君に出会えてよかった
「ヴィンセント様、お客様がお見えになっております」
その言葉に、私室の窓辺で外を眺めていた男が振り返る。穏やかな笑顔を携えた顔はしかし、痛々しい包帯でその半分が覆われていた。
「あぁ、待っていたのだよ。通してくれたまえ」
ほどなくして、同じく包帯を頭に巻いた男が入室してきた。
白い白衣を身に付けたその男は椅子に座ったままで迎えた男、ヴィンセントを見つめて、痛ましそうに顔をゆがめた。
「……僕のせいで、君に不要な怪我をさせてしまったね。申し訳ない」
「気に病む事は無い。私は騎士で、貴方は医師だ。戦い、護る事が仕事なのだ。まして、それが私の親しい者たちならなおさら」
半月ほど前の、突如起こった無差別な襲撃事件。休日だった二人は久方ぶりに食事に出かけた先で巻き込まれたのだ。そして、その場で戦えるだけの技量を持った者はヴィンセントだけだった。巻き込まれた自分達や町の者たちを護るために戦ったのだ。
予想以上に襲撃者が強かったのだが。
「騎士でありながら貴方を無傷で護り切れなかったのは甚だ遺憾だが、軽傷で何よりだ」
「……騎士を辞めたそうだね」
ヴィンセントは王宮に仕える騎士である。否、だった、というのが正しいのだろう。つい先ほど、怪我を理由にした辞職願が受理されたのだ。
一人対複数、そして護るべき者達。圧倒的にヴィンセントが不利だった。死者は襲撃者だけだったものの、ヴィンセントは重傷を負った。
左目の視力を失い、右腕の傷。友人である男に診てもらったので、信頼がある。その男が言ったのだ。傷が完治して、どんなに訓練を重ねても、もう以前のように動く事は無いだろうと。そして、左足の骨折。幸いにして綺麗に折れているらしいので、訓練すれば元には戻る。だが完治までには時間がかかる。不幸中の幸いなのはヴィンセントが左利きだった事だろう。
「このような状態で誰かを護り戦えるわけがないのでね。幸い、私は侯爵の地位を受け継ぐ事が正式に決まっている。生活に困る事は無かろう」
安心したまえ。そう言ってからにこやかに茶を進めるヴィンセントに男は泣きそうな顔をして笑った。
「僕たちの家の事情に君を巻き込んでしまった……本当に申し訳ない」
「あぁ、道理で随分と理性的かつ統率力溢れた無差別襲撃だと思ったが。なるほど」
ある程度の事情はヴィンセントも知っている。気の毒だとは思うが、あまり首を突っ込む事も出来ない。特に、今のような状態では。
「そして、せっかく助けてもらった命なのに……すまない」
「どういう事だね?」
「一家総出で、戦地での医療従事を任命された……一番の激戦区だ」
「……」
「おそらく、誰も生きては戻れない。それでも助けを待つ人がいるのなら、僕たちは迷わない」
力強い、意志の籠った瞳は沈みゆく夕陽を浴びて、キラキラと宝石のように輝いている。死ぬとわかっていても、誰かのために尽くすという。医師の家系だからなのか、この男の家族が皆そうなのか。どちらでもよかった。ただわかるのはこれが今生の別れだという事だ。
「陰謀が絡んでいるのだね?」
「おそらくは」
「貴方達が抱える沢山の患者はどうするのだ?」
「一族の傍系に優秀な医師が沢山いるからね。彼らも協力してくれるから、何の問題もない」
「なら、私に何を望む?」
穏やかなヴィンセントの隻眼に、男はまぶしいものでも見るかのように眼を細めた。
ヴィンセントは望みを聞く前からそれを叶える最大限の努力を惜しまないと決めている。遺言になるであろう、男の唯一の願い。他の誰でもなく、ヴィンセントに頼もうとするその願いを。
男もまた、そう決意を固めているヴィンセントの意志を正しく理解していた。
「……君が先ほど言ったとおり、これは陰謀だ。そして――――」
誇り高き貴族でありながらも、身分で人を判断しない男。
そんな君に出会えてよかった。
男はそっと目を閉じた。