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難攻不落の黒竜帝  作者: 遊木昌
五章 虚ろな夕闇の摩天楼
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五章十節 明日を掴む為に『現在』


 四方八方に張り巡らされた糸の一本一本は、羽毛のような重量に鞭のようなしなやかさを持ち、鋼よりも強力な強度を併せ持っていた。

 道化が糸を飛ばし、素早い動きでヴォルティナを翻弄する。

 そして、それを追うヴォルティナの瞳は金色に輝き異様な魔力を纏っていた。

 「範囲拡大…対象を確認…照準固定……磁気操作…」

 ヴォルティナが言葉を発すると、その言葉通りに世界が形を成す。


 「何て言う反則的な神器なのでしょう。アリスさんのと良い勝負です……よッ!」

 道化が背後から突如出現した巨大な砲弾を身を翻して躱わし、次々と自分を狙う砲弾を躱わし続ける。

 薄い魔力で囲まれた範囲内を抜け出した道化は、背後に迫っていた砲弾が範囲を抜け出した途端に灰へと変わり果てるのを確認する。

 「この肉眼ではほぼ見えない、薄く膜状に張られた魔力壁が貴女の神器が影響を与える範囲と言う訳ですか――中々面白い能力ですね」

 「なるほどね、能力を見破ったその洞察力は凄いな。でも……能力を理解した所で、神器から逃げられると思ってるの?」

 ヴォルティナの瞳が輝き、膜の範囲が更に伸びる。

 道化もその事を瞬時に理解しその場から飛び退くが、道化を上回り速さで範囲を広げられてしまう。



 「神器――解放(パージ)ッ! 【鎮魂と幻想の理想郷(アヴァロン・システム)】」

 範囲内の風景が一変し、道化とヴォルティナの回りには色鮮やかな花達が咲き誇り。

 様々な動植物が風に靡かれ、鳥達の声が風に乗って聞こえてくる。

 道化は辺りを見回し、その風景を目に焼き付けている。

 道化にゆっくりと近付くヴォルティナにさえ気付かずに、風景を眺めている。

 (残念だね。私の力を甘く見ているからこうなるのよ……)

 ヴォルティナが短剣を道化の首筋に突き刺し、鮮血が血飛沫となって足下に咲いていた花を赤く染める。

 そして、色鮮やかな花が次々彼岸花へと変わりだす。


 『貴女こそ、私を少し侮っていませんか?』


 ヴォルティナが声のした方へと振り替えるよりも先に、道化の手がヴォルティナの口を押さえつける。

 徐々に意識が無くなっていくヴォルティナは、途切れる意識の中で道化を睨む。

 道化の手袋に睡眠薬らしき仕掛けが施され、ヴォルティナの背後から意識を刈り取る。

 例え凄腕の魔導師や騎士であろうとも、不意の一撃が致命傷になる事は十分ある。

 そんな事は知っているヴォルティナでさえも、道化に背後を取られてしまった。

 「さて…これで私の仕事は終わりですかな? 直ぐにミシェーレさんの所に連れて行かなければ……」

 眠りに付いたヴォルティナの腰に手を添えて、抱えようとした一瞬の隙に、ヴォルティナは握り続けていた短剣で道化の首を狙う。

 道化が透かさずヴォルティナを投げ捨て、その場で跳躍して距離を置く。

 仮面に亀裂が入り、頬を伝う血液に道化は『あと少し反応が遅れていたらただでは済まなかった』と再度ヴォルティナの動きに警戒する。

 しかし、ヴォルティナのはいごを取った際は確実に口を押さえつけ睡眠薬を嗅がせた。

 それは、確実で眠った事も把握していた。

 それでもなお、ヴォルティナは立ち上がって自分に刃を突きつけた。

 無意識の状況では到底不可能な行動に、道化は顎から滴り落ちる汗を拭う。

 「まさか、完全に眠っていない? いや、そんなまさか…」

 道化が裾に着いた土を払い、ヴォルティナの方を見詰める。

 そこには、眠って倒れてると思われたヴォルティナが道化に向けて中指を立てて佇んでいた。



 「さーて……第二ラウンドだ――」



 目映い閃光が理想郷内を駆け巡る。

 強化魔法を重ねに重ねた末の閃光戦闘は、一瞬で理想郷の花を吹き飛ばす。

 先ほどまで鮮やかな花は捲れ上がった土や薙ぎ倒された樹木によって影も形もない。

 と言っても、そこは神器を発動させたヴォルティナの幻想空間。

 作り物の世界が幾ら壊れても、ヴォルティナの魔力がある限り何度も再生する。

 

