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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ラベルゼロ

水のない夏


17才。僕は自分が特別だと思っていた。


周りが聴いてない音楽を聴いて、不眠症。オンラインゲームでは一番高いランク。まぁ早く言えば友達がいない。


そんな僕の根拠のない自信は、進級して、同じクラスになった渚野マヤに、見事に叩き折られてしまった。


渚野マヤの噂は、2年になる前から耳に入っていた。

近寄りがたい美少女。角度によって金色に光る、ウェーブのかかったロングヘア。吸い込まれそうな大きな目。

更に、いつも側にいるのが遠山レイ。ショートヘアに切れ長の目、美人で背が高く、女子からも人気の女子。


対象的な2人が並ぶと、まるで漫画やアニメから飛び出したようだった。


その遠山レイとクラスが離れた渚野マヤは、どこか寂しそうで、やはり馴染めずにいた。

僕と同じく孤立しているはずなのに、比べ物になるはずもない存在感。


もし自分が大物アーティストになっても、世界がひっくり返っても、同じ所に立てる気がしない特別を感じた。


体育の後、ふざけた男子が、存在感のない僕に気付かず、背中を押した。

僕は、そこに置いてあったバケツの水を頭からひっかぶった。

四つん違いになって息をのむ。笑い声が遠のいて行った。


「もう!謝りなよ、ねぇ?」

遠のいていく男子から視線を僕に変え、ハンカチを差し出してくれたのは一なんと、あの渚野マヤだった。


吸い込まれそうな、大きな瞳で見つめられると、僕は何も言えなくなった。ハンカチを受け取る事すら出来ず、見ていた。

「拭いてあげようか?」

渚野マヤが困ったように笑った。はちゃめちゃに可愛い。

「あっご、ごめん、渚野さん•••・」

情けない程言葉につまりながら、僕はハンカチを受け取って、ようやく立ち上がった。

「私の名前、知ってるの!?」

渚野マヤが、嬉しそうに言った。

「もちろん……有名人だし、同じクラスだし…」もう目を合わせていられず、視線をそらした僕を覗きこむ。

「ねえじゃあ!名前おしえて!?マヤ、話す人いなくて……」

「黒田……黒田直樹です」

こんなにドギマギした自己紹介は初めてだ。渚野マヤが、僕の名前を知った!!


「黒田君ね!ねぇ、たまに話しかけてもいい?」

渚野マヤに言われ、僕はただ、コクコク頷いた。ポタポタとバケツの水が滴り落ちていたが、心の中はハッピー。渚野マヤは、僕を特別にした。


渚野さんとは、たまにどころか、毎日少しずつ話すようになっていった。水をひっかけて来たアホ男子に羨しがられたが、お前のおかげだ。机を蹴られる位何でもない。


渚野さんは意外にも明るく、天然で人懐っこい。

「麺糸?米派?」なんて聞いて来るし、何で友達が遠山レイだけなのか...…と思っていたが、すぐ分かった。


ある放課後、日直で遅くなり、教室に一人になった僕は、後ろに人がいるのに気付かなかった。

「黒田直樹……立葉マンションに住んでるんだね」

振り向くと、遠山レイがいた。

「渚野マヤに近付かないでくれる?黒田さんとは生きてる世界が違うの。304号室。意味分かるよね?」


僕の住んでる号室まで言うと、遠山レイは、近寄って来て、僕の机の上にドンッとカッターを突きつけた。僕の目を見て、親指をファックユーの形にして、首の所でゆっくり線を描くように動かした。

(遠山レイ、ヤッバァ.....てか何で住所握られてんの?)

僕は何も言えず、でも頷きもせず、一気に人生がドラマチックになってないか?と思っていた。


靴音が聞こえ、「レイ!教室行ったのに!入れ違いになっちゃったね」と、渚野さんが入り口に立っていた。遠山レイは、気付くと僕から離れていて、渚野さんに笑顔を向けていた。

「黒田君、バイバーイ、また明日!」

と無邪気に言う渚野さんの後ろで、遠山レイが僕を睨んでいた。


多分、遠山レイは渚野さんに返づく人全員に、同じ事をして来たのだろう。だからあんなに良い子の渚野さんに友達が少ないのかもしれない。


しかーし、僕は遠山レイの脅しに屈しなかった。

どうせ元から孤立していて、親兄弟とも仲が悪い。

【渚野マヤの友達】かもしれない”特別”を、この程度で手放すわけがない。遠山レイとはクラスも違うのだ。

というわけで、僕は渚野さんと距離を置くどころか、むしろもっと仲良くなってやることにした。


僕のオススメの音楽を、イヤホンを片耳借した時は、流石に震えた。渚野さんは音楽や浸画にうとくて、家では料理をするのが楽しいらしい。なので、漫画を貸すようにもなった。


