4
小礼拝堂の奥にある休憩室は、簡素な部屋だった。
白い壁。
小さな窓。
木の寝台が、いくつか並んでいる。
来客用、という感じの寝具が、きちんと畳まれて、枕の上に置いてあった。
「……ここを使ってほしい」
アルヴェインさんが、少し遠慮がちに言う。
私は、黙って、寝台のひとつを見た。
ベッド、と呼ぶには少し固そうで、でも、床よりは、ずっとましだった。
本当に、今日は、ここで寝るんだ。
そう思った途端、胸の奥が、すうっと冷えた。
荷物は、ない。
着替えも、ない。
いつもの部屋にあるものが、ひとつも、ここにはない。
靴を脱ぐように言われて、言われるままに、足元で靴を揃えた。
その仕草が、やけに現実的で、泣きそうになるのを、ぐっとこらえる。
「……水、いるか?」
誰かが、そう言って、木のコップを差し出した。
中には、冷たい水が入っていた。
「ありがとうございます」
受け取って、一口飲む。
思ったより喉が渇いていて、二口、三口と、続けて飲んでしまった。
周りの人たちは、部屋の端に、なんとなく固まっている。
毛布を持ってくる人。
椅子を引きずってくる人。
でも、置き場所が分からなくて、結局、立ったままになる人。
みんな、何かしなきゃ、という顔をしているのに、何をすればいいのかは、分かっていない。
アルヴェインさんが、部屋の外に一度出て、すぐに戻ってきた。
腕には、もう一枚、毛布が抱えられている。
「……これも」
そう言って、さっきより少し丁寧に、私の寝台に重ねた。
「夜は、もっと冷えるから」
短い言葉だったけど、それが、ただの説明じゃないことは、分かった。
「ありがとうございます」
そう言うと、アルヴェインさんは、視線を逸らして、小さく頷いた。
「水だけじゃ、足りないだろう」
そう言って、今度は、部屋の奥にある扉を指した。
「こっちに、簡単な調理場があるんだ」
ついて行くと、小さな台所のような場所だった。
かまどはあるけれど、灰は冷えている。
棚には、パンと、乾燥した果物と、塩。
あとは、水の入った壺。
「……あんまり、使われてない」
誰かが、気まずそうに言った。
それでも、アルヴェインさんは、手早くパンを分けてくれた。
硬いけれど、ちゃんとしたパンだった。
「これくらいしかなくて……」
「いえ……」
ちぎって口に入れる。
噛むたびに、音が、やけに大きく聞こえた。
味は、あまり、よく分からなかった。
でも、食べているうちに、手の震えが、少しずつ、収まっていく。
食べ終わる頃には、部屋の空気が、少しだけ落ち着いていた。
誰かが、時間を気にするみたいに、扉の方を見る。
「……今日は、もう、戻ろう」
そう言った声に、他の人たちも、小さく頷いた。
「また、様子を見に来る」
「明日も、顔を出す」
そんな曖昧な言葉が、いくつか、交わされる。
一人、また一人と、部屋を出ていく。
最後まで残ったのは、アルヴェインさんだった。
扉が閉まって、足音が遠ざかる。
急に、部屋の中が、静かになる。
広くなったわけじゃないのに、人が減っただけで、空間が、がらんとした。
私は、寝台の端に、そっと腰を下ろした。
アルヴェインさんは、少し離れたところに立っている。
近すぎず、遠すぎず。
「……今日は、ここで休んで」
そう言ってから、少しだけ、言葉を探す。
「すぐ近くに、人を立てておくよ」
私の顔を見てから、付け足す。
「困ったら、俺の名前を出して」
私は、頷いた。
それだけで、この場所で、ひとりじゃないと、思えた。




