04
ホセの事など話題にもあげず、伴侶である男達には耳の痛いガールズトークに盛り上がる女性陣とは裏腹に、男性陣は真面目ながらもどこか間抜けた会話をしていた。
「好きなだけ飲めって・・・これじゃ話にならないよな。」
エラ-が掲げたのはボトルに半分残ったウィスキー。
止む無くディランとアリスが自宅から持ち寄った酒とつまみで腰を据えたがキリ-の表情は沈痛だった。
「エラ-、助けて貰った礼も行って無かったな。本当に有り難う。」
「ああ、気にするな。ちびが今日に限ってホセの話をしたからどうにも気になって送って行こうと思っただけだ。間に合って良かったよ。」
「で、奴はどうする?」
ディランの問いにキリ-は考え込んだ。
「許せる事じゃ無いな。だが殺すのも・・・」
「キッドなら半殺しだろう。だがお前は手を出すな、ちびにも・・・例え制裁だとしてもあんな馬鹿に触れる事は無い。俺でもアリスでも引き受けてやる。」
アリスも頷いた。
「十四歳の女の子に、幾ら惚れてるとは言えする事じゃ無い。ちびがどんなに強くたって恐怖心は残るだろう、可哀想に。」
精神科医のディランがグラスを傾けて呟いた。
「トラウマが残らなきゃ良いんだが、女性心理はなかなか難しい。」
とその眼をキリ-に向けた。
「早目に日本に出すか。今はまだ早いが、十六歳で陸短に潜り込めば入隊時には十八だ。どうせ経歴など詐称しなきゃならんし、それなら年齢も同じ事だろう。」
「賛成だな。向こうに行けばモクが見てくれる。」
ディランとエラ-の言葉にキリ-も頷いた。
心に傷を受けるくらいなら出してやった方が良い。それは親としての感情だった。
「それになキリ-、ちびの擦り込みは親代わりだと思うぞ。モクにしたって自分の子供の様に面倒を見ていたに過ぎない。ちびとモクでは・・・34歳もの開きがある。如何にモクでも手は出せんさ。親子が良い処だろう。」
イヴに散々脅かされてもキリ-は我が子の本気を軽く見ていたし、それは他の男達も同じだった。
アリスが笑った。
「それに日本に行けば同世代の友達が出来る。此処ではちびの立場は特別だからな。陸短なら若くていい男も大勢いるだろうさ。」
「それはそれで・・・心配なんだが。」
ジ-ンやコオ辺りが聞いたら、
『親馬鹿野郎が、自分を顧みろ。』
と一刀両断される台詞を吐いてキリ-は腹を括った。
「明日にでもキッドに相談してみよう。反対はするまいが、そうなったら後二年で必要な総てを叩き込んでおかないとならん、協力を頼む。」
「承知。」
ディラン、エラ-そしてアリスの三人はG倶楽部員としての真面目な答えでキリ-を見返した。
真面目な顔で、真面目に話し合って、真面目な筈の結論が何処か間抜けた結果になる事こそが可愛い大馬鹿野郎と云われる由縁であったろう。
「ホセ。お前には選ぶ権利がある。」
ごく冷ややかな言葉がキリ-の口から出て来たが、それ以前にフェニックス基地を牛耳るG倶楽部全員の眼差しが一人立つホセに既に突き刺さっていた。
「此処フェニックス基地を立ち去り二度と足を踏み入れないか、もしくは制裁を受け新たにやり直すかだ。どちらを選んでも良い、それはお前が決定すれば良い。」
ホセの眼が救いを求めて周囲を見回したがそれは何処からも出なかった。
「キリ-、聞いてくれ。」
明らかに言い訳であろうが十歳から面倒を見た来たホセを問答無用に切り捨てられないのは事実。頷いたキリ-にホセは僅かな光を見出したのかあらゆる言葉を連ねた。
「俺はちびが好きなんだ。誰にも負けないほど好きだ。
今回は確かに早まった、申し訳ないと思っているしちびにもこの通り、手を着いて謝りたい。」
ガバッと土下座をする姿は初めて見る物。
「だが、俺は本気なんだ。先走ったけどちびを幸せにするつもりだ。どうか許してくれ。ちびと一緒になって此処で生きて行きたい、あんた達の様に。」
真剣なのは解かる。想いが昂じてと云うのも・・・だが、其処でキッドが割り込んだ。
「ホセ。」
それは静かな声だった。
「人を好きになるというのは良い事だ。それは否定しない。好きな相手の傍に居たい、触れたい。それも判る。
だがな、レイプは許せるものじゃないぞ。例えどれほど好きな相手であってもだ。」
諭すように続けるキッドの前でホセの眼は救いを求めるように周囲をさまよう。
「ちびをレイプして自分の物にすれば良いと思ったか? 恐怖と痛みを与えて愛してもらえると、幸せに出来ると本気で考えているのか?」
周囲を囲むG倶楽部員たちの表情は消されている。
おそらくキッドとキリー以外はホセを一切認めない事だけは彼にも理解できただろう。
やっとホセの眼がキッドに向けられた。
「出来る。してみせるよ。俺はちびが好きなんだ。ずっと好きだったんだ。」
ホセの前に投げられたのはため息と大型ナイフ。
