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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第三章 白い爪痕
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第7話

 ヴィヴィは特別捜査部隊詰所の扉の前で鞄の中を確認する。


「終わりました」


 金混じりの茶色いストレートヘアをサラリと払い、女性がヴィヴィに告げた。


「うん、お疲れ様でした」


「庭を案内してくださるとか」


「うん、お洒落な四阿ができたから、そこでランチしましょうー」




 ジュールの関係者の洗い出しの中で、彼に釣り書きを送ったポート家にも事情聴取の白羽の矢が立った。父親は王都からは離れた領地にいるため、タウンハウスの管理がてら王都に残っている娘のクラリッサ・ポートが応じた。


「父は裕福な家でしたら、どこでもいいから嫁げという考え方です。ジュール様にも釣り書きを送りましたが、色よいお返事を貰えぬまま、亡くなってしまったので」


「なるほど、接点はない、と」


 聴取を担当したメルヴィンを、クラリッサは真剣な目で観察しつつ答える。


「お見かけしたことがある程度です……メルヴィン様のことは、お見かけしたことはありませんでしたわ。失礼ですが、奥様は?」


 しっとりした口調になるクラリッサに、メルヴィンは苦笑した。


「いませんよ」


「あら、では、お探しではありませんか」


「今のところ、そういう予定はないですね。それに、モーガン家はポート家のお父上のお眼鏡にかなわないんじゃ、ないですか。俺も元、警邏騎士ですし」


「まあ、貴族籍なのに、警邏の騎士だったんですか」


 すっと笑顔を消すメルヴィンに、クラリッサは目を瞬かせる。


「……そういう、昔風の考え方が苦手でしてね。さて、ジュール・メイスンと個人的関わりがないなら、これで話は終わりです。ご足労ありがとうございました」


 クラリッサは、メルヴィンに笑みだけ残して、大人しく退いた。




 表庭に新設された四阿へ向かう道すがら、クラリッサは切り出した。


「ヴィー先輩、お聞きしてもよろしくて? 特別捜査部隊は独身の方が多いようですが、どなたかと懇意になさっていますの」


「……いいえ。そういう目的でいる訳じゃないから」


「まあ、そうですか? ハリアー様は新聞で拝見しましたが、とても素敵でしたし、ホワイト・フェリーチェ様もいらっしゃいますよね? お若いようですけど」


 元同僚に同じようなことを聞かれた記憶を辿りつつ、ヴィヴィは淡々と返す。


「私は、家のために結婚しようとは思っていないの」


「そうですの……」


 学園時代に先輩後輩として浅い交流しかしていなかった二人は、互いの価値観の違いを感じ取り気まずく黙り込んだ。四阿に辿り着くと混み合っていて、空いていない。


「君たち、良かったら、ここをどうぞ」


 きょろきょろ視線を彷徨わせていた二人は、声をかけてくれた相手に近づく。優しく垂れた藍色の瞳の甘い顔立ちの騎士が、両隣に侍女を侍らせて目の前に座るよう促していた。


「うへ」


 小声でぼやいたヴィヴィは、さっさとクラリッサが座ったのを見て諦めて隣に陣取る。


「やあ、ヴィー、今日もかわいいね。その、渋い色の制服も似合っているよ」


 流し目を送りつつ挨拶代わりに口説き文句を述べるフィリップに、ヴィヴィは曖昧に微笑んだ。


「どうもー。いつもお上手ですね」


 気のない返事をするヴィヴィの隣で、クラリッサは期待に満ちた表情でフィリップを見つめている。


「ええと、君は? 素敵なドレスを着たお嬢さん」


「クラリッサ・ポートですわ」


 腰を浮かせて礼をするクラリッサに、フィリップは笑顔で頷いた。


「ポート……北東にある街の名だね」


 フィリップの言葉に、クラリッサは身を乗り出す。彼を挟んでいる侍女二人が、クラリッサを睨んだ。


「ええ、覚えていてくださいましたか? 一度父がご挨拶を送っていますの」


「ああ、そうなんだ。すまない、縁談は全て家に任せているから」


「そう、でしたか」


 クラリッサは小さく息を吐いて座り直す。彼の両隣にいる侍女たちはほくそ笑んだ。ヴィヴィは女性三人を横目に、黙って鞄を開ける。クラリッサはヴィヴィが差し出したサンドイッチに礼を言い、二人はちまちまと齧り始めた。軽食を口に黙り込んだ二人を他所に、目の前の男女は近い距離感で小声で会話をしている。


「フィリップ様、今度、私とお出かけしてくださいますか」


「ああ、いいよ。どこがいい」


「あ、ずるい、私だってフィリップ様とデートしたいのに」


「ハハハ、二人とも、一緒でもいいよ」


 フィリップの両腕にぶら下がる侍女二人を、ヴィヴィもクラリッサも冷めた目で眺めた。


「夜市はどうです? なんでも、柴犬を紹介する店が出るらしいんですよ」


「柴犬って、どんな犬だったかしら」


「ほら、医局の医師が飼っている子、茶色の毛がふさふさでかわいいじゃない?」


 侍女たちの言葉に、フィリップは頬を引きつらせた。


「ああ、あの医師ね……変わった女性だよね」


 彼は言葉を濁しつつ答える。ヴィヴィとクラリッサはランチを終えて同時に立ち上がった。


「では、お席を貸して下さり、ありがとうございました、フィリップ様」


 すっと立ち上がり、クラリッサの手を取って口づけをする振りをするフィリップに、侍女二人が黄色い歓声を浴びせる。ヴィヴィは耳を押さえるのを我慢して手をヒラヒラとさせた。


「ああ、うん、ポート家の……お嬢さん。またね」


 クラリッサは優雅に微笑んで、腰を落とした礼を残し、四阿を後にした。





 ヴィヴィは門へ向かって歩くクラリッサの表情を伺う。


「あんなでも、結婚相手としてカウントするの」


「あんな、とは?」


「えー、女の子侍らせて喜んでるような」


 クラリッサは口の端を僅かに持ち上げた。身に着けている昼用ドレスの型は旧いが、そうは見えないよう工夫している。


「身分と財があって、子が成せる若さがあること以上に、重要なことなどありません」


 静かに答えるクラリッサに、ヴィヴィは肩を竦めた。


「そっか」


「いずれ忘れ去られる侍女たちの方が、気の毒ですわ」


 言い捨ててクラリッサは王宮を出て行った。ヴィヴィは黙って彼女の令嬢然とした華奢で伸びた背を見送った。



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