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4 俺は唯一を手に入れた(前)

 

 婚約者となった彼女と初めて会ったのは、まだ俺が幼かった頃。当時の俺は子どもらしい子どもだった。精神が未熟故の我が侭さ、貴族子息としての傲慢さ、幼いこその残酷さ。それらを持つ特に特筆するべき事のない子ども。

 それに反して彼女は落ち着き過ぎるほどに落ち着いた、子どもらしくない子どもだった。悪戯をしても吃驚するだけ、嫌みを言ってもさらりと流され、少しきつめかもしれないが整った容姿は常に微笑みを絶やさない。

 自分よりも年下なはずなのに、大人のような余裕を持ったその態度が俺の癪にさわった。まるで俺の存在なんかどうでもいい、というように感じられたから。


 今だからこそ思う。きっとそれは一目惚れで。幼いながらも凛とした姿に、光を受けて輝く大きな瞳に宿る強い意志に、否応なく心を惹かれた。当時の俺は彼女の瞳に映りたかったのだ。その他大勢の一人ではなく、特別なひとりとして。

 彼女に関心を寄せてもらいたいという一心で、ちょっかいをかけていた俺の何と愚かな事か。子どもの頃の事とはいえ、思い出す度に恥ずかしさが込み上げてくる。そんな事をしても彼女の心など手に入るわけがないのに。

 何もかもが子どもだった俺にそれが理解出来るはずもなく。月日を重ねるごとに段々とどう接していけばいいのかわからなくなるだけだった。






 そんな煮詰まるような日々を過ごす俺でも時間は淡々と過ぎていく。

 俺が十二歳の頃、学友として付き従っていた同じ歳の国の第二王子が国立の学園に通う事になった。それに合わせて俺も護衛を兼ねて学園に通う事になり、彼女とそう簡単には会えなくなってしまった。


 学園にはいくつかの学科がある。俺は将来的に第二王子の近衛騎士として仕えるため騎士科に所属し、剣術に励む事になる。騎士科とは言いつつも、魔力も平均値以上には持っていたため魔力運用も習ったが。

 彼女と中々会えない日々のイライラを修練にぶつける毎日。しかし物は考えようで、この期に彼女に恥じない、彼女の隣に立ち、彼女を守れるような人間になろうと考えを改めた。そのためには、様々な事を学べるここは都合のいい場所じゃないかと思うようになったのだ。


 そこで様々な事を経験し、世界は広い事を知り、彼女以外の貴族令嬢とも知り合ったが、彼女以上に心を奮わせる存在などいなかった。

 幼い頃から付き合いがあったために、どうやら俺の女性の基準は彼女になっていたらしい。友人に言わせると『お前って女の理想高すぎ!』らしいが、彼女と比べると他の女は見劣りしかしない。


 学園に通う間は寮生活のため滅多に家に帰る事もなく、社交シーズンも彼女はまだ本格的なデビューはしていないためにパーティーでは会えず、手紙のやり取りだけが俺と彼女を繋ぐ物だった。交わした手紙は今もまだ大切に保護の魔法をかけて保管している。彼女から貰った物を捨てるなんてありえないだろう。


 婚約者という立場にいながらも、俺は彼女との距離をつめる事が出来ないでいた。昔の愚かな行いを思い返す度に悶絶したくなる上、これ以上嫌われたくはないという思いが強かったから。だけど彼女が俺の事をどう思っているのか知りたい、そんな思いも抱えていた。






 学業や修練に追われ彼女に会えない中、長期休暇でやっと実家に帰る事が出来た。数日後に彼女に会いに行こうかと考えながら、庭で日課となった魔力制御の鍛錬をしていた時。夢にまで見た彼女の声が聞こえた。かけられた声に振り返ると、俺の方へ歩いてくる学園へ行く前よりも少しだけ成長した彼女の姿。

