最後の晩餐
「ヒカル様は、最後の晩餐に食べるなら、何が思い浮かぶの?」
「そうね、わたくしは、お父様が作るチーズインハンバーグかしら。牛乳の代わりに、すぐ近くの湧き水を使ってパン粉をふやかすの。年に一度、わたくしの誕生日にしか作らない、特別な逸品よ」
「それは素晴らしいことですね」
「そういう貴女はどうなのよ。わたくしに聞いたのだから、教えなさいよ」
「そうですね。えっと、私の場合はーー」
*
「ヒカル、お誕生日おめでとう」
「お母様、ありがとうございます」
「ヒカル、今夜はパーティーだ。お前の大好きなハンバーグ、作ってやるからな」
「ありがとうございます、お父様。楽しみにしております。ふふふ」
18時。壁一面が飾り付けられたリビングルームに入る。真っ白なクロスがかけられたテーブルの上に、たくさんの料理が並んでいた。
「HAPPY BIRTHDAY ヒカル」
「今日はヒカルの大好物ばかり作ってみたんだ。どうだ?」
「うわぁ、どれも美味しそう! 早く食べたいわっ」
「お座りなさい。取り皿とカトラリーを今持ってくるから」
「はい」
アルミホイルの包みがほどかれる。18とデミグラスソースで描かれてあった。
「今年は、知り合いの農家が作ったチーズを四種、中に練り込んであるんだ。さぁ、切ってみなさい」
「はい」
ナイフとフォークを使って、丁寧に半分に割っていく。中から溢れ出る肉汁。伸びるチーズ。食欲がそそられる。
「パパったら張り切っちゃって」
「可愛い娘のためだ。年に一度、父親が子供のために料理を作ったっていいじゃないか」
「もう少し頻度を増やしてくれてもいいのよ? うっふふ」
ひとくち、食べてみる。溺れそうなほどに溢れ出た肉汁。チーズと絡み合っていく。
「わー、すっごぉい! これこそまさに、理想のチーズインハンバーグよ!」
「そうか、そうか。好きなだけ食べなさい」
「はい! ありがとうございます、お父様」
ひとくち大に切って口に運んでは、咀嚼する。無我夢中になっていたあまり、気がつけば、ハンバーグを一人で食べ切ってしまっていた。
「今年も美味しかったわ、お父様」
「そうか。それなら良かったよ」
「ヒカル、まだ食べられるのでしょ? これ、お母さんの知り合いがくれたキャビアなの。遠慮しないで食べなさい」
「キャビア……、ありがたくいただきます!」
人生で2度目、8年ぶりののキャビア。昔よりもずっと美味しく感じる。
「さぁ、そろそろ彼に電話をしようか」
「そうね。落ち着いた頃でしょうし」
「彼? パーティーに、誰か呼ぶの?」
「そうよ」
「お父さんの知り合いだ。声聞いちゃうと、勘のいいヒカルじゃ分かるだろうから、ちょっと外に出てくるよ」
「わかった」
ドアが閉まる。母は白ワインを飲みながら、微笑み、ゆっくりと頷く。
「ねぇ、お母様、そのお方は、わたくしも、知っている方?」
「もちろん。すぐに分かると思うわ」
「そうなのね。食事中にごめんなさい、わたくし、お手洗いに」
リビングルームに戻り、残り少なくなったサラダを頬張っていると、遠くでパトカーのサイレンが鳴っている。二階から、バリバリと天井を這うように轟音が響く。二人はすんとした表情でワインを飲んでいて、少し頬が赤くなっていた。
「何なの、この音……」
「さぁ、何かしらね」
「獣が迷い込んだんじゃないのか?」
「そうなのかな。それにしてもパトカー、近づいて来ているみたい。やっぱりこの付近で何かあったのかしら。物騒ね」
「違うわよ、ヒカル。貴女を迎えに来たのよ」
「へっ、そ、それはどういうーー」
「ヒカル、お前なんだろ? この家に火をつけたのは」
やがて、視界はオレンジ色に染まり出す。天井を、床を、壁を、炎が走る。
「ヒカル、これは最後の晩餐だ。残りの食事を楽しむがいい」
「お母さんたち、先に出るから。戸締りはよろしくね」
「み、水……、湧き水があるんじゃないの?」
「ここに、あるわけないじゃない」
「どう、して……」
「全部ハンバーグに使ったんだ。肉、ふわっふわだっただろ?」