一章一節 手紙と見たくない顔
「起きろよ、黒兄」
「起きてよ、お兄ちゃん」
深い眠りから目覚めようとさている。
そして、完全に目が覚めない微睡みの中で誰かが自分の名を呼ぶ声がする。
少しすると地殻の時計が勢い良く鳴り出し、布団にくるまっていた男の耳の中に鐘の音が響く。
「だー……うるせぇ。分かってる……起きてる……」
男は時計のアラームを止め布団から起き上がる。
この男の名は『橘 黒』
その名の通りに真っ黒な髪色をしており、良く着ているパーカーは大のお気に入り。
しかし、何故このパーカーがお気に入りなのかまでは知らない。
いつの間にか持っていて、普段から羽織っているパーカーに妙なあいちゃくが湧いている。
時計の時刻を黒は見詰めるを
長針は『9』を示し、短針は『0』を示している。
倦怠感に苛まれつつも、黒はハンガーに掛けられていたパーカーを羽織る。
階段をリズムを刻むかのように降りていき、朝食をとるためにリビングに向かいリビングの扉を開くが、そこには誰一人として居ない。
辺りを見回しても、キッチンの前に置かれた大きなテーブルとテーブルの横に置かれたソファー近くに散乱する動物達のぬいぐるみ。
つい数時間前に人がいたと言える痕跡が所々に存在する。
脱ぎ捨てられたパジャマや、片方だけ飛んでいってるスリッパ。
そこまで急いでいたのか、それともただ散らかしたまま出ていったのか分からない。
しかし、1つだけ言える事がある。
「そうか、アイツら学校だっけ……」
テーブルの上に置かれていたのは朝食と1通の手紙と少し大きめの茶封筒が添えられていた。
昨日の夜遅くに知り合いの者から送られてきた手紙と茶封筒は、黒の憂鬱な日の始まりを告げる。
渋々だが、行かないとそれこそ後が面倒くさい事になる。
黒は一通りの支度を終え、玄関の前で靴紐を結ぶ。
散らかしたあった部屋の掃除を終え、手紙と茶封筒をポケットに詰め込む。
「…よし。行きますか」
玄関を開け朝日に照らされる歩道を確かな足取りで歩く。
黒が手紙の送り主の元へと向かう。
手紙の中には、読む気にならない本文と家から送り主の場所を示した地図。
時間を指定してきている所以外は、普段と変わらない。
黒を呼び出す際は大半が、前日に電話か直接会いに来る。
しかし、手紙と時間指定をしてきたのは今回が初めて、何か手が空いていない状況か。
それとも、面倒事に巻き込まれた可能性もあり得る。
地図に示された所は、黒の予想を上回る事が起きていた。
「何で、よりにもよって……星零学院何だよ」
『星零学院』
黒の住む地域では名を知らない者はいないと言っても過言ではない程に勇名な名門学院。
多岐に渡る学習は、生徒達の将来の可能性を幅広く支援し広げてくれる学院。
そして、その中でも最も基礎から学べてこの学院に入学した生徒の大半が『騎士』になるため、日々勉学に励む。
『騎士』と言うのは警察や特殊部隊とは違く、専門的な国家公務員みたいな役職だ。
中には、民間で騎士の仕事をする者が多く。
ここ、星零学院でも簡単な騎士の仕事が回される事がある。
そして、騎士の大きな役目は―――宇宙の果てはたまた、別次元からの侵略者達『異形』との戦いである。
その為、何十年前から地球は別次元の種族で設立された『聖獣連盟』という特殊機関に所属している。
しかし、連盟に入った所で異形達の侵略は収まる所か勢いを増す。
そこで、各国は手を合わせ、連盟の対策だけでなく。
地球側でも異形対策をしようと、造り上げられた地球の政治や軍隊の中枢機関である。
『世界評議会』
