まる。
建物は途端に崩れ、瓦礫の山となる。
銃を構えた隊士達が、瓦礫の山を見て回り碧達の死体を確認しようと近付く。
しかし、そこには碧達の死体どころか服などの痕跡すらも存在しなかった。
「おいおい…これは、一体どういう事だー? なーんで奴等の死体が無いんだ? ここまで、動かしといて『ハイ。収穫無し』…で済むと思ってんのか?」
周囲の瓦礫を退かし、碧達の痕跡を必死に探す隊士の間を通る一人の男が苛立ちを隠さず瓦礫を踏みつける。
「さっさと、探せッ! 奴等を都に入れたとなったら、本格的に手が出せなくなる。その前に何としても探して殺せ!」
隊士達は瓦礫の中を探し続け、何とか痕跡を探し当てようとする。
「クソッ! 俺は一旦波瀬に連絡する。それと地図を寄越せ。……どうやっても、ここから都に行くには一旦南下して町の列車に乗るしかない。そこに、隊士共を直ぐに配置しろ! 今すぐだ!」
隊士の数名が、近くに止めてあった馬に飛び乗り雪道を駈ける。
男も続いて、馬に乗り都へと1人先に向かう。
アリスの咄嗟の判断とステラの魔法によって、碧達は一命をとりとめた。
「雪魔法【雪化粧】」
隊士達から遠く離れたそこには、1面真っ白な銀世界に足跡が続いている。
しかし、雪の影響によって足跡は直ぐに消される。
数人分の足跡と白い息だけが、碧達の現在地を教えるのみ。
次第に森へと入っていく碧達は、出来うる限り都へと近付く。
「一旦ここで暖を取りましょう。碧さんと茜さんの体力が持ちません」
「そうですね…ホントに竜人族は、寒さに弱いのですね」
アリスが洞窟へと向かい、寒さをしのぐ為に薪ストーブの横に貯めてあった薪を集め魔法で火を付ける。
リーラとステラが震える橘姉妹を殺女と佐奈の背中から下ろし、火の近くまで連れていく。
声を発する体力すら無いのか、ただ震えながら火の近くで暖まる。
「アリス……来て」
佐奈に呼ばれたアリスが、地図を広げて手招きする佐奈の側へと向かう。
「なに、佐奈?」
「予想はしてたけど……隊士の数人が目的の…列車をマークしてる。このままだと、敵の罠に…ハマる」
佐奈が掌から霧状にまで可視化させた魔力を操って、映像を造り出す。
映像には、列車が到着する度に数十人体制の隊士達が乗客一人一人に目を光らせていた。
どう見ても、列車を使うのはリスクが大きい事が見てとれる。
「…佐奈はここをどう突破するの? 列車を使わず行けば、まず間違いなくみんな揃って凍死よ?」
「……橘ブランド…」
佐奈が小声で呟いたその言葉に、ミッシェルとミシェーレが即座に反応し、アリスが頭を抱える。
『橘ブランド』とは、橘黒を筆頭に数名の技術者が遊び半分で手掛けた簡易的な魔術を封じ込めたカプセル式の道具を扱う組織である。
情報操作や隠蔽と言った裏の仕事も引き受けおり、少し闇が深い組織である。
そんな組織の総帥であった橘家当主の竜玄の意向によって世界各地の異形を人知れず葬っていた。
現在はほとんど機能しておらず、組織が解体されたのかも定かではない。
ブランドを手掛けていた工房は、竜玄の妻である薫の妹であり、黒達の叔母の神影が有効活用している。
月に一度のペースで『新作』やら『改良品』と表して送られては来るが、どこか欠点が存在する。
そんな橘ブランドに取り付かれた1人の女性団長が、『風式 佐奈』である。
元々隠密系の家系で生まれた彼女は、物心着く頃には忍者としての才能が芽生える。
黒達創設メンバーに黒焔騎士団にスカウトされ、橘ブランドと出会う。
「佐奈は、欠点だらけの不良品を信じ過ぎよ……。今の橘ブランドは危険極まりない」
アリスが佐奈の考えていた作戦を聞くよりも先に否定し、却下する。
