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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第二章 鉱山からの手紙
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第7話

 特別捜査部隊の詰所は春の陽が差し込んでぽかぽかと暖かい。帰国してすぐ泥のように眠ったランスロットは、体に残るだるさを振り払おうと首を回す。


「昨日のナックルせんせいの報告書ですが」


 口火を切ったチェリーナは、切ったばかりの髪を耳にかけて小さく息を吐いた。


「詳細を記載してくれているのはありがたいんですが、専門的過ぎてわかりにくいんです。アルセリアで流通していた混ぜ物入り粉と、ノルディアで流通していた粉を摂取した時の、症状の違いも記載して欲しいんです。推論でかまいません」


 チェリーナの申し出に、ナックルは数秒考えた後で静かに断じる。


「できかねる」


 ランスロットは目を瞬かせて、ローズは額を押さえた。チェリーナは眼鏡のつるを押し上げて、小さく呟く。


「ふむ……推論ができないという意味ですか」


 ナックルはチェリーナの前に置かれた報告書の記録欄を押さえた。


「ここを見ろ。症例記録が少な過ぎるだろう。著しく根拠に乏しいものになると言わざるを得ない」


 ヴィヴィが淹れてくれた冷めたお茶を飲んで、ローズは困った顔でナックルとチェリーナを見比べた。


「捜査上の指針となるような、医師の判断が欲しいんです」


「仮定だとしても曖昧な記録は残したくない」


 チェリーナは人差し指で二回机を叩いた後で、表情を消す。ローズは一度開けた口をゆっくり閉じた。


「わかりました。とりあえず、いったん、報告書の体裁の話はおいておきます」


「すみません」


 冷静な対応を取ってくれたチェリーナに軽い謝罪をする。どちらの言い分も理解できるので、ローズから付け足せる言葉はない。ランスロットが立ち上がって、部屋の隅にある棚から紙袋を持って戻る。


「これが、アラン・ベルトランが所持していた粉です」


 袋から薬包を出して、長机の上に並べる。


「ジュールから貰ったと証言しています。この粉も成分を検査して、他の二つの粉との違いを調べて貰いたい」


 嬉々とした表情になるナックルの横で、ローズが頬を引きつらせた。


「またですか、正直……医局の業務が滞っています。騎士団の健康診断も仕切らなくちゃだし、本当にいっぱいいっぱいで。ナックルがやらなくちゃならない仕事を受付嬢の二人が分担してくれて、もう、毎日残業になってるんです」