「使っても良いぞ、それで私が倒せると思うなら。」
それはキッドの温情でも有った。
無抵抗で詫びるなら数発殴り倒して終わらせてやろうと・・・
だが、ホセはあくまで短絡だった。
キッドが強いのは知って居る。
ホセが躾けられたのは十歳の頃で、拾って貰った恩義も有ったし喰わせて貰ったから特別逆らう気も無かった。
アリスの格闘訓練でいい成績を上げて来たホセは眼の前のキッドを改めて眺めた。
華奢で小柄、ホセが掴めば振りほどけもしないだろう細い手首。
みんなが強いと云うがそれはきっとお世辞の類、キッドを怒らせたらキリ-が出て来るから。
キリ-にフェニックス基地を追い出されたくは無いから。
「お、俺が勝てばちびと結婚させてくれるのか?」
キッドの表情はピクリともしない。
「お前は、私が何に怒って居るかまだ判らないか。」
此処までだとその場の全員が判断を下した。
ホセにはおそらく一生理解できないのだろう。
自分の望みが有る様に人にもそれが有ると云う事が。
「私を倒せるならそれで掛かって来い。」
一切の感情を消した声にホセはナイフを掴んだ。
病院送りになったホセの事などもう誰も気にもして居なかった。
男連中の提案はあきらは当然、女性陣にも賛成され彼女たち曰く『お馬鹿さんな野郎共』は甚く満足気に計画を練りだした。
陸短の二年間は良しとして、入隊すればちびの両親であるキリ-とキッドは少なくとも立川連隊では公とされるだろう。今まで戦闘兵士の三人、キリ-、キッド、アリスは戦闘中行方不明として身を隠していて、知る者はG倶楽部員以外に居ない。
フェニックス基地の陸軍にもキッドとイヴの同期で司令本部、副司令官にしてG倶楽部のカリフの手が入り、彼らの同期で元Aチームの太田御幸中尉を配置するほど念を入れていたのだ。
立川連隊が知ればいずれは司令本部に、そして調整室にも繋がるだろう。
「まず確実に依頼が来るぞ。」
ディランの言葉にキリ-も頷いた。だが木島調整室長からの依頼を今のキッドが受けるのは難しい。
考え込んだキリ-以下に答えを出したのはあきらだった。
「私が受ける。と云うよりこっちから乗り込んで行って予算をもぎ取って来よう。」
どうせばれるなら有利に事を運んだ方が良い、ばれるまで待って居る事も無いと平然と笑った姿はどこからどう見てもキッドそのまま。
肩を落としたのはキリ-を筆頭に意味の無い拘りを抱える男達で有ったが、
「ああ、一石二鳥だな。此処もかなり厳しいからふんだくって来い。設備投資をしなくては赤字の連鎖だ。」
あきら同様笑って受けたのは当然キッドとイヴ。
肥料と飼料、そして大型の農作業車があれば開墾も楽になる。
医療と教育も元手は必要だったし、出来れば数多くいる日本人の得意な工業も起こしたいが、基地局としての予算ではそこまで届かないのが現実だった。
「そこまでやって初めて自立したと云えるのは確かだ。いずれは俺達無しでもやっていけるようにしないと意味が無いのもな。」
ほとんどヤケクソの様にキリ-が云えばディランも仕方なく乗るしかない。
「では俺は欧州で援護しよう。EUは既に立ち直っているし日本人の技術は向こうでは貴重だからな。発注出来るようになるには多少時間が掛かるが。」
「俺に出来るのはちびの完璧なプロフィールぐらいだな。陸短でばれるのは拙い。きちっと創作ってやる。」
半年後、ディランはDr佐和と共に欧州に渡り地盤を固め初め、エラ-はありとあらゆる偽造書類を造り始めた。
無論その間あきらに対しての教育は怠りなく勧められた。
一年半が過ぎ弱冠十六歳の河野暁はその日、日本陸軍短期大学に入学するべくフェニックス空港に立っていた。
「何か問題が有れば連絡しろ。モクにはナイト経由で話は通っているし、伊達も承知して居る筈だ。」
キリ-の言葉にあきらは頷いた。
「あまり暴れるなよ。モクを困らせるな。」
過去も現在も一番の暴れ者のキッドがやけに母親ぶってあきらを諭す。
思わず笑いが込み上げて来たが応えた声は詰まっていた。
「うん。なるべく近い内に顔を見せるようにする。父ちゃん、母ちゃんを頼むな、母ちゃんは無理するなよ。」
顔を見ると何だか情けない程悲しくなるから、あきらはそのままタラップを昇った。
待ちかねた長い時間。
四歳からの十二年は永遠程の永さと、瞬く瞬間が入り混じり今に至る。
夜を彩る煌めく星と時折魅せる真昼の月、あきらのコールネームの由来となった白熱の太陽に、フェニックスを吹き抜ける一陣の風・・・
その総てと、親と云うよりG倶楽部の先輩たちとの別れは未来の希望と相まって複雑な感情が湧き上がってくる。
いつかのモクを思い出した。
泣きたくない時は素っ気なくなるものなんだと思い知ったあきらだった。
永遠の瞬間 FIN
終章です。
有難うございました。
澤田 紅
PS 01は短編登録となります orz