そのこころは…何2(記念臭)
「そのこころは…何」と言う短編の”その後”です。
彼女と付き合い始めた日はいつから?と聞かれると定かではないが、付き合いあ始めて一年位ではないだろうか…。
僕は週末になると、浅沼香の思い付きの場所に二人で出掛ける。
何をするにも僕任せの彼女だが、行先だけは彼女が決めるのだ。目を瞑って地図に指をさすことも珍しくはない。
しかし、今日の行先は何の迷いもなく当然の様に彼女の口から飛び出した。
それは、デパートの屋上である。
ここは時々特設ステージが設けられる。
あの熊の着ぐるみを着て、彼女と販促の仕事をした時もそうであった。
今では、汗を沢山吸った熊の着ぐるみの臭いの臭かった事が懐かしい…。
屋上の防御策に寄り掛かり、風上に居る僕に向かって彼女は目を閉じて微笑んだ。
最近は僕が鈍いと言って機嫌を壊すことも多いのだが、今日は機嫌がすこぶる良い。
「へ~、今日は随分と、嬉しそうなんだ」
皮肉交じりに言ってみた。
しかし、それにも、
「まあね、今日は風の匂いが最高なの」
そう応る。
「風の香り?」
「そう。私ね、風の匂いが判るの」
「初耳だなぁ」
「公ちゃんに言ったこと無かったぁ?」
最近二人の時は、公ちゃんになってしまった。
「私の想い出には”もの”はいらないの。風の匂いがあれば充分なんだ。
風がその時の事を一番想い出させてくれるの…。
ホントよ。私の色んな想い出がこの風の中に記憶されているんだ。毎日風の匂いが記憶が蘇らせてくれるの。だから明日が楽しみ…」
風の臭いと言っても、近所に焼肉屋でもあれば別だが、周囲に工場すらもないデパートの屋上では、特に何も臭っては来ない。
「どんな臭いなの?」
「例えばね、昨日は小学校4年生の時の遠足の匂いがしたの」
遠足の臭いって、何だろう?
全く理解が出来ないので、今日の臭いを聞いてみた。
「じゃあ、今日はどんな臭い?」
「今日はね、とってもいい匂い、へへへ」
何か気味が悪い。
「ど、どんな臭い?」
すると、彼女は「記念臭」と応えた。
記念臭?何か臭そうな言葉だ。
だが、別にそんな臭いは漂っては来ていない。
鼻が詰まっている訳でもない。
「記念臭?」
「うん、でもちょっと一味足りないかな」
「一味って?」
「ん~ちょっと汗っぽい酸味がね」
「え~!そんな趣味があったんだ…」
「うん、…」
平然と彼女は頷く。そして、
「…そんな趣味があるのよ。1年前の今日からね。丁度、今日と同じように雲が流れて風に心が乗って、そして、届いたの」
彼女が微笑んだ。
今日が一周年記念ってことなのか?
想い出を懐かしめるのは、写真や音楽だけでなく、彼女に取っては空気の”香り”もその一つでした。




