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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第四章 東方の香
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第1話

 騎士団の健康診断が始まった。訓練場に幕を張って屋根を作り、戦時の救護所のような様相を呈している。様々な部隊の騎士たちがシャツ一枚の軽装で並んでいた。


「特別捜査部隊、隊長、パーシバル・ハリアーだ」


 互いに良く見知った関係だが、形式上役職と名を名乗って貰う。頷いたターニャが手順通りに質問をした。


「せんせいに相談したいことがありますか」


「いや、ない」


「わかりました、では、どうぞ」


 簡易的な仕切りの奥にはローズが座っていて、斜め後方にナックルが立っている。ローズが質問をして、気になることがあったらナックルが補足する分担にしていた。


「こんにちは、ハリアー隊長。記念すべき健診第一号ですね」


 悪戯っぽく宣言したローズに、パーシバル笑みを零す。


「はい、よろしく頼みます」


 事前に決めた型どおりの問診をして、額、目、口の順に触診、脈も図る。記録にペンを走らせたローズは、ナックルを仰いだ。


「ナックルせんせい、何か気になることがあれば」


「ああ、見たところ、せいぜいこの季節だというのに唇が乾いているのが気になるくらいか」


 言われてパーシバルは舌で口を舐める。


「乾いているか?」


 首を傾げる彼に、ローズがペンを止めて問いかけた。


「うーん、ハリアー隊長は、いつも手が冷たいって言われます?」


「……あまり人と手を触れ合わせないので不明です」


「それもそうか。じゃあ、尿はどうです? 濃い目だなあとか思ったり」


「見ていない」


 ナックルが近づいて、パーシバルの腕を取る。


「もう一度脈を診る」


「ああ、わかった」


 机に置かれた時計を睨んでしばし、ナックルが低く言った。


「脈が細いかもしれん」


 パーシバルは医師二人を見て苦笑する。


「健診だからといって無理矢理不良な部分を見つけなくていい。俺は元気です」


「まあ、本人がそういうなら」


 問題なしと診断を受けて立ち上がろうとしたパーシバルは一瞬、目の前が白くなって椅子に手を付いた。ナックルがさっと手を伸ばして支える。


「立ちくらみか」


 パーシバルは一度目を閉じて、背を向けた。


「ああ、すまない。大丈夫だ。俺のことはいい」


 鍛え上げられた背を見送って、ローズとナックルは顔を見合わせる。


「とりあえず、次行こうか」


 次に姿を見せたのはランスロットだった。


「……せんせい方にお話ししておいた方がいいことがあります」


 切り出しつつ腰を下ろしたランスロットは、今朝の訓練の時、パーシバルが立ちくらみを起こして膝を着いたことを明かす。ローズはパーシバルのカルテを手元へ戻して要再診のチェックを入れた。




 騎士団の健康診断は三日に分けて行われる。二日目は生憎小雨が降っていた。昨日は幕の裏手で、ロングリードの範囲内を自由に跳ねまわっていたコタロウも、幕の下で不貞腐れた様子で寝そべっている。


「フィリップ・フェリーチェだ」


 艶然とした笑みを浮かべるフィリップに、セイラは視線を伏せがちにしつつ定型通りの質問をした。


「せんせいに、相談したい不調などはありますか」


「……別に、ないね」


 腰が引けているセイラを横目に、フィリップは中へ入る。ローズはカルテに視線を落としながら椅子を勧める。大人しく腰を下ろしたフィリップは、淡々と定型通りの問診をするローズを観察していた。


「では、触診します。失礼」


 そっと触れてくるローズの首から胸もと、腰のくびれ辺りまでゆっくり視線を落とし、フィリップは笑み崩れた。


「脈が少し早いですね」


「せんせいが綺麗だから、ドキドキしちゃって」


 小声で囁くフィリップに、ローズは呆れた視線を向ける。ナックルが後ろで鼻を鳴らした。


「どれ、俺が見よう」


 割って入ったナックルに手首を掴まれて、フィリップが頬を引きつらせる。


「問題なさそうだ」


「はい、問題なし、相談もなしですね、はい、じゃあ、お疲れ様です」


 フィリップは笑顔の圧で追い出された。




 騎士団の健康診断も残り一人となった。薄曇りの空の下、騒がしかった訓練場も落ち着きを取り戻している。


「よう、せんせい。俺で最後か」


「メルさん、いらっしゃい」


 ほっと安堵の息を吐いて緩んだ笑顔になるローズに、メルヴィンは苦笑した。


「店じゃねえんだから」


「ふふ、最後のお客さんでーす」


 疲労がたまっているのだろう、いい加減な返事をするローズの肩にナックルが手をかける。


「ワーロング、客ではない。患者だ」


「はいはい、わかってます。さて、メルさん、とりあえず、脱いで」


「なんでだよ、誰も脱いでねえだろ」


 ローズの肩に触れたままのナックルの手を睨みつつ、メルヴィンが抗議した。ナックルの手を振り払ったローズは、表情を引き締める。


「古傷がある人は患部や動作を確認しているわよ」


「ああ、それか」


「そう。ナックルが可動域を広げる柔軟体操を伝授できるから、動かしても大丈夫かまず、確認させて」


 鋼のような肉体を露出したメルヴィンに、ナックルが感心したように唸った。


「メルは脱いだらすごいな」


「おい、聞いたヤツが誤解しそうな発言はやめてくれ」


 ナックルは筋肉で盛り上がったメルヴィンの肩を掴んで、ゆっくり回すよう指示する。不満そうながらも大人しく指示に従ったメルヴィンは、クスクス笑い声を漏らしているローズを横目に、そっと口の端を持ち上げた。


「痛みはないか、この動きはどうだ」


「大丈夫だ」


「ふむ、問題なさそうだ」


 ナックルが満足そうに頷いて、メルヴィンはシャツを着直して出て行った。


「鍛えたからといってあんな風になるか、あれは一種の才能だな」


「そう、なの?」


「ああ、あれだけの大きな筋肉が偏りなく付いている。鍛錬だけでは辿り着かない肉体だな」


 メルヴィンを手放しで褒めるナックルに、ローズは胡乱な目を向ける。


「なんか、うん、ちょっと気持ち悪いわ、その言い方」


 口を歪めるローズを見下ろし、ナックルは小首を傾げた。




「クーン、クーン」


 健診を終えて戻ろうとしたメルヴィンは、幕の向こう側から響くコタロウの声を聞いて踵を返した。ポールに繋がれたリードが絡まって短くなり、動ける範囲が狭くなっている。


「今、直してやる」


 声をかけて絡まりを解いてやると、喜んで跳び付いて来た。


「ハハ、かわいいな、本当に」


 わしゃわしゃとコタロウの毛を撫でたメルヴィンは、天幕から聞こえるローズの笑い声に耳を澄ませてから、そっとその場を後にした。

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