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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第二章 鉱山からの手紙
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第2話

 風が温くなって来た春の日、任官式を終えて本殿を出た騎士たちは皆、真新しいチャコールグレーの制服に身を包んでいる。


「この色、渋くていいっすね。ゲホッゴホッ」


 元気に感想を述べた後で咳き込んだルークの背をヒースレッドが軽く叩いた。


「大丈夫か?」


「うん、昨日から喉が痛くてさ、咳と鼻水が……ナックルせんせいが朝、俺の顔見るなり風邪だって言ってきて、ずずっ」


 今度は鼻水を啜るルークの頭をメルヴィンが小突いた。


「晴れの日に風邪引くんじゃねえよ」


「俺だって引きたくて引いたんじゃないっす」


 次々と騎士棟へ吸い込まれるチャコールグレーに続いて、ルークたちも足を速める。


「わあ、明るいっすね」


 二階最奥の詰所兼執務室に入って開口一番、のんきな声が上がって、騎士たちにさざ波のような笑いが広がった。ルークの無邪気な発言はいつも場を和ませる。


「ああ、チェリーナに感謝するんだな」


 雑多な印象しかなかった詰所が、チェリーナの采配で丁寧に整えられていた。一人ずつ衣類や荷物、剣や防具を収納できる仕切り付き棚は、警邏部では見かけない代物だった。


「チェリーナ補佐官、ありがとうございます」


「あざーっす」


 パーシバルの言葉に従い、素直に謝礼するヒースレッドに、ルークも続いて会釈をする。


「いえ……補佐官はいずれ返上する予定ですから、参謀長と呼んでください」


「おお、なんか、かっけえ」


 薄く笑ったチェリーナは、頬に血を上らせてけだるそうな表情をしていた。


「ランスロット副長、メルヴィン副長、チェリーナ参謀長、隊長である俺、以上が特捜の幹部となる。事務的な作業は全て事務官が統括する」


 パーシバルが補足すると抗議の声がかぶさる。


「ええ、チェリさんがいるのに私ですか」


 肩までの長さの蜂蜜色の髪でサイドに一本だけ三つ編みを垂らした、二十代前半に見える女性が驚きの声をあげた。


「そうよ、改めて、名乗っておきなさい」


「えー? さっき任官式で名前は呼ばれてましたよ」


 面倒くさそうに渋る女性事務官に、皆の注目が集まった。


「君以外は皆顔見知りなんだ」


 パーシバルの笑顔に圧を感じ、一瞬だけ頬を引きつらせた彼女は、頭を下げつつ挨拶をした。


「わかりました。改めまして、ヴィヴィ・バークレーです。バークレー事務官とか呼ばれると背中がかゆいので、ヴィーと気軽に呼んでください。名前は気軽に呼んでもいいけど、仕事を振るのはほどほどで。難しいことはチェリさんに聞いてくださーい」


