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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第二章 鉱山からの手紙
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第4話

※第3話と同じ内容が公開されていました。こちら新たに修正投稿しました。

 鉱山の向かいの山にはまだ薄っすら雪が積もっている。


「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」


 ランスロットは我に返って姿勢を正した。久々に会ったイーサンは痩せてはいるが、顔色は良い。腕や背中にはしっかり肉がついている。声も穏やかだが張りがある。ローズに元気そうにしていたと伝えたい下心もあり、彼の様子をしっかりと観察した。


「元粉屋とは先ほど話しました。近衛騎士にモールフィを売ったのは自分だと証言するよう、見知らぬ男に脅された、と」


「はい、採掘場から下りる途中で、穴に落ちたそうです。骨折で済みましたが、本人は死を感じたらしく、私に全てを懺悔してきました。脅された上に、金も貰ったそうです。嘘を吐いたまま死にたくないと言っていたので、おそらく真実なのでしょう」


 イーサンは考え込むランスロットを静かに眺めている。互いに探り合うような視線が交錯した。


「もちろん、私も以前証言した通り、ジュール君にモールフィを譲っていませんし、入手ルートも教えていません」


 裁判では入手先に関する詳細は重要視されておらず、深堀りされていない。


「あなたも、ジュールの中毒死はおかしいと思っていますか」


 イーサンはしっかり首肯する。


「何より……ジュール君が亡くなったのは、私が液体抽出したモールフィをミシェルに渡すようになってすぐでした」


 ジュールが中毒死した時、パーシバルが上司として違和感を抱いていたと以前聞いた。ランスロットは彼の懸念が正しかったのだと思い至る。


「彼が液体モールフィを入手している可能性は低い、だが元粉屋は売っておらず、ジュールがどこからモールフィを入手したのかは不明」


「そうなりますね」


 煤に汚れた白衣を着ているが、イーサンはどこか吹っ切れているように見える。ランスロットは最後に気になって聞いた。


「これは個人的な質問なので、答えなくてもかまいません」


「……どうぞ」


「あなたは、今に……後悔はありませんか」


 イーサンは黙って視線を床に落とす。ランスロットは返答を待たず立ち上がった。


「再捜査と検査は進みます……ローズせんせいには、あなたは医師として頑張っているようだと、伝えます」


 イーサンは膝の手を握りしめてから、顔を上げた。細い目がなくなるような笑顔を見せる。


「どうか彼女には、医師として信じる道を、と伝えてください。私にはできなかった」





 ノルディアから厳重扱いで届いた小包を、ヴィヴィは引きつった笑みで受け取った。


「届いたか」


 陽当たりの良い詰所に戻ったヴィヴィは、端的な質問を寄越す美丈夫な上官を見上げる。


「はい、これ、禁止薬物ですよねえ。本当に私が処理したり立ち合ったりするんですか。こわーい」


 怯えの台詞が棒読みで、パーシバルは苦笑を漏らした。


「保管庫から持って来る時も同じことを言っていたな」 


「モールフィのこと、嫌いになりそう」


 面倒くさいのだと全身で語りつつ悪びれた様子のないヴィヴィを、ヒースレッドは離れた位置から奇異な者を見る目をして眺めている。


「むしろ嫌いでいいがな」


 律儀に答えるパーシバルに、ヴィヴィは冷めた目で肩を竦めた。


「ちゃちゃっと書類書いちゃいます。ヒースレッド君、この小包を見張っててくださーい」


「あ、はい」


 指名を受けておずおず近づいたヒースレッドは、流麗な文字を高速で綴って行くヴィヴィの手元を注視した。


「保管庫から出したものはもう、医局にあるのか」


「はい、この小包待ちです。先に検査してもいいけど、比較した方がわかりやすいだろうって、あの、もじゃもじゃ頭のせんせいが言ってました」