しかし、佐奈は食い下がる所か胸ポケットから取り出した『小型手裏剣偵察機』通称『スカイVII』を自信満々に構えアリスに手渡す。
無論、アリスもこの偵察機の扱いは知っている。
それどころか、この偵察機の欠点も理解している。
通常の手裏剣よりも、より軽く小型にすることで敵にもバレず偵察機として役目を果たせる―――が、軽く仕上げ過ぎた為に空気抵抗を受けやすく尚且つ、小型であるためどの方向から帰って来るか分からない。
そんな欠点に悩まされている橘ブランドの製品。
唯一問題無いのが、魔法を封じ込めた簡易魔術カプセルだけである。
その他の製品は、どこか欠点が必ず存在する。
「信頼は地に落ち、品質よりも量を優先した橘ブランド何て…宛にするだけ無駄……」
アリスは佐奈の側から離れ、震えながら火に当たる姉妹元へと向かう。
すると、自分の袖を捕まれ冷めた目で袖を見る。
そこには、うつむいたままの佐奈がいる。
何度も袖を引っ張るが、佐奈の手は一向に離れる所か力が強まってくる。
このまま無理に剥がせば、面倒が増える。
「じゃ…佐奈の案を聞くけど、成功確率は?」
佐奈がアリスの袖を離し、全員を集めての作戦会議を始める。
「2番線~2番線。間もなく~…停車いたします。黄色い線の内側でお待ち下さ~い。間もなく…2番線に列車が停車します――」
駅のホームは列車の動く車輪の動く音が響き、ひっきりなしに増え続ける人混みの多さに佐奈達は、汗を滲ませる。
「皆……こっち!」
息を切らせながら、比較的人が少ない場所に集まるアリス達は先ほどまでの寒さを感じさせないほどの汗が見える。
駅ホーム内は特殊な魔力障壁によって、寒さを感じない特殊な空間になっている。
その為、寒さで元気を失っていた碧と茜も元気その物であった。
しかし、佐奈は元気良く伸びをする茜の口を塞ぎ背後から迫る3名の元老院隊士を睨む。
「……作戦通り…頑張ろ…」
佐奈が小さくガッツポーズを決め、不安なアリスを他所に全員の支度が終わる。
「見付からないな。隊長の命令だと…ここの可能性が十分あり得るけどなー」
「流石に、騎士達もここを使うのはあまり得策とは思わないだろ? 連絡だと、森近くまで追跡したって話だろ? 森から都へ向かうならこの列車使わないと凍死するぜ?」
「確かに…森だって雪で道は不安定だし、雪の多さで体力も奪われる。列車が一番安全で快適だからな」
元老院隊士の横を人知れず通り抜ける家族連れに隊士の1人が気付く。
「おい。あの家族怪しくないか? 情報では、10人の女だろ? あの家族も10人だ」
隊士の1人が、早足でかけ1人の女性の肩を掴む。
「すまないが、少し話を良いか?」
「ふぁい?(はい?) ふぁんでふふっかぁ~?(何ですか~?)」
赤紫色の眼鏡をかけた女性は、駅前で買ったと思われる肉まんをリスのように頬を膨らませた顔に、隊士は驚き咳払いをし質問をする。
「失礼。元老院隊士の者だ…あなた方はどこから来たんだ? それと、目的と目的地を教えて貰いたい」
「ふぁッ!(はッ!) まふぁかのふぁんふぁんってふぁあふか?(まさかのナンパってやつですか?)」
「コイツは何を言ってるだ?」
「どう…したの……お姉ちゃん…」
赤紫色の眼鏡をした女性の背後から青色の眼鏡を恥ずかしそうに必要に弄り顔を赤く染めた女性が顔を少しだして、隊士を見る。
「あら、やだ。この歳でナンパって流石は私の子供だな」
黒色の眼鏡をかけた母親と思わしき女性が、二人の背中を押して、隊士の前へと踏み出させる。
「何じゃ? 孫達も遂に男が出来たのか? と言うことは…私が生きてる間に……ひ孫の顔が拝めるね~…」
