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一族復興物語  作者: 赤い残響
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プロローグ

——— 一族の破滅 ———

「蒼太、生きるのよ」

 初めて見た母の涙は、ひどく寂しそうで、悲しそうで、それでも母は笑っていた。今まで感じたことのない母の愛は、やはりそこにしっかりとあったのだと、それが確かめられただけで、空虚だった心に暖かい炎が灯った。

 周囲の燃え盛る爆炎が、血に染まる母の顔を照らす。

「兄さま、火が・・・早く母さまと父さまを連れて逃げないと・・・」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら必死に手にしがみつく妹。

 助けられるものなら、助けたい。その力が自分にないことをひどく恨んだ。

「蒼太、碧、よく聞くのだ」

 俺と妹と母の盾となっている父が背中を見せたまま語る。

「我々一族は、失敗した。我々が撒いた殺意の火種を、消すことはもはや叶わない。私は、私の命と引き換えに、蒼太と碧の命が助かるのならば、喜んでこの身を捧げよう。我々一族の過ちを繰り返してはならない」

 そういうと父は、もともと展開していた防御魔法とは別に、さらに魔法を現界させる。

 傀儡操作サーバントコントロール。様々な傀儡人形を魔法で意のままに操る能力。父ほどその力に長けた人間が、この世界にいるのだろうか。

 数百、いや数千もの傀儡が周囲に召喚される。その全てを操る父も、やはり限界は近い。

「秋乃、頼む」

 父のその言葉の意味はよくわからなかった。父を除いてただ一人、その意味を理解したらしい母が食い締めた唇が切れた。

 母のほっそりとした手が伸び、頬に触れる。

「蒼太、碧、愛しているわ」

 刹那、唇に柔らかい感触。眼前に広がる母の整った顔を見て、口づけされているのだとわかった。

 母の目から血の涙が流れ出る。

 腹の奥底が熱い。まるで内臓が全部メラメラと燃えているような、そんな感覚。意識を保っていることができない。遠のいていく。熱い、冷たい、痛い、そんなわけのわからない感覚が体を襲った。

