7話
委員長に怒られながらいそいそと進路希望用紙を鞄になおし、悠久邸に向かうと、何やら騒がしかった。
「駄目ですよ、平成くん!」
そこまで大きくない、しかし聞き逃すにはあまりにも大きな制止の声にドアの先、カウンター席に目を向けた。
カウンター席には平成くんが右手に自撮り棒、左手に何か書いた紙を持ちながら江戸くんを追いかけ回していた。そんな平成くんを羽交い締めしているのは明治さん。追いかけられている張本人の江戸くんは布団を被りながら逃げている。
「えっと、、、?」
一体何をしているのか理解できそうにない光景に、思わず固まってしまう。
「あぁ、美空さん、やっと来てくれましたね」
明治さんが振り向く。天の助けとばかりに輝くその笑みは、口よりも多くを物語っていた。
「平成くん、何を思ったのか江戸を追いかけているんですよ!」
「いや、オレはただ『江戸の元武士がキレたら抜刀してくるのか!?』っていう検証動画を撮っていただけで、、、ほら!」
平成くんがバーンと見せてきた紙に書かれていたのは『開国』という文字。
「開国、、、?」
そこへ、もう一人の声が入った。布団に包まっている江戸くんだ。
「ふっざけんな!今度は絶対に開国しないからな!!引きこもりを謳歌するんだ!!」
生ゴミに混じった不燃ゴミを見付けた時の鬱陶しそうな眼差しで平成くんを睨みつける。これ以上近付いたら引っ掻かれかねない、剣呑な気配をピリピリと肌が感じていた。
「まだ続いてたんや」
古墳の設計図を書いていた古墳くんがため息をつく。その近くでは縄文くんが土偶を作る為の粘土をこねており、庭では弥生くんが元気に田植えをしていた。
六月なのに凄いね、みんな。
その時、スマホが鳴った。
メッセージ通知を見るとグループからだった。
―――進路希望用紙まだ出していないって委員長キレてたけど大丈夫そ?
―――どっか適当なオープンキャンパス見に行くのもアリ。
―――予定空いてたら四人でどっか適当に行こ。まだ高二だし。
みんな、、、現実に戻すのやめて!?
ポチポチと文字を打ち込み、そうめん職人のスクショを送る。
―――ネットで見付けた自分に合ってる職業らしい。
―――草
―――何の画像並べたんだよw
―――並べた画像もヨロシク!
ちなみにグループ名は誇ることじゃないけど『バカ四天王』
へへへと現実逃避していたら、クリアファイルに挟んで机に置いていた進路希望用紙―――そこに書かれた『勇者』か『流しそうめん職人』という文字が明治さんの目に留まった。
「進路希望用紙、、、懐かしいですね」
「学制が始まったのは確か、、、明治時代からでしたよね?」
「ええ、そうですよ。江戸時代にも寺子屋というのはありましたが、寺子屋には学年制度はないし、学習内容も地域によって違っていました。しかし!明治の世では近代化が進み、皆が同じ内容を学習できるように!しかも、江戸ではあまり勧められていなかった女子教育も男女平等に行われるようになりました!!」
明治さんはフフンと笑う。しまいには、ホワイトボードを持って来て、江戸時代と明治時代の教育についての違いの解説が行われた。生の体験なども入っており、貴重な体験だった。うん。
「識字率の高さなら私も負けていませんわ!」
カウンターチェアに座っていた戦国さんが参戦する。
「まず、戦国の識字率の高さは、武士や商人は勿論のこと。女性にも読み書きができる能力がある程度普及していましたの」
戦国さんはニコニコと話し、着物の懐から一冊の古びた和綴じの本を取り出した。いや、古びているどころじゃない。ボロい!
「ふふふ、この本は当時の帳簿ですのよ」
幸せそうな、懐かしむような手付きで帳簿をそっと開く。そこに書かれていたのは、、、ミミズ文字のような全く理解できない文字。漢字で書かれている文字の横には、申し訳程度のひらがなが書かれていたが、残念ながら解読不能だ。
「帳簿が全国に普及したのは江戸さんの時代からですけど、戦国の時代の帳簿も中々良いでしょう?将来に悩んでいるのでしたら、商人をオススメしますわ」
戦国さん曰く、商人は何かと情報が入りやすいらしい。(「どこどこで一揆するから参加しようよ」みたいな)
あとは、比較的生活が安定しているんだとか、、、。