旅行用と思わしき鞄やリュックを持った執事服の二人の女性が老婆の手を握りながら、ゆっくりとホームを進む。
「ねぇママ。私は二人の恋を応援しようと思うの!」
「良いんじゃない? でも…私は姉さんの子供達には、もっとふさわしい子達が居ると思うかな?」
元気にはしゃぐ子供を抱き抱えて、女性が老婆の後ろを付いて歩く。
「失礼。列車の時刻が近いので、この辺で宜しいですか?」
一目で分かるほどに武道に慣れ親しんだ執事服の二人が鞄を片手に会釈する。
「ああ……あッ! いや、質問がまだった。目的地だけでも教えてくれないか?」
「奥様は、『南の都』への観光です。それでは――」
執事服の女性が軽く会釈すると、既に離れていった主人の元へと早足で向かう。
「んで…当たったか?」
「いや、外れだ。見た目や声音を変えれるほどの変装道具を奴らは持ってる何て情報は受けてない。それに、雪が降り続ける外で悠長に変装の支度する分けないだろ?」
「確かにな、一瞬で変装するか町の中でしか準備出来ねーしな」
隊士達は、次々と列車に乗り込もうとする乗客に一人一人しらみ潰しに探す。
「流石は佐奈の作戦ね。案外まともな性能の品だったわね」
アリスが二人の娘を持つ母親の顔の皮膚を剥がす。
「確かに、素晴らしい特殊メイクですけど……何で私が妹役何ですか?」
「碧姉に『お姉ちゃん』って言われるの凄く変な感じー」
姉妹のメイクを剥がしながら、碧と茜も佐奈から渡された橘ブランドの性能に驚いていた。
「でしょ? 皆も……これから、ブランド使って……」
老婆の背中を突き破るようにメイクを破って剥がす佐奈に、再度驚く一行。
「ホントビックリよね~。声だけでなく、身長とか体重まで偽装できる何て……どんな技術なの?」
執事服姿の女性四人か次々とメイクを剥がし、リーラ、ステラ、ミシェーレ、ミッシェルの順番で変装姿から元の姿へと戻る。
「てか、今さらだけど…何で私が母親役なの? そして私の娘役が殺女なの? 逆の方が合ってない?」
「私もこんな小さな子供に偽装するなんて、予想すらしてなかった」
子供の体から、スラリとしたスタイルの殺女が丁寧にメイクを折り畳む。
直ぐ様、隊士が見ていない隙に列車へと駆け込む。
列車にさえ乗り込めれば、こちらの勝ちは必須であった。
いくら元老院隊士の権限でも、車内を彷徨くのは許されない。
その為、大人数で駅ホーム内に目を光らせる。
「でも、何で1度南に向かうの? このまま都に入れば良いんじゃない?」
マギジか背もたれから身を乗りだし、後ろの席に座る佐奈とアリスに尋ねる。
「結論から言えば、北の都に向かうと途中の駅で乗り換えないと行けない。そこで、隊士に見付かる可能性が高い。先まで使ってたメイクを維持して行ければ良かったけど……この特殊メイクのメリットは手早く魔力で形を整えれはそんなに時間を掛けずに変装出来る事で、デメリットが維持出来る時間が数分で溶けて使え物にならない。都手前の駅までが大体約20分だからその前に溶けてちゃうらしい」
アリスがメイクのひと欠片を手に持ってマギジに渡す。
先ほどのメイクの切れ端がポケットに入っていたらしく、既に10分が過ぎようとしている。
次第にその形は、液状へと変化し様々な色に適応したメイクが魔力の影響で黒く変色する。
「確かにコレじゃ…維持は難しいね」
「それ…に……同じような見た目には…二度とならない。その時の……温度とか湿度で微妙に違った者が出来ちゃって、変装が見破られる原因に…なる」
佐奈が何かに気が付いたのか、透かさず両腕から現れた細長い黒色な針を四方に投げる。
佐奈が席を立つと、全員がその意図を理解した。
数秒後に、突如として列車の窓諸とも壁が吹き飛ぶ。
