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差し出すために生まれた少女01 序章


「もう、ここには戻ってこないつもり?」


 魔界へと繋がる森がある、辺境の土地。

 かつてはアイズナー家の所領だったここは、今では一人の魔女が支配している。

 最期の領主、ヘリオス・アイズナーがいた頃には少ないながらも気のいい領民たちでにぎわっていたのに、今では荒廃してしまっている。

 教会もアイズナー家の屋敷も、廃墟と化した。生きた人間は誰もいない。それでも、この地は魔界に呑まれることなくあり続けている。


「ここにブランカ様はおらぬ。……儂は王家に、人間に愛想が尽きたのじゃ」


 そう言って、魔女を振り返ることなく一人きりで魔の森へと消えていく少女。

 魔女、ルイゾンはその後ろ姿が闇に溶け込み消えるまで。

 ずっと見送っていた。




*****




 この国は、ヘリオスがいた頃とはずいぶん変わってしまった。

 廃墟となった教会の中で、崩れ落ちかけた聖女の像を見つめながらぼんやりと思う。

 満月の明かりが教会へと差し込み、聖女を不気味に浮き立たせる。まるで、悪に身を落としたかのように。

 あの頃は、自分にも目的があった。契約者であるヘリオスがいて、彼の持ちこむ面倒に巻き込まれるような形ではあったが、沢山の人間達と接してきた。中にはどうしようもない者もいたが、大抵の人間は気のいい者たちが多く、貴族や王族に連なる者たちもまぁ概ね心根の良い者ばかりだった。


「差し出すために生まれた少女、か……」


 ルイゾンは両手を見つめる。

 沢山の魔術を駆使し、沢山の命を奪い、気まぐれに助けてきた手。この手が原因で引き起こした騒動や恨みの連鎖。短くないこの王国の歴史を彩ってきた手。

 いつの頃からか魔術は廃れ、魔術師や魔女は迫害の対象になり。それでもまだ人々に畏怖の心があったのは、長いあいだ王家を蝕み続けた呪いと、何百年も変わらず王家に仕え続けた魔女ツェツィーリアの存在。そして、魔術が失われてもなお魔術でいろいろと問題を起こし続けたルイゾンの存在が大きかった。

 だが、王家の呪いが無事に解かれてからは。


「……魔女が教会にいるとは珍しいね」


 背後から緩く身体を抱きこまれる。だが、相手がわかっているためにルイゾンが動揺する事は無い。

 ルイゾンの首筋に顔を埋めるようにして、血のにおいをかぐ男。ルイゾンの腹のあたりに回した腕にぎゅうと力を込めて拘束する。


「何の用よ、ラファエル」

「ツェツィーリアがね。君のもとに面白い少女が来るだろうっていうものだから」

「……ふぅん」

「人間どもはどんどん愚かになっていく。ブランカ様もいない今、彼女はとても無気力になってしまっているよ。生きる事にすら。……まるで、僕のように」


 吸血鬼、ラファエル。

 魔界の住人は大体、人間を嫌っている。人間が魔界の者を嫌うのと同様に。そんな中で、この男は珍しく人間に好意的な存在だった。だが、それもあの時まで。


「面白くは無かったけど、二人来たわよ。男と女」

「へぇ? こんなところにね。魔物の餌にでもなりに来たのかな?」

「差し出すために生まれたんだってよ」


 ツェツィーリアがこの国を去ってからひと月ほど立った頃。人がつかづく事のないこの土地に、一組の男女がルイゾンを訪ねてきた。

 まるでいつ逃げ出すかわからないとでもいう様に、両手を後ろに縛られた少女。綺麗な顔立ちだった。だが、その服は汚れ、足元は裸足。縛った少女の後ろに立つ、帯剣した青年。この二人を見ただけで、なんとなく事情は察せられた。奴隷の少女と、それを運ぶように命令された騎士。

 この国の王子に起こった事故は使い魔の情報で知っている。ルイゾンに望まれる事も大体は予想通りだったが。

 ひとつだけ、ルイゾンにとって予想外だった。

 それを願ったのが、奴隷である少女の方。騎士の男は顔を青ざめさせて、痛ましいとでもいう様に、狂おしいまでの何かを宿した眼差しで少女を見つめていた。後悔はしないのか、というルイゾンの問いかけに対しても、少女は顔色一つ変えることなく。

『私は、そのために生まれ、生きているのです』

 全てを差し出すために、生きる少女。その命さえも、差し出すために存在している。


「本当に、人間と言うのはなんて堕落したイキモノなのだろうね。低俗で、汚らわしい」


 吐き捨てるようにな言葉と嫌悪の籠った声音。ラファエルはするりと腕を外して、崩れかけた聖女の像へと歩いていく。


「アンタ、ちょっと痩せたわね」


 人を引き付ける輝かしい金髪。不思議な紅い眼。甘い頬笑みを携えた顔。全てはそのままなのに、どこか陰りを感じる。


「僕は、今でも人間の事は嫌いではないのだよ。ボリスやヘリオス、かつてこの地に生きた者たちの事は皆、良い人間だったと思っている」


 呪いが解かれてから、王家は徐々に変わっていった。

 初めの頃は、ツェツィーリアがそれを諌めていたらしいが。時と共に、ブランカ様の血筋は薄れていく。それと共に、浮き彫りになる人間の高慢さ、汚らわしさ。ツェツィーリアはとうとう、全てを諦めてこの地から去ってしまった。

 月明かりに照らされた聖女の像が作り出す不気味な影。ラファエルはそれをじっと見つめた。二つの紅眼が妖しく光ると、不気味な影がゆらゆらと揺れ動く。


「でも、それと同じくらいに人間が憎い」


 ラファエルは振り返り、背後に立つルイゾンに甘い笑みを向けた。

 その瞬間揺れ動いていた影が大きな刃となって牙をむく。


「殺してやりたいくらいに」


 ガラガラと大きな音と煙を立てて、聖女の像は崩れ落ちた。



なんと、3年ぶり。。。

怖すぎてとりあえず、連載するつもりで書きためていた小説を投稿してみる

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