隣の神様(貧乏神様編)
わたし、転生しました!
神様に!
貧乏神ですけどねっ!!
そうそう。最近多いらしい性別変換とかは、無いです。前も今も女です。ごめんなさい。
隣の神様(貧乏神様編)
皆さん知っていますか?
貧乏神って。
別に、貧乏な神様のことじゃないんですよ。
私自身、貧乏なわけじゃありませんし。
しっかり上の人からお給料もらってますから。
え? 上の人のことですか?
申し訳ありませんが、社外秘なのでお教えすることは出来ないんですよ。
今は情報がとっても高値で取引されちゃう世の中でしょう?
情報漏洩したら、わたしの首が飛んじゃいます。いろんな意味で。
お話戻してもよろしいですか?
わたしが貧乏神になったのは、人間だったわたしが死んだ後です。
普通は、人間だった頃の記憶というのは無くなってしまうそうなのですが、わたしはなんだか特殊な事例らしいですよ。
しばらく調査が入りましたもの。
結果はわたしも教えてもらえていないので、皆さんにお教えすることは出来ないのが心苦しいです。
調査中には、世界が違う、とか、履歴が無い、とか、よくわからないことを横でごちゃごちゃ言われましたが、小さいことは気にしないし、大きいことはわからない性質ですので説明などできようはずもありません。
さて、以前の記憶があるわたしは、どうも貧乏神としての自覚が足らない、とかで、なかなか現場に派遣されるにいたりませんでした。
ずっと上司のもとで修行、修行、雑用、雑用、雑用の日々で。
300年くらい頑張りました。
わたし、もともとが日本人で、黙々と仕事することに向いておりましたので、気が付いたら人間換算で言うとだいぶ長い時間を雑用……修行に費やしていたのでした。
あ、そうそう。『貧乏神』と言うのは、わたしが元・日本人だからと分かりやすく変換された言葉で、厳密に言うと多少違うらしいのです。
とはいえ、仕事内容(取りついた人間やその家族を貧困にする)からいくと完璧『貧乏神』です。紛う事無き、ってやつです。
でも、日本の民話でよくある、味噌に釣られて追い出されるとか、そういうことはありません。
ここは本当に申し訳なく思っています。
だって、吸血鬼が「太陽別に怖くないしー、朝帰りとかドンと来いだしー」、とか言ったら興ざめですよね。最近はそういう方たちも多いらしいですが。
しかしですよ、飽食の時代に生きた日本人であったわたしですよ。味噌は好きですけど、釣られて川に流されちゃうほどではないです。醤油も好きですし、ソースだって好きですもの。
でもそれって、あくまで調味料として好きなのであって、単品で出されたからって貪り食ったりしませんから。
それに、わたしの今回の派遣先って、味噌自体がたぶん無いと思います。
「お父様! お父様ああああぁあぁ!!!」
「フェリシテよ、強く、生きよ……」
「いやぁあああ!! お父様ぁあああああ!!!」
「姫様! こちらへ! どうかお逃げください! われらの最後の希望となってくださいませ!」
「お父様がっ! お父様を置いてゆけません! わたくしよりも、お父様を……」
「もはや王は……どうか、姫様だけでも、どうか……! ジル、ロベール、騎士として姫を守ってくれ。そこの……侍女、確か名を、アラクと言ったか。姫様を頼む」
「もちろんでございます、宰相様。参りましょう、姫様。このアラクがついております。騎士様がた、どうか、姫様をお守りくださいませ」
「もちろんだ。さ、姫様、こちらです。目くらましの魔術をかけます、ご辛抱下さい」
「参りましょう。宰相殿も、どうかご無事で」
「ああ。姫様、また、いずれお会いいたしましょう……」
「ジェレミー宰相……」
「さ、姫様」
「ええ、わかったわ、アラク。行きましょう」