ガラスの破片や木材が辺りに散らばり、立ち込めた煙の中から銃弾が車内を飛び跳ね、急いで10人全員が椅子を背に隠れる。
「いや~…情報貰った時は焦ったよ~。まさか、北神の都に向かってると思ってた奴等が南の都に向かってたとはな~…やってくれんじゃんッ!」
男は懐から銃を取りだすと、間髪いれず碧達が隠れているであろう席に発砲する。
その中には、無関係な乗客の方へと流れ弾が直撃し辺りからは悲鳴と別の車両へと押し寄せる人が続出する。
無関係な人間でさえも、彼からすれば標的を仕留める為の捨て駒が道具でしかない。
転がった死体を踏みつけ、亡骸を弔うな事もせずに邪魔だと言わんばかりに端に蹴り飛ばす。
そのあまりの態度に、リーラが痺れを切らして飛び出す。
「待ってたぜ! ――可愛い子ちゃんッ!」
男はリボルバーの回転式弾倉に素早く銃弾を装填し、リーラの額に向けて引き金を数回引く。
銃口から煙を挙げて、二発の弾丸が列車の天井と壁を貫通する。
リーラの袖を引っ張った茜が懐から構えたピストルを男に向けて発砲。
男の頬を掠めた弾丸に、男の目付きが変わる。
袖から飛び出した二つ目のリボルバーが茜のピストルを吹き飛ばす。
素早くリボルバーの引き金を連続して引き、席の1つを粉々に吹き飛ばす。
吹き飛ばした席から煙が立ち込める。
男は、自身の背後から数人の人影が別車両へと動いたのを察知した。
「ほぉー……この俺様から逃げれるとでも思ってんのか?」
男は2丁の拳銃から空薬莢を排出し、再度新たな銃弾を込める。
隣の車両へと向かうために、扉を蹴破ろうとする。
しかし、扉が半開きのままであることに不信感を抱き、破壊した壁から屋根へと登る。
案の定、扉登る前には透明な糸で手榴弾のピンと扉が繋がれた簡易的な罠が仕掛けられていた。
ただの人間である彼が、扉を蹴破っていれば至近距離での大爆発を食らい体は飛散していたであろう。
「バカか? こんな罠に俺が引っ掛かる分けねぇだろ――」
男が隣の車両へと向かい窓ガラスを突き破り、侵入する。
すると、目の前にはテーブルに座り小刀を磨ぐ佐奈の姿があった。
「何? 俺の相手をしてくれんの? いやーこんな可愛い子に相手して貰えんだ。――本気で相手したら、つまんねぇな」
男が拳銃を構えるよりも先に、男の両腕が崩れ落ちる。
真っ赤な鮮血がテーブルや壁を赤く染め、床に大量の血が流れ血の池を作る。
男が拳銃を構えた所には、血液が付いてようやく分かるほどに細く鋭利な糸が設置されていた。
男が怒号に似た叫びをあげるよりも先に、佐奈が指を振る。
男の首が綺麗に両断され、真っ赤な血飛沫が噴水の様に噴き出す。
「――残念」
佐奈が小刀を鞘に納め、黒色の手袋をはめ直し軽く腕を振り五指から伸びる糸が元に戻る。
そして、隣への車両へと向かうための扉を締め切る。
無論――男の侵入をこれ以上許さないためだ。
「こここここここここ……殺す。ここここで、おおおおまえを? 殺す!? のごがいちべん良いんじゃない? よよよよきよき…良きぃぃぃぃぃぃぃぃぃウゲェゲゲゲェ――」
流れでた筈の血液が次第に集まり、取れた首や腕が変な形にくっつき始める。
首が120度変化したまま再生した男は、先ほどまでとは状況が変わり。
異形なその見た目と脳機能を失ったのか、口からは大量の涎と白目が特徴的な顔と二の腕から裂けた両の腕。
完全化け物へと変貌し始める男の姿に、佐奈はもう一度嘆く。
「残念……人として…死ねなくて――」
佐奈はマフラーで口元を隠し、袖の中から数本の針を手に取り構える。
「ウゲェゲゲゲェ………ギャバババババババッ――!」
不気味な声と共に、両者が踏み込む。




