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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第四章 東方の香
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第5話

 医局の視察で柴犬コタロウに興味を示してたガンツ・ギャレンは、パーシバルが犬を抱いて歩いている姿を見かけて声をかけた。


「ハリアー隊長、貴殿も柴犬を飼い始めたのか?」


「ああ、これは、ギャレン殿。いえ、医局から預かりまして、送り届ける途中です」


 ガンツは大仰に首を傾げて、声を張り上げる。


「なんとなんと、特捜の隊長が、犬の世話ですか」


「ハハハ、世話を買って出たのは部下なのです。俺は診察に行くついでに送り届ける、という訳です」


「ほうほう、男ぶりがいいだけでなく、気さくな上官ですな、貴殿は」


 声の大きいガンツから視線を反らして小さく鼻を鳴らすコタロウの背を、パーシバルが軽く叩いた。


「ギャレン殿も犬を飼っておられる?」


「ああ、いや、まだですが、飼っても良いかと思いましてのう。薦められているんですよ」


 悪びれず答えるギャレンの言葉に、パーシバルは爽やかな笑顔で応じる。


「そうなんですか、この子は賢く愛らしいので、特捜でも皆にかわいがられています」


 そっと老議員にコタロウを近づけると、彼は優しく犬の顎を撫でた。『ふんす』と鼻を鳴らしたところで、パーシバルが目を細める。


「おや……ギャレン殿、随分品のいいトワレを使っていらっしゃいますね」


 何気ない問いかけに、ガンツは鼻の穴を脹らませて胸を張った。


「いやあ、王宮きっての男ぶりを誇る貴殿に褒められるとは、わしもまだまだ捨てたもんじゃありませんなあ」


 パーシバルは矢継ぎ早に言葉を発したい欲を抑えて、そっとコタロウを抱え直す。


「さすがにアオイ港があるギャレン家は、良い品を持ってらっしゃる」


 言葉を選んで探るような目つきになるパーシバルには気づかず、ガンツは嬉しそうに続けた。


「ハッハッハ、これはとある会合で譲り受けたもので、王都では手に入らないじゃろうからのう。身につけている者はおらんでしょうな」


「へえ、そうなんですか」


「なんでも、東方の優れた調香師が調合した香料が配合されている品だとか。嗅いですぐ気に入りましてな」


 笑いが止まらない様子のガンツの言葉に気を取られたパーシバルの腕から、コタロウが抜け出す。


「あ、コタロウ」


 慌てて腰を屈めてリードを引こうとしたパーシバルは、動きを止めた。一瞬目の前が真っ白になる。ぐっと目を閉じて踏ん張った彼は、ゆっくり顔を上げた。


「おや、ハリアー隊長、大丈夫か」


 コタロウはパーシバルの足元をうろうろした後で、空気を呼んでお座りをしている。ガンツは突然顔色を白くさせたパーシバルに、目を瞬かせた。


「失礼、しました。少々、めまいが……もう、大丈夫です」


「ふむ、新しい仕事で張り切るのはわかるが、しっかり休んだ方がいいぞ」


「お気遣い、ありがとうございます」


 去って行く老議員の背を見送って、パーシバルはそっと額を押さえた。





 医局の受付でコタロウを返したパーシバルは、診察室から出て来たローズに丁寧に礼をする。


「お陰で助かった。もう、コタロウを借りずに済みそうだ」


「いえいえ、コタロウがお役に立って良かった」


 騎士団が議員を捜査対象とすると、様々な手続きが必要である。時短を選んだチェリーナの提案により、パーシバルはここ数日、委員会帰りのガンツが出没しそうな王宮内の区域を、コタロウを連れてうろうろしていた。


「ハリアー隊長の診察はナックルですから、受けて行ってくださいね。チェリーナさんにも念を押されています」


「う、わかりました」


 不本意そうに同意したパーシバルは、ローズに背を押されながらナックルの診察室へ入る。中にはセイラもいて、真剣な表情で書類に目を通していた。


「失礼する、ナックルせんせい」


「ああ、パーシバルか、どうぞ」


 パーシバルに気づいたセイラは、慌てて礼をして退室して行く。


「顔色が悪い。症状が出たようだな」


「つい、さっき、一瞬目の前が白くなったが、すぐに持ち直した」


 頷いてナックルが問診と触診をして、経過観察を言い渡された。


「頻繁に通ってどうにかなるようなものでもないと思うんだが」


「特捜の隊長が度々立ちくらみに襲われているようだと、示しがつかんだろう」


 薄い水色の瞳を彷徨わせ、パーシバルは鼻から深く息を吐く。


「自己管理が甘いのは認める」


 頷いたナックルは手を止めて軽く己の膝を叩いた。


「で、どうだった。港の議員は口を割ったか」


「彼がつけている香料は、東方の品だと言っていた。優れた調香師が調合したと吹き込まれて、贈られたようだ」


 優れた調香師、の下りでナックルは眼鏡の奥の瞳をぐっと閉じて顎に手を当てる。


「……ジュールの粉と議員の香料の出どころが一緒の可能性は高い。推測の域は出ないが」


「やはり、ジュールのモールフィに含まれていたのは、東方由来の香料だったのか」


 ナックルは頷いて引き出しを開けて結果をまとめた書類の草案を見せた。


「まだ、下書きだが」


 成分と原料について資料を添えて記載されている。パーシバルは形の良い眉をしかめる。


「聞いたことがない植物名ばかりだな」


「東方の高山にしか生えていない」


「なるほど……だとすると、ギャレン議員に香料を贈った会合とやらについても調査する必要がある」


「だろうな。だが、パーシバル、君は数日でいいから休養を取って英気を養った方がいい。医師としての忠告だ」


 是とも否とも答えず、パーシバルは憂いを帯びた表情で丁寧に礼をして、診察室を後にした。

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