ここでのわたしの呼び名は、アラク。
わたしの宿主は、フェリシテ姫様。
そして、この世界はすこぶる西洋風でファンタジックな世界なのでした。まる。
ああ、和食が食べたい。
さる王国の姫君であらせられました我らがフェリシテ様は、新たな魔術の構築に成功したとかで近頃調子に乗っておりました隣国の侵略によって国を追われました。
共に逃亡した侍女であるわたし、アラクと、2人の騎士は何とか無事でした。
今、4人で何とか頑張って生きています。
ですが、行く先々で荒事や厄介ごとに巻き込まれ、冒険者として働いても働いても、度重なる出費(厄介ごとで発生した請求書など)にいっこうに裕福にはならず。
蝶よ花よと大切に育てられてきた姫君が、貧乏暇無しな生活を余儀なくされているのです。
常に手入れされて美しかった金の髪は、今無造作に三つ編みにされ、ごわごわです。
柔らかなドレスではなく、軽装ではありますが肩当と胸当て、篭手など防具をつけていますし、華奢なヒールの靴ではなく、歩きやすく水を通さないブーツがその小さな足を覆っています。
手のひらは鍛錬のおかげで硬くなり、ちょっとやそっとのことでは傷つかないようになりました。
ああ、かわいそうな姫様。
貧乏神であるわたしのせいでもあるわけですけれどね!
ちなみに、騎士たちも、無駄に装飾過多だった鎧はすでに一部を残して売り払い、一般的な冒険者の姿をしています。
わたしはといえば、まあ、戦闘にはむかない身でありますので、防具などは一切つけておりません。
ただ、魔法を多少使えるという『設定』ですから、魔法の媒体となる指輪だけははずしません。
「ねえ、アラク、このきのこって食べられるかしら?」
近頃の姫様は、森の中でもきちんと食料を探しながら歩くということが出来るようになりました。
少しずつ、食べられるものと食べられないものの知識を蓄えていて、はっきりと食べられるとわかっているもの以外は口にしないという基本的なことも理解できるようになりました。
わたしと、ずっと一緒に行動している騎士たちのおかげではありますが、姫様自身も、生きることに必死なのです。
ただ、あまりに貧乏で食べるものに困るということが続いたせいか、ちょっと食べることに対して貪欲になってしまいましたが。
「あら、姫様、それは近頃うわさの……」
「え? 噂になるほど希少な高価なきのこ!?」
「いえ、毒性があまりに強く、触れただけで皮膚がただれ落ち、発熱と嘔吐を繰り返し、やがて死に至るという、恐ろしいきのこです。お話をまとめますと、食べられません」
「毒きのこなら毒きのこって、言ってくれればいいじゃない! 食べられないものに用は無いのよっ!!」
「まあまあ、姫……フィー様。これ、『依頼』が出ているきのこですわ。町の斡旋所に報告いたしましょう」
「え!? じゃあ、依頼料もらえるのねっ!? どのくらい!?」
食べることだけではなく、金銭面でもしっかりした成長が見られます。
とてもいいことだと思いますよ、個人的には。
ときどき、騎士たちがその姿を見、大柄な身体を小さくして涙していますが、わたしにとってはどうでも良いことですので全てスルーです。
「最近被害がひどいらしいですから、依頼料の上乗せがあったようですよ。おそらく、ちょっとご飯の美味しい、いい宿に泊まれるのではないかと……」
「きゃー! ごはん! おいしいごはん!!」
ぴょこぴょこ、と、その場で飛び跳ねて喜びを表す姫様を、ほほえましく思いながら、それでもわたしは注意を促します。
仮にも、王族であらせられたのですから。
「フィー様、よだれが垂れておりましてよ。お気をつけくださいませ。
さ、ジルさん、魔法結界をこのあたりにはってくださいな。で、ジルさんの登録ナンバーも忘れず刻んでくださいよ。刻み忘れて『依頼達成不備』になった無駄仕事が今まで幾つあったことか……」
