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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第三章 白い爪痕
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第2話

 議員団が去った後、後片付けをしていたセイラは、宝石が埋め込まれた杖が立てかけられているのを見つけた。


「ターニャさん、これ、お忘れ物ですかね」


「ああ、そうね。高そうな杖だわ」


「あの、私、届けてきます」


 医局を疑われては困る、と表情を引き締めるセイラに、ターニャは微笑んだ。


「そんなに気負わなくても大丈夫。近衛の詰所に持って行けば、議員先生に戻るわよ。白竜隊の方ね」


 力強く頷いたセイラは、杖を手に小走りに階段へ向かう。すぐ下の四階に近衛詰所と離宮連絡通路があるが、用がないので近づいたことはない。しっかり杖を抱えて廊下を歩むセイラは、前方から来た白竜騎士に呼び止められた。


「おや、こんなところに珍しいお客さんだね」


 中低音の艶のある声に、セイラは足を止めて深く礼をする。


「はい、あの、詰所に用事がありまして」


 染み一つない白い上着の騎士は、柔和に垂れた藍色の目で、じっとセイラを観察した。金混じりの茶色い前髪をサラリと手で流した騎士は、ぼんやり自分を見上げるセイラに手を差し出した。


「良さそうな杖だね」


「はい、あの、先ほど、議員のどなたかが、お忘れになって行かれて、白竜隊の詰所にお届けするように言われました」


 鷹揚に頷いた白竜騎士はセイラの手から杖を取り上げる。


「あ、あの」


「大丈夫。僕が受け取っておく。君みたいな幼気なお嬢さんがこんなところをうろうろとしていたら、変に思われてしまうよ」


「お任せして良いのでしょうか」


 役目を肩代わりしようとする騎士におずおず問いかけたセイラは、直後に近づいて来た彼に背を撫でられて固まった。


「ほら、見ての通り、僕も白竜だからね。受けてあげるよ」


 艶然と微笑む騎士に困惑しつつ、セイラは何度も頭を下げる。


「ありがとう、ございます」


 身じろぎできないままのセイラに白竜の騎士は、意味深な流し目を残して去って行った。首を竦めてこみ上げるもやもやとした感覚を逃したセイラは、来た時同様小走りに四階から脱出した。





 医局を視察した議員団の護衛に就いていた同僚騎士から杖の持ち主を聞いた騎士は、颯爽とした足取りで階段を下りる。二階まで下りた彼は、議員待機室の扉を叩いて入室許可を得た。


「お忘れ物です」


「おや、君は確かフェリーチェ家の」


「はい、ご無沙汰しております。白竜隊のフィリップ・フェリーチェです。先生の物だと伺ったので、医局より預かって参りました」


 部屋付き侍女にお茶を淹れるよう命じた老議員は、にこにこと人の好さそうな笑顔で既知らしい騎士を座らせる。


「助かったよ。杖なんぞなくても歩けるが、希少な宝石があしらわれているからのう」


「ええ、そうでしょうね。こちらではあまり見ない石ですね」


 訳知り顔で頷くフィリップに、老議員は笑みを深めた。


「湖みたいな色じゃろう? 提携の証に贈られてなあ」


 先ほどセイラに向けたのと似たような艶然とした笑みを浮かべたフィリップは、出されたお茶で品よく喉を潤した。


「先生、また是非僕も、そういった会がありましたら、お連れください。護衛にもなりますし、フェリーチェの名は邪魔にはならないでしょう」


 老議員は笑って頷いた。フィリップはお茶を飲み干すと立ち上がり、侍女の手を握って耳元に唇を寄せて囁いてから、退室して行く。


「フェリーチェ家、なあ」


 老議員は真っ赤になって頬を押さえている侍女を横目に、低く呟いた。





 休憩室の長机の上に頬を乗せ、部屋中を走り回っているコタロウを眺める。


「緊張したわ、何喋ったか覚えてない」


 呟くローズの頬は机でつぶれていて声がこもった。コタロウの相手をして足にアタックされてよろめいたナックルは、ローズの頬のすぐ横に手をついた。


「おっと……まあ、乗り切ったと言えるだろう」


「そうかな? 本当に、医局長代理なんて、柄じゃない。ナックル、さっさと上級官吏試験受けて合格して」


 だらしなく背を丸めて机に身体を預けるローズを、ナックルは静かに眺める。


「受けてもいいし、受かるだろう。だが、君は俺が医局長になって、それでいいのか」


 のろのろと上体を起こしたローズは、隣に座ったナックルの脇腹を押して距離を取った。


「それはあんまり良くない、それはわかってる。わかってるんだけど……はああ」


 大きなため息をついたローズは、ターニャが綺麗にまとめてくれた髪を解いて、外したピンをポケットへしまう。


「何がそんなに君の気を重くしている。医局は回っているし、視察も乗り切った」


「なんだろう」


 改めて問われると自分でも首を捻ってしまう。ローズはナックルの眼鏡の奥の静かな黒目を眺めて考えた。


「失礼します……コタロウ、元気だな」


 扉を叩く音の後でヒースレッドが入室して来る。気づいたコタロウが寄って行ってフンフン鼻を鳴らして出迎えた。ローズはナックルを見つめたまま考えに沈んでいたし、ナックルはぼんやりローズを見ていた。近い距離で見つめ合う男女という構図になっている。他意がない本人たちに代わって、ヒースレッドがぎこちなく足を止めた。


「あ、あの……どうしてお二人が、いえあの、お邪魔でしたか」


「ううん、座って。前にどうぞ」


 言葉を探すヒースレッドを、ローズは手招きして目の前に座らせる。コタロウは、挨拶は済んだとばかりに部屋の隅へ行って丸まった。


 ローズは彼が来るだろうと予想はしていた。緊張のあまり、自分の発言の記憶は曖昧だが、ヒースレッドの兄に絡まれたのは覚えている。


「俺は出ている」


 すっと立って出て行くナックルを見送るローズの冷静な碧眼を見て、ヒースレッドは姿勢を正した。


「あの、先ほどは兄が失礼致しました」


「うん、何か誤解があったみたいね」


 頬杖をつくローズの大きな碧眼からそっと視線を落とし、ヒースレッドは彼女の薄い桜色に塗られた唇辺りを見やる。


「私がせんせいに感じている御恩を、兄が勘違いしたようなんです」


 自分の頬に当てた両手を落ち着きなく動かして、ローズは眉間に皺を寄せた。視察の緊張の反動で、慣れた相手に対する遠慮が消えている。ヒースレッドは気安く崩れたローズに戸惑って口から首まで視線を落とした。


「ふうん……そうなんだ。参考までに聞くけど、私がヒースレッド君に取り入ったら、何か便宜を図って貰えるの」


「いえ、私にはそんな力はありません」


 とうとう目を伏せてしまったヒースレッドに、ローズは頬杖を止めて苦笑する。


「じゃあ、そんなに気にしないで、次にもし耳がおかしいなって思ったら、遠慮せずまたすぐに来てください」


 藍色の目を見開いたヒースレッドは、立ち上がって丁寧に腰を折った。


「はい、せんせい。申し訳ありませんでした」


「ふふ、ヒースレッド君て、真面目よね。昔のランちゃんみたい」


「え? ラン、ちゃん」


「ううん、こっちの話」


 柔らかく笑うローズをちらと見て、ヒースレッドは微かに頬を染める。


「あの、せんせい、せんせいに関してよからぬ噂を流している者がいそうです。兄が誤解をしたのも、噂のせいかもしれません。お気をつけください」

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