 俺が休暇で帰ってきたため、挨拶をするためにわざわざこの領地まで訪ねてきてくれたらしい。彼女から俺に会いにきてくれただけでも嬉しいのに、常にない表情で俺を見てくるのにも鼓動が跳ねる。

 どうやら魔力制御のために作り出していた炎の小鳥が興味を引いたらしい。

飛ぶのかとか、鳴くのかとか、少し興奮した様子で聞いてくる様は年相応で思わず小さく笑ってしまった。

 それを見咎めた彼女はそっぽを向くが、紅潮した頬が可愛らしくもあり、艶っぽくもあり。衝動のままに抱き締めなかった俺の理性はいい仕事をしたと思う。

 ずっと眺めていたいと、このままでいたいと思うような幸せな時間。いつになく穏やかな雰囲気の中、彼女が思いもよらない行動を起こす。


「触るなっ!」


 俺が作り出していた炎の小鳥に触れようとしてきたのだ。もう少しで触れるという間合いで何とか跳ね上げるようにそれから反らした。間に合ったとは思うが、慌てて火傷をしていないか確かめるために彼女ごと引き寄せる。

 火傷はしていなかった事に安堵するが、彼女の手は俺が勢いよく弾いたせいで赤くなっていた。元々白い肌だったためにその赤が艶かしいほどに目立つ。呆然とした彼女の様子に気付き、はっとして赤くなったその部分を冷やす。

 治癒魔法が使えればそれを使ったのだが、俺には生憎その方面の才がない。次善の策として、水魔法を使って冷やす事しか出来ない自分がもどかしい。


「……冷たいのですね」


 不思議そうにぽつりと呟く。魔法で『現象』を起こしているのだから当たり前だろう。でなければ攻撃魔法などありはしない。作用する力がなければ、それはただの幻だ。

 しかし彼女はそれを知らなかったのか?だから無謀にも炎で出来た小鳥に触れようとした、と。誰も教えなかったのだろうか。

 自在に使える者はそう多くは存在しないが、魔法は秘匿されたものではない。魔力がほとんどない者もいるが、国では魔道具が発達しているためまったく魔法に触れないという者も滅多にいない。

 なのに彼女は知らないようだった。いくら彼女が病弱だったとしても、一般的な知識を教えないのはどうなのだろう。彼女の周囲が過保護に過ぎるように思うのは俺だけじゃないはずだ。今後このようなことがないように、俺がこんこんと魔法について解説したのは当然の帰結と言えよう。

 帰り際、涙目の彼女が可愛らしいと思ったのは俺だけの秘密である。


 その後も相変わらず細々とした交流が続いた。

 ある日、彼女の屋敷へ行くと彼女の兄とその友人らしき人物が彼女と談笑しているのを目にした。その途端湧き出る負の感情に自分でも驚く。俺はこんなにも嫉妬深かったのか……。きっともう俺は手放せないだろう。この想いも、彼女という存在も。

 そんな思いとは裏腹に彼女との距離は中々縮まらない。それでも、彼女と離れている現状では仕方のない事だった。






 転機を迎えたのは、学園の卒業まで後一年ほどという頃。異世界から『聖女』となる胡散臭い女が来た時。

 役割としての『聖女』が胡散臭いのではなく、その役割を担った『女』が胡散臭いのだ。見目のいい男ばかりに近付き、あたかも自分だけは味方だ、というような態度を取る。聖女だからかもしれないが、知り得ない情報を知っていたり、教えてもいないのに行く先々で遭遇したりして俺としては信用ならない。

 王子と近しい者達も同意見だ。現在は国同士の争いは抑えられているとはいえ、常に命の危険を伴っている立場上、怪しい者には警戒を密にしなければならない。

 ならば向こうから近付いてくるのは好都合。油断を誘い、裏を取る。それが俺達の総意となった。

 そうだ、ついでに聖女を利用……いや、協力してもらって彼女の気持ちを知るのにも一役かってもらおうか。

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