振り向きもせずに、背後からきのこを覗き込んでいる男性の名を呼んだ。
彼は、姫様に仕える騎士の一人である。
ろくに手入れをしていない割には綺麗に肩まで伸びた金髪の彼。無造作ヘアとでも言いましょうか、顔の造作の良い彼には良く似合っています。
とはいえ、姫様同様、薄汚れた冒険者の風体です。
元・貴族、といわれれば、気品も感じられましょうが、生きる為に精一杯の冒険者。
以前とは違い、今はあまりおモテになられないようです。
そんな彼が、わたしの言葉に反論を返してきました。
「わかってる! アラクさんはいつもそうやってチクチク過去の失敗を掘り返すんだから、性質が悪いよな……」
ぶつぶつ、と、不平を漏らしながら、きのこの傍にしゃがみこんだ彼の後頭部を見つめて、わたしは、ふ、と、鼻で笑ってあげました。
「だって、人間は忘れる生き物ですもの。 都合の悪いことから忘れてしまったら、これからの人生で同じ失敗を繰り返すでしょう。事実、何度も……」
「ごめんなさい、気をつけます」
わたしは、古式ゆかしい作法にのっとって行われた、騎士、ジルさんの見事な土下座に満足げに頷いた。
「アラクったら、ジルに厳しいわよね」
どうしてなのかしら、と、姫様が首をかしげていらっしゃいます。
わたしは、決まっております、と、自信満々に胸を張った。
はったところでたいしてありもしない胸を、ですが。
ちなみに、姫様の胸はDはあります。大変うらやましいです。
「高位の騎士で金髪イケメンは、女をはべらすだけはべらせて餌を与えない女の敵と相場は決まっておりますので」
私の言葉に、ぎょっと目を見張った姫様は、一歩、ジルさんから距離を置きました。
「え? 決まってるの!? そうなの!?」
「姫……フィー様! そんなの決まってませんよ!! アラクさん、なんですか、その不当な思想!! フィー様に誤解されますからやめてください!!」
結界をちょうど張り終えたらしいジルさんが、慌てた様子で立ち上がり、必死に姫様にむかって弁解しております。
わたしは、王宮で騎士をしていた頃のジルさんを思い浮かべました。
生真面目な性質でありましたジルさんですから、確かに女性関係の黒い噂などは聞こえてきたためしがありません。
その頃は私も、彼とはあまりお近づきになったこともありませんでしたから、わたしの影響力も個人的には届かなかったでしょうし。
わたしは、空気に徹しているもう一人の騎士に、ちらり、と視線を向けた。
びくり、と、身を震わせたもう一人の騎士、ロベールに、わたしは笑いかけた。
「ちなみに、ロベールさんのような褐色の肌に黒髪長髪の寡黙風イケメンは、最終的に美味しいところを掻っ攫っていきますが、女運は悪いため、本命とは幸せになりにくいです」
「!? 沈黙を貫いていたのに、なぜこちらに飛び火してきたんだ!? 俺は今何もしていないだろ!?」
空気に徹して嵐をやり過ごそうとしていた彼も、もちろん巻き込んでさしあげましたとも。
悲鳴をあげたロベールさんに、ジルさんがなんともいえないといった風に、哀しげな視線を向けた。
「ロベール、お前、女運悪いのか……」
「やめろジル! そんな目で見るな! フィー様が真似するだろうが! ほら、もう真似してる!! 違いますよ! 私は別に女運が悪いと思ったことなど……いや、今まさにアラクに対して思って……いやいや、違う!!」
「さ、姫様、騎士様がたと遊ぶのはこれくらいにして、そろそろ町へ戻りませんと。お夕飯の時間に間に合わなくなってしまいますよ」
「そうね。きのこの報酬は明日になると思うから、とりあえずは宿に戻りましょう! ああ、楽しかった!」
