五章九節 暗躍する眼光
五右衛門の持つ火縄銃が火を吹き、魔力で形成した銃弾が岩壁に穴を穿つ。
遠距離を火縄銃で牽制し、近付くものなら腰に差した脇差しで応戦すると言ったスタイルの魔物。
どんな状況でも瞬時に対応出来き、戦闘経験の豊富な五右衛門が有する魔物に翔は舌打ちする。
「ややこしいな、魔物と名前が同じって…可笑しいだろ」
「バカ言うじゃねぇよ。この『五右衛門』が本名な訳ねぇだろ」
ミシェーレは二人の世間話とそれを遥かに凌駕する二人の戦いに、冷や汗をかく。
本気のように見えない二人ではあるが、確実に殺しに掛かってきている。
五右衛門の刀は全て翔の喉元を狙っており、刀を捌きつつも翔の雷は掠れでもすれば一瞬で体を炭へと変える。
『魔物』の力が勝敗を分けると言う認識を覆す戦闘に、ミシェーレは砂鉄の触手が持ってきた自分のリュックを受け取る。
直ぐ様リュック内から取り出した白い錠剤が入った小ケースを手に取る。
「五右衛門ッ! 翔さんの記憶修正は完了してる。もう少しだけ、時間を稼いでくれッ!」
激しい打ち合いをする中で、ミシェーレの声が届いているかは分からない。
しかし、ミシェーレは不意に笑みを浮かべた五右衛門を見て、その心配はないと判断する。
高い魔力と魔力のぶつかり合いに周辺の地形が形を変え、天候すらも更に影響を受け始める。
先ほどまで、雨粒1つ無かった天気も嵐のように横殴りの雨と気を緩めれば体を持っていかれそうな強風。
目の前に立つ男は、まるで雷雨すらも味方に付けた様子で指を鳴らす。
四方から落雷が迫り、強風に煽られ着地時の体勢が崩れる。
止むことの無い雨の様に雷が五右衛門を狙い続け、地面が雨によって泥状に変化し五右衛門の足に絡まる。
自分のアドバンテージである機動力や柔軟な動きすらも、泥や強風によって制限される。
先ほどまでの余裕が消えた五右衛門は、額を伝う汗を拭う隙すら無いのか、汗がシャツを濡らし続ける。
後ろで固まっているミシェーレを横目に確認した五右衛門は、考えに考えた結果。
計画の中心人物であるミシェーレの命を優先した。
「ミシェーレッ! お前はここから逃げて、暁と合流しろ! んでもって――早く計画を実行に移せッ!」
「――計画!? 興味深イ話ダナ……俺モ混ゼテ貰オウッ――!」
ミシェーレに狙いを定めた翔は、跳躍しミシェーレの頭上から急降下し、ミシェーレを潰そうと岩盤を粉々に蹴り砕く。
バク転で翔の蹴りを避けたミシェーレは、胸のホルスターから小銃を手に取り、5発撃ち込む。
銃口から煙が上がり、空薬莢がミシェーレの足下に転がる。
ミシェーレの放った銃弾5発の内2発が、翔の顎と右の眼球に直撃する。
弾丸は、七解禁状態の鎧に阻まれて粉々に霧散し翔にダメージは一切無い。
しかし、翔からすればダメージの有無よりも直撃した事に意味があった。
この世には、異形の体に効率良くダメージを与える銃弾を開発することに各国が専念していた時期があった。
そして、銀弾とは別にもう一種類の特殊な銃弾が開発された。
――魔力を無効にする事が可能な特殊銃弾『対魔無力化銀弾』通称『無魔弾』。
無魔弾とは、如何なる魔法や魔物の力でも無力化し紙切れのように貫通し容易く肉体にダメージを与える特殊な銃弾。
しかし、物や物体を構築したり浮き上がらせると言った間接的な魔法であれば無効には出来ない。
つまり――無魔弾であれば、現在の翔は眼球と顎から貫通した銃弾によって今頃、頭を吹き飛ばされていたと言うことになる。
「通常弾ヲ使ウトハ…無魔弾ヲ使エバ殺セテイタモノヲッ!」
