差し出すために生まれた少女03 少女の章01
8か月ぶりです。。。
メリッサ・キャンベルは奴隷だった。
両親の事は知らない。
物ごころついたときからすでに奴隷だった。周りにいるのは、薄汚れて痩せた子供たちばかり。あまり多くない大人は男ばかりで、とても恐ろしい存在だった。
鎖に繋がれる事は日常的だった。脂ぎった男たちの、気持ちの悪い視線にさらされる事も。
だが、ある時を境に鎖に繋がれることは無くなった。普段いる場所も薄暗く不衛生な地下牢ではなくなり、清潔な日が差し込む場所へと移された。人目にさらされることも少なくなる。そして、仕事よりも、読み書きや計算と言った奴隷には必要のない知識の勉強ばかりをさせられる。城という、高貴な者たちが集まるところで使われる言葉遣いも。
それが、奴隷にとって普通ではないと知ったのは十歳の時。城の言葉遣いを教える年嵩の女が、勉強中に言ったのだ。
『貴女は奴隷で有りながら大変恵まれているのですよ。貴女はこの先、貴女の全てでもって、王家にお返ししていただかないと』
そうか、とメリッサは思った。自分は恵まれているのだと。
幼いころの記憶は年を重ねるごとに薄れていくらしいけれど、メリッサの中ではその記憶は恐ろしいモノとして心の奥深くに根付いている。だから、今でも男が怖い。
でも、王家の人はその恐ろしい場所から自分を助けだしてくれた存在。
メリッサは強く思った。全てでもって、お返ししていくと。この命すら、捧げても良いと。
『お主がメリッサ・キャンベルじゃな?』
幼い声に似合わぬ、聞きなれない言葉づかい。名前を呼ばれて、洗っていたシーツから顔を上げた。
十三歳になったメリッサは、城の中で下働きをしていた。学習した高貴な言葉を使う人達とは接点を持たない洗濯婦としての仕事。
冬の寒空の中、氷のように冷たい水に両手を浸して、皮膚を傷める洗剤を使って何枚ものシーツや衣類を洗う。
人の少ない城の裏手にある洗濯場。そこにはメリッサ一人しかいないはずだったのに、いつの間にか知らない黒髪の幼女が立っていた。
集中しすぎて、気付かなかったらしい。奴隷の自分よりも身分の低い者はここにはいない。
とんでもない失礼を犯してしまった。
恐縮して謝るメリッサに、幼女は怒った様子も見せず、淡々と話しだした。それは、独り言の様でいて、同時にメリッサに聞かせている様でもあった。
『魔女や魔術を信じず、儂の言葉を軽んじておる。……別にそれならそれで構わぬ。が、同じ人間を魔術の贄として、自分たちの身の安全だけを考える。王族達は随分と愚かじゃな』
幼女の言う事がよくわからなかった。
王家の方々はとてもご立派だ。私のような者に、字の読み書き、言葉づかい、作法などを教えてくれて、恩を返すための仕事すら与えてくれる。
そう伝えると、痛ましそうに幼女が眼を眇めた。
そうして、数枚の厚紙を渡される。
みれば、小さな凹凸が数個ずつひと塊りになっていて、その横に文字がひとつつづ書かれている。
『この凹凸は横の文字と同じじゃ。眼を閉じて、この凹凸が何の文字を指しているのか、指で感じ取れるようにしておくとよい。……全てを差し出すつもりなら、きっと役に立つじゃろう』
*****
「……」
メリッサは、国王に用意された一室で静かにその時を待っていた。
いつものように手にアカギレを作りながら洗濯をしていたら、ものすごい形相の騎士数名に、犯罪を犯した者のように国王の元まで連行された。
そして、言われたのだ。お前が我らに恩を返す最大の時が来たのだと。
「……嬉しいです」
そっと呟いて、手に持った、あの時の厚紙を見つめる。
幼女に言われた通り、少しずつ練習し、目を閉じても指先だけで読みとれるようになった。
「お気づかい、ありがとうございました」
ここにはいない、あの時の幼女に向かって礼をする。
十四歳になったメリッサはあの頃の様に無知ではない。
精神も身体も成長して、いろいろな事を知った。
メリッサが、あの日から読み書きや計算の勉強をする事になった意味。
城で使われる言葉づかいを覚えた意味。
城での作法を習った意味。
黒髪の幼女の言葉の意味。
渡された厚紙に込められた意味。
全てでもって、恩を返してゆくという意味。
そして。
これから魔の森へ向かう意味。
「お時間です。……行きましょう」
奴隷であるにもかかわらず、メリッサに敬語を使い、沈んだ眼でこちらを見つめる騎士。
メリッサは彼に微笑んだ。
「わかりました。……道中、よろしくお願いします」
私は可哀そうではない。
だって、全てを差し出すために生きている。
凹凸は点字。
この話、2013年に途中までは書きためてあるのですが、完結するかは未定です。
少しずつ手直ししてはいますがちゃんと完結させるには一から書き直さないとだめかもしれない
というか2013年って。約6年前
時がたつのがはやすぎて…