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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第二章 鉱山からの手紙
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第1話

 ローズの診察室へ通されたルークは、当然といった顔でついて来るナックルに胡乱な視線を送る。


「ナックルせんせいは別にいなくてもいいっすよ」


 口を尖らせて追い出そうとしてみるが、ナックルは意に介した様子もなく、ローズの背後に立った。痩身だが長身なので威圧感がある。


「読んだら見せるから、後ろに立つのはやめて」


 呆れた声と同時に軽く押されてよろめいたナックルは、大人しく空いている診察台に腰かけた。ルークは静かにローズ対面の椅子に腰を下ろす。びりびりと指で封を切るローズに、ナックルもルークも同時にぎょっと目を見開いた。


「せんせい?」


「カッターを使え」


 二人の苦言を無視したローズは、便箋の端が少し切れたのを見て頬を引きつらせつつ、内容に目を走らせる。




【――親愛なるローズ君。




 元気にしているだろうか、北に位置しているせいか、山の中のせいか、暦は春だがまだ寒い日々が続いている。医師と雑役を兼ねる判決で鉱山入りをしたが、気づいたら医局時代より医師として働く時間が多いくらいだ。重労働で体を壊す者が多く、一人で診ていては追いつかないほどだ。クララのことは治せなかった。生きている限り、目の前の患者を治療し続けようと思っている。


「せんせい、あっしはアンタがいなきゃあ、もう死んでましたよ」


 そう言って慕ってくれる者もいる。彼の名はK、N、Yだ。彼は私と似ている。彼も反省と償いの日々のようだが、なんでも、嘘をついたことを後悔していると言っていた。リーガルン第一部隊長殿には世話になったのに、保身のために嘘をついてしまったそうだ。


 ローズ君は、部隊長殿とは交流があったと記憶している。どうか、彼の謝罪を伝えておいて欲しい。


 さて、私がこのような手紙を書いたのは、もちろん君へ重荷を背負わせてしまったことへの謝罪の意味もあるが、カルテを確認して欲しい。私は亡くなった騎士ジュール君に薬を処方したことはない。記録を調べてもらえばわかるだろう。


 ナックル・リー医師にもこちらへ来るまで大変世話になったと謝礼を伝えておいてくれたまえ。


 ローズ君、君がコタロウやターニャ君、セイラ君と笑顔で日々過ごすことを切に願っている。




――感謝をこめてイーサン・アシッド】




 手紙を読み終えたローズは、口を噛んで天を仰いだ。びっしり生えた睫毛を何度も瞬かせる彼女を、ルークもナックルも静かに見守る。


「んん、ルーク君、これ、読んで」


 渡された手紙を読んだルークは、読み終えてナックルにも渡した。


「この、K、N、Yというのは……暗号か何かか」


 ナックルの問いに、ローズとルークは目を合わせて同時に小首を傾げる。


「何か、伝えたいことがありそうな意味深な感じね」


 ナックルは診察台から立ち上がり、そのまま診察室を出た。


「手紙、持ってっちゃいましたね」


「多分、ジュールさんだっけ、騎士のカルテを取りに行ったんじゃないかしら」


 予想通り、ジュール・メイスンのカルテを手に戻って来たナックルは、カルテを開いて二人に見せる。


「頭痛薬を処方している。弱い鎮痛薬だ。処方していないというのはモールフィのことじゃないのか」


「ああ、なるほど、そういうことっすか」


 納得した様子のルークを、ローズが恨めしそうに見た。


「どういうこと?」


「いやあの、イーサンせんせいの言いたいことが繋がったっす」


 後頭部をかきながら答えるルークが、どう説明しようか首を捻っている間に、ナックルが先に始める。


「手紙でこのイニシャルKNYだけで示されている者は、おそらく、モールフィ事件で捕縛されて労役中の者のことだろう。KNYが、このカルテのジュール・メイスンについて証言した内容に嘘があったと、アシッド医師に話したんじゃないか。それを、ワーロングに伝えようと手紙を書いた」


「あの、末端の売人のことを、隠語で粉屋って呼ぶんすよ。粉のKとN、屋のYって意味じゃないすかね」


 二人の推理に思考の回転が追いつかず、ローズは黙った。


「ええ、そんな手紙、私じゃわからない」


「君が騎士に見せることを織り込み済みでの手紙だろう」


 ナックルの言葉にルークも頷いている。


「ジュールさんに薬を処方していないっていうのは? してるのに」


「それは、なんすかね、ちょっと、証言記録と照合した方がいいっすね」


「おそらく、アシッド医師は、ジュールとやらにモールフィを提供していない、そう言いたいんだろう。詳しく書くと検閲に引っ掛かって手紙自体送るのに時間がかかりそうだから、暗示のような書き方をしたんだろうな」


 ローズはナックルを見上げて呆れた顔をした。


「この手紙だけでそこまで考えつくんだ、本当に頭の回転だけは速いわよね」





 騎士棟に足を踏み入れたパーシバルは二階の最奥を目指す。扉を叩いて開けた彼は、温まった室内の空気を吸い込んで口元を緩めた。


「陽当たりがいいな」


「はい、条件の良い部屋を確保しました」


 眼鏡のつるを押し上げて答えるチェリーナ・トポロジーに、パーシバルは苦笑する。


「あとは、制服か」


「はい、もうすぐ届きます」


「楽しみだな。臨時の時は皆それぞれの部隊の制服だったからな」


 パーシバルは壁に並んだ空のハンガーを眺めた。


「この机は?」


「はい、副長二人と事務官のものです」


「事務官は君が選んだんだったか」


 選抜された騎士のリストをめくりながらパーシバルが問う。


「はい、総務部に頼み込んで引き抜きました」


「それ以外は馴染みの者ばかりだな」


「はい、皆、気勢を上げています」


 チェリーナも副団長補佐官と第十三部隊所属のまま、王都特別捜査部隊参謀を引き受けた。


「制服は鮮やかなエメラルドグリーンを選びましたが、よろしいですか」


「え? いや……落ち着いたグレーにしただろう」


 生地見本に埋もれた日を思い出し、頬を引きつらせるパーシバルを、チェリーナは無表情に見つめる。


「そうでしたか、では、隊長だけエメラルドグリーンで」


「……チェリーナ、はしゃいでいるな」


 揶揄っているのだと気づいて、パーシバルは柔らかく笑った。多忙すぎて明晰な頭脳のねじが数本、行方不明になっているらしい。チェリーナは自分用に高さを調節した椅子に腰を下ろして、背もたれに身を預けた。


「隊長は王宮きっての色男でいらっしゃいますから、きっと派手な色も似合いますよ」


「おい、本気か」


 急に不安そうに薄い水色の目を瞬かせるパーシバルに、チェリーナは口の端片方だけ持ち上げて見せる。


「どうでしょうね」

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