翔が駆け出す同時に、五右衛門も駆け出すがどうしても間に合わず、翔の腕がミシェーレを捕らえる。
「誰が無魔弾を持ち合わせて無いって言った?」
ミシェーレが自身の首に迫る左腕を太腿に忍ばせていた拳銃で吹き飛ばす。
もとより、魔力で造り出した左腕は無魔弾の影響を受けやすく、その形を保てずにバラバラに吹き飛ばされる。
透かさず、小銃の弾倉を無魔弾入りの弾倉に装填したミシェーレが翔の胴体を重点的に撃ち抜く。
フルオートで放たれた銃弾は翔の鎧を粉々に破壊し、翔の動きを止める。
バク転を繰り返し翔から距離を置くミシェーレの目には、数ヵ所に銃弾が掠れた痕跡が見えるが、胴体には銃弾が貫通した痕が見当たらない。
ミシェーレと五右衛門は、先ほどの銃弾が全て翔の魔物に弾かれたと推測した。
無論、黒竜の様な顕現体でなければ、接触した箇所から崩れていく物だ。
しかし、翔は崩れた箇所から魔力で再度修復し銃弾の全てを弾き軌道を反らし、どうにか致命傷を避けた。
「――流石は、元殺し屋だな。人を殺す為に…どの箇所を狙えば良いか…熟知して…やがる……」
魔力の酷使による体への急激な負担からか、額に大粒の汗が頬を伝う。
既に立っているのがやっとな翔の体は、七解禁が解けた途端に足下から崩れ落ちる。
「気合いだけで、よくここまで持ったな…流石は帝王様だ」
五右衛門がフラつく足取りでミシェーレの隣に歩み寄り、ミシェーレが満身創痍の翔に銃口を向ける。
「それでは…また会いましょう。――師団長」
ミシェーレが拳銃の引き金を引き、砲声が辺りに響き渡る。
「にしても、孔明も良く翔の癖を見抜いたな。この作戦も正直うまく行くとは思って無かった…」
「孔明さんの話では、翔さんが五右衛門にトドメを刺す瞬間に、一瞬だけ隙が生じる筈って言ってたよね? そこを背後から私が加勢して…形勢逆転」
ミシェーレがリュックから取り出した真っ白な錠剤を五右衛門に投げ渡し、その錠剤を水無しで飲み込む五右衛門。
五右衛門の傷は癒えはしなかったが、魔力だけは翔と戦う前の状態へと元に戻る。
「俺が翔の体力を削るっていう一番疲れる役を担ったんだ。元々殺す予定なら、こんなに時間も体力を使わなかったのによー」
「なら、五右衛門は昔の仲間を殺せる? 私は嫌だな。敵に回ってても…仲間は仲間だもの――ワガママかな?」
「…いや……そうでもねぇよ。俺も、団長達に帰って来て欲しいからな」
その場に座り込み、体力回復を図っている翔の背後に先ほど倒れた筈の翔がこめかみを押さえて立ち上がる。
「おい…ミシェーレ。こめかみにゴム弾撃ち込む起こし方があるか……たく…痛くてしょうがねぇ…」
立ち上がった翔の前で、片膝を突いて頭を下げるミシェーレと五右衛門の姿に翔は二人の肩を軽く叩く。
「2年間も…待たしちまったな。さて…未来様に謝りに行かねぇとな」
二人に対して『着いてこい』や『付き従え』などの言葉は無く。
ミシェーレがリュックから取り出した黒焔の羽織とはまた違った羽織。
3本の剣と竜の刺繍が施された現在の黒焔羽織と似ている羽織、青い瞳の竜と12本の刀剣が刺繍として施された羽織を羽織った翔は、破壊された義手から核となっていた神器を抜き取る。
「んなッ!? ……炉が邪魔して取りにくいな。ミシェーレ、優しく…炉を取り除けるか?」
「はい、やってみます。よい……しょッ!」
砂鉄の両腕が義手を握り潰しながら、魔力炉の動力源となっていた神器を翔が取りやすい様に炉を破壊する。
「……優しくって言葉をお前は知ってるか?」
炉の中に光輝く、装飾品型神器『勾玉』モデル【建御雷神の勾玉】
