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さんどう
山奥にあるお寺へ参拝し、祖父のお墓参りを済ました、帰り道。
「えみちゃーん、おーい、えみちゃーん。こっち向いて。おーい、えみちゃーん」
と、若い女性の声が。
えみちゃんとは、祖母、エミ子の愛称なのだが、振り向かないで、杖をつきもってヨタヨタと、苔むした道に流れる湧き水で足を滑らせないか、心配なほど、おぼつかない足取り。今年88歳になる。目も悪くなり、耳も遠い。
「今年で、お参りも最後になるのかな」
そんなことを思っていると、また、うしろから「えみちゃーん、えみちゃーん」と、同じ声色で、感覚で祖母を呼ぶ、若い女性。
「おばあちゃん、後ろ、誰かが呼んでるよ」肩を叩いて、耳元に口を近づけて、大きな声で伝えてあげる。
「あら、誰かしら」
「若い女性だと思うよ」
と教えてあげると、疲れの中に笑みを浮かべて、「あらあら、まーちゃんかしら」と振り向いた。
ヒグラシが鳴く。私はひとりで駐車場までの道を歩き出した。「まーちゃん、まーちゃん」何度も、私の愛称を呼ばれ続けた。足元に、水は流れていなかった。