渚野さんはお礼にとお菓子を作って来てくれる事がたまにあった。見た目は割とグロテスクだけど味は驚く程美味しい。

(これはかなり羨しがられて、帰宅中、知らない男子に後ろから蹴られた)


そんな風に過ごしていると、あっという間に7月になっていた。もうすぐ夏休みだと思うと、途端に憂鬱になる。

学校がないと、渚野さんと話せなくなるからだ。


最近は、渚野さんと話す時間が何より楽しみになっていた。明日、何を話そうと思うとドキドキして眠れない。

好きだ。渚野さんの事、好きだ~!!


遠山レイからと思しき地味な嫌がらせ(定番の机の中にカッターの刃)もあったが、そんな事、どうでもよくなる程渚野さんの事が好きになっていた。それと同時に、鏡を見る度に、自信をなくす。猫背でギョロ目、クマもひどいヒョロガリ三白眼。こんなのが渚野さんの横に並べる気がしない。


その日の放課後、(最近では放課後も話すようになっていた)

渚野さんがふと、窓の外を眺めながら言った。

「黒田君。海って好き?」


不意に聞かれて、んん、好きも嫌いもないなと思っていると、「私ね、小さい頃はよく泳いでたの。水中って全ての音が遮断されて、水中の静かな音だけになるんだ」教室に夕陽が差して、清野さんの髪がキラキラと金色に輝いた。

「え、でもプールの授業、いつも欠席……」

口に出して、しまった!と思った。絶対今のはキモい。

「うん、お母さんがね、マヤは肌弱いから、大変な事になるって学校に言ってて、プールだけはダメなの〜」

渚野さんは悲しそうに答えた。塩素の関係かなると思いながら、僕は言った。

「じゃあ夏休みさ、海行こうよ!あっごめん、急に海はキモいか……」

「ううん!キモくない!すごく楽しそうだね!今日帰ったら、お母さんとお父さんに聞いてみる!!」

渚野さんが笑った。

やっぱり、別世界の人みた

いに綺麗だ……。


次の日、学校に来た野さんは悲しそうだった。

「黒田君ごめんね、海、無理そう……」

疲れた顔の渚野さんが語るところによると、渚野さんの両親は仲は良いが、事情があって別の場所で住んでいて、2人の意見は割れたらしい。

「お母さんはすごく喜んでくれて、長袖着てならいいよって話だったのに」

俯いて指先をいじりながら、渚野さんは続ける。

「お父さんが、すごく怒って…ハア……」

一度言葉を切り、顔を上げた。

「”肌を見せるのは結を決めた男だけにしなさい"って、私は黒田君と……行きたい、海…....」

唇をとがらせ、不服そうにしているが、僕はドキドキが止まらない。行きたいって事は、それって……!

蝉の声が重なり、世界が一瞬止まったように感じた。


夏休み直前の放課後。

僕と渚野さん2人きりになった教室には、セミの声と夕陽の赤が満ちていた。渚野さんが、ボソリと呟く。

「黒田君と夏休み中会えなくなるの、ヤダ……」

潤んだ目に、僕の心臓がドクンと跳ねる。

「それでね、気付いたの。マヤ、黒田君のこと、好きみたい」

はぁあ!?予想外の告白に戸惑う。待てよ渚野マヤ!

僕でいいのか!?絶対違うだろう。君の隣にいる人は、背が高くて(それはクリアしてるか)猫背じゃない美形の男の方が...…


「僕も好き」


意に反して、口をついて出てしまった声は、思ったより小さく

「本当!?ねぇ今の聞き間違いかな!?何て一ー」

渚野さんがはしゃいで言う。

「僕は渚野さんと夏祭りに行きたいし海にも行きたいし毎日会いたい、毎日一緒に帰りたい、ずっと話してたいぐらい好きで……付き合って欲しい」

捲し立てるように、心にしまっておいたはずの物がどかっと溢れ出た。

「本当!?マヤも同じ事考えてた!黒田君、すごいね!もう夏休み毎日会っちゃおうよ!」

立ち上がり、笑うその姿が、夕陽の中できらめいて見えた。

次の日から、渚野さんと僕は一緒に帰る約束をした。


一人になって、思う存分幸せを噛みしめる。17才……こんなにも特別になれるとは。ワオ!ワオ、ワオ!


