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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第二章 鉱山からの手紙
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閑話☆辛口ドレッシングのサラダ

 十五才の時、王立学園淑女科を卒業した。一年間独学で試験勉強をして、十七才で騎士団総務部で働き始めた。実家は政変の時にぼんやりしていて政治的には負け組に仲間入りしたようだ。両親ともに政争にも商売にも向いていない。


「ヴィーちゃん、そんなに働かなくても、お金持ちのおうちに嫁いだらいいのよう」


 のんきな母に、父は優しく釘を刺す。


「ヴィーを大事にしてくれる家があればいいがな」


 二人とも基本的に私の幸せを願ってくれているが、少し古びた貴族的考え方を踏まえた上でのことなので、意見の行き違いは多い。


「貴族に嫁ぐなんて大変そうで嫌でーす。働く方がまし。母上が泣くから、侍女になるのはやめて、文官になったじゃないですか」


 侍女も文官も王宮で働く者として大きな違いはないのだが、貴族の社交界隈での外聞が大きく違うらしい。お人好しな両親のことは嫌いではない。ただ、裕福な名家でのんきに育った二人と、貴族として面目を保てるぎりぎりの財政下で育った私では、価値観が違う。





 月に一度、お洒落なカフェに出向いてアフタヌーンティを楽しむ。最近王宮女子の間で流行っている、自分へのご褒美というやつだ。


「今日は奢るわ」


「えー、本当ですか。やった。じゃあ、デザートを特上プランにしてもいいですか」


 騎士団副団長の補佐官を務めるチェリさんとは、総務部の書類形式を効率化するプロジェクトを通して親しくなった。


「いいわよ」


 普段通りのクールな薄い笑みを口元に乗せ、チェリさんが快諾する。


「……本当にいいんですか?」


 冗談のつもりだった。疑う私を見て、チェリさんが肩を竦めた。


「ヴィーって鋭いわよね。好きなだけ食べて。その後で頼みがある」


「好きなだけ食べていいくらい、面倒な頼み事ってことですかあ」


 答えないチェリさんに胡乱な視線を送りつつ、せっかく来たのだからとたらふく甘味を摂取した。


「美味しかった、ご馳走様です、チェリさん」


「いいえ」


 珈琲を一口飲んでから、チェリさんが頼み事を口に出す。


「今度、騎士団に特捜が常設される話は知ってる?」


「ああ、はい。噂になってますね。去年はチェリさんも関わってましたよね」


「ええ、今度は正式に所属することになるのよ、参謀長として」


 参謀長という今までの騎士団にはない役職名を聞いて、首を捻った。チェリさんは、再びカップを傾けて喉を鳴らす。


「簡単にいうと、特捜のブレーン役ね」


「へえ、なんかすごいですねえ」


 気の抜けた返答に気づいたのだろう。チェリさんは僅かに眉根を寄せる。


「去年は、主に手続き関係に時間と手間を取られて、ブレーンとしては二流だった」


「ははあ、なるほど」


 空になったカップに紅茶を注ぎながら相槌を打った。


「同じ轍は踏まない。だから、ヴィー、あなたに特捜に来て欲しい」


「へえ……え、え、え?」


 語尾が上ずる。チェリさんは口の端両方をにいと大きく持ち上げた。


「総務の次官補佐に頼み込んで、あなたの異動許可は貰ったわ。あとは、ヴィーがサインするだけ」


 お洒落なカフェに似合わない大きな鞄を持っていると思ったら、中から書類が出てくる。


「ちょっと待ってください、せめて考える時間をください」


「考えて断られたら困るわ」


 ずいっと書類を押し出すチェリさん、戻そうとする私、という押し問答が暫し続いた。


「あの、なんで私なんですか? 事務官が必要なら、他にも優秀な先輩方がいらっしゃるじゃないですか」


 チェリさんは眼鏡の蔓を押し上げて、大きく頷く。


「あなたを選んだ理由は三つある。一つ、文字を綴る速度が速くて美しい。一つ、人の話をよく聞いて理解力が高い」


 率直な誉め言葉に頬が熱くなった。冷静になろうと紅茶を飲む。


「でも……総務の文官はだいたい平均より速く綺麗に文字が書けるし、理解力だってあります」


 チェリさんは、手を付けていなかったマカロンを口に放り込んで咀嚼した。私もケーキの皿を空にする。


「最後の三つ目が一番重要かもしれない。ヴィーってパーシバル・ハリアーのファンじゃないわよね?」


「えー? まあ、綺麗な顔したおじ様だな、とは思いますが」


「それよ。その、距離感があなたを選んだ理由」


 納得が行かずにチェリさんの皿に残るパイを睨んでいると、静かに差し出された。サクサクのパイを頬張って、紅茶で流し込む。夕飯は食べられないかもしれないが、後悔はない。


「黒狼の副長ファンだとダメなんですか」


「本人の希望でね。女性関係で揉めたくないんですって」


 選ばれた理由にいまいち納得が行かない。


「……理由はわかりました。じゃあ、私が特捜に異動するメリットは?」


「給与が二割増」


「よろしくお願いしまーす」


「最初から条件を言えば良かったわ」


 呆れた顔になるチェリさんから書類を受け取り、サインをした。





 一ヶ月ほど前、王宮の表庭に四阿あずまやが新設された。四阿へ向かう小道には季節の花の生垣が並び、四阿の屋根を覆うように桜の枝が伸びている。春はとにかく美しい。時間が合う日は元同じ部署の女性たちと連れ立って、昼休憩に利用している。