今現在存在する地球の会社組織や警官などの公務員も、全て例外無く議会に所属している。
評議会は各地域に対異形用の防衛装置を初め、多くの対策を行い。
その1つである『異形を倒す部隊の育成』に着手した。
「へー…皆さん。それでは、これから星零学院の見学を初めます。列を乱さない様に私に付いてきてください」
今では、星零以外にも多くの騎士養成所やその他育成機関が設立されている。
「ホントにここかよ…? 何でまたここに来ねぇと行けねぇんだよ。場違いだろ」
などとぶつぶつ小言を言いながらも、校門付近をうろうろしていたら警備員に『怪しい不審者』と思われて捕まってもおかしくないだろう。
「まぁ、考えるてても始まらねぇし……行くしかねぇか。嫌だな~…」
校門から入ろうとした矢先、校門前に立っていた警備員がこちらに向かって歩いてくるのが見える。
「君見るからに、ここの生徒じゃないよね? それに見学を申し込んだ生徒でも無いよね?」
「あぁ…ここの生徒でも、見学の生徒でもねぇ。ここにいるであろう知り合いに用があるだけだ」
と答え、ポケットにしまっていたグシャグシャになった手紙を渡す。
そこで、茶封筒を開けていないことに気が付いた黒は、茶封筒の封を切り中身を確認する。
「コレは……銀の硬貨? 何でそんなもん入れてんだよ」
警備員は手紙の差出人の名を見て、目を見開く。
「これは、『理事長』直筆の手紙だね。それに…君が今日理事長先生が仰っていた。橘か……」
警備員は手紙を黒に返すと、トランシーバーで誰かに連絡を入れる。
その不可解な行動に、黒は違和感を覚える。
「まぁ、問題ないだろ。良いよ、行って」
警備員のお墨付きを受けた黒は、ゆっくりと警備員の横を通り過ぎる。
横目ではあったが、確実に警備員が黒に殺気を一瞬見せていた事も黒は見抜いていた。
そして、突然警備員から助言を貰った。
「あまり面倒事は、起こさないようにね」
まるで、黒が何かに巻き込まれると知っているかのような言い方に黒の違和感が更に強くなる。
生徒昇降口では、多くの騎士見習いの星零学院生徒がひしめきあっていた。
中には、見学として来ていた生徒を案内する生徒の姿もちらほら見える。
お客様用のスリッパへと履き替えた黒は、巨大な廊下を一人歩く。
道すがら、行き交う生徒は元気に挨拶をしてくる。
それと同様に、黒の位置から見えない所から殺気も感じる。
「暗殺者としては、不合格だな。でも、騎士としては上出来か……」
黒は心の中で、自分がここまで『誘導』されたか、それとも『先回り』の2択を考える。
もしも、このまま戦闘を開始するのであれば黒は全員を返り討ちにする自信がある。
しかし、一向に仕掛けて来ない事が引っ掛かる。
何かを待っているのか、ただ単に仕掛ける自信が無いのか。
「……このまま理事長室に向かうのも、有りか? ってどこにあるの?」
黒は肝心な理事長室の場所を知らない事に気が付き、辺りを見回す。
すると、前方から刀やメイスを腰に下げた女子生徒達が目に入る。
黒は数名の女子生徒に理事長室の場所を聞こうと歩み寄る。
だが、唐突なアラームが学院校舎内に響き渡り、間をおいて放送が聞こえて来た。
「――現在星零学院に侵入者を確認! 侵入者を確認! 侵入者は南校舎付近に侵入を確認。ただちに南校舎近辺を封鎖。並びに、騎士見習いの者達や首席騎士候補生は速やかに侵入者を確保せよ!」
放送とアラームが止まり、辺りに妙な静かさがある。
「なるほど、ここまで誘導されたのか……俺は」
黒は精神を集中させて、辺り近辺の魔力を探る。
案の定、近辺には騎士見習いの者達が多く集まり、見学者は南校舎から離れた位置に集められていた。
