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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第一章
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閑話-1☆吾輩は犬である

 吾輩おいらは犬である。柴犬である。名前は近頃、コタロウと呼ばれている。

 気づいたら大きな何かに抱き上げられて母さんや弟妹から引き離されていた。大きな何かとは人間で、おいらは馬車に乗せられて、次に汽車に乗せられて、とうとう船にも乗せられて、生まれた場所から遠いところまで運ばれた。

 おいらを運んだ人間は低くて悪い声で話す奴で、耳の良いおいらはすごく嫌いだった。乾いて味気ない雑穀を食べさせられてうんざりしていたおいらは、隙を見て悪い声の人間の元から抜け出した。

 気の向くまま、良い匂いの草や花の間をひたすら走り抜けて、気づいたらおいらは、腹を空かせて眠っていた。

 そんなおいらの最初の仲間は、爺という者だった。腰の曲がったしわがれた声を出す人間で、一日に二回、鍋で煮た鶏の肉や茹でた芋を出してくれた。爺のねぐらは山の中の小さい小屋だった。おいらは昼間は山の中を駆け回り、鳥や兎、鹿なんかを追いかけて、夜になると爺の小屋に帰る暮らしをしていた。子犬だったおいらは狩りは下手だったが、爺が食べ物をくれたから生き延びられた。

 ある時爺が食べ物をくれなくなった。寝床から起き上がれなくなったのだ。おいらは爺の周りで大きい声で吠えたが、誰も何も来てくれなかった。

「犬っころ、すまんな。町へ行くんじゃ、山を下りろ」

「クウン、クウン(じじい、元気出せよ、おいら、腹減ったよ)」

「最期に幸せじゃった、ありがとうな」

 爺は動かなくなった。死んだんだと思う。悲しかったがどうにもできなかった。おいらは爺の小屋を出て、死んだ小鳥や良い匂いのする草や木の実を食べながら山を下りた。

「おい、泥棒だ、狐か狸だぞ、追い払え」

 人間は食べ物を捨てる。爺が出してくれた食べ物に似た肉や野菜の屑を食べたら悪い声の人間に叩かれて追いかけられた。おいらは悔しかったが逃げて一匹でさまよった。爺が死んで何処へ行けば良いのかわからない。ただ、山へ戻っても狩りが得意ではないので、食べ物をくれる良い人間を探さなくてはならないことは本能的に理解していた。

 色んな人間のいる町を通り過ぎて、おいらはとうとう王都に着いた。王都は村や町とは比べ物にならないくらい人間がいて、おいらとは見た目が違うものの、犬もいた。ただ、人間と一緒に暮らしている動物は猫の方が多かった。猫は気の強いやつが多くておいらは苦手だ。

「ニャー!!(どっか行け、ボケ犬)」

「ワンワン(腹減った、なんかくれ)」

「ニャニャニャーーー(犬にやるエサなんかないよ)」

 人間にも猫にも追い払われて、おいらは王宮に迷い込んだ、らしい。王宮には王都の奴らより大きい人間がたくさんいて、騎士というらしい。おいらは知らなかったが、騎士の訓練場であるだだっ広い場所を元気いっぱいに走り回った。草が刈られていて土も程よく踏み固められていた訓練場はおいらが思いっきり走るのにちょうど良かった。腹は空かせていたが、走っているうちにどんどん楽しくなったおいらはそこで再び運命に出会った。綺麗な声をした人間の女だ。ローズという名前で人間の病気や怪我を診てやっている優しいやつだ。近寄ると嗅いだことのない良い匂いがした。おいらはローズが大好きになった。爺も悪くなかったが、ローズほど良い匂いはしなかった。

「おいで、コタロウ、今日も疲れちゃった」

 ローズが仕事が終わっておいらを呼ぶ声が好きだ。

「ワンワン(おつかれ、がんばったな)」

「コタロウ、かわいい、大好きよ」

「クンクンクウン(おいらもローズが好きだぞ)」

 ローズの足に頭を摺り寄せると安心するし、ローズの手下のターニャも悪い人間ではないので、おいらはローズの運命として概ね満足している。ただ一つ、首輪と紐だけは気に入らない。ローズのねぐら以外では付けていないとダメだと言われた。おいらが遠くに行かないように必要なんだとローズは説明していた。おいらは運命から離れたりしないのに、ローズは心配性だと思う。

 ローズに診てもらおうと来る中でおいらが特に好きなやつがいる。ルークという名前の痩せているが大きい人間で、ローズに似た良い匂いがする。おいらが遊んでやると喜んで、体中を撫でまわすのが玉に瑕だが、低いが悪くない良い声でおいらを呼ぶから許してやっている。

「キャンキャン(仕方ないから許してやんよ、何かくれ)」

「お、なんだ、コタロウ、そんなに腹減ってんのか。ターニャちゃん、何かない?」

「せんせいから預かったおやつがあるわよ」

 ターニャがルークに差し出した豆を見上げて、おいらは喜びを表すために飛び跳ねてルークの周りを回る。

「アハハ、コタロウは本当に食いしん坊だな」

 ルークの声は低くて心地好い響きだ。

「ワン(そんなに褒めるなよ)」

 ルークの手の上の豆を食べ終わっておいらは、いつもの場所へ戻された。ローズにはターニャ以外にもイーサンという手下もいる。転がして遊ぶ玩具を作った人間だ。ローズのように人間の病気や怪我を診てやっているらしい。悪い声を出したり、大げさに動いたりしておいらを脅かしたりはしない人間だが、薄っすら気に入らない匂いがする。

「君はローズ君といつも一緒で羨ましいね」

 イーサンは真っ白な上着をきっちり着込んでいて、ルークより小さいが同じくらい痩せている。時々虚ろな眼差しでおいらを見下ろして来るところも、あまり好きになれない。

「イーサンせんせい疲れてます? 娘さんの調子、良くないんですか」

 心配そうに問いかけるローズに、イーサンはのろのろとおいらから視線を外してローズに笑って見せた。

「少し、ね。看病で睡眠が足りていないだけだから、気にしないでくれたまえ」

「気にしますよ、大事な上司なんですから。もう今日は帰ってください。予約分の診察は終わってますよね」

 細い目がなくなるくらい嬉しそうな笑みを浮かべて、イーサンは静かにしゃがみ込む。おいらの背中を撫でようとするので、嫌だったがなんとなく我慢して撫でさせてやった。

「ありがとう、ローズ君、コタロウ君」

 空腹なのか、元気のない様子で去って行くイーサンをローズは心配そうな顔で見送る。

「コタロウ、せんせいの娘さんは、まだ治療法が見つかっていない病気なの。時々とても疲れてらっしゃるから、おまえの愛らしさで癒してあげてね」

「キュウン(仕方ねえな)」

 ローズの足にお尻を擦りつけながら、おいらは小さく鳴いた。

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