遊覧船
サカナの目だった。
人生に疲れた僕は有り金を全て使い果たし、遊覧船に乗っていた。
ドンドコゆらゆら進む光の物体に波は気を遣い避けているように見えた。
騒ぎ立てている大学生たちも、顔を赤くして1人酔い潰れている中年の男も、洒落た夜にワインを嗜む若いOLも気にも留めることはなかった。
波ばかり見ていると暗い記憶を呼び覚ます。
失敗を重ね会社にいられなくなった。大学の頃から付き合っている彼女に電話し経緯を話し終えると彼女はポツリと言った。
「これからどうするの。」
会社という場所に人生を預けていた。
親に捨てられた子供のような、急に居場所を奪われた僕には残酷すぎる言葉に聞こえた。
心が急速に収縮し何も受け入れることができなくなった壊れたフィルターに濾されて一言、出てきた。
「別れよう。」
結衣にそう告げた後行き場もなく船場を歩いているとこの遊覧船に出会ったのだ。
黒い波の塊が船の先端で真っ二つにされていくのを薄気味悪い笑顔で見る。12月の半ばだった。寒い。
真っ黒の波が深くで一瞬黄色く光ったように見えた。
なんだ、と身を乗り出し目をギュッとつむりもう一度目を開けた。
僕の目と鼻の先に2メートルもの大きな目をした何かがいた。黒目がグルンと視点を変え僕のほうを見ている。
ああ、サカナの目だ。