 そして、ヴォルティナが造り出した幻想空間と言うことは――()()()()()()()()でもあった。

 戦闘中は周囲を魔力の微少な揺らぎで危険を判断する事が可能な者や、音魔法で周囲の音を拾い危険を音で感知すると言った熟練者が存在する。

 そして、道化もまたその一人であり理想郷内に充満しているヴォルティナの魔力を感知し、理想郷内の樹木や岩石などの物体が背後から飛び込んで来ようとも道化に掛かれば、脅威ではない。

 全て飛んでくる場所が分かっていれば、その位置から少し動ければ問題はない。


 雨のように振り続ける砲弾や剣などの、ヴォルティナが理想郷で再製した武具の数々が道化に振り掛かる。

 道化は顔色一つ変えずに、その猛攻を躱わし続ける。

 徐々に底が見え始めてきた魔力に、ヴォルティナは焦りを隠せずにいた。

 「おや? もうよろしいので?」

 道化が汗だくになったヴォルティナの前でハンカチを取り出し、ヴォルティナに差し出す。

 ヴォルティナが道化の手を払い除けると、魔力酷使による負担により、口から大量の血を吐き出す。

 咳き込み何度も血を吐き出し、涙目で道化を睨む。


 「覚えとけ……クソ…ピエロ………」


 糸が途切れた操り人形の様に、ヴォルティナは目を閉じた。

 道化がヴォルティナの元へと駆け寄り、鼻唄混じりにヴォルティナの額に触れる。

 直ぐ様道化はヴォルティナの治療を手早く終え、ヴォルティナを担ぎ上げる。

 「……こんな事は…もう終わって欲しいものですよ」


 道化役者が丘上へと向かい、各地で巻き起こる戦況が徐々に落ち着き始める。

 前線はほぼ崩れており、ハートやアリス達が前線を建て直そうと集まり奮闘する。

 紅とアルフレッタが後方へと下がり、笹草達医療部隊と負傷者の元に集まって危機的状況をどうすべきかを考えていた。

 「ハートッ! そっちはどうだ? 後方の援護と退路の確保は出来てる。一旦全員合流するぞ」

 『バカ言うな! 前線の敵をそっちに連れて行ける分けねぇだろ! ……それに、やっと開けた前線を閉じてどうする』

 既に満身創痍のハート達は、今だ下がらず前線を維持しようと奮闘する。

 しかし、後方へと敵の侵入を許してしまいハート達前線の部隊と後方の部隊は二つに別れてしまう。

 「早く助けないと、前線で孤立しているあの人達な危ないよ?」

 マギジとアリスがハート達から遠く離れた位置で衝突し、ハート達の加勢が不可能な状況へとなっていた。

 「ギャーギャーうるさいガキだな。ハートさんがあんなのにやられてたら、禁忌何て呼ばれてる筈無いだ――ろッ!」

 アリスがカトラスでマギジの拳銃の銃身を両断し、一気に距離を積める。

 だが、マギジは微笑みアリスの腹部に人差し指を向ける。


 「調律魔法【双弾(デュアル・アサルト)】」

 両手の人差し指から放たれた空気の弾丸がアリスの腹部を一瞬で貫き、アリスの動きを一旦止める。

 「――がはッ…!」

 マギジは一瞬の間を開けずに、アリスの背中に自分の背中を押し当て、アリスを倒れないように支える。


 「暁には殺さないように言われてたんだ……じゃあねー」


 マギジが指を鳴らし、アリスの太腿を真上から弾いた弾丸(アサルト)が貫く。

 地に這いつくばったアリスに、手を休めることなくマギジは指を鳴らす。

 四方八方から襲い掛かる弾丸に全身を貫かれたアリスは、静かにその場で倒れる。

 「ハァー…暁ー…これで良いんでしょ?」

 マギジの問に暁の返答は帰ってこない。

 不思議に思ったマギジが、暁の魔力を探そうと周囲を漂う魔力を感じ取る。

 マギジのいる場所から、数キロ先に微かに感じられる暁の魔力が大きくなったり小さくなったりと、不安定な動きを見せる。

 そんな安定しない魔力と、数名の元老院隊士の魔力が次々と消えていく。

 先ほどの安定したいなかった魔力は暁が戦闘を行っていたと、マギジは勝手に解釈する。

 そして、暁に向かって真っ直ぐ進む強大な魔力も同時に感知する。

 その魔力は黒の魔力であり、凄まじい魔力が暁を押し潰そうと襲い掛かる。

