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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第四章 東方の香
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閑話☆鴨のコンフィ、腹に残るもの

 わしの家は西住宅街にある。十年前に借金をして買った。こじんまりとした石造りで小さな庭もある。


「あなた、できました」


「ああ、美味そうじゃ」


 鴨のコンフィは母の得意料理で、妻も覚えてくれて時折作ってくれる。酒は飲まない。皮を焼いた歯ざわりがパリッとして心地好い。


「この鴨は昨日、ガンツ様が持って来て下さったんです」


 ガンツはギャレン本家の主であり、議員でもある。今年の春に王都の水路再開発が決定してから、羽振りが良い。


「礼に出向かんといかんのう」


「ふふ、そうですね。喜びますよ、ガンツ様はガンメタール様がお好きですから」


「爺同士で好きも嫌いもないじゃろう」


 クスクス笑う妻はグラスに赤ワインを注いで少しずつ飲んだ。子どもはできなかったが、夫婦仲は良好にここまで過ごしている。


「この間、騎士を辞めたいって言っていた件、どうなりました」


「まだ、続けて欲しいとランスロット殿に頭を下げられてのう」


「じゃあ、まだ、王都にいられるんですね」


「なんじゃ、家の金も払い終わったんじゃし、そりゃあ、おるわい」


「でも……アオイ港に帰りたいんじゃありませんか? 活気も増しているでしょうし」


 生まれ育った街に愛着はあるが、王都へ出て騎士となってからの人生の方が長い。空になった皿を押しやり、わしはしばらく酒を飲む妻を眺めて座っていた。





 繁華街の巡回を終え、直帰の許可を得て帰路を急ぐ。貧民街の方から繁華街へ大勢の工夫が流れ込んでいる。廃墟と化した穀物庫の建て直しに雇われた者たちだろうか。


「ガンメタ爺さん」


 聞き覚えのある声がわしを呼び止めた。路地の奥から大きな人影が手招きしている。黙って近づいた。


「もう帰りのところ、悪い」


「どうした」


「ちょっとある人を監視中なんだが……ほら、あのガキが財布を掏ったのを見かけて。何人もやってる」


 メルヴィンの視線の先に、人混みの中を不自然に行き来する子どもがいる。痩せて背を丸めた十代前半らしき子どもが、夕暮れの繁華街を歩いている。不自然だが、浮かれた様子の輩は気づいていない。


「止めるとするかのう」


「恩に着る。今度酒でも奢る」


「わしは酒は飲まん」


「そうだった。おっと、じゃあ、また」


 メルヴィンが様子見をしている男の歩き方に見覚えがあった。


「……厄介じゃのう」


 ガンツ・ギャレンを追いかけるメルヴィンの後ろ姿を見送って、掏りを続ける子どもに意識を戻す。


「おい、こっちだ」


 子どもの腕を掴んで道の端へ引きずった。


「何すんだよ、おい、爺、離せ」


「静かにせんか、大ごとになるぞ」


 さっと顔色を変える子どもを人々の死角へ誘導し、掏った財布を回収する。


「落とし物として詰所へ届ける」


「え……お、おいらは」


「目立つ真似はやめろ、次はない」


 自分の財布から銅貨を出して渡すと、子どもは素早く駆け去った。貧民街を追い出された子どもの掏りや窃盗が増えている。


「なんとかせんといかんのう」


 呟いて一度詰所に財布を届け、帰路に就いた。





 後日、鴨やワインのお礼にガンツを訪ねたところ、花街へ連れて来られた。


「水明楼を予約しておいた」


「これはこれは、ガンツ様、お連れ様も良くいらっしゃいました。いつもの集まり以外でいらっしゃっていただけて、うちの子たちも喜びます」


 慇懃な主に出迎えられた。ガンツに連れて来られた老舗の娼館の名には聞き覚えがある。貧民街で舟を見つけた件を思い出したが、わしは黙ってガンツの後に続いた。


「ここは良く来るのか」


 異国情緒溢れる宴席へ案内され、椅子ではなく毛足の長い敷物の上に座る。


「ああ、この部屋で、定期的に会合があるんじゃ。珍しい東方の品なども見せて貰ったりなあ」


「ほう……その、独特な香りは、東方のものか」


「そうそう。どうじゃ? 気に入ったなら、ガンメタ兄いにも融通してもらうよう、頼めるぞ」


「いや……わしはいい。爺が色気づいても仕方ないじゃろう」


「そうでもないぞ。家内にはずっと付けていろと勧められたぐらいだ」


 嬉しそうに胸を張るガンツに、わしは苦笑した。


「奥方は、年寄りの臭いを嫌っただけなんじゃないかのう」


「むむ、わしが年寄り臭いのは兄いの口ぶりが移ったところだけじゃ」


 ハハハと乾いた笑い声を上げる爺二人の元へ、若い娼婦が数名お酌をしにやってくる。高級娼館らしい控え目な立ち振る舞いで、爺二人の会話を静かに聞いていた。


「ガンメタ兄い、アオイへ帰る気はないのか? 地元で事業の手伝いをしてくれたら嬉しいんじゃがのう」


「わしはまだ、王都で騎士をやる。子どもみたいに見守って来た後輩騎士たちにも頼まれておる」


 ガンツは若い頃から酒が入るとすぐ顔が赤くなる。隣の娼婦に水を持ってくるよう頼んでから、ほぐした鴨のコンフィが乗った皿に手を伸ばした。


「じゃあ、今日はどうしてついてきた」


「相談がある。議員としてのガンツにじゃ」


 娼婦が持ってきた水を飲み干したガンツは、あぐらの足を組み替える。


「兄いの相談なら聞かんとな」


「……貧民街じゃ。穀物庫周りの整備で、人があぶれた。子どもは特に。なんとかせい」


 わしの言葉に思い当たる節があったらしく、ガンツは顎を撫でて思案顔になった。


「兄いがわしを頼るとは、わしも偉くなった」


「ガンツは本家なんじゃから、分家より偉い。昔からずっとじゃ」


 若い頃から言い続けている理屈を告げる。ガンツは膝を叩いて笑った。


「それを聞くと、王都にいながら、アオイに帰ったような気になるのう」


 無邪気に笑うガンツに肩をすくめて、鴨肉を口へ放り込む。上品な味付けは嫌いではないが、腹に残る妻のコンフィが恋しくなった。

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