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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第三章 白い爪痕
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第4話

 陽射しが強くなり、上着を着こんでいると汗ばむ日も出てきている。フィリップは、使用人が真っ白に保っている白竜の制服を肩にかけ、表庭を歩いていた。


「フィリップ様、こっち向いてくださーい」


「手を振ってくださいませー」


 新設された四阿へ向かう小道の途中で、使用人の中でも若い女性たちが、上ずった声をかける。柔和な笑みを浮かべて手を振るフィリップに、女性たちは歓声を上げた。いくつか設置された中で一番小さな屋根の四阿で、麦わら色の髪に暗めの緑色の目をした少女がサンドイッチを食べている。華奢で地味な風貌だが、思わず手を差し伸べたくなるような、頼りない雰囲気に目を惹かれる者は多かった。


「やあ、セイラ嬢、奇遇だね」


「あ……フィリップ、さま」


 困惑の表情を浮かべる彼女の前の椅子に腰を下ろし、フィリップは小道を挟んで向こう側にある四阿にいる女性たちに手を振って愛想を振りまく。


「外で過ごすのに、適した気候になってきたね」


「はい」


 返事だけはして、セイラはかじりかけのサンドイッチを頬張る。フィリップは上着を空いた椅子に乗せ、意味深な眼差しと笑顔でセイラを眺めた。


「食べ終わったね。じゃあ、散歩でもどうだい? それぐらいなら、いいだろう」


 水筒の紅茶を飲んだセイラは、逡巡の末、眉を八の字に歪めて首を横に振った。


「フィリップ様、散歩は行きません。私は、あなたと……その、お付き合いするつもりはありません」


 意を決して拒絶したが、フィリップは笑顔のまま首を傾げた。


「ふうん……? どうして」


「え、どうしてかというと……その……私にはまだ、そう、です。あの、恋人を作るような余裕がなくて」


 何度も瞬きを繰り返し、セイラはしどろもどろになる。


「大丈夫、支えてあげるよ」


「あ、いえ、でも……フィリップ様と私では釣り合わない」


「そんなことない。僕は君を気に入っている。控え目で笑顔がかわいい」


「かわいくなんて、ありません」


 視線を落とすセイラの隣の椅子へ移動したフィリップは、彼女が座る椅子の背もたれを掴んだ。ビクリ、身体を震わせるセイラに、変わらず笑顔を向けた。


「かわいいよ、薄っすらしたそばかすなんて、貴族のご令嬢ではあまり見られないからね、特にかわいく見える」


 囲い込むよう伸ばした手が、掴まれて止まった。洒落た小道を通らないルートで四阿へ入ったヒースレッドが、二人の椅子の背後に立っている。


「おや、ヒースじゃないか」


 大人しく手を引っ込めたフィリップを、ヒースレッドは無表情に見つめる。セイラは驚いて立ち上がり、一歩後退して二人から距離を取った。


「フィリップ兄さん、彼女はあなたの遊び相手にはなりません」


 固い声で制されて、フィリップは低く笑い出す。


「ハハハ、いやだな、ヒース。言葉を間違えているよ。遊び相手にしか、ならないだろう。僕も君も、家の決めた相手としか結婚できないのだから」


 口調は穏やかだったが、フィリップの藍色の瞳から楽しそうな光が消えた。ヒースレッドは、振り返り丁寧に頭を下げる。


「すまない、セイラさん。うちの家の者が迷惑をかけました」


「いいえ、そんな、大丈夫です」


 慌てて首を振るセイラに、ヒースレッドは僅かに頬を緩めて見せてから、厳しい表情に戻ってフィリップに向き直った。


「医局は今、注目されています。兄さんの行動が、傍目にどう映るか、考えた方がいい」


 真剣に諭そうとするヒースレッドに、フィリップは肩を竦めて小さくため息を吐く。


「なんだか、興醒めだね。僕はかわいい女の子とちょっと散歩しようとしてただけだっていうのに、家の名前まで持ち出して。本家だからってそんな権限があるのかな」


「同意の上なら、構いませんが、彼女は明らかに困っています」


「へえ? なんでまた、ヒースがそれを決めるんだ。深い知り合いでもないだろうに」


 芝居がかった仕草で前髪を払ったフィリップは、ヒースレッドの後ろに隠れるよう息を潜めるセイラに流し目を送った。


「去年の事件を通じて、交流しています。医局と特捜は連携を強化していますから」


 セイラは荷物を抱えてじりじり遠ざかっている。ヒースレッドは振り返って、一度頷いた。目配せで通じ合うくらい親交が厚いと示したつもりだったが、フィリップは呆れ交じりの笑い声を上げる。


「ハハハ、仕事上付き合いがあるからって……特捜だ医局だと、野暮な理由を並べ立ててさ。ちょっとした火遊びに、そんなに口を出されたら面倒だから、ここは退いておこうか」


 笑いながら去って行くフィリップを、ヒースレッドとセイラは黙って見送った。





「自分で……断ろうと思ったんです。私にもできるって、見せたかった」


「そうだったんですか。邪魔をして、すまない」


「いえ、そんな……あの、ターニャさんが、ヒースレッドさんをここへ?」


「ああ、君がフィリップ兄さんに目を付けられているから、止めて欲しいと頼まれた」


 セイラは涙目になって俯いた。


「最初から、ヒースレッドさんに頼むつもりで、ここでの一人ランチを勧めたんですね、私……守られてますね」


 ヒースレッドはポケットからハンカチを出して差し出す。セイラは首を横に振って受け取らない。ぽたぽたと地面に雫が数滴落ちた。


「彼も言っているように、私が間に入ったことによって、もうあなたにちょっかいをかけようとするのはやめると思います」


 ハンカチをしまい直したヒースレッドは、セイラのつむじ辺りを眺める。


「はい、助かり、ました」


 頬を拭って顔を上げたセイラは、頬に血を上らせて、小声で答えた。

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