 そんな魔力を感じ取っていただけでも、マギジの額から汗が流れる。

 マギジはアリスを空間魔法で開いた大穴に蹴り入れ、暁の作戦を実行に移す準備を始める。

 「皆ッ! 暁が黒の相手をしている隙に、大勢の隊士を連れた元老院が来るかもしれない。各員は定められた位置を確実に死守して、良いわねッ!」

 「「「「――了解ッ!」」」」



 反逆者達が一斉に動き出し、ハート達前線の部隊とアルフレッタ達後方の部隊を囲むように配置する。

 完全に後方の退路を絶たれ、ハートは仕方なく前線の部隊を引き連れ後方へと下がる。

 「おい、アルフレッタッ! 後方の状況は……って、状況を理解してない奴はいないか…」

 ハートが手当てを受けているアルフレッタの元へ駆け寄り、前方でハート達の出方を伺っている反逆者達を睨む。

 「こっちに手を出さない所を見るに、何かの作戦なのか…俺達を殺す順番でも見極めてんのかねぇ…」

 アルフレッタが手当てを行った医療班の者に軽く頭を下げ、ハートの隣で現状の厳しさを痛感する。

 多くの負傷者と、破損したドライバなどの兵器が所狭しに放棄されている。

 アリスの神器で持ち込んだ銀弾や実弾も底を底が尽き掛け、現状を打破しようにも物資も人員が足りない現状に、アルフレッタは頭を抱える。

 戦闘をメインに活躍をしていた前線の『天童』『アリス』『ヴォルティナ』が今だ戻っておらず。

 全軍の中でも、トップクラスの能力を有する『翔』の不在も士気に関わっていた。

 だが、翔と同じ位の力を有する四天の佐奈や大輝とユタカタがいるお陰で何とか士気は大きく影響されずにいる。

 ミッシェルや千夏と言った最後まで、天童やアリスと共に行動をしていた二人達は少なからず敵の攻撃によって負傷者していた。

 その中でも、天童の命令で後退の援護を行っていた途中で深手を負ったミッシェルは体の半分を包帯に巻かれている。

 天童とアリスがノラとマギジを押さえている内に後退することが出来た者達も、その大半が負傷してしまっている。

 最初の段階で不利な戦況を強いられるとは思っていたが、ここまで不利に陥るとは想像もしていなかった。

 ハートが長剣を地面に突き刺し、杖がわりに持ち手に両手を置き、深い溜め息がこれまで積み上げてきた疲労を感じさせる。

 休戦とも言えるこの状況が、少しでも溜まっていた疲労や傷を癒すのに有効活用出来れば良いと思うハート。

 そして、それは敵も同じ事が言える。

 いつ襲って来るか分からない状況であり、傷や疲労の回復を行っている可能性がある。

 万が一にも、ここで攻め込まれれば一巻の終わりである。


 「――お二方も、どうぞ。まずは敵の行動の意図を把握するよりも、お腹を満たさないと行けません。傷が癒えた次は食事です」


 笹草が、スープを両手に二人に差し出す。

 「あぁ、ありがとう」

 「おう。貰うぜ」

 温かいスープが二人の体を芯から暖める。

 笹草達が一通りの手当てを終え、炊き出しで負傷者や動ける者達に簡単なスープやご飯を提供する。

 「笹草はどう思う。反逆者がここまで来て、手を出さない。その訳」

 ハートがスープを飲み干し長剣を腰に下げ直す、アルフレッタもスープを飲み。

 続々と動ける者達がハートの元へと歩み寄り、彼らを筆頭に現状の打破を目的とした作戦が練られる。



 「……作戦を練る必要なんか、無いよー」


 唐突にハートの背後から聞こえた声に、ハートは長剣に手を掛ける。

 ハートの速度を上回る速さで、ハートは両手を頑丈なワイヤーで縛られる。

 ハートの額に拳銃の銃口を押し付けた一人の女性が、唐突な奇襲に対応出来なかったアルフレッタ達を脅す。


 「良いですか、動かないで下さいよー…少しでも妙な動きしたら、ハートさんの頭が吹き飛んじゃいますよー」

 女は機械的なマスクで口を覆い、フードから覗く髪の毛はきれいな紺色。

 元老院の隊士が身に纏う真っ白な隊服は、腹部大胆に晒したおり、色気も十分。

 しかし、一同が彼女が晒している腹部に見える多数の縫い傷や火傷痕を注視してしまう。