コレで先ほどから殺気を出しつつも、手を出さないでいた理由が反面した。
「あのババァ……俺を呼びつけて、騎士見習いの稽古相手にする気か?」
先ほどのアラームを聞き付けた騎士見習いの女子学生達が、手元の端末に目を落とす。
そして、黒に向ける目が敵意を帯びた物へと変わる。
「決定。あのババァの呼び出しに応えてコレだ。ハァ……お嬢さん達には悪いけど、俺はそう簡単にはやられねぇぞ?」
正面の女子二人が同時に踏み込み、メイスと刀を腰から抜き去り黒目掛けて降り下ろす。
メイスと刀の両側から同時攻撃は、流石は騎士養成所ならではだ。
実践で直ぐに使える体術から、魔術などの高等技術も学ぶ事が出来る学院にはそれなりの力を有している生徒が多い。
現在黒が手合わせしている女子生徒でさえも、見事な即興連携と軽やかな身のこなしから繰り出される曲芸じみた攻撃はまるで、トリックスター。
しかし、黒はその程度の技術を持った騎士見習いに苦戦はしなかった。
足下を這うような刀の動きを見極め、刀の刃先を勢い良く踏みつけ女子生徒のテンポを崩し、次いでに体勢も崩す。
テンポと体勢が崩れた生徒の背後から奇襲を掛けて来た二人目も、メイスを持つ手首を掴みその場で捻りながら後ろへと投げ付ける。
メイスは生徒の手からこぼれ、黒に刀を踏みつけられていた女子生徒は刀から手を離し、黒と一対一の体術勝負を挑む。
一旦距離を置き踏み込みと同時に体を浮かせて体を捻り、左足を黒の後頭部を狙う。
女子生徒の足は、キレイな曲線を描きながら湾曲していき黒の後頭部を掠めていく。
体勢を前に傾けて生徒の蹴りを躱わした黒に、メイスを持っていた女子生徒が上手く合わせる。
前側に重心を掛けていたため、正面から向かってくる生徒の攻撃に対処するには、背後に重心を掛けて避けるか受け止めるしか選択しはない。
「……なかなかやるな。騎士見習いとしては上出来だな」
黒は後ろに体を傾け、背後に立っていた生徒の腕と制服の襟を掴み、背負い投げで正面の生徒と背後の生徒を同時に倒す。
大きな音を立てて、目を回す二人の女子生徒に黒は少し『大人気ない』かなと思った。
再度周囲の魔力を探ると、先ほどよりも大人数の騎士見習いが黒の正面と背後の通路から走ってくるのが分かる。
丁度、少し近辺がドタバタとうるさくなってきたと思っていた黒は、二階へと続く階段へと向かう。
当然、前と後ろの道を潰されたなら残る道は二階へと続く階段のみ。
「少し遠回りをしていくか……」
流石に、大人数で向かってくる騎士見習いと候補生を『力』を使わないで無力化する自信がない。
その為、黒はまず相手の作戦を潰しに掛かる。
近くの窓から上に、向かって跳び三階の窓を蹴破って侵入する。
だが、それが原因で自ら墓穴を掘ってしまう。
窓を蹴破って現れた時に、丁度目があったのは手練れオーラを全快にした女子生徒だ。
「――ヤベッ!」
「――はッ!」
黒の動きに合わせて女子生徒が腰に下げていたレイピアを抜き、黒の足首に目掛けて高速の突きを放つ。
間一髪で避ける事が出来たが、もしも直撃していたと考えると自分の足首は目も当てれないだろう。
「あなたが侵入者ですね?」
女子生徒の質問に馬鹿正直に、『自分を侵入者です』って名乗る奴居ないだろ。
と思いつつ、一旦女子生徒から距離を取り身構える。
その好戦的な態度を見れば、女子生徒は言葉を交わす必要性は無いと判断した。
自分の持つレイピアを胸の前で構え、背筋を伸ばした独特な構えに黒は唾を飲み込む。
「では、侵入者の排除を行います。――覚悟は出来てますか?」