勾玉は、神秘的なエメラルドグリーン色の表面をしており、玉の中には所々に微小な雷エネルギーが貯まっているのが確認出来る。
この雷エネルギーこそが、神器の本来の能力と言ってもおかしくはない。
万が一にも勾玉を持った者が翔と同等か、それ以上の雷魔法使いで無ければ、即死必死の雷が全身に流れる。
極めて危険な神器であり、一部の関係者しか知り得ない。
全世界の中でも、極めて数が少ない純度100%に近い古代兵器でもある。
それを肌身離さず持ち歩き、常に勾玉から永久的に放出され続ける雷エネルギーを『雷神』へと回し続けている。
その為、人族が魔力量が少ないと言うハンデを神器から送られる無限と言える雷エネルギーを蓄える魔物の2つを活用し戦う翔は人族『最強』なのかもしれない。
――神器を手放しさえしなければ、だが―――
「すまんが…まだ記憶修正の影響で、少し頭の整理が追い付いていない。少し遅れて、暁の所に行くから……先に行ってくれ」
「それだと、翔さんだけで暁の元へ向かうとなると…反逆者の皆さんが……」
ミシェーレがリュックを背負い、石に腰を描けている翔の隣へ回ろうとしたミシェーレを五右衛門は抱き寄せる。
息つく間もなく五右衛門が暁が居る方角へ跳躍し、その場から距離を置く。
「ちょッ……!? ッ――! 何処触ってるんですかッ! この変態ッ!」
五右衛門が急いでミシェーレを脇に挟んだ為、五右衛門の手がミシェーレの胸に当たってしまう。
しかし、ラッキースケベに頬を赤く染める五右衛門ではなく、冷や汗を流しつつ、急ぎその場から退く五右衛門の姿がそこにはあった。
「…五右衛門?」
ミシェーレが不思議と翔の方へと顔を向け、そこに立つ白装束の者達を見て驚愕する。
「ま…まさか!? 見られたッ! 五右衛門ッ! ねぇ…五右衛門ってばッ!」
「るせぇッ!! わってるッ! ぐッ!」
五右衛門が意識を集中させ、暁や他の反逆者全員に向けて精神魔法で声を繋げる。
『すまねぇ皆! 俺がミシェーレに付いてたのに…記憶修正の瞬間を見られた。――元老院の隊士に』
それを聞いた途端、暁は椅子の上で力強く跳躍し急ぎ戦場へと向かう。
「五右衛門はそのまま、ミシェーレの保護をお願い……最悪。君が死ぬかもしれないけど」
『気にすんな。元はと言えば、周辺の警戒が怠った俺の責任だ。言われなくても、ミシェーレだけは命に掛けて守ってやる。ハートが悲しむからな』
その言葉を聞いた暁は、戦闘を駈ける最中でさえも頬が緩み笑顔が溢れる。
「記憶が戻ったら、まず先に…ハートと黒ちゃんが怒るかな?」
暁が自身の持つ神器【十國】の柄を握り、真横に一閃する。
砂埃が綺麗に両断され、砂に潜んでいた白装束の顔を確認する。
「君達は知ってるんだろ? 僕らが、何をしようとして何を求めるか」
十國が一閃する毎に、十数人にも及ぶ白装束を細切れへと変わり。
暁の前から退こうとする者を、暁は逃さず十國を振り目に見えない斬激が元老院の隊士を切り裂く。
胸のポケットから取り出した端末を開き、フローネへ急ぎ通信を繋げ、フローネからの精神干渉で内容を直ぐ様仲間に伝える。
「マギジ! ブェイ! 作戦変更。マギジはそのままアリスの記憶の修正を優先して、ブェイは僕と一緒にハートをやるよ。銀隠はアルフレッタに今直ぐに付いて! ノラは天童を食い止めてて、彼がこちら側に来られたら厄介だ。道化はヴォルティナへ急いで配置し直して、じい様は紅の後退を阻止して急いでッ!」
暁の通信を閉じたフローネが何も問題なく伝達したのか、通信終了と同時に各地から爆風や爆発による砂埃と砲声が響く。