 「ん? あー、これ? 良いでしょ…先生(マスター)に着けて貰ったんだ。良いことをすると、その分だけ――ご褒美をくれるんだ…」

 女は頬を赤く染めつつも、ハートの額に押し付けていた銃口を更に押し付ける。

 「きっと今回も、凄いご褒美かなー?」

 女は体をくねらせながら、身悶えする。

 ハートの命を掌で弄ぶこの女は、非常に危険なオーラを感じさせる。

 でも、何故味方である筈の元老院がハートに銃口を向けているのか理解不能でもあった。


 「一つ聞いて宜しいですか?」

 「ん……良いよー」

 笹草がゆっくりと挙げた手を見て、彼女は満面の笑みで質問を許可する。

 それと、同時に質問を終えた瞬間に、ハートを『殺し』その他の騎士を『殺した』後、彼女は笹草のその穢れ無き処女の綺麗な体を先生に『プレゼント』として送ろうと心の中で決める。


 「何故…元老院の隊士の方々が私達騎士団に銃口を向け、ハート様に銃口を突き付けるのですか?」


 ()()()の質問に彼女は一旦目を丸くし、間を開けて笑いだす。

 (まさか…()()()()()()()とか……ウケるッ!)

 「そっかそっか。そー、可愛そうだよね。……何も知らずに死ぬのは嫌だよね。だからお姉さんから、答えを教えてあげる!」

 女は腰に下げていたもう一つの拳銃で、笹草の額を狙う。



 「君達の認識は()()()()()()()()()()。禁忌とか、君達が率いる騎士団も本当は存在しない。架空の妄想騎士団何だよ」

 次の瞬間、ハート。アルフレッタ。紅。笹草の四人が急に苦しみもがく。

 声に鳴らない悲鳴と呻き声を挙げて、四人が苦しむ光景をただ見詰める団員達は呆気に取られる。

 彼女の魔法なのか、手練れである四人同時の精神破壊の魔法に、近付けない。

 後方から飛び出したユタカタを女は蹴り飛ばし、数発ユタカタの体に銃弾を浴びせる。

 蹴りの受け身でまだ動けないユタカタを大輝が抱き抱えて、走る。

 しかし、そんな彼らでさえも彼女の放った言葉によって、頭を抱えて苦しむ。


 「()()()()()()()()()()()。真っ赤な嘘だ」

 一人苦しむ光景を眺める彼女は艶かしい甘い吐息で全身に、六人の呻き声、悲鳴を感じる。

 だが、足下で倒れているハートが悲鳴や呻き声を挙げないことに気が付く。

 数回蹴るが反応もなく、死んだと思い拳銃の引き金を引く。




 「――()()()()()()()。…私達の……私の心の中にッ!」

 女の首をへし折り、透かさず拳銃を取り上げた佐奈は女の顔に銃弾を浴びせる。

 「…な……何故…苦しまない…! 記憶…修正の影響で…拒絶反応が起こる筈だッ――!」

 再び起き上がり、佐奈に掴み掛かろうとした女を佐奈は容赦なく少し曲がった首に蹴り叩き込み、確実に脊髄を砕く。

 「私は、確かに…記憶修正で苦しんだ。…でも、そこには、皆が……暁達、黒焔騎士団(ノワール)が居てくれた…だから、私も――戦えたんだ!」

 佐奈が拳銃とナイフを構え、前方の岩影や建物の影から次々と現れる元老院隊士を睨み付ける。

 四天と言われる佐奈でも、この人数を一人で相手取りつつ仲間を守るのは極めて厳しい。

 それでも、佐奈は一歩も退かずに目の前の隊士目掛けて突き進む。


 「我に光を…【戦神(オーディン)】ッ!」

 目映い閃光と共に光の柱が元老院隊士に襲い掛かる。

 回避行動を取る隊士達をも上回る速度で降り注ぐ雨の如き光の柱。

 砂埃が収まる頃には、埋め尽くさんと居た筈の隊士が地面諸とも消えていた。

 「…ハートさん。……記憶…戻った?」

 佐奈がマフラーを弄りながら恐る恐る尋ねると、砂埃が晴れていき目の前のハートは、前髪を掻き挙げる。

 「あぁ、もう大丈夫だ。アルフレッタ達はまだらしいから……俺らでやるぞ」

 ハートが長剣を鞘から引き抜き、天高く掲げる。


 「お前らの作戦はこうだろ? 記憶を弄った俺達騎士団と同じく記憶を弄った暁率いる反逆者で、戦わせて同士討ちを狙っていた。しかし、肝心な暁達が記憶を取り戻してしまった。だから、仕方なく俺達を消そうとしたが…記憶が戻って思い通りに事が進まなくなった……と」

