たとえキミが忘れてしまっても
ソファを占領するように横になり、けれど身体を小さく、胎児のように丸めて眠る女。
ルーイはしゃがみ込んでその寝顔を見つめる。そっと指で涙の跡をたどり、髪をなでる。
「……メリッサ」
心に傷を負い、人知れず血を流し続けた彼女。ある日突然に限界を迎えてしまった。
何も覚えていない。
出会った時の事。
少しずつ心を通わせていた日々。
初めて手をつないだ事。
一緒に出かけた事。
森で語り合った事。
泣きながら抱きしめたあの日。
小指を絡めて約束をした事。
野原で花を摘んだ事。
一生を共に歩くと誓った事。
髪をなでて、あふれる涙をぬぐい、キスをした事。
世界で一番愛している、と言ってくれた事。
世界で一番愛している、と伝えた事。
君の名前。
僕の名前。
共有したモノを全て。
何もかも、覚えていない。
「メリッサ」
眠る君に呼び掛ける。応えは無い。
目覚めていても、君の声にあの嬉しそうな心は無い。
けれど。
「君が忘れてしまっても、僕は覚えているよ」
そっと頬にキスをする。
「最期まで、君が忘れたままだったとしても、僕が全部覚えているよ」
眠る彼女に僕の上着を。
君が冷える事の無いように。
「愛してる」
君が寂しさで泣く事の無いように。
「愛しているよ」
君の欠けた部分を少しでも満たす事が出来たなら。
「君が、変わってしまっても。他の誰かを好きになっても」
それだけで、僕は十分。
「それでも、僕は君を愛してる」
君から何一つ返ってこなかったとしても。
それでも、きっと生きてゆける。