 蒼太と同じように母に口づけをされた碧は一瞬目を見開き、すぐに意識を手放した。

 碧の手の力が緩む。

 俺も、もう意識を保っているのは限界のようであった。

 目の前で血に伏せる母と、膝をつき、傀儡サーバントを操る父の光景を最後に、蒼太の意識は途絶えたのだった。



 ———————

 広い部屋。家具などはほとんどなく、寝るためのベッドと壁に埋め込まれたクローゼットだけ。

 気づけばそんな部屋の真ん中に突っ立っていた。

 ここは蒼太と碧が過ごしてきた部屋だ。物心ついた時にはここにいた。

 懐かしい、と普通なら思うのかもしれないが、そのような暖かい感情は浮かんでこなかった。ここでの生活は、あまりに情報量が少なすぎた。

 寝て、起きて、また寝て。そんな空虚な生活。

 ふと手に熱を感じた。

 見ればそれは今よりずっと小さい碧の手だ。

「兄さま・・・」

 碧のエメラルド色の瞳に射すくめられる。

 こんな空虚な生活でも蒼太がここまで生きてこられたのは、妹の碧のおかげかもしれない。

 碧がいたから辛くなかった。碧と二人だから、空っぽの部屋の中でも、人間の心を忘れずにいられた。

 ふと碧の顔が歪む。目を見開き、わなわなと震える。

 碧の手の感触が消えたかと思うと、それは真っ黒な灰になって床にごとりと落ちた。

 手から始まりそれは腕、肩へと蝕むようにして灰となっていく。

 どこからか爆音が響いたかと思うと、部屋が恐ろしい勢いで燃えつきていった。

「兄・・・さま・・痛い・・・苦しい・・た・・・す・・けて」

 見ていられない。まさに地獄絵図であった。

「ああああああああああああ」

 気づけば意識せず、絶叫していた。


—————


「・・・さま・・兄さま・・・大丈夫」

 はっと目を覚ます。

 目の前には、心配そうな碧の顔。

「碧・・・」

 うわごとのようにそう呟くと、蒼太は碧を抱きしめた。そうせずにはいられなかった。

 最初は驚いたような表情をした碧もすぐに優しく微笑み、まるで赤子をあやすように背中を撫でる。

「兄さま。何か悪い夢でもみた」

「ああ。みた。本当に悪い夢だった」 

 本当に心底そう思う。あれが夢でなかったら、そう思うだけで、どうしようもなく恐怖だった。

「大丈夫。兄さまには、私がついてるから」

 抱きしめているのはこっちなのにまるで抱きしめられているような感覚。

 しばらくそうしているうちに幾分か落ち着くことができた。

 周囲の状況が次第に視界に入ってくる。 

 ここは車の中か。窓の外の景色からそう判断した。

 夜の闇を照らす街灯が右から左へと流れる。

 車内は異様に静かで、黒い内装も相まって、まるで宇宙に取り残されてしまったかのようだ。

 俺と碧が座るのは車の後部座席。運転席には、スーツを着た女性が二人。ロングヘアとショートヘアという対照的な二人だ。

 バックミラー越しに運転席の女性と目があった。切れ長の瞳はすぐに目をそらし、前方をみる。

「おはようございます。蒼太様」

 使用人然とした口調で運転席の女性が話し始めた。

「状況は理解しておいでですか」

 車の中にいることを指しているのではないのだろう。父と母のこととか、意識が途絶える前のこととか、そういったこと諸々の状況。

 そんなことわかるわけがない。

「いや・・全く」

 蒼太の返答にまるで表情を変えずに頷いた。予想通りの答えだったのだろう。

「私の名前は皐月。隣に座っているのは如月。私たちは代々より秋月家に仕えている使用人でございます。これより蒼太様と碧様に、全てをお話しさせていただきます」

 そして皐月は、一呼吸置いたのち静かに話し始めた。


—————

 秋月家の歴史は長く、長きに渡って土地を収める領主であった。その一番の要因は、やはり秋月家の人間の潜在的魔法特性の高さである。

 秋月家の人間は、皆高い魔力を持ち、各々が特異的な力を持っていた。

 魔法学という学問が開拓され、今や魔法は全人類が平等に持つことのできる力になった。

 どんな人間も、火、水、風、土、光、闇といった基本6属性の魔法のどれかに適正を持つ。

 しかしおよそ1500年前。その6属性のどれにも類似しない第7の魔法属性を操る者が現れた。その力は他の力を圧倒し、みるみるうちに他者を統率し、大国家を形成することになる。それが、ヴァルディア連合王国と秋月家の始まりである。

 だが、強大な力はいつか人を腐らせる。

 力で無理やり形成した国家がうまく回らなくなるのはもはや自明の理。もつれた糸は連鎖的にほどけていった。

 国に反抗する敵対分子を裏で排除する。そんな秋月のやり方はある意味で最も効率的であった。

 そうしてヴァルディアは1400年もの間、偽りの安寧を演じ続けた。それが実現できたのも秋月家の力の強大さゆえであろう。

 しかし、蒼太の父である、秋月家13代目党首秋月博臣の時代、ついに長きに渡るヴァルディアの歴史はその幕を閉じたのだった。

「そして蒼太様と碧様は秋月家最後の生き残りです」

 皐月は最後にそういって締めくくった。

「じゃあ、私の父さまと母さまは死んじゃったの」

 碧の悲痛な質問に皐月さんは、はいと淡々に答える。

 やはりショックなのか、碧の目に涙が浮かんだ。

「俺たちはこれから一体どうするの」

 その問いに今度は助手席の如月が答える。

「蒼太様と碧様のご意思を尊重いたします。秋月家使用人として、蒼太様と碧様に使える所存にございます」

 俺の意思。そんなものが果たして俺の中にあるのか。甚だ疑問ではあるけれど。

 考えても答えは出なかった。

 急な減速感に思考は一気に現実へと呼び寄せられた。

「蒼太様、碧様、到着いたしました。ヴァルディアの隣国、シェルヴェス皇国でございます」

 

 

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