 隊士の大軍勢が後方から迫り、ドライバを掲げて突き進んでくる。

 「――2年前も、お前らは俺達を利用して…黒を殺そうとした。それを救った暁殺そうとし……未来様の決断を無下にする所だった……」

 ハートが長剣を地面に突き刺し、涙を堪え隊士達を睨み付ける。

 「許さねぇ…仲間達の怒りを俺が変わりに晴らしてやるッ!」

 長剣が光輝き、神々しいまでの光が刃に収縮していく。

 刃全体に光の魔力が行き届き、ハートに宿る戦神の魔力も更に加わった長剣はより神々しい光を放つ。


 「神器、解放(パージ)


 極限まで圧縮された魔物とハートの魔力。

 神器が持つ力を解き放ったハートの両腕は小刻みに震え、今か今かと暴れだしそうな長剣を掴み耐える。

 ――その時が来るまで―――

 ハートが自分の頭上を勢い良く飛翔する黒色の物体を確認すると、力強く聖剣を斜め上に凪ぎ払う。


 「―――【聖剣(エクスカリバー)】」


 圧縮に圧縮を重ねた凝縮された魔力が今解き放たれ、ハートが凪ぎ払った聖剣から放出された高密度な光の魔力がハートへと向かう隊士と上空の物体を両断する。






 暁が数名の元老院隊士を糸魔法で拘束し、空へと高く吊るす。

 まるで、自分がここに居ると誰かに伝える為にわざとらしく設置している。

 そして、暁と同じように、数名の反逆者を両手に引きずりながら黒が暁を睨む。

 数回程度の衝突でさえも、辺りに甚大な被害をもたらした両者が今再び対面し対峙する。

 数回に及ぶ戦闘で制限が掛かっていたとは言え、黒を退けてきた暁の実力は黒と同格。

 黒もそれなりに力を付け、解禁の制御や少しは感情を制御出来ている。


 「何か、こうして二人だけで会うのって……久しぶりじゃない?」

 「そうだったか? 覚えてすらねぇ。それに、今から死ぬお前と昔話をしても意味は無いだろ?」

 距離を一気に積めた黒は黒幻を振り、暁を確実に殺しに掛かる。

 黒幻を防ぐべく十國を構え、二人の神器と神器が火花を散らす。

 砂埃が巻き上がるほどの両者の攻防戦は、これまで積んできた歴戦の証なのか両者共にかすり傷一つ付いていない。

 砂埃が両者の一閃で吹き飛び、体を捻り向きを変えた二人の刃が更に速度を増す。

 鋼をも遥かに凌駕する神器の強度ゆえに、刃と刃が打ち合った音は遠くで隙を伺いっている隊士の足を止める。


 「…間に入れる?」

 「いやいや、死んじゃう死んじゃう。ここは、待機しつつ鴉さんの連絡を待とうぜ…」

 2名の隊士が岩に隠れ、頭を少しだけ出して両者の戦闘を見詰める。


 凄まじい攻防戦は一瞬の隙を見せた方が、敗者となる。

 鬼のような剣幕の二人は、両手に掛かる力が更に強まり神器が二人同時に後方へと弾かれる。

 刹那の間が二人の間にあったが、神器を取りに後方へ振り返る事もなく。

 強化魔法を全身に掛けた二人の拳が、同時に空気を叩く。

 二人の顔は口が切れ、鼻から鼻血が流れる。

 二人がよろよろと後退をした所を隊士二人が『今隙じゃね?』『やるなら、行くきゃねぇ!』と意気込み、飛び出す。


 「【黒竜】――ッ!」

 「【九尾】――ッ!」


 同時に現れた二体の魔物が咆哮と共に、圧縮された魔力をぶつける。

 轟音と爆風に隊士の二人が無言で一心不乱に斜面を走り抜ける。

 「えぇーッ! なになになにッ! アイツら化け物かよ!」

 「一見。ヒョロヒョロな容姿の割に、化けの皮が剥がれたらとんでもねぇ奴が『化けて』出てきやがったよ!」

 「「――まさに、()()()つって……アハハハハハハハハッ!」」

 丘をもうスピードで下りながら、隊士二人が大声で笑っている。

 端から見れば、現実に恐怖して逃避している様にも見れる。

 黒と暁の二人に宿る魔物が、純粋な力で相手を力任せに叩き潰す。

