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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第二章 鉱山からの手紙
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第3話

 小雨が降っている。馬に荷物を括り付けて雲が濃い空を見上げたランスロットは、雨具のフードを被って馬の鼻面を撫でた。


「なんで副長自ら行くんだ。俺が行くっつってんのに」


 背後から声がして振り返ると、訓練着姿のメルヴィンがいた。


「お前も副長だろう」


「そんなもん、お前の方が……上だろうが」


 言葉が浮かばずもどかしい顔になるメルヴィンに、ランスロットは少しだけ口の端を持ち上げる。


「ふっ、メル、心配するな。このところ、しっかり眠れている」


「風邪引くんじゃねえぞ。ほら、これ」


 ポケットから包み紙を差し出され、ランスロットは受け取って首を傾げた。


「薬か」


「違え、飴だ。のど飴……ローズがお前に渡せって」


「ローズせんせい、だろう」


 気安い呼び方を咎めるランスロットに、メルヴィンはニヤリと悪戯な笑みを浮かべる。


「ああ、ローズちゃんせんせいな」


 懐かしい呼び方に似せていた。声もなく笑って包みを開いて飴を口へ放り込んだ。


「行って来る。後は頼んだ」


「おう、気を付けろ」


 手を振る友に見送られ、ランスロットは騎乗の人となった。





 小柄な記者は、チャコールグレーの制服姿で現れた騎士二人を見て、目を丸くする。


「これはこれは、王都特別捜査部隊のお二人ですね、どうぞ」


 床に積み上がる新聞の山を避けながら、メルヴィンとルークは案内されたカウチに座った。


「忙しいところすまない。アンタが言う通り、俺たちは特捜の騎士だ」


「はい、そちらのお若い方は、二度ほど会ったことがありますから」


 好奇心にあふれた眼差しで落ち着きなく二人を見上げる小柄な記者に、メルヴィンは苦笑する。


「俺は副長を任されているメルヴィン・モーガンで、こいつはルーク・レコメンド。これからも時々話を聞きに来るから、覚えておいてくれ」


「承知しました。ご存知でしょうが、僕はエリオット・グレイです」


 丁寧に名乗って人好きする笑みを浮かべたメルヴィンに続いて、記者も名乗りを上げた。


「去年はモールフィの事件について色々調べていたよな」


「はい、騎士の皆様の努力もあって、年明け以降は静かになりましたね」


「騎士団で、末端の売人まで相当数締め上げたからな。新たな不審死や中毒者の報告は受けていない。アンタの方でも、聞いていないか」


「ちょっとすみません、先に。お茶をお願いします」


 事務員が紅茶と菓子を運んで来た。愛想の良い二人の騎士は笑顔で受け取る。ざっくばらんな口調で大柄で偉丈夫ながら、メルヴィンの雰囲気は柔らかい。エリオットは紅茶で喉を潤してから冷静に答える。


「モールフィ事件に関しては、僕も色々と思うところがありますから、事後取材もしていますが、新たな流行の話は聞いていませんね。紳士倶楽部なんて、すっかり大人しくなって、酒や女を減らしているようですよ」


 エリオットの台詞に、ルークが掠れた声を上げた。


「へえ、そうなんすか。あのいかがわしい感じの主催の人も懲りたんすね」


 ヒースレッドと共に紳士倶楽部の捜査に出向いた去年のことを思い出した。エリオットともそこで初めて対面している。


「ええ、上流のことは僕より騎士様の方がご存知でしょうが、静かなものです」


「そうか、わかった。助かった、礼を言う」


 頷いて話を終わらせようとするメルヴィンに、エリオットが食い下がった。


「ええ、そっちだけ話を聞いて終わりですか。フェアじゃないなあ」


「おお、相変わらずギラギラしてるっすね」


 ルークの合いの手に、メルヴィンは苦笑する。


「茶化すな、ルーク。何か聞きたいなら、話せる範囲で話す」


 エリオットはしばし考えた末に視線を落とした。


「ミシェル・ムーが薬を入手したルートはノルディアからでいいんですか」


「直球が来たな」


 メルヴィンは腕を組んで渋い顔になる。


「ノルディアでは一昨年くらいまで、流通してましたよね。療養所も建ったくらいですから」


 探るようなエリオットの眼を見返して、メルヴィンは低く言った。


「まあ……言えるのは、疑わしい奴はもうアルセリアにはいないってくらいだな」


 遠回しな回答に不満そうなエリオットに、ルークが話を逸らす。


「そういえば、エリオットさんてジュールさんと同級生だったんすよね」


 話を逸らそうと出した話題が、記者には響いたらしい。


「ああ……その話ですか。僕がモールフィ事件に興味を持ったきっかけです。卒業してからは会えてなくて、最初に聞いたのが訃報でした。ジュールは、騎士科だけど気取っていなくて、真面目で親切ないい奴でした」


 重くなった空気を気にせず、ルークがのんきにメルヴィンを見上げた。


「騎士科って気取ってるんすか?」


「ああ? 俺らには当てはまらねえけど、貴族出身も多いからな」


「メル副長も貴族じゃないっすか」


「んあ、領地がねえ貴族なんて名前だけだ」


 元の話をはぐらかされたと気づいた時には、チャコールグレーの制服姿の二人の騎士は、お土産の茶菓子を持って去って行った。




 雨が上がった夕方、警邏部時代に顔を出していた繁華街の店を回って、異動になった報告の(てい)で話を聞いた。


「どこの店も、やばそうなのは見かけなくなったって言ってましたね、ゴホッ」


「ああ……ほれ、のど飴舐めとけ」


 声の掠れと咳が残っているルークに、メルヴィンはローズから貰ったのど飴を分け与える。


「あざーす。てか、メル副長、飴が似合わねえっす」


「ローズに貰ったんだよ」


「え、せんせいに」


 途端に顔を明るくさせたルークは、大事そうに包みを開いた。


「お前にじゃねえぞ。ランスにって。北へ行くからって」


「そうっすか。せんせい、ランス副長のこと、好きなんすかね」


「……さあな。飴ぐらいで何言ってやがる。いいから次行くぞ、花街と貧民街も」


「ういっす、ゲホッ」


 ルークの頭を大きな手でかき回し、メルヴィンは大股で歩き出す。点灯夫の姿が目立ち始めている。花街では腹の出た初老の門番が表門に立っていた。


「あれ、メルの旦那じゃないですか、こりゃあまた、いい感じにくたびれた色の制服になりましたねえ」


「おお、こっちのが似合うだろ」


 嫌味交じりをものともせず、メルヴィンは笑顔で近づく。あからさまに顔をしかめる初老の門番の肩に手を回し、メルヴィンは小声で聞いた。


「なあ、まだ、ヤバそうな薬売ってるヤツはいるのか」


 騎士の太い腕を外そうと試みて失敗しつつ、門番が答える。


「もう、聞きませんよ。本当ですって」


 メルヴィンが腕を解いたところで、ルークが聞き方を変えた。


「例えば、あんまり質が良くない痛み止めの話とか聞きませんか」


 解放されて気が緩んだ瞬間を狙う。勢いよく首を左右に振る門番に恨みがましい目で見送られ、二人は外側から裏門へ回った。花街は表門と裏門、二つの門からしか出入りできない。裏門の門番は人の好さそうな笑顔で、質問にも素直に答えた。


「冬の入り口くらいには聞きましたが、最近はもう、ありません」


 二人は礼を言って、最後に貧民街でも噂の聞き込みをして、完全に日が暮れた後で王宮へ戻った。

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