1-20 不死身の生還者は幼い騎士たちとの帰還を誓う
戦場から帰還したバルトは、武功を認められ部隊長に任命される。
だが所属部隊の仲間は先の戦闘で全員戦死し、部隊に所属するのは彼自身だけ。
新人騎士時代の同期も、部隊の仲間も戦死し、一人生き残ったバルトについた不名誉な二つ名は『不死身の生還者』であった。
絶望したバルトは死地を探し、国王へ最前線への赴任を志願する。
しかし隊員が空席となったバルトの部隊に所属かれ、彼とともに最前線に向かうことになったのは年端もいかない少年少女だった。
国王に『生き残れ』と命じられ最前線に向かったバルトは、魔石に選ばれた子どもたちとともに王都に帰還することを誓う。
俺はどんなに過酷な戦場でも生き残ってきた――だが、新人時代の同期は誰一人この世にいない。
「バルト・ロドニック部隊長殿……斥候が戻って参りました」
「そうか」
前回の戦闘では、大型魔獣を倒して部隊長に昇進した。平民出身の騎士が部隊長に昇進したのは三十年ぶりだという。
だが、ともに喜んでくれる仲間はいない。
所属していた王立騎士団第六部隊で生き残ったのも、俺だけだからだ。
不死身の生還者――これほど不名誉な二つ名があろうか。
今回の戦場を最後に騎士を辞めようと決めていた。生き残れたなら、騎士を退役して田舎に帰るのだ。
――だが自分だけ平穏な生活を享受するなど、死んだ仲間たちに合わせる顔がない。
俺が赴任を希望したのは、魔獣との最前線だった。王国の北端、リークハルト領……かの地からの生還者は1%に満たない。
「詳細は確認しておこう。君はもう下がっていい……明日から本格的な戦闘が始まる。よく休んでおくように」
「は……!」
知らせに来た新人騎士に返事をしたあと、彼に背を向ける。
――どうしてこうなった。
俺の顔にはありありと困惑が浮かんでいるだろう。
その理由は、今回の部隊編成にある。
「まて」
「隊長殿?」
「……今夜は特別に菓子を配給する」
「わぁ! 良いのですか!?」
高く愛らしい声……報告に来た金髪に碧眼の少年騎士、ウォーニックはまだ十一歳だ。
俺以外いなくなった第六部隊に新たに配属されたのは、八歳から十三歳の五人。
彼らはまだ騎士養成学校にすら入学していない年齢だ。
しかし、彼らに養成などという凡人向けの概念は無意味だ。
魔石を使って本格的に魔導具を運用できるようになってまだ十年。
しかし、すでに魔獣との戦闘の主戦力になりつつある。
だが、魔導具は使う者を選ぶ。
魔力が高く、魔石に選ばれし者……年齢や経験など彼らの力を前にすれば何の役にも立たない。
「しかし、こんなに幼い子どもたちを最前線に配属するなど――陛下は何を考えておられるのだ」
――俺は独りごちた。
長年培ってきた忠誠心が揺らぎそうになる。
だが過酷な戦場で生き残ってきた俺は、陛下の命令の真意を誰より理解している。
いつから魔獣と人類が戦っているのかは定かではない。
だが、世代が変わるごとに人類の魔力は減少している……。
それを証明するように、ここ数年魔獣との防衛線はジリジリと王都側に後退している。
王国を取り囲むように築かれた壁により防衛線を維持しているが、越えられてしまえば魔獣の大群は王都まであっという間に到達することだろう。
子どもを最前線に立たせた陛下は後世、血も涙もない非情な王として名を残す。
それは陛下自身が誰よりも理解している確定事項だ。
だが王都で暮らす民のほとんどは、戦う術を持たない。
魔獣の大群が壁を越えることを許せば、民の大多数は生き残れない。
最前線に配属が受理された日、陛下は俺に「生き残れ」とだけ命じた。
いつもであれば事細かに戦略を聞いてくる陛下にしては珍しいことだ。
生き残るだけであれば、難しいことではない。
俺自身が、一番初めに魔石に選ばれた者なのだから……。
幼かった俺が送り込まれたのは、過酷な戦場ばかりだった。