 もじゃもじゃ頭で、吹き出しそうになるヒースレッドを、ヴィヴィが上目にチラリと見る。


「すごいもじゃもじゃ頭、美人過ぎる女医、おまけに東方の犬……医局ってサーカスみたいですねえ」


 パーシバルが低い良い声を響かせて笑い出した。ヒースレッドも肩を震わせる。危険薬物入り小包を監視している緊張感がすっかり薄れてしまった。


「さて、書けた。じゃあ、持って行きますかー」


 軽い口調とは裏腹に慎重に小包を手にしたヴィヴィは、足早に退室した。各班、街中や王宮内に情報収集へ出向いており、詰所にはもう二人しか残っていない。


「では、ヒースレッド……ジュールの記録の洗い直しだ。手伝え」


「はい」


 ジュールの名の一瞬前のパーシバルの躊躇いに共感し、ヒースレッドはゆっくり頷いた。





「風邪薬の在庫が足りません。発注数を間違えてしまって……」


 震える声で報告されて、ローズは頷いた。


「そう、大丈夫よ、セイラ。ミスは誰にでもある。忙し過ぎだから、仕方ないわ」


 涙を落とさないよう何度も目を瞬かせたセイラは、深く腰を折る。


「申し訳ありませんっ」


 大雑把な傾向のあるローズやナックルより丁寧に仕事をするセイラだったが、騎士団で風邪が流行したせいで、連日対応と雑務に追われていた。


「いいの。はい、謝罪は受けた。じゃあ、悪いけど、問屋街に行って貰おうかな。処方しておいた薬は後で一括で騎士棟に届けちゃえばいいし、自宅へ帰る人には薬到着まで、帰らず待っていてもらおう」


 がばっと起き上がったセイラの緑色の目には凛とした光が戻っている。


「はい!」


 医局長代理を任命されてから着るようになった白衣の腕をめくり、ローズは診察室を出た。受付には騎士が数名咳き込みながら診察を待っている。後から付いて来たセイラは受付奥へ入って外出の準備を始めた。


「ターニャ、セイラは問屋街にお使いへ出すわ。一人になるけど」


「はい、わかりました」


 冷静に請け合うターニャに心強さを覚えていると、階段の方からチャコールグレーの制服が近づいて来るのが見える。


「事務の子が来たってことは……ノルディアから届いたのね」


 指を擦り合わせながら、ローズは作業の優先順位を考えて小声でつぶやき出した。


「ええと、いったん診察を止めて、物を受け取って……ああ、そうだ、ナックルも診察終わったら一回止めないと」


 風邪引きの騎士たちは、自分たちを見回してどうしようか考えているローズにぼんやり見惚れていた。




 真剣な表情で小包を凝視するローズを押しのけ、ナックルは気軽な手つきで包みを開けた。封筒をびりびりと破る姿を見られて以降、彼女に封開け役は回って来ない。


「全部で十包ある」


「はーい、申請通りですね。証拠は五包しかないんで、大事に検査してくださいね、また新たに持ってくるのは、ちょっとめんどう……いえ、大変なんで」


 途中で本音を交えつつ、ヴィヴィが書類にチェックを付ける。


「はい、じゃあ、もじゃ……ナックルせんせいか、ローズせんせい、どちらかがチェックしてサインしてください」


「もじゃ?」


 ヴィヴィの言葉の途中で出て来た単語に引っ掛かりつつ、ローズは言われた通りサインする。ナックルも手袋を二重にしていそいそとマスクを付けた。


「すぐに検査したい」


 頬を引きつらせるローズに、ナックルは真剣な表情で迫る。


「頼む、頼む」


「近い!」


 ナックルを押しやったローズは大きく息を吐いた。


「診察予約がまだ残ってるから、終わってから……と言いたいところだけど、いいわ。こうなったナックルを説得する方が手間だし」


 肩を落とすローズに、ヴィヴィが同情交じりの視線を向ける。


「……じゃあ、後で結果を聞きにきまーす」


 ヘラリと笑って去って行くヴィヴィを見送り、ナックルは意気揚々と器具の点検を始めた。


「ここは任せる。けど、私が今日代わって担当した患者の分、後で残業してもらうわよ」


「ああ、感謝する。ワーロング」

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