そして、暁の前には元老院の隊士と思われる数名の男女が暁の周囲を囲むように現れる。
一斉に飛び掛かる隊士を睨み、隊士の身動きを封じる様に左腕を振り何千もの鋼より強度が高い糸で隊士を捕縛する。
空中で吊し上げられた隊士達は、どうにか動こうと体を揺らすが身動き1つ取れない。
暁は、糸をそのままに隊士達の命を取らずに先へと進む。
「やめやめ、全員一旦身を引くぞ」
吊るされている隊士の中で、一際強い者だと暁かすれ違い様に睨んでいた男が一人喋り出す。
他の隊士は無言のまま、男の提案を受けて頷く。
時間を掛けて糸を切除した隊士達は、砂埃の中へと身を投じる。
「クソッ! 隊士ってのは、存在感が薄すぎだ。もう少し存在感を醸し出せ!」
意識を失った隊士の胸ぐらを掴みながら、翔は迫り来る隊士達を一人残らず叩き潰す。
いつしか、周囲ら白装束で真っ白に染まる。
「さて、俺もそろそろ行くか…」
左袖が風に揺れる中で、瓦礫の下で震えながら翔が居なくなるのを待つ隊士が涙を浮かべ震える体を必死に堪える。
(ありえないッ! ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない………ありえないッ!! あんな化け物が――7番目の筈が無いッ! 何かの間違いだ…何かの……何か…の…)
隠れていた隊士が瓦礫の隙間から見える目の前の靴に、隊士は自分の死を覚悟した。
「元老院は、少し俺らを舐めすぎだ――」
五右衛門との戦闘よりも巨大な落雷が谷を吹き飛ばす。
フローネからの通信を受けたノラが天童の拳を躱わしながら、ブツブツと一人呟く。
「なに、一人で悩んでんだ? 悩みなら……聞いてやるぞッ!」
天童の回し蹴りをバク宙で躱わしつつ、天童の顔面に向けて蹴りを繰り出す。
無論、避ける前提での攻撃とは気付かない天童は透かさず、体を捻りつつ、防御が薄い溝口に拳を叩き込む。
「―――ッ!」
ノラが口から大量の血を吐き出し、地面を転がりながら岩に背中を盛大に打ち付ける。
先ほどの通信を受ける前までの、あの天童を罠にはめるような行動も見られなくなり。
今のように、時々一人で何か呟き戦闘に集中していない事が伺える。
天童はノラの動きに注意しつつ、先ほどまでの自分を嘲笑うような立ち回りの意図を探る。
(もしも、俺の行動を抑制するための動きだとすれば…本気を出さずにこのまま足止めさえすればいい俺と同じと言うことか。あの笑みも、作戦の為に裏があると思わせるフェイクか?)
ノラの掌に天童は拳や蹴りを叩き込み、ノラの防御を崩そうと奮闘する。
だがそれも、どんな矛も通さない『盾』とどんな盾も貫く『矛』の両者が衝突する。
そのどちらもが古代兵器並の力を有していれば、勝敗を分けるのは―――持ち主の実力で決まる。
そして、天童の矛よりも――ノラの盾の方がその実力は勝っていた。
元々戦闘部隊を指揮していた者ではあるが、ここ2年間は研究にのめり込み。
ろくな打ち合いをしたのは、今回が久方ぶりであった。
目にも止まらぬ猛ラッシュを全て軽々と弾き、捌くノラノラ戦闘技術の高さに、天童の額を伝う冷や汗が止まらない。
コレほどの戦闘技術を有しており、尚且つ魔物や魔法を未だ隠し続けるのも不思議で仕方ない。
決着を早急に済ませたいならば、魔法を使用した連携でトドメぐらい刺せるだろう。
能力を隠し続ける意図が分からず、天童は警戒し続ける。
(さっき上がっていた黒炎も黒にしては魔力が低い。…まさか! あの黒炎もコイツの罠? いや考え過ぎ…か?)
