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1 私は恋を手放した(前)

 ええっと、ここはアレか。レースのハンカチを噛んで、『き〜〜〜っ!』とヒステリックな甲高い声を上げながら、貴族のご令嬢らしくない地団駄を踏まないといけない場面なんだろうか。


 一応私の婚約者とされている男性が、異世界から来たらしい聖女様と抱き合ってる場面をばっちり・はっきり・しっかり見ちゃったんですが。

 転びそうになった彼女を支えただけとかじゃない。見間違いや勘違いする隙もなく、そらもうがっつり抱き合ってますよ!お互いの背中に両腕をまわしてね。

 いやはや、今にもキスのひとつやふたつやみっつくらい軽くカマしてくれそうな甘〜い雰囲気です。ピンク色した空気と甘ったるい匂いがあの辺だけ充満してそう。うわ、想像しただけで何だか胸焼けが……。


 しっかしやらなきゃ駄目かしら?地団駄。……いやいやいや、無理無理無理。私のキャラじゃないし。そんな駄々こねるお子様みたいな事なんか出来ませんよ。いったいどんな羞恥プレイさ。

 でもなあ、『原作』の『私』はやってたんだよねえ、これ。まあ主人公の恋路を邪魔する『キャラ』としては良かったのかもしれないけれど。






 何の因果か、生前プレイした事のあったゲームの世界に何故か記憶持ちで転生。赤ちゃんの脳みそに大人の記憶を突っ込んだ状態だったせいか、幼少時はよく意識をなくしてぶっ倒れたり、熱出して寝込んだりして『病弱な娘』だと周囲から認識されてました。

 ある程度大きくなるとそれも安定してきて、倒れたりする事もなくなった。でも周囲の過保護はそのままで笑えない。家の中を歩くのさえひとりで出来ないとか勘弁して下さい。いい加減うざ……ゲフンゲフン。

 まあねえ、三歳くらいの時に寝てるのも退屈で一人で自室から抜け出して、家の中で行き倒れてた事があったけれども。でもそれもたった一回きりじゃんよー。ぶっ倒れた後は大人しくしてたんだけどなー。

 今はもう十六歳で、前世の記憶も身体に馴染んだから小さい頃みたいに倒れたりしないし大丈夫だっつーの。まあそんな事は言えませんがねー。前世の記憶があるとか言ったら頭のおかしい子認定されちゃって、監禁されかねん。


 ここがゲームの世界、またはそれに準じる世界だと気付いた私はそれでも気楽にお子様生活を送っていた。だってここは画面越しじゃない現実だったし、ゲームの時間軸よりも十数年前だったし。ゲームの通りになるとは思わないじゃない?

 そもそも私達はシナリオ通りに動くキャラクターではなく、温かい身体も心もある生身の人間なのだ。

 でもこのままじゃいけないと幼心に決心したのは、私に婚約者が出来たと親に聞かされた時。

 婚約者が出来ただけならば、貴族なのだし当然の事として受け入れた。でもその相手の名前を聞いてヤバい……と危機感を募らせた。私にとってはまさしくどう転んでも死亡フラグしか立たない相手だったから。






 ゲームでは、私は主人公が仲間集めをする時のイベントに関わるキャラクターだった。主人公の仲間という名の攻略対象として私の婚約者とされた彼がいたわけだが、このイベント内容がなかなか酷い。主に私にとって。


 私の存在が初めて出るのは彼と主人公が抱き合っているイベント、前述している冒頭のシーンである。その後、他のシーンで彼の友人から婚約者はどうするのかって話が出ていたはずだ。貴族としての義務と初めて知った愛との葛藤が彼のシナリオのキモになる部分で、義務の部分に大きく関わってくるのが私というわけ。

 ゲームの私は婚約者の彼に相当執着していたという事を頭に入れておいて欲しい。それはもう心が病むほどに。


 私の二度目の登場シーンは、主人公と彼が二人きりでの仲間入りイベント中。毒を塗ったナイフを持って突如乱入する私。彼の心を奪った主人公に、敵意どころか明確な殺意を纏わせて突撃をする。突然の出来事で主人公を守るため殺意に反応して剣を抜き、私を殺める彼。


 ここで乙女ゲーム的な各種パラメーターが影響してくるのだ。

 主人公のステータスの成長具合と、ふたりの親密度だか恋愛度だか愛情度だかがある程度必要になる。それらが求められている数値より低いと、当然彼は仲間に出来ない。成長度と好感度が高ければ、とっさの事とはいえ自分の婚約者を殺めてしまって罪悪感に苛まれる彼を主人公が慰め受け入れ支える、といった感じで仲間になる。

 例え成長度が高くても好感度が低ければ(逆の場合も然り)、こんな自分は主人公にふさわしくない、傍にいてはいけないといった感じで彼は仲間にならず、以後物語からも消え攻略不可になる。


 そう、どちらにしても『私の死』というものがトリガーになるのだ。……人生オワタ、と顔文字とともに頭の中がパニックになっても仕方ないと主張したい私をご理解いただけるだろうか。


 で、死にたがりではない私は考えた。原作みたいに彼に執着しなきゃいいんじゃね?と。名ばかりの婚約者で、恋しなきゃ嫉妬に狂う事もなく死亡フラグ折るどころか立ちもしないんじゃね?と。

 来るべき未来に備えて、計画的にいかなきゃ私には先がないのだ。

 中身が私である以上『原作の私』みたいになる可能性は低いとは思う。けれど念には念を入れておきたい。世の中には絶対なんてないのだから。


 決意した私は彼との接触は必要最低限に抑え、表面上の付き合いしかしないよう心がけた。だって親しくなって彼に惹かれるのが怖かったから。

 貴族としての体裁もあるから全くの無視とか出来ないし、長い間関わっていくと恋愛感情にはならないにせよそれなりに情だってわくだろう。近付きたくないのに近付かなければならないなんて、ホント勘弁して欲しい。

 しっかしヤンデレフラグを自分が立てるって何の冗談よ、マジで。

 自分の感情が制御出来ないあげくに醜態をさらし、ましてや死ぬなんて真っ平ごめんである。

 ……れんあいってこわい。






 でもまあ杞憂で済んでよかった。婚約者と聖女様のラブシーンを見ても嫉妬に狂うどころか、『うひゃ、ゲームスチルと同じwww』と思うあたり彼に恋愛感情を抱かない、という試みは成功したと思う。

 これで私のヤンデレ化死亡フラグは折れたという事だ。やったね、私!

 ゲーム的には仲間勧誘の為の刺殺イベントが消えた事になるけど、そんなもの私の知ったこっちゃねーって話ですよ。

 いのちだいじに!


 あとは婚約解消と、した後の身の振り方をどうするか。これでも高位貴族の令嬢なので、家の為にもどこか実家にとって益になるような貴族の元へと嫁がなければならないのだ。

 嫁ぎ先などはお父様任せになるから、私が今考えても仕方がない。高位貴族で色々忙しいはずなのに私に構う(少し冷たい態度を取るとこの世の終わりみたいな顔で泣き出す)過保護で子煩悩な両親だもの。そこは自身の伝手を駆使して善いようにしてくださるだろう。


 開かれた未来にニヤつく口元を持っていた扇子で隠し、ドレスを翻して私は足取りも軽くそっとその場をあとにした。

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