「姫様!? オレたちの事をいじめて楽しんでますね!?」
「アラク、ジルはいくらでも弄ってくれていいが、俺のことはそっとしておいてくれ!」
「おい! ロベール貴様オレを売るのか!?」
「長いものには巻かれろ、と、アラクが言っていたからな」
わたしたちは、騒がしくも4人並んで、町へと戻るルートをたどり始めます。
好きなときに好きな場所で、好きなものを食べ、好きなときに眠る。
冒険者とはなんて自由な生き方でしょうか。
とはいえ、いつもお金はありませんし、命の危険にもさらされるような目にもあいます。
すべてにおいて自己責任で選択を繰り返すのが、冒険者です。
姫様は、私に出会わなければ、人に傅かれ、働くことなどせずに与えられた贅沢を当たり前の事と受け取り、身も心も美しい人生を何も知らずに歩むはずの人間でした。
けれど、姫様は私に出会ってしまったのです。
わたしは取りついた人間やその家族を貧困にし、不幸を呼ぶ存在。
姫様はそれまでの、自らで動くことせずとも不自由の無い暮らしを取り上げられ、自分で動き選び取る自由を与えられました。
大事なものを失って、大事なものを手に入れました。
わたしの今の仕事は、貧乏神。
わたしの名は、ア・ラクシュミー。
不幸と幸とを平等に両手に乗せる者。
姫様、あなたは今、不幸せですか? それとも。
わたしはいつでも、あなたのそばに。
『end』
アラク(ア・ラクシュミー)
:元人間の現貧乏神稼業の女性。死因不明。本人が覚えていない。
:延々雑用させられていたが(アルバイター扱い)、やっとこさ正社員となり初めてのお客様たちが、フェリシテ姫様たちのいる世界の住人たち。
:姫様に取り付く前は、いろいろな人の間を渡り歩いていたが、今の宿主が一番相性がいいらしく離れる気が微塵も無い。
:魔法使いの『設定』で宿主と共にいる。魔法は確かに使えるが、この世界の魔法とは違うので、あまり多用しない。
:(初期設定では双子になるはずだった。(※騎士たちの項参照))
フェリシテ姫
:さる王国の元姫、現冒険者の女の子(といっていい年齢は過ぎたかもしれない)
:アラクを自分の侍女としてから、なんだかいろんなことが起こるようになった。(例:王国占領とか)
:でも、アラクのことは信頼している。相性がいいらしい。
:騎士二人の事も信頼している。ただし恋愛感情は皆無。
:姫のままだったら、隣国の小太り王子と結婚させられるところだった。
:最近めっきり冒険者としての腕が上がっており、『双刀の暴れ姫』とか『暴食の乙女』などと渾名されるように。
:厄介ごとに巻き込まれると時々会う黒騎士が気になってしょうがない。年上が好みのタイプ。
(騎士たち)
ジル・パドルー(金髪碧眼)
ロベール・カリエ(黒髪褐色肌)
:両者とも同期の騎士。近衛まで上り詰めた実力者。
:ジル→貴族 ロベール→たたき上げ
:どっちもイケメン。
:(アラク・シュミーとラク・シュミーという、貧乏神と福の神の双子とくっつける予定だった。ちなみに、ロベールと双子、ジルとフェリシテ姫の組み合わせ。双子は一緒にいないと意味が無いので、ロベールには一人でいろいろ頑張ってもらう予定だった。)
(宰相)
ジェレミー・モーリス
:さる王国の元宰相、現逃亡者 兼 謎の黒騎士(お助けマン。出てきてないけど。)。
:宰相に抜擢されるまでは騎士団所属でバリバリの体育会系だった。なぜ宰相になったのかは亡き王様と宰相との間の秘密。(王を守って最後まで戦った後、王国の秘宝の隠し場所を吐かせるために捕えられる。が、数日後に脱獄。)
:フェリシテ姫とそのうちくっつく男。残された王国の秘宝を持っている(フェリシテ王女から王様宛に送られた手紙とか、もろもろの思い出の品。別名:愛のコレクション。)。