第6話
ノルディア王立薬物治療専門療養所の門をくぐったランスロットは、門番に恐縮されながらボディチェックを受けて、まずは所長室へ通された。
「遠路はるばるお疲れ様です、こちらでお預かりしているアラン・ベルトラン君にお会いになりたいと、ふむ」
アルセリア王国騎士団からの正式な依頼だと示す文書入りの封筒を渡す。所長は中身を確認してにっこり笑った。
「アルセリアの騎士団は紺、白、黒の制服だと承知しておりましたが、鉄錆色も取り入れたのですな」
「はい、モールフィが流行した事件を契機に特別捜査部隊を常設させることになりました。これは特捜の制服です」
所長はさもありなんと頷く。
「ノルディアでも、モールフィのおかげで、この療養所や研究所への予算が拡大されていますからな。皮肉なことに」
「お世話になっております」
生真面目な返答を寄越すランスロットに苦笑して、所長は立ち上がる。
「さて、では、面会室に案内させましょう」
観葉植物や鉢植えの花があちこちに置かれた部屋の一角で、アランが待っていた。案内役の職員は後方に控えて見守る態勢に入る。
「失礼する」
静かに宣言して目の前に座ったランスロットを、アランは生気のない眼差しで見上げた。
「どうも」
「体調はどうだろうか?」
問われてアランはこれ見よがしに深いため息を吐く。
「はあー……別に……もう薬をやろうとは思っていません」
「そうか」
肌艶や身に着けている衣類は清潔だが、幽鬼のような印象を与えるアランを、ランスロットは無遠慮に観察した。
「で、なんですか。その制服は。警邏部はやめたんですか」
「特別捜査部隊の制服だ。モールフィ事件を受けて常設されることになった」
「特別捜査……俺は相当ヤバい薬に手え出したってことですね」
視線を落として深いため息を吐くアランに、ランスロットは追い打ちをかける。
「そもそも、どうしてモールフィに手を出したんだ」
「どうもこうも、ジュールの奴が好きなだけ持っていけと、押しつけて来たんですよ。パーシバル副長の聴き取りにもそう伝えてます」
「押しつけられた薬を中毒になるほど飲んだのか」
アランの瞳に暗い興奮の色が乗った。
「普通の痛み止めだと思ったんだ。気づいたら量が増えてこうなっていた」
「飲んだ薬は全てジュールから貰った物か」
相手が興奮しても変わらず淡々と問いかけるランスロットを、アランは睨みつけた。
「他にどこから手に入れるっ。高級そうな箱に入ってたから、ヒースにでも貰ったのかと......」
「箱とはどんな形状だ。ジュールの遺品にはなかった」
「詳しくは覚えてない……知らない」
「中身は粉か? 聴取記録には薬物を摂取したとしか記されていなかった」
「俺は罪人じゃない!」
大きな声を上げるアランを、進み出て来た職員が止める。
「ここまでにしてください」
なだめられながら連れて行かれるアランの丸くなった背を眺め、ランスロットは頭の中を整理した。
「あまり興奮させるのは良くありません」
戻って来た職員に苦言を呈され、ランスロットは素直に謝罪する。
「申し訳ありません。現在、騎士団として事件の再捜査をしています」
「ああ、なるほど、ただの面会ではないのですね」
納得した様子の職員はポンと手を打った。
「先ほど、所持品の話をされていましたね。彼が隠し持っていた粉でしたら、こちらで保管しています。必要ですか」
敏い職員の言葉に頷いたランスロットは、再び所長と面会し、アランが所持していたモールフィらしき薬包の引き渡し許可を要請した。
「後ほど、アルセリア王国騎士団より、正式な文書を送らせていただきます」
一言残し、ランスロットは帰国の途についた。
城外にあるベルトラン家の屋敷はところどころ、修繕が間に合わずさびれた様相を呈している。庭も手入れが行き届かないようで、雑に刈られた草の跡を踏みしめながら、腰の曲がった執事に案内された。
「ハリアー殿か、久方ぶりですな。特別捜査部隊の隊長に昇進したとお聞きしました。おめでとうございます」
「恐れ入ります」
挨拶の最後に添えられた言葉に、パーシバルは静かに答える。彼はノルディアの療養所に入所中のアラン・ベルトランの自宅を訪ねていた。対応に現れた父親に、元部下の面影を強く感じる。
「アランに似て、立派な体格をお持ちですね」
身長は低めながらがっちりとした体格で、目つきは鋭い。
「……それは、嫌味ですかな」
「いえ、アランは膂力も強く、真面目で努力家でした」
悋気が強く支配的な性質も把握していたが、ことを荒立てる必要はないので黙っておいた。
「はあー、そうです。愚息ですが、近衛騎士として立派に勤めていた。商家の息子なんぞにそそのかされたりしなければ……アルドレイ隊長は辞任したそうですな」
元黒狼隊長のガレス・アルドレイは、昨年末に辞任に追い込まれている。
「部下たちの管理が行き届かなかった責は副長だった自分にもあります。申し訳ない」
恨めしそうな眼付きになった父親は、背もたれに背を預けて再び大きなため息を吐いた。
「ところで、一体何の御用で」
本題に入ったところで、パーシバルは元黒狼隊副長の顔をやめ、特別捜査部隊長として毅然とした口調に変える。
「アランの部屋を改めさせてもらいます」
差し出された捜索許可証が、怒りに震える手によって握り潰された。
「無礼な! 旧くから続く我がベルトラン家を捜索だと?」
パーシバルは立ち上がって、表情を消す。
「そうだ。俺だけが来ているのは、ベルトラン家に配慮した結果だが、承知しないというのなら、騎士を大勢引き連れてくることになる」
怒りを鎮めようと体を震わせているアランの父親をパーシバルは黙って眺めた。
屋外で控えていた特別捜査部隊の騎士を引き入れて、アランの自室を再捜索したが、目ぼしい収穫はなかった。
診察を調整しながら検査して一段落した数日後、検査の結果が出た。
「ケホッ、ケホッ、んん、失礼……成分が違うのは確かですね」
結果をまとめた報告書を手に、復帰したばかりのチェリーナが言う。ナックルとローズは揃って深く頷いた。研究室を本格稼働させてから初となる結果報告書の提示に緊張が募っている。
「先ほどランスロット副長が戻られましたので、彼も交えて改めて明日会議を開きましょう」
ランスロットが持ち帰ったアランが隠し持っていた粉の話に、ナックルが喜んだのは言うまでもない。