今日の夜も、楽しみすぎて、眠る事ができなさそうだ。

渚野さんが、携帯電話を持ってないのが残念だった。


次の日、僕の景色は変わった。僕は渚野マヤと付き合っている.....。数々の嫉妬の嫌がらせをかいくぐり、脅しにも屈しなかった。自分が誇らしい。

しかし、常に邪魔は入るものだ。放課後すぐ、遠山レイに呼ばれて、清野さんは行ってしまった。


「5分ぐらい待ってて、ごめんね!」と渚野さんに声をかけられ、周りが少しザワついた。

5分……10分と経ち、教室から人が少なくなる頃、流石に遅くないか?待てない僕は、学校の中を歩き回り、探した。


「だから!私が先にマヤの事好きだったんだってば!」


という金切り声が聞こえ、美術室を覗く事となった。

泣いてる遠山レイと、渚野さんの後ろ姿が見える。

「そ、それはマヤもレイの事、好きだよ?でも黒田君の好きと違くて……」

困った声色で渚野さんが言う。

「私のは!マヤが言ってる黒田への好きだよ!気付かなかった?黒田より私といたのに!!劣る所なんて無いのに!!」

遠山レイは、顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。異様な執着の正体は、恋心だったのだ。


「ごめんねレイ……マヤ、黒田君と付き合うって決めたから、レイの気持ちには答えられない」

渚野さんが申し訳なさそうに言う。

「何で?黒田じゃないとダメ?私が女だから!?マヤ、私のマヤでいてくれないなら……!」

遠山レイの目が鋭く光る。手にはカッター。止めないと!!