 二人から半径数キロは、高濃度な魔力と桁外れな魔法の影響で丘の草花がたちまち萎れていき灰へと変化する。




 「「――うぉぉぉぉッ!」」



 白銀の九と漆黒の竜が互いに牙を立て、所構わず暴れ回る二体の魔物。

 地割れを起こし、あまりの力に地盤が耐えきれずに崩れ、瓦礫や地盤諸とも二人を奈落へと誘う。

 地盤が崩れた拍子に現れた大穴は、見下ろしても底が見えない。

 しかし、二人は底が有ろうと無かろうと構わず戦闘を続けている。

 今だに崩落し続けているのにさえ、彼らは戦う手を休めずにただ目の前の者を殴り続ける。

 黒竜の口から放たれた炎が岩を容易く溶かし、狐の左腕の皮膚を溶かす。

 狐が悲鳴に似た咆哮を挙げ、黒竜の長い首に噛み付きその強固な鎧と同じ鱗を容易く牙が貫く。

 真っ赤な血を首から滴らせる黒竜は、狐の首と頭を掴み壁際へと叩き付け何度も何度も火球を至近距離で浴びせる。


 「――この辺が、丁度良いのかな?」

 暁と黒が大穴の最下層へとたどり着き、四方を闇で覆われたその場所を見回す。

 先ほど降りてきた筈の上空は、光が届かないのか真っ暗である。

 「……見えてるだろ? 俺は見えてなくとも、お前は吸血鬼(ヴァンパイア)だろ? 掛かって来いよ――」

 黒が暗闇へと手招きする。

 竜人族であっても、ここまで暗い場所をクリアにみえる術や力を持っていない黒は、暁の出方を伺い微かな魔力の揺らぎで暁の位置を把握する作戦にする。

 異族であった暁は吸血鬼族と言う通り、夜を好み、暗闇でも活動出来る眼を持っている。

 しかし、暁は黒を背後から襲う事も遠距離からクロを狙い撃つ事もしなずにただ黙って佇む。


 「……」


 空気の抜ける音がするだけの、静寂が二人を包み込み、神経を研ぎ澄ましている黒も次第に眼を開く。

 そこには、光魔法を発動させた暁が黒と一定の距離を保っていた。

 「なんの真似だ。視界を奪っておいた方が、お前の異族として力を存分に奮えた筈だ」

 「そうかな? 僕からしたら、ここで君と戦う方が()()()()()()()()

 次の瞬間、暁が地面に倒れ、暁の背後から現れた蛇の仮面を身に付けた男と同じく鴉の仮面の男が静かに歩み寄る。

 「やぁ…初めまして、私の名前は『オグヴェーレ』元老院の貴族だ。そして、隣が『クライム』こちらも貴族だよ。私もそうだが、蛇と鴉の変な仮面付けてるけど……そういう一族何だ」

 「ご託は良い。――行くぞ!」

 鴉が動き、蛇がやれやれとためを溢しシルクハットを掴み走り出す。



 ――見覚えの無い筈の光景が、頭の中を稲妻の如き衝撃で駆け巡る。

 そして、正面から胸と額を撃ち抜く衝撃に黒は血を吐き、その場に倒れる。


 「もう、何ッ!」

 蛇が後方に振り向くと、今にも死にそうな暁の手には拳銃が握られ、銃口から煙が上がる。

 鴉と蛇よりも先に、黒の心臓と脳を銃弾で撃ち抜いた。


 「悪いけど……黒は殺らせない。僕の計画の方が一枚上手だったね」

 「ッ……くッ! この…――クソ野郎がぁッ――!」

 その場に座り込んだ蛇は、項垂れて溜め息を何度も溢す。

 鴉は震える拳を力強く握り締め、暁の顔を暁が死ぬまで殴り続ける。

 「よくも、よくもッ! よくもよくもよくもよくもよくもよくもッ―――。よくもぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 最後の一撃が暁を地面にめり込ませ、岩盤に亀裂生じさせる。

 「どうする? 鴉ー……」

 「仕方ねぇだろ…死体でも、一応持ってくぞ。帝王の体には違いねぇ」

 鴉が振り返り、荒かった呼吸を深呼吸で整えつつ黒の死体を回収するために死体の元へと向かう。


 「あれ? …死体無くない?」




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