 ローズの必死の訴えに、ランスロットは口を噤んで視線を反らす。


「申し訳ありません。ただ、後回しにしていい検査ではないと思います」


「ローズせんせい、ご負担をおかけしますが、ここは飲んでいただくしかありません」


 ローズは口を尖らせた後で深いため息を吐いた。チェリーナは、ナックルを見上げて問う。


「ナックルせんせいは検査の傍ら、他にできる作業はないんですか?」


「気が散ったらミスをして、記録の精度が鈍る。正直、手持ちの粉の量が少なすぎる。無駄にしたくない」


 会議スペースの仕切り布を持ち上げて、ヴィヴィが顔を出した。


「チェリさん、これ。証拠品の持ち出し許可と、検査依頼の書類です。できました」


「ああ、ありがとう、ヴィー。さすがに速いわね……ヴィーがいるじゃない」


 チェリーナは書類を受け取って、布の向こうで首を傾げるヴィヴィを手招きする。


「なんですかあ、なんか、嫌な予感」


 近寄って来たヴィヴィの腕を掴んで、チェリーナは薄く笑みを浮かべた。


「検査の間、こちらのヴィーをお貸しします」


「え?」


 本人が驚きの声を上げる中、チェリーナは続ける。


「書類作成は私が見て来た文官の中でもかなり速い方です」


「ちょ、何言ってんですか、チェリさん」


 ヴィヴィの腕を掴むチェリーナの力が強くなり、彼女は顔をしかめた。


「総務に頼み込んで特捜に異動してもらったんです。こっちの意図を汲んでくれるから、とても使い勝手がいい子ですよ」


 肩を落としたヴィヴィはチェリーナの手の甲を軽く叩く。


「わかりましたって、医局に出張すればいいんですね?」


「ええ、お願い。ローズせんせい、どうでしょう?」


 ローズがヴィヴィへ視線を送ると、彼女はヘラリと緩んだ笑顔を返した。


「助かります。なんなら、ナックルより役に立ちそう」


「……おい、ワーロング。目の前で悪口はやめろ」


 皆が小さく笑い声を上げて、場の空気が和んだ。




 会議翌日からヴィヴィの姿が医局にあった。


「あれ、ヴィーじゃん。何してんの」


「お手伝いでーす、チェリさんの命令。なになに、咳が残っていて、鼻水も出てる、ね。薬飲んでおけば治りそうですね」


 ヴィヴィと顔見知りらしき警邏部の騎士は、申し送り書類を処理しようとするヴィヴィの手を止めて、抗議する。


「ちょっと、俺、診察希望なんだけど」


「今ね、医局って検査も入ってて、それどころじゃないんですよー。本当に死にそうにしんどいですか? ローズせんせいが先に倒れちゃったら、あなたのせいですよー」


 蜂蜜色の髪に同色の瞳、優しげな顔立ちに口調も柔らかいが、出てくる言葉は率直で鋭い。


「ぐ……薬だけで、いい」


 言葉に詰まった騎士は、ぶつぶつ文句を言いながら踵を返した。隣で薬の配達メモを書いていたセイラは驚いて目を丸くしている。


「あの、帰しちゃって、大丈夫なんですか」


「えー? ほら、ローズせんせいの要再診チェックついてないし。ダメだったらまた来るでしょ。元気そうだったし」


「言われてみたら、確かに元気そうに見えました」


「しかも、風邪でしょ? 薬貰うだけだから、後で届ければ大丈夫」


 生真面目なセイラには腑に落ちなかったが、年上で騎士団所属の事務官であるヴィヴィに、反論はできなかった。


「次の患者さん、来てないの」


 ローズが診察室から顔を出して問いかける。


「今、帰りました。薬だけでいいそうでーす」


 ヴィヴィの返答に目を瞬かせたローズは、一度診察室へ戻ってカルテを見返した。


「うん、薬ももういらないかもだけど、一応処方しておく」


「はーい」


 軽い返事をしたヴィヴィを呆れた顔で眺めつつ、セイラは自分の仕事へ戻る。




 ヴィヴィが来て数日、ローズが指定した要再診患者も間違えて追い返して、ターニャに叱られる。


「ヴィーさん、さっきの人は要再診の人ですよ。面倒くさいからって片っ端から追い返さないでください!」


「えー? ごめんなさーい」


 ターニャに叱られながらも、大半のただのローズ目当ての軽症患者たちを追い返すヴィヴィの活躍もあり、医局は落ち着きを取り戻しつつあった。




 チェリーナと喧々囂々議論を繰り返し、検査結果報告書の体裁が整った。アルセリア王都流通の粉、ノルディア流通の粉、アランが所持していた、ジュールから貰ったとされる粉、全てモールフィだが、成分が異なる。正式な報告書本文には記載せず、付箋メモとして仮定推論を添える折衷案に落ち着いた。


 特別捜査部隊の詰所で、幹部、隊員、医局より医師二名、勢ぞろいで会議が開かれている。


「ジュールの粉は最も純度が高く、麻薬というより鎮痛薬として使用できる程度まで調整されている。東黎帝国では薬の精製技術も西方より数段進んでいる。希少な香料も含まれていた……東方由来の可能性がある――これは記録には残すな」


 ナックルが淡々と検査結果を報告し、最後に釘を刺した。


「東方、か。遠い上に大きい」


 パーシバルがつぶやいた台詞は出席者全員の胸に去来した。ジュールは一体どこから東方由来らしき、上質なモールフィ粉を手に入れたのか。

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