 室内が静まり返る。チェリーナが咳き込みながらフォローした。


「ヴィーは私より計算も筆記も速いわ。ゲホッ、ゴホッ……頼りにしています」


「えー? はーい」


 戸惑う騎士たちを見渡して、ヴィヴィは髪と同じ蜂蜜色の瞳を細めてヘラリと笑った。




 任官式翌日から、ルークは風邪をこじらせて寝込むことになった。三日後、熱が下がって再度医局に受診のため訪れている。


「ルークでも風邪を引いて寝込むのね」


 眉をひそめながら言うターニャに、ルークは力なく答える。


「ひでえや、ターニャちゃん、ゲホッ」


「はい、マスク。せんせいが待ってるから、どうぞ」


 ルークに気づいて受付奥から出て来たコタロウを撫でてから、彼は診察室へ入った。カルテを眺めていたローズが顔を上げて笑顔になる。


「調子はどう?」


「はい、熱は下がったし、もう、ちょっと咳が残ってるくらいで、平気っす」


 柔らかそうな素材の上着を着て、だるさの残るぼんやりとした表情をしたルークを、ローズは医師の目で冷静に観察した。


「そう、良かった。じゃあ、咳止めといつものお薬だけ出しておく」


 額にだけそっと触れて熱の有無を確かめて、カルテに詳細を記入する。


「ういっす」


 頷いても席を立たないルークに、ローズは小首を傾げた。


「なあに?」


「あの、イーサンせんせいの手紙の話っす」


「うん、特捜で再捜査するって聞いてる」


 頷いてルークは、顔を背けて咳き込んだ。


「ゲホッ、ゴホッ、すんません。本当はすぐ動き出す予定だったんすけど、チェリーナさんも風邪引いちゃってるから」


 ルークは熱が下がったが、同じ日に寝込んだチェリーナはまだ、解熱剤が切れると熱が上がってしまう症状が続いている。


「後で、ランス隊長じゃなくって、副長が診察終わった頃に来るんで、お願いします」


「ええ、わかった。ルーク君は、今日はもう宿舎戻って寝ること。仕事は明日からね」


 念押しするローズを見て、ルークははにかんで答えた。


「ういっす、ありがとうございます」




 医局が軍務局管轄へ変わったのを契機に、騎士の継続治療も担うことになった。騎士団で風邪が流行っていて、連日予約が限度まで埋まっている。


「健康診断もしなくちゃいけないわよね、ああ、予算も組み直しだっけ、うう」


 医局長代理として処理しなくてはならない書類が溜まってしまい、今日もまた残業となった。


「失礼します、ランスロットです」


 扉を叩く音に続いて低い声が名乗る。ローズは書類を放り出し、目元をぐりぐりと押した。


「はい、どうぞ」


 ルークの予告通り現れたランスロットは、見慣れないチャコールグレーの制服を着ている。


「お忙しいところ、すみません、せんせい」


「いえ……ランスさん、その色、いいわね。似合ってる」


 見惚れたことを誤魔化しながら、笑顔で告げるとランスロットは丁寧に礼を言った。


「そうですか、ありがとうございます。身が引き締まる思いです」


「なんだか私が任命したみたいになってるわよ、ふふ」


「ふっ、いえ」


 互いに視線を落として一瞬だけ沈黙した後で、ランスロットが我に返る。


「その、アシッド医師の手紙で再捜査になった件で、研究室のお力を借りたいと」


 彼は伸びたせいで落ちて来た前髪を撫でつけた。顎に指をあてて一瞬考えたローズは立ち上がる。


「じゃあ、ナックルも一緒に話を聞いた方がいいと思います」


 受付嬢たちは帰らせたので、自らナックルを呼びに行く。ナックルの診察室で駆けずり回っていたコタロウも一緒に連れて来た。


「ワフ」


 ランスロットを見つけて嬉しそうに駆け寄る柴犬に、ローズは目を細める。彼はコタロウを撫でてから、ナックルに声をかけた。


「ナックルせんせい、あなたが予想した通り、検査をお願いすることになりました」


「ああ、そうなると思っていた」


「予想した通り?」


 ローズが続きを促して、ランスロットは固い声で続ける。


「はい、王都で初期に出回っていた粉末モールフィと、ノルディアで流通していたモールフィは成分が違うのでは、という推測です」


 ナックルは腕を組んで頷いた。


「ノルディアでは、致死率が高いが、使いようによっては優れた鎮痛麻酔薬としても利用できる粉末が出回っていた。アルセリアで流通していた粉末はおそらく、鎮痛麻酔薬としては下の下となる混ぜ物がされていたんじゃないか、とこれは俺の推測だ」


 遊ぼうとランスロットの足に齧りつくコタロウを引きはがし抱き上げる。ローズは愛犬の背に頬を擦り寄せた。


「同じ粉末でも成分が違うかもしれないから、検査?」


「ワーロングにもわかりやすく説明してやってくれ」


 ナックルを睨みつけるローズを、ランスロットがじっと見つめている。


「ジュールが中毒死した原因がモールフィであるのは事実ですが、彼の遺留品からは、モールフィ粉末も液体も出て来ていないので、彼がどの形状のどのような純度のモールフィを摂取したのか、不明なんです」


 ようやく腑に落ちた顔になるローズに、ナックルが付け加える。


「初期に流通していたモールフィが俺の予測通り混ぜ物入りだとしたら、それを摂取して急性中毒になるには、相当な量を長期間摂取していた、と仮定しなくてはならない。その点も疑問だ。とにかく、薬の検査はしておいた方がいい」


 ナックルの発言に頷いたランスロットは、小さくため息を吐いた。


「検査をお願いする傍ら、俺は、証言を取りに北方へ行きます」


「鉱山へ行くの?」


「はい、鉱山でアシッド医師と売人から改めて証言を取り直します。その後で、ノルディアにも行きます。ノルディアではジュールと近しかった元黒狼の騎士が入所している療養所まで、足を延ばして話を聞いてきます」


 ローズはコタロウを抱きしめて大きな目を瞬かせる。


「無理しないでね、ランスさん。前より顔色はましだけど」


「はい……ありがとう、ございます」


 そっとコタロウに手を伸ばし柔らかな毛を撫でたランスロットは、静かに席を立った。

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