仲間
水族館の人気エリアの一つである、クラゲの水槽が、突然、割れた。夜勤担当職員によると、七時過ぎだったらしい。
「星くん、聞いたわよー。大変だったみたいねー」
出社して早々に走ってきた先輩の梅田さんが、耳打ちしてきた。
「えぇ、まぁ。こちらのやることは、もう終わったので」
「メイン水槽だったから、客足に影響あるのかしらねー」
「どうでしょうか、ね……」
僕の手には、展示していた六種のクラゲの説明書がある。溢れた水に濡れ、手書きの文字、絵が滲み、皺が寄っている。
「清掃会社の片付けは、もう済んだの?」
「今は、絨毯から水分を抜き取ってるみたいで。開館までには間に合わないって、説明を受けました」
「そうなの。まぁ、仕方ないわね」
「そうですね」
「それで、そのクラゲーー」
「ーークラゲさんは、どうなったの?」梅田さんと、小学1年生の息子、尊の声が重なる。
「お掃除が終わって、みーんな、海にかえったんだ」
浴槽の中、視線を合わせ、笑顔で言うと、「ふーん。じゃあ死んだんだ」と素っ気ない返事をした。肩を落とす。
「ハハッ、大人だなー、尊は」
「そんなことないよ。ねぇパパ、お腹すいた!」
「わかったよ。お風呂出たら夕飯にしよう」
「やった。ね、今日は何食べるの?」
「お刺身だよ。コリコリしてて美味しいんだ。これを食べると、みーんな、仲間になっちゃう。尊も、“仲間”に、なりたいだろ?」