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始まりの聖女 ─彼女が呼ばれたわけ─   作者: はたの


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小礼拝堂の奥にある休憩室は、簡素な部屋だった。


白い壁。

小さな窓。

木の寝台が、いくつか並んでいる。


来客用、という感じの寝具が、きちんと畳まれて、枕の上に置いてあった。


「……ここを使ってほしい」


アルヴェインさんが、少し遠慮がちに言う。


私は、黙って、寝台のひとつを見た。


ベッド、と呼ぶには少し固そうで、でも、床よりは、ずっとましだった。


本当に、今日は、ここで寝るんだ。


そう思った途端、胸の奥が、すうっと冷えた。


荷物は、ない。

着替えも、ない。

いつもの部屋にあるものが、ひとつも、ここにはない。


靴を脱ぐように言われて、言われるままに、足元で靴を揃えた。


その仕草が、やけに現実的で、泣きそうになるのを、ぐっとこらえる。


「……水、いるか?」


誰かが、そう言って、木のコップを差し出した。


中には、冷たい水が入っていた。


「ありがとうございます」


受け取って、一口飲む。

思ったより喉が渇いていて、二口、三口と、続けて飲んでしまった。


周りの人たちは、部屋の端に、なんとなく固まっている。


毛布を持ってくる人。

椅子を引きずってくる人。

でも、置き場所が分からなくて、結局、立ったままになる人。


みんな、何かしなきゃ、という顔をしているのに、何をすればいいのかは、分かっていない。


アルヴェインさんが、部屋の外に一度出て、すぐに戻ってきた。


腕には、もう一枚、毛布が抱えられている。


「……これも」


そう言って、さっきより少し丁寧に、私の寝台に重ねた。


「夜は、もっと冷えるから」


短い言葉だったけど、それが、ただの説明じゃないことは、分かった。


「ありがとうございます」


そう言うと、アルヴェインさんは、視線を逸らして、小さく頷いた。


「水だけじゃ、足りないだろう」


そう言って、今度は、部屋の奥にある扉を指した。


「こっちに、簡単な調理場があるんだ」


ついて行くと、小さな台所のような場所だった。


かまどはあるけれど、灰は冷えている。

棚には、パンと、乾燥した果物と、塩。

あとは、水の入った壺。


「……あんまり、使われてない」


誰かが、気まずそうに言った。


それでも、アルヴェインさんは、手早くパンを分けてくれた。


硬いけれど、ちゃんとしたパンだった。


「これくらいしかなくて……」


「いえ……」


ちぎって口に入れる。

噛むたびに、音が、やけに大きく聞こえた。


味は、あまり、よく分からなかった。

でも、食べているうちに、手の震えが、少しずつ、収まっていく。


食べ終わる頃には、部屋の空気が、少しだけ落ち着いていた。


誰かが、時間を気にするみたいに、扉の方を見る。


「……今日は、もう、戻ろう」


そう言った声に、他の人たちも、小さく頷いた。


「また、様子を見に来る」

「明日も、顔を出す」


そんな曖昧な言葉が、いくつか、交わされる。


一人、また一人と、部屋を出ていく。


最後まで残ったのは、アルヴェインさんだった。


扉が閉まって、足音が遠ざかる。


急に、部屋の中が、静かになる。


広くなったわけじゃないのに、人が減っただけで、空間が、がらんとした。


私は、寝台の端に、そっと腰を下ろした。


アルヴェインさんは、少し離れたところに立っている。


近すぎず、遠すぎず。


「……今日は、ここで休んで」


そう言ってから、少しだけ、言葉を探す。


「すぐ近くに、人を立てておくよ」


私の顔を見てから、付け足す。


「困ったら、俺の名前を出して」


私は、頷いた。


それだけで、この場所で、ひとりじゃないと、思えた。




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