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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第四章 東方の香
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第3話

 寝台の足元で丸まっていたコタロウがむくりと起きて動き出す。


「どうしたの、コタロウ」


 寝ぼけ眼を擦ったところで、扉を叩く音がした。今日休むため、昨晩遅くまで残業したせいで、身体が重い。寝室の扉を開けろと前脚でカリカリとするコタロウを愛でつつ、ローズは起き上がった。


「……せんせい……ます……」


 玄関の外から聞こえる声に、ローズは目を瞬かせる。慌てて寝室の扉を開けると先にコタロウが飛び出して、玄関に向かって行く。ローズはよろめきながら玄関に辿り着き、扉を開けた。


「お休みのところ、すみません」


 ランスロットの姿を確認して、ローズは彼を手招きする。


「うん、コタロウ、出ちゃうと困るから。入って」


 戸惑いつつも素早くローズの家に入ったランスロットは、寝乱れたままのローズから顔を背けた。薄い寝間着一枚だと気づいたローズは、カウチの上に積まれた洗濯物を引っ掴んで、一度寝室へ戻る。しっかり下着を身に着けてから、上気した頬を押さえつつ居間へ引き返した。ランスロットはローズと似たような赤味を帯びた頬をして気もそぞろな様子で、跳び付いて来るコタロウの相手をしている。


「失礼、しました」


「いえ、こちらこそ」


 視線を合わせないよううろうろさせながら、ローズは洗濯物が積んであるカウチに腰を下ろした。


「いつもだったら、寝起きはそんなに悪くないんだけど、ごめんね」


 羞恥にはにかむローズを直視できず、ランスロットは口元を押さえて後ずさる。


「いえ……その、確認事項がありまして。すぐに、お暇しますので」


 ため息交じりにどこか甘さを含んだ声色が出た。微妙な空気を吹き飛ばすように、コタロウが縦横無尽に駆け回り、通りすがりにランスロットの足にアタックして行く。ローズはコタロウの動きを目で追いかけながら、大きく深呼吸して平常心を取り戻した。


「んん、はい、大丈夫。確認事項ね、なんですか」


 ランスロットは何度も髪を撫でつけ直して落ち着かないながら、答える。


「ユーフェミア・ヤーンのことです」


 ローズはぐっと眉間に皺を寄せた。ふわふわとした甘い羞恥が吹き飛ぶ。


「ユフィね……確か今、王都女子牢にいるんじゃなかったかしら」


「はい、今から、再聴取に行くんですが」


 ランスロットは制服のポケットから手帳を取り出した。


「以前もお聞きしましたが、彼女が懇意にしていた薬屋のことです。公的な記録は残っておらず、印象も曖昧で全く後を追えていません。せんせいも、会ったことも話したこともないんですよね」


「そうね、多分……うーん、薬、そう、小さな診療所には卸してくれないような希少な薬を融通して貰ったことがあって、それぐらいしか覚えていない。ごめんなさい」


「いえ、周辺の再捜査はもう済んでいるので、最後の確認だったんです。昨日、医局へ伺えば良いところ、こんな訪問になってしまい、申し訳ない」


 腰を折るランスロットに、ローズは笑って首を左右に振った。


「ううん、いいです。うちに来るの、二回目ね、ランスさん、ふふ」


「う、ああ、はい」


「相変わらず散らかってるなあ、次は片付けるね」


 僅かに眉をハの字に歪めつつ、ランスロットは咳払いをして玄関へ向かう。


「慌ただしくて申し訳ありません。面会時間が決まっていますので、急ぎます。では、また」


 生真面目に礼をするランスロットを見送ったローズは、自分用の器の前をうろうろするコタロウを抱き上げて毛皮に顔をうずめた。





 ユーフェミアは目の前に座る騎士をぼんやり見つめている。


「あなたがミシェル・ムーに紹介した薬屋の所在について、知っている限りのことを教えて欲しい。同じ時期に王都を出奔していますよね」


「そんなことより、あの人に、会いたいんですけど。すっごいハンサムな隊長さん。あなたもまあ、悪くはないけど、ちょっと冷たそう」


 はぐらかすユーフェミアの背後から、獄吏ごくりが手を伸ばして彼女の肩を押さえ付けた。


「質問に答えろ!」


 ランスロットは、獄吏を制して静かに繰り返す。


「王都を出奔した薬屋の名前はわかりますか? 近所の方は知りませんでした」


「……私も知らない」


「ふむ、では、出身は? 東方の血を引いていそうだという方もいました。あなたもそう思いましたか」


「さあ、わからない」


 背後の獄吏がユーフェミアの頭を掴んだ。ランスロットは小さく息を吐いた。


「少し、離れてください。話が進みません」


「はっ」


 短く答えて獄吏が下がると、ユーフェミアは肩の力を抜く。


「裁判は、薬屋の正体も流通先も不明のまま終わった。だから、今もう一度聞いています」


 顔を上げたユーフェミアの碧眼の焦点がぼやけていた。注意深く観察しながら、ランスロットは最後に念を押す。


「彼がミシェル以外の誰かにモールフィを流していたとして、その誰かに心当たりはありますか」


 ユーフェミアは答えなかった。ランスロットはまともに返事をしなかったユーフェミアに腹を立てる獄吏をなだめて、王都女子牢を後にした。





 ランスロットが王都女子牢を訪れる数日前、ユーフェミアが収容されている女子房の前に、一人の男がいた。獄吏の姿はなく、暗がりに浮かび上がる影に慄いて、ユーフェミアは薄いかけ布で顔を覆う。


「そのまま聞いてください」


 柔らかな口調に、聞き覚えがあった。ユーフェミアは息を殺した。


「近いうちに、騎士が再聴取に来るでしょう。何も答えてはなりません。あなただけではなく、お父上のためにも」


 布から顔を出したユーフェミアは、小声で答える。


「父は関係ない」


「そうですね、罪を犯したあなたを見捨てず、大枚をはたいて鉱山行きを阻止してくれた大事なお父上ですから、長生きして欲しいでしょうね」


 ユーフェミアは起き上がって暗がりを睨みつけた。


「何も、言わないわ。ミシェルはもういない。私は……何も、言わない」


「ええ、それでいい」

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