第6話
特別捜査部隊の詰所に、早朝の爽やかな風が吹き込んでいる。三十分ほど開け放していた窓を閉めて回り、パーシバルは着席した。
「おはようございます、隊長」
「ああ、早いな、ヒースレッド」
「いえ」
立ち止まって丁寧に頭を下げてから、ヒースレッドは自分専用の荷物棚へ向かい、持参した鞄を収めた。
「いつも何を持って来ているんだ?」
防具や武器は棚に収めてあるし、制服は着用している。毎日手ぶらで出勤するパーシバルはかねてよりの疑問を問いかけた。ヒースレッドは藍色の目を瞬かせて、しまった鞄を持ち出す。
「替えのシャツと肌着、ハンカチと銀貨、銅貨です」
「へえ、用意がいいな」
鞄の中をのぞき込んで感心するパーシバルに、ヒースレッドは苦笑した。
「汗をかいたままなのが気持ち悪いのと、硬貨は時々ルークが気分を変えて本殿の食堂で食事をしようと誘ってくるので、持参しています」
丁寧に鞄の中身を説明している途中でヴィヴィも出勤して来た。
「おはようございまーす。荷物検査ですかあ」
自席に鞄を置いたヴィヴィは、胡乱な目をパーシバルに向ける。
「いや、違う。俺は荷物を持たないから、気になって聞いただけだ」
「はい、聞かれたのでお見せした方が早いかと思いました」
元黒狼隊の二人の少々ずれたやり取りに、ヴィヴィは肩を竦めた。
「そうですか、じゃあ、私の鞄は見なくていいですね」
「そう言われると見てみたい」
パーシバルが無意識にした流し目に、ヴィヴィは眉間に皺を寄せる。ヒースレッドまで興味深そうにこちらを見ていた。
「まあ、別にお弁当が入っているだけですけど、どうぞ」
隠すことでもないと、何故か他人の鞄に興味津々な二人に、中を見せる。サラダとフィッシュバーガーの入った小さな包みを見て、騎士二人は顔を見合わせた。
「小さすぎないか」
「……えー? ちゃんと、お魚挟んでますし、サラダにも卵入ってますけど」
貧血に関する指摘だろうかと言い訳するヴィヴィに、ヒースレッドが首を横に振る。
「量の問題です。足りるんですか」
じろじろ全身を眺めるヒースレッドを、ヴィヴィは横目に睨んだ。
「足ります。あと、その観察の仕方は不躾だよ、ヒースレッド君」
はっと息を飲んだヒースレッドは頬を染めて目を伏せた。
「失礼しました」
「うん、まあ、フィリップさんみたいに常に女の子を舐めまわすように見てるんじゃないなら、いいけど」
ヴィヴィの呟きを聞いて、パーシバルが眉を顰める。
「舐めまわす……フィリップはそのような態度で女性に接しているのか」
静かに断じるパーシバルを、ヒースレッドが情けない表情のまま見上げた。
「申し訳ありません」
「ヒースレッドの父君と彼の父君は親戚だったな」
「はい、従弟です、フェリーチェの者が、多方面に迷惑をかけていて、私も……情けない思いでいます」
パーシバルは落ち込むヒースレッドから、ヴィヴィに視線を移す。彼女は小さく頷いた。
「フィリップ・フェリーチェ、再捜査の参考人として調査対象になってます」
「え……」
「フィリップはジュール周りの再捜査対象となっている。今日の会議で通達する予定だった」
ヴィヴィは立ち上がり、昨日準備した会議参加人数分の捜査資料を書棚より出して、詰所隅へ向かう。
「ヒースレッド君、会議用に机と椅子動かすから手伝ってくださーい」
「あ、はい」
椅子を並べながら、ヒースレッドはジュールが生きていた頃の記憶を辿った。
真っ白な制服を肩にかけて、頬を上気させて休憩室から出て来たフィリップは、通りすがりのジュールを呼び止めた。
「おい、メイスン、そう、お前だ。メイスン商会の息子だろ? これ、ちょっと汚れが付いてさ。なんとかしてくれないか」