「毎日パーシバル様のお顔を見られるんでしょ? はあ、羨ましい」


 隊長本人が懸念する通り、彼の人気は凄まじかった。着任時、嫉妬混じりの嫌味を言われた時は驚いたものだ。


「まあ、毎日顔は見てますけど、だからって別に……」


 唐辛子とレモンを入れた辛口のドレッシングを持参した温野菜にかけつつ答える。会うたびに羨ましがられ、彼女たちとのランチが億劫になり始めていた。


「パーシバル様も素敵だけれど、ランスロット副長もイイわよねえ」


「キャー、確かに。全然笑わないんだけど、その冷たい感じがイイわ」


 ランスロット副長は、確かに無表情が標準装備だが、ローズせんせいと会っている時だけは、表情が豊かだ。そわそわして、彼女の近くを行ったり来たりして、そんな自分に気づいて慌てて離れたりしている。


「だったら私は、メルヴィン副長の方がイイ。気さくで話しやすいし、守ってくれそうじゃん」


 メルヴィン副長は、確かに気さくで他人との距離が近い。男女問わずスキンシップを図るので、勘違いする女子が増えそうな気がする。唯一、きっと勘違いして欲しいだろうローズせんせいだけは、彼の距離感が近くても平然としている。


「ちょっと、ヴィー、サラダ食べていないで、話に参加しなさいよ」


 ブロッコリーを咀嚼し終えてから、私はヘラリと笑った。


「ええ、私は騎士はちょっとごつすぎて苦手ですう」


 適当に誤魔化したが、呼び水となって騎士らしくない若手の品評に移ってしまった。


「ルーク君とヒースレッド様ならどう? 二人ともまだごつくないわよ」


 ルーク君は明るくて人懐こいが、面倒くさいことからはそっと逃げようとする。ヒースレッド君は生真面目でお上品だが、時々私を見る目が珍獣を見るようなことに気づいている。二人ともなかなか癖のある若者だと思う。


「……年下は、ごついのよりもっと、苦手かなあ」


 特捜部は女性認知度の高い有名な騎士が多いが、残念ながら私が推したい男性はいない。


「えー、せっかく特捜にいるのに、もったいない。ちょっといいな、って思える人がいたら、毎日楽しいでしょ」


「えー? そうですかあ、むぐむぐ」


 愛想良く笑いつつ、トマトの甘味を味わった。


「ヴィーってばかわいいのに、ドライよね。貴族令嬢って感じもあんまりしないし」


「ありがとうございまーす」


 いい加減な返事にさすがに苦笑される。皆暫し、持参したランチに集中した。


「ああでもやっぱり、一番羨ましいのは、チェリーナ補佐官とお仕事できることよね」


 総務部の書類形式効率化プロジェクトにより、文官たちの効率が上がり、繁忙期の残業も三割以上減っている。


「チェリーナ補佐官は、文官の星よね。特捜専属になるって本当なの?」


 副団長補佐官は業務に口出しできる職域も広い。効率化も私たちの不満を吸い上げたチェリさんのおかげで成功したプロジェクトである。


「どうなんでしょうねえ、まあ、立場が変わっても相談には乗ってくれると思いますから」


 チェリさんが総務に口を出せる立場ではなくなることを、彼女たちは最も懸念しているのだと、ようやく気付いた。


「そう、くれぐれもよろしくね、ヴィー」


 強めに手を握られた私は、引きつった笑みで了承した。





 医局で出張助っ人として働いた最終日、足元に寄って来た犬を恐る恐る撫でた。動物は好きでも嫌いでもない。実家の財政はひっ迫していて、愛玩動物を飼う余裕はなかった。


「クウーン」


 別れを惜しんででもいるのだろうか。最初は警戒していた犬も私に慣れたようだ。とはいえ犬の気持ちを察することなどできないので、困惑しながら立ち上がる。


「ヴィー、今日で最後だと聞いた。世話になった」


 犬の後ろから、鳥の巣のようなもじゃもじゃ頭が近づいて言った。自分の腰の両側に手を添えて、長身の医師を見上げる。


「本当に手がかかりました。いい大人が食べるの忘れるって……気を付けてくださいよー」


 ナックルせんせいは、眼鏡を外して私の顔をのぞき込んで来た。ぎょっとして後退る。


「君もあまり食べていないようだな。貧血気味だろう。もっと肉や魚を食べた方がいい」


 言い当てられてドキリとする。見透かすような黒々とした目は凪いでいて、妙に印象に残った。


「あー、ちょっと、ナックル。ヴィーさんはもうお手伝いおしまいなんだから」


 診察室から出て来たローズせんせいが、上ずった声を上げて彼と私の間に入る。


「また、無茶なこと言われてない? 大丈夫?」


 飼い主の登場で、コタロウが彼女の足に甘えて擦り寄った。ローズせんせいに対する態度は、慣れたとはいえ一週間の私に対してとは全く違う。


「お別れの挨拶をしただけですよ」


 苦笑しつつナックルせんせいの冤罪を晴らしてやると、彼は眼鏡をかけ直して言った。


「別れる……いや、またすぐ会える」


 ナックルせんせいはいつも、奇妙な方向から会話に切り込んでくる。


「何言ってるのよ、ヴィーさんがお手伝いに来なくなったら、寂しいの?」


「クウーン」


 コタロウが答えて、ローズせんせいは柔らかな声でクスクスと笑う。


「……また、会える」


 ナックルせんせいが繰り返した言葉を胸に残し、私は医局を後にした。



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