恵みの雨
とある田舎にある、田園風景広がるこの町は、1ヶ月の間、まったく雨が降らずに困っていた。稲だけでなく、他の作物の成長にも影響が出るほど。
「こりゃあ、困ったもんだ。これじゃあ、わしらも食っていけんなる」
「おじいちゃん、あの儀式は、まだなの?」
「あー、アマクビ様のお祭りのことかい。そうじゃな……」
「アマクビ様にお願いすればいいじゃん。雨降らしてくれる神様なんでしょ?」
「そうなんじゃが……」
「歯切れ悪いよ、どうしたの?」
おじいちゃんは黙り込んで、孫は醤油煎餅に齧り付く。
「お前は、あのお祭りについてよく知らんからな」
「なんか問題でもあるの?」
「いや、お前は知らなくていいことだ。この話は墓場まで持っていくと決めとるんじゃ」
「ふーん。ならいいけど。あれでしょ、なんか怖い言い伝えでもあるんでしょ?」
孫に聞かれて、おじいちゃんは口籠もり、「ちょいとそこらへ出かけてくるよ」と言って、戸を閉めて出て行った。
ひとり残った孫は、煎餅をばりばりと音を鳴らし、お茶を飲んでいた。
その日の夜、おばあちゃんの遺影と位牌が置かれている、仏壇の前で眠っていた孫。突然、首の辺りを抑えて、苦しみの声をあげる。
「た、たすけ、て……、だ、だれ、か」
次第に振り絞られていく、孫の声。おじいちゃんの元には届かない。声は掠れ、消えていく。
枕元には、鈴付きの、赤い紐が結ばれている弓矢。そっと、部屋に踏み込んでくる、おじいちゃん。手に持つ斧を、首目掛けて、振り被った。
血を拭き取った首が入る、桐箱を差し出すと、神様は喜びの涙を流し始めた。次第に強まる雨。祠の前で、手をすり合わせ、何度も頭を下げるおじいちゃん。「恵、恵や、恵。恵、恵や、恵。恵、恵や、恵……」
桐箱を結ぶ紐に付けられた鈴が、チリリン、と鳴った。