彼は彼女の微笑みを見ることは出来ない
「ドラムー、ドラムー! どーこーいーるのー!」
ごちゃごちゃに機械が詰まった研究室、いやむしろ工房と言うべきか。
とにかく歯車やシリンダー、モーターのような物から何か生ものが液の
中でピクピク蠢いているガラス管、その他諸々のジャンクヤードと呼ぶ
には物がきれいで、開発室と呼ぶには乱雑な空間。
その中でショートカットでダボダボな白衣を着込んだ少女が何かを、
いや誰かを探している。
『ナンデスカ、オジョウサマ、ゴヨウジデショウカ?』
それに応えてピコピコという電子音交じりの声が返事をしながら
近づいて来る。大きささは少女の胸程度の高さ、色は落ち着いた緑
だがメインカメラであろう瞳はけばけばしい蛍光緑なロボットだ。
ただし四肢があり、人と同じ空間で活動するアンドロイドでは無く、
工場や無人地帯の監視に使われるドラム缶型警備ドローンである。
少なくとも研究室で秘書代わりに使うような代物では無いのだが、
少女にとってそんな事はどうでもよくて、今では家族の一員とすら
思って居たりもするのだが。
「お父様、お父様はどこなの?」
『ハカセハ、キュウヨウノタメ、ガイシュツシテオリマス』
「えー、うそぉ。折角持ってきたのに……」
少女は残念そうな顔で綺麗な包装紙に包まれたプレゼントを
見つめながらため息をつく。サイズはそう大きくはなく恐らく
ハンカチか何かなのだろう。
『オヨビダシ、イタシマスカ?』
「お父様、何時に帰って来るって?」
『ヨテイデハ、フタマルマルマル、キタクシマス』
んー20時かぁと呟きながら少女は壁掛け時計に視線を向ける。
世界レベルで流行っているネズミをモチーフにした時計の短針は
丁度真下を指している。
「んー、ドラム。晩御飯何かある?」
『レトルトノ、ピザナラ、ヨウイデキマス』
「じゃあそれお願い!」
そう言って、少女は部屋の奥にある机に向かう。製図板とデュアル
ディスプレイが同居する古さと新しさが同居する空間。散らかってる
を超えてカオスを突破した空間の中で唯一人間が生活出来るスペースだ。
「折角の誕生日なんだもん、おめでとうって言ってあげたいよ」
そう言いながら足をプラプラさせながら、ドラムがピザを持って来るのを
待とうとするが何もせずに椅子に座っていると少しづつ眠くなって来た。
それもそのはず、小学生3年生の彼女は今日、たった一人でロボット開発者
である父親の為にプレゼントを買いに行ったのだ。更にバスで無く自転車を
使ったこともあり、気が抜けてしまったことも含めて一気に疲れが襲って
来たのである。
「んー、ちょっとだけ。ちょっとだけうつぶせに~」
そう言いながらうつぶせになった瞬間に彼女は夢の世界に旅立つ。
ドラムがピザを解凍し、皿に盛って、胴体の横からニョキリと伸びた
ロボットアームで盛って来た時にはくーくーと可愛らしいいびきを
たてて眠ってしまっていた。
『……シュウシンヲカクニンシマシタ』
ドラムと呼ばれたロボットは小さくそう呟いてそっと皿を脇に置いて
さっと机の脇に積み重ねられているハーフケットを広げやさしく少女の
肩にそれを羽織らせる。
全高120cmの彼からはその少女の寝顔を見ることは出来ない。
しかし彼女は笑みを浮かべながら寝ているのだろうと本来工業製品で
ある彼には存在しえない、彼女の父親に組み込まれた感情回路に浮かぶ
喜びを感じつつ、これから冷えて不味くなるピザは自分を作り上げた
博士に食べさせて、彼女の分は新しく用意しようと決意するのだった。