あれから十年、俺は二十八歳になろうとしていた。
魔石に選ばれた者は強い。彼らが戦えば戦死者は激減する。
子どもだからというのは、理由にならない……陛下は幼い数人の子どもの命より、大多数の国民や騎士たちの命を選んだのだ。
――ああ、胸くそ悪い。
菓子が入った段ボールを抱え、天幕に向かう。
子どもたちは、カードゲームに興じていた。
明日から本格的な戦闘が始まる。明日の夜、彼らは何人天幕に戻ってくるだろうか。
「もしかすると……また、俺だけが……」
ここまで心の中が真っ黒に塗りつぶされそうになった経験はない。
仲間たちは確かに死んだ。それでも彼らは、その可能性を理解し自ら騎士になった者ばかりだった。
――だがこの子どもたちは、自ら望んで騎士団に所属したわけではない。
つまり、十年前の俺と同じ境遇だ。しかも、あのときの俺よりさらに幼い。
「隊長が来たよ!」
「わあ、お菓子、お菓子!」
子どもたちはカードを置いて立ち上がると、わらわらと俺の周りに集まってきた。
その目は子どもらしく輝いている。
「隊長殿~! お菓子早く食べたいです!」
そう言って屈託ない笑みを向けてきたのは、八歳の少女ルビーだ。
赤い髪にピーコックグリーンの瞳を持つ彼女は、火竜の心臓の中から見つかった火の魔石に選ばれた。小さな体に見合わず、彼女にしか扱えぬ大剣を振り回す。
「ほら、仲良く分けるんだぞ」
チョコレートにクッキーに飴。特別に配給された菓子はこれで全部だ。
だが、明日生き残れるかわからないのに残しておく意味がない。
全部食べてしまうべきだ――だが本当に? 本当にそれでいいのだろうか?
子どもたちの顔を見る。
八歳が二人、九歳が一人、十一歳が一人、最年長が十三歳だ。
十三歳になったばかりのリードニックだけは、お菓子に喜ぶ様子がなく顔色も悪い。
他の隊員に比べ、彼は自身が置かれた状況が絶望的であることをよく理解しているのだ。
「リードニック。菓子は明日の夜のために半分残しておくように」
「隊長殿、しかし……」
誰かのために偽りの笑みを浮かべることがあるなんて、思ってもみなかった。
だが、務めて明るく笑う。
「全員生き残って、明日の夜も菓子を食べる。これは決定事項だ」
「――っ、隊長殿。この戦場で生き残る者は百人に一人に満たないと聞いております!」
リードニックは金色の目を潤ませ、堪えきれず叫んだ。
他の子どもたちも不安げに、普段から面倒見が良く兄のように接してくれている彼の表情を伺っている。
「ああ、すみませんでした」
リードニックは唇を噛みしめて、俺から顔を背けた。
他の子どもたちを思い、感情を押し殺したのだ。
「……死なない。俺が守る」
「隊長殿……」
彼の肩に手を置けば、思った以上に華奢だった。
当然だ、彼はまだ十三歳――守られるべき存在なのだ。
「隊長殿~。ルドラが守ってあげますよ!」
ルドラは淡いグリーンの髪をした八歳の少女。そして、ルビーの双子の妹だ。
双子が揃って魔石に選ばれるなど因果な話だ。
ルドラが持つ弓には風竜の心臓から見つかった風の魔石がはめ込まれている。
小さな体に似合わぬ大きな弓。使いこなせる者は彼女しかいない。
「はは、そうだな。守ってくれよ? だが、弓を扱うものは敵に近づかれれば終わりだ。まずは安全を確保してから射るように」
「は~い!」
「ウォーニックとメリーナも、まずは安全確保を最優先にしろ。陛下からの命令は、『生き残れ』それだけである!」
「はい!!」
「承知しました!」
――後年、歴史書は語るであろう。
この日が、人類と魔獣との戦いの岐路であったと。だが、今の俺がそのことを知るはずもない。
天幕を出て見上げれば、星が夜空を埋め尽くすように輝いていた。
「人類の命運なんて知ったことか。俺はただ、あいつらを全員生還させる」
焚き火に小枝を投げ入れ、俺は強く誓うのだった。