敵の罠なのかそれとも考え過ぎなのか、分からなくなった天童は次第に動きのキレが落ちていく。
そこをノラは見抜き、天童の耳元でトドメとばかりに囁く。
「あなた方の団長と、暁が戦ったら間違いなく。勝利の女神は暁に微笑むでしょう――助けに行かないと」
不気味に微笑むノラを振り払う天童は、今まで気付かなかったある違和感に気が付く。
―――音が聞こえない――
ノラが天童の耳元で囁いてから数秒で、天童の足はふらつき視界が霞む。
「既に聞こえてはいないと思いますが……どうか、よい夢を」
ノラが天童の額に触れ、天童の意識は完全にそこで途絶えた。
「…もしもし、ミシェーレさん? ノラです……こちらの修正は完了しました。残りは、マギジさんと銀隠さんですか? ……ブェイと老師もまだですか……分かりました。では、私は作戦外の方々の支援に向かいます」
ノラは端末をポケットにしまい、隣で倒れる天童を背負いミシェーレ達が待機する丘上へと向かう。
ヴォルティナの口からら大量の血が流れ出ており、目の前に立っている。
道化役者が鼻唄混じりにナイフを回している。
無論、ヴォルティナも全力を出しきって正面から勝負を挑んだ。
しかし、ヴォルティナにも勝てない相手の一人や二人は存在する。
金騎士や上級騎士と言われてはいるが、所詮は人間であり。
少し、戦闘技術が高い人間に過ぎない。
数や用意周到な罠や作戦で囲まれれば、死ぬことはなくとも無傷ではいられない。
道化はヴォルティナの後ろで縛ってあった髪に優しく触れる。
「何と醜い姿だ。もう少しで、本来の貴女に戻れますよ……ヴォルティナ様」
道化はヴォルティナをゆっくりとお姫様抱っこで持ち上げ、丘上へと向かう。
記憶修正が完了しているのか、安らかに寝息を立てているヴォルティナに道化は笑みを浮かべる。
「ティンスコル・ネレバ・ブラード」
小声で呪文を呟きヴォルティナを持ち上げた状態で、何もない虚空を指で引っ掻く。
すると、次第に空にヒビが入り真っ黒な空間が現れ、 空間を潜る道化とヴォルティナ。
ヴォルティナは、つい数時間前の出来事を思い出そうと霞む意識の中で一人戦う。
暁が行動を開始したと同時に、各地で反逆者の動きが一変したとの報告を受ける。
ヴォルティナは報告を受けると、幸崎が単身向かった場所へと大急ぎで向かう。
『まだ遠くには行っていない』『そこまで、やわな鍛え方はしていないだろう』と甘い期待を胸に秘め突き進む。
群がる反逆者達を相手にしていれば、時間を大いに浪費してしまう。
そう考えたヴォルティナは、巨像兵を巧みに操り反逆者を一人一人確実に拘束する。
可能な限り無駄な戦闘は避けることに徹しつつ、避けれない敵は確実に拘束する。
そうして、今の自分が出せる最高速度で戦場を走るヴォルティナを『狙う』者がいた。
ヴォルティナの直ぐ真横を狙ったナイフの投擲に、いち早く気付いたヴォルティナは、ナイフを躱わす。
躱わしたタイミングで巨像兵の右腕にナイフが接触すると同時に、巨像兵の左腕が根本から綺麗に切り落とされる。
尖っていた。研ぎ澄まされていた。強度が巨像兵を上回っていた。
様々な憶測が可能だが、結論として――巨像兵よりもナイフの強度が上回っている。
たかがそれだけの事に、今までの自分が培ってきた経験や力が崩れていく感覚に陥る。
「おやおや…? 私も随分腕が落ちたらしいですね。昔ならば、貴女の白く美しい首を、真っ赤に染めれた筈ですが……時が立つのは早いですね」
手元のナイフを軽快に回しながら距離を積めてくる男は、ピエロの仮面と黒を基調にしたスーツ姿の道化が立っていた。
「あんたも……反逆者か? 見たところ…道化役者にしか見えないが?」
ヴォルティナが指を鳴らし、地面から這い出る巨像兵を数体造り出す。
先ほどのナイフを投げた者が彼ならば、この巨像兵もただの大きなマトに過ぎない。
それを理解しているヴォルティナは、巨像兵の背後に身を潜め、相手の出方を伺う。
「ご明察。勿論私も、反逆者ですけど……この状況では、見知らぬ者は全て反逆者でしょう」
やれやれとため息を溢す道化に、ヴォルティナは目を疑う。
「今何をした……」
ヴォルティナが懐から拳銃を取り出し、道化に銃口を向ける。
弾は銀弾でも、実弾でもない『無魔弾』である。
道化が驚いた顔をしたのか、一瞬固まり手を叩き拍手をしだす。
「まさか、私のマジックを見る前に、そのトリックを見破るとは……マジシャンにマジックをさせない気ですか?」
道化が両手を目にも止まらぬ速さで振り下ろし、透明な糸を手繰り寄せる。
「さて、見破られたマジックを続けても面白くない。ですので……次のマジックと行きましょう」
トランプの束を巧みにトランプを切り続ける。
シャッフルを終えた道化は、両手でトランプを潰す。
パンッ――!