急いで美術室に入るが、間に合わなかった。


ドンッ


体ごと遠山レイは、カッターを渚野さんの腹に刺した。

僕に気付いた遠山レイ、崩れ落ちる渚野さん。

「!!黒田……!?違う、これは、私、こんなつもりじゃ……!私ぃい……!」

遠山レイが、逃げるように走り去った。

すぐにマヤに駆け寄る。倒れたままの渚野さんが、ゆっくり首を傾けてこちらを見た。

カッターが刺さったまま、血も出さずに、僕に笑顔を向け、

「ふふ、大げさに倒れてみたの。レイ驚くかなあって。私、平気なんだ」

そう言って、渚野さんはむくりと上体を起こした。カッターの刃はまだ刺さっていて、それなのに、一滴も血が落ちない。

白いシャツの下で、光沢のある何かがチラッと調いた。

「半分、人間じゃないんだ、マヤ」

平気そうに笑う渚野さん。気付くと僕は、泣いていた。

マヤが人間じゃなくて良かった。

死ななくて良かった。

平気そうで良かった。


その場にへたり込み、マヤを抱きしめた。彼女の体は、夏なのにひんやりしていた。僕が好きになった渚野マヤは、なんて強い人なんだろう。


夜道を並んで歩く。

夏の空気は重く、蝉の声がやけに遠くに聞こえた。

マヤの家は、海岸沿いにあった。黄色い壁に赤い屋根、白い窓枠の洋風の家。マヤの母親の趣味らしい。


玄関に着くより先に、扉が開かれた。中からふわりと現れた女性ーーマヤの母親が、心配そうにマヤに駆け寄った。

「マヤの血の匂いがするってお父さんが言ってたの。どこかケガしたの?この男の子は?」

マヤと違い、しっかりした声で、こちらを見られると、言い知れぬ迫力があり、言葉を失う。

「あ……渚野マヤさんとお付き合いさせて頂いてます、黒田直樹です……」

僕が言うと、マヤはにっこり笑った。

「マヤの彼氏、夏休み毎日会う」

マヤが言うと、家の奥から低い音が響いた。まるで、水の底から何かが呼んでいるような……。

「お父さんが呼んでる、黒田君、付き合うって事はもう知ってるのね?マヤの事……いいわ、入って」

マヤの母親に促され、家に上がった。中は明るく、沢山の海の中の絵画があった。マヤの母親は、マヤを地下室に行かせた。フワッと潮の香りがした。


「黒田君は、どこまで聞いてるの?」

テーブルにお茶が出され、席についた。

「ほとんど知りません。半分人間じゃないとだけ……」

フゥ、とマヤの母親がため息をついた。

「私が説明するわ」

マヤの母親は、淡々と説明し始めた。


ーーーマヤの父親は、人ではなく、魚人。海の底で生きる種族。人と交わる事が本来許されていない魚人との間に生まれたのが、マヤだった。

マヤの体には、二つの世界の血が流れている。隣の上でも、水の中でも生きていける。どちらに流れても生きて行けるように、両方の世界を教えた。

マヤが望むように生きられるように……。


「来て。マヤの正体を知りたいでしょ?」そう言われ、僕は地下室に案内された。

階段を下りるにつれて、湿った潮の匂いが強くなってく。

地下室には半分、床がなく、その先は海と繋がっていた。

水面は静かに揺れ、青白い光が天井に反射する。

そこに、マヤはいた。

腰から下を水に浸し、体の半分に鱗と七色のヒレを纏って。

人と魚人の血を引いてるとか、そういうのはもうどうでも良くなった。この瞬間、美しく素晴らしい渚野マヤが

"生きている”それだけが、僕にとって全てだった。



夏休みに入ってから、僕とマヤは本当に毎日会っていた。

家に行って、マヤを知ってからますます仲が深まった。マヤのしたい事をする。


駅前のカフェで僕の日常を話したり、花火を見に行ったり。アイスを半分こして散歩するだけの日もあった。

マヤはよく笑う。

腹を刺されても泣かないのに、アニメ映画では泣く。

知れば知る程魅力的で、自分の世界が少しずつ満たされていく気がした。


「ねぇ黒田君、海って怖いと思う?」

マヤがある日、そんな事を言った。

「ちょっと怖い、かな、人間が知ってる海ってほんの1%って言うし、でもそこが好きでもある」

僕が考えながら答えると、マヤは照れながら

「マヤは好き、あのね、いずれマヤが海を選んでも、黒田君は好きでいてくれるから」

と言った。その日、マヤと初めての夜を過ごした。


夏休みが終わる頃、マヤは「大事な話がある」と言った。

久しぶりに訪れたマヤの家は、あの日と同じ香りがした。

マヤの母親がお茶を出してくれる。切り出したのは、マヤの母親だった。

「この夏休み、マヤはほとんど黒田君と陸でいたでしょ、それで、問題が起きたの。人と魚人の子は、常に不安定で、長く陸にいたせいで、肺が痛んで、肌も火傷している」そういえば、室内でも具合が悪そうにしている時があった。

「あとね、マヤ、お腹に子供がいるの」

マヤのその一言で、マヤの母親がティーカップを落とした。

マヤの母親も初耳のようだった。

「ごめんなさい、お母さん。人間界ではあまり良くないって知ってて……お父さんはすごく喜んでくれて……」

マヤは、言えなかったのを申し訳なさそうにしている。

マヤの母親は、しばらく考えてから

「だから、最近不安定だったのね」

と、小さく呟いた。僕は、中退して働くしかない、と決意したが、話はそんなものでは無かった。


「お父さんは何て?」

マヤの母は、震える手でマヤの髪をなでている。

「この子を産むなら、このまま母体が弱ってマヤは……死ぬ。マヤが完全な魚人にならないと、二人共助からないって.....」

マヤは、泣きながら唇をかみしめていた。どういう事か分かっていない僕に、マヤの母親は言った。

「“完全な魚人"っていうのは、つまり、人の肉を食べる事でなるモノなの。愛する人の肉を」


その後、僕たちは二人きりで崖に座っていた。マヤは泣きながら笑って言った。

「黒田君とこの子と、三人で生きてみたかったなぁ。すごく楽しかったね、夏休み。ありがとう……本当にありがとう」


潮騒が心地良く、二人共泣いていた。マヤは、僕の肉を食わないつもりだ。言葉から伝わる。中退とかそんな事より、やるべき事はもう分かっていた。

ただ、一緒にいる光景を一秒でも長く焼きつけたかった。

「マヤ、僕の方こそありがとう、最高の夏休みをくれて。初めて世界に色がついて、今まで特別なんだって勘違いしてた僕が、本当にマヤの”特別”になれた」

マヤの瞳が揺れた。

「娘の名前は何にする?あぁ、勝手に娘って決めちゃってたなぁ」

僕がハハ、と笑って言うと、マヤはボロボロ泣いた。

「黒田君が決めて、名前ぇ……」

僕の決定に、マヤは泣きすぎて声がつかえる。

「シエってどうかな?永久って書いてとこしえって読むんだけど、マヤと僕とシエ。ずっと一緒にいるっていう意味で」

マヤは涙をボタボタしながら笑った。

「シエ……素敵だね」



「準備はいい?」

明け方の海で、僕たちは一晩語り明かした。立ち上がって、海の中へと進む。マヤに抱きしめられて、視界が水中に移る。

自分の血の赤が、水中に溶けていった。

魚人短編連作四部作完結です。読んでくれた人ありがとう!ラスト書きながら泣いてました

この考案は元々漫画描く時に描きたかったもので、動きがあまりないからボツになったストーリーを小説にすりゃいいかと思ってしたものです。

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