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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第四章 東方の香
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第2話

 アルセリア王立学園は年に一度、建国祭を主催する。初夏を思わせる風が吹き始め、緑が濃くなる季節、学園街の中央広場に学生や王都民だけでなく、議員や騎士団も集合していた。セリーナ・タイムズの記者であるエリオット・グレイは、広場を縦横無尽に駆け回っている。小柄で痩せているが、目だけはギラギラと印象的なのは変わらない。


「あら、パーシバル・ハリアー隊長の記事を載せたのってあなたなの、あらあら、まあまあ」


 着飾った婦人たちの間にさり気なく割り込んで、興味がありそうな話題を振ってみる。王宮の女性使用人から圧倒的支持を受けているパーシバルの人気が、写真が掲載されたことによって、王都内でも広がりを見せていた。


「はっきりした写真ではなかったけれど、王宮に出入りする姉からも、振り返りたくなるぐらい素敵な方だと聞いていますわ」


「僕も遠目に拝見しましたが、本当に役者のような佇まいの隊長さんでしたよ。騎士様ですから、身体も大きくて立派ですしね」


 エリオットが追従すると、婦人たちが黄色い歓声を上げる。


「新しい部隊なんですよね、渋い鉄錆の色の制服が、似合ってらして」


「ええ、そうね。今日いらしていないのが、残念だわ」


 声高に残念がる婦人を、隣の夫人がたしなめた。


「あら、いけませんわ、近衛の方がいらっしゃっているのに、そのような」


 周囲を見回すが、幸い近衛騎士は近くにいなかった。


「新部隊だけでなく、捜査に科学的にかかわる研究室も作られたそうですね」


 説明口調になるエリオットに、婦人たちは顔を見合わせる。エリオットは愛想笑いを浮かべながら、さり気なくその場を離れる。


 商人らしき集団に近づいた彼は、背を向けて耳だけをそばだてた。


「我が商会は水路の再開発に関わらざるを得ないのです。舟着き場をいくつか所持していましてね」


 灰色の瞳の中年男性の言葉に、周囲の商人たちから是とも否とも言えない微妙な反応が上がる。


「王都の水路が動き出したら、港へ通じている川の方にも着手するでしょうな。海に出やすくなりますね」


「一度は廃れたルートですけど、そんなに簡単に復活しますかね」


 エリオットが知り合いのような顔をして割って入る。灰色の目の商人が、静かに値踏みする目を向けて来た。


「記者か」


「失礼しました、セリーナ・タイムズです」


 名刺を差し出すが無視され、エリオットは悪びれず収める。商人たちは殊更騒ぎ立てたりせず、冷静に制した。


「記事にするなら、正式に取材を申し込みたまえ。ただの雑談だからな」


「いやあ、記事にはしません、まだ、ね」


 にやっと笑って頭を下げるエリオットを、商人たちは苦笑して見送る。人混みの中をくるくると移動しながら、エリオットは聞きかじった情報を脳裏に焼き付けながら、既存の情報、王宮からの発表内容と照らし合わせた。


「やだあ、本当に? パーシバル様に擦り寄って、好き勝手してるの」


「そうに決まってる、だって、医師があんな派手な見た目である必要なんてないじゃない」


「フィリップ様も、変な女だって言ってたわよ」


「そうそう、小さい赤毛の子も、何だか感じが悪いらしくって」


 聞いたことのある名とともに出て来た噂話の宛先がわからず、エリオットは首を傾げる。同世代と思われる女性の集団だった。先ほど会話に割り込んだ婦人より若いが、会話の内容に大きな差異はない。


「ほら、去年の麻薬の事件にも関わってたって」


「へえ、そうなんですか、どちら様の話です?」


 エリオットが興味津々の笑顔で問いかける。女性たちは見知らぬ男の登場に驚いて顔を見合わせる。


「どちら様って、何かしら」


「どこのどなたが、パーシバル・ハリアー隊長に擦り寄ってるんですか」


 女性たちは自分たちの口で明言したくなかったようで、ごにょごにょ言いながら散り散りに去った。エリオットは小さくため息を吐いて、振り返ると強く肩を掴まれて動きを止める。


「目立ち過ぎだ」


 濃紺の制服に身を包んだ警邏の騎士に引きずられるよう広場を連れ出されたエリオットは、身を竦めながら大人しく従った。


「今日はこれぐらいにしておけ」


 背を押されてつんのめりながら、エリオットは広場を後にした。




 建国祭の巡回に駆り出された第十三部隊長ノックス・ヘイズは、不審な動きをするエリオットにすぐ気づいた。後をつけてみると、様々な集団に近づいては噂話に耳を傾けたり、割り込んだりしている。騒動の種と判断して建国祭から追い出したが、彼が集めていた噂にはノックスも興味を引かれた。


「騎士殿、先ほどの記者を追い出したのか」


 中年ながら端正な顔立ちの商人が寄って来て問う。灰色の目に無表情、先輩騎士に良く似ていた。ノックスは黙って頭を垂れる。


「水路の再開発は利権が大きい。記者が集める情報があまり芯を食うと危険だろう」


 意味深だが忠告なのだろう。エリオットではなく自分に告げる意味を図りかねるノックスに、おそらくランスロットの血縁だろう商人は、浅い頷きだけを残して去った。




 建国祭は無事に幕を閉じた。ノックスは花のやのテーブル席でチェリーナと蒸留酒を酌み交わしている。


「記者が聞いて回っていた噂の話は、さっきシアから聞いたわ。で? そっちはどうだったの」


「出どころという出どころはない。白竜や黒狼の近衛が、貴族らしい言い回しで虚言を触れ回っていたようだ」


 医局を貶めるような噂が出回っていた。ヒースレッドの兄、フェリーチェ議員の耳に届くほど広がっているのは由々しき事態だ。チェリーナはノックスと一緒に第十三部隊として動ける範囲で情報を集めていた。


「どこで聞いたかわからないって感じの噂話よね。なんなら、せんせいを見たことすらないのに噂をしてるぐらいの」


「ああ。だが、健診の後では下火になっている」


 ノックスの言葉に、琥珀色の酒を少量口へ含みつつ、チェリーナが頷いた。


「ああ、せんせいたちの対応が適切だったから、評判が上がったのね」


 騎士団の健康診断の評判は上々で終わった。


「あの人は、医師としても信頼できる。もちろん、女性として美しいが」


「ああ、はいはい、始まった」


 ノックスは恨めしい目つきでチェリーナを見つめる。


「俺は上官だが」


「ああ、それですが、私の肩書はもう特捜参謀長のみになるから」


 ガタっと大きな音を立てて椅子を蹴って立ち上がるノックスに、店中の視線が集まった。


「失礼」


 座り直したノックスは、蒸留酒を飲み干した。


「嫌だ」


「嫌って……それが部隊長の言うことですか?」


「チェリーナ、行かないでくれ」


 別れ話をしていると誤解されそうな台詞に、眼鏡の奥の瞳を吊り上げたチェリーナは、手を挙げてテレンシアを呼んだ。


「シア、お会計お願い」


 テレンシアは、泣きそうな顔でチェリーナを見ているノックスに同情の眼差しを向ける。


「チェリ姉さんに縋っても無駄よ。情では動かない人だから」


 項垂れるノックスを置き去りに、チェリーナはそそくさと花のやを後にした。

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