道化が、ヴォルティナを見る目付きが変わったのをヴォルティナは感じ取る。
ナイフの投擲時に感じた殺気と同じ殺気に、冷や汗が止まらない。
その殺気に理解する。
――コイツは金騎士級の幹部だと――
自分もそうであるように、他の所でも次々と幹部と金騎士が接触しているのは薄々感じ取っていた。
信じたくは無いが、翔の向かっていた方角からは2つの見知らぬ幹部級の魔力と、翔の魔力が不安定なっていた事も気掛かりであった。
束になっているトランプを空中に置き、道化が一枚だけ間から抜き取る。
道化がトランプの役をヴォルティナにゆっくりと見せる。
「『じょーかー』ですね」
「じょーかー…?」
それは、英語でもカタカナでもない平仮名表記のジョーカーカードであった。
そして、カードに意識が向いていたヴォルティナの背中を突如襲うナイフ攻撃にヴォルティナは、その場で膝を折る。
「――ッ…ッ…!」
声に鳴らない苦痛に耐えるヴォルティナは立ち上がり、道化を睨む。
「他愛ないトリックさ…このカードを浮かせていたのも、糸であり。カードを警戒し意識がカードに向いている隙にナイフを貴女の後方へと飛ばしカードを空中へと置くと見せ掛け……糸を操ってナイフを操作する。簡単でしょ?」
「…クソッ――!」
ヴォルティナが巨像兵を射程ギリギリの所で造りだし、道化を拘束する。
直ぐ様懐へと潜り込み、道化に拳を叩き込む。
しかし、ギリギリと糸の音が聞こえ気付いた時には、ヴォルティナの腕に糸が巻き付き、道化に当たる直前で拳が停止する。
巨像兵に拘束されていた道化が巨像兵を糸で切り刻む。
「あと一歩でしたね。とても惜しい…とても惜しいですよッ!」
道化がヴォルティナの首筋に糸を飛ばす。
現在のヴォルティナが、正面から糸を防げば首諸とも両断されるだろう。
「土魔法【盾となる岩壁】」
道化の正面に壁を設置し、何枚もの壁を自分の前に配置する。
一瞬で両断された数枚の壁を確認しようと壁に登った道化を、足下から現れた巨像兵が掴み地面に引きずり込む。
「なるほど…そう来ますか」
道化は両手から噴射した蜘蛛の巣状の糸で巨像兵の腕と地面を固定する。
その隙に道化はゆっくりと確実に巨像兵の腕を切り落とし、巨像兵から脱出する。
「中々いい案ですが…最後のツメが甘いですね」
「そうか…勝手に思ってろ」
次の瞬間には、道化の右頬をヴォルティナの拳がめり込み道化がボールのように地面を数回跳ねながら飛んでいく。
首を数回回し唇を伝う血を拭う道化からは、先ほどまでのどこか遊んでいるような気配が消える。
そして、その気配に変わって最初の殺気の倍以上の殺気を放つ。
「私も一応、橘と同じ禁忌だ。舐めてるとミンチにするぞ?」
「良いでしょう。―――本気で相手してやるよ」
遂に本気を見せるようになった道化と、懐から神器を取り出したヴォルティナ。
ここでも、同レベル同士の戦いが終盤へと向かう。
「では……我々も動きましょう。ねぇ? 我らが帝王――」
反逆者と騎士の大規模戦闘を遠目から覗く怪しげな瞳は、不気味な笑みを浮かべる。
「んじゃ…暁殺して、さっさと奪おうぜ。黒竜帝をよ」
「気が早いですよ。全く……どうします? 姉様?」
長髪の女性が落ち葉を拾い、一瞬で落ち葉が灰へと変わる。
「…みんな……予定通りに……」