「え、あの……どういう意味でしょうか」
困惑気味に問い返すジュールに、フィリップは眉尻を吊り上げる。
「商人なんだから、汚れの落とし方ぐらい知っているだろう? 生憎僕は汚す専門でね」
話の途中で、休憩室の扉が開いて、フィリップ同様頬を上気させた侍女が姿を見せた。
「また、暇なときに会いたいな」
「はい、もちろんです、フィリップ様」
そそくさ去って行く侍女をぼんやり見送ったジュールに、フィリップは白い上着を押し付ける。
「夜勤までに何とかしてくれ。白竜の詰所に届けてくれればいい」
白竜隊の制服を手に黒狼隊の詰所に戻って来たジュールに事情を聞いたヒースレッドは、ジュールが律儀に汚れを落としたフィリップの上着を届ける役を買って出た。
「フィリップ兄さん、どういうことですか? 私の先輩をあなたの雑用係にしないでください」
「たまたま見かけて頼んだだけだよ。そんなに大騒ぎすることか?」
悪びれないフィリップにヒースレッドはめげずに抗議した。
「百歩譲って、後輩に雑用を頼むことがあるとしても、同じ隊の者に命じるべきです」
「白竜には黒狼のような商人の息子がいないからな」
「関係ありません」
引かないヒースレッドに、フィリップは薄く笑う。
「はいはい、わかったよ」
響いていないのを悔しく思いながら、ヒースレッドは戻ってジュールに謝罪した。
「先輩、本当に申し訳ありません」
「いいんだ。汚れが落ちて良かった」
苦く笑うジュールの顔が思い浮かんで、ヒースレッドは口を引き結んだ。
暗い色の作業着に古びたエスパドリーユを履き、ランスロットは夕暮れ時の繁華街をゆっくり歩んでいた。白いシャツに仕立ての好さそうなグレーのベストとスラックス姿の尾行対象を大きく距離を置いて観察している。
「ランスさん」
背後から声がかかってランスロットは歩みを止めた。視線はガス灯下で人待ち顔のフィリップに固定している。
「せんせい」
「お仕事中?」
ローズは、鮮やかな青いジャケットを羽織り水色のロングスカートを履いていて、爽やかで艶やかな装いだった。
「はい、せんせいは?」
「うん、食事に招かれてて。場所がわからなくて迷い中」
フィリップが動かないので、ランスロットは差し出された地図を受け取る。
「ああ、ここは、通りを横切った反対側の路地にあります」
ローズは地図を受け取って安堵の息を吐いた。
「ありがとう」
動く様子のないローズを見ると、彼女は自分の頬をぐりぐりと押している。
「食事は……どなたと?」
「フェリーチェ議員。謝罪とお礼がしたいんだって。兄の謝罪を受けてやってくださいってヒースレッド君にも言われちゃって」
視察の時のやり取りを思い出したのだろう、ランスロットは静かに頷く。
「お気をつけて」
「うん、ごめんね、邪魔して」
ローズは小声で謝罪して、言われた通りに通りを横切った。フィリップの脇を通るルートなので、ランスロットは自然と彼女の後ろ姿も視界に捕らえている。
「ん?」
ローズがフィリップの前で止まっている。彼が声をかけているようだ。ローズは腕を掴まれて、とうとう肩を抱かれた。そのまま二人は歩き出す。ランスロットはぐっと唇を噛んで距離を詰め、様子を見守りつつ追いかけた。
「送ってくださり、ありがとうございます。このお店で、フェリーチェ議員がお待ちなので、失礼しますね」
「残念です。また、今度是非、僕とも食事してください」
店の前でローズの手を取って口づける振りをするフィリップに、ローズは冷たい声で言う。
「嫌です。私、タレ目って嫌いなの」
フィリップは狐に摘ままれたような顔で去って行く。ランスロットは、彼に気づいて小さく手を振るローズに、頭を下げて尾行を再開した。




