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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第一章 医局は再び動き出す
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閑話☆弱火の鍋と、燻された想い

 鈍い音がして、訓練用の刃潰しの剣が飛んで行った。乾燥した砂が舞い上がり、ランスが膝を着く。明らかに彼の頬はこけていた。


「久々に取った一本がこれじゃ、張り合いがねえよ」


 呆れた俺の呟きに、ランスは僅かに眉尻を跳ね上げる。昔から感情をあまり顔に出さない彼だが、部隊長に昇進してからは、意識して無表情を保つようにしているらしい。


「面目ない」


 短く答えて再び構えを取るランスに、俺は首を左右に振る。


「もうやめる。てか、訓練は休んで昼寝でもしとけ」


「部隊長が訓練に出ないなど示しが付かない」


 淡々と答えているように見えるが、ランスは意外と強情で、一度決めたら曲げない。顔が綺麗な上に小柄で華奢だった、十代前半の頃から、変わらない。


「休むぞ、来い」


「断る」


「担ぐぞ」


 俺の本気が伝わったのか、担がれるのはごめんだと思ったのか、ランスは部下や他の部隊の面々に声をかけてから、俺の後に続いた。部隊長に与えられた執務室へ、部屋の主より先に入る。


「暑いな」


 冬だが汗をかいている俺と異なり、ランスはすました様子でカウチに座った。壁に寄りかかって汗を拭いながら、珍しく背を丸める友人のつむじを見下ろす。


「あと少しで、引き継ぎ資料を作り終える。清書は庶務に頼んだから、多少は眠る時間も増える」


「ああ、別に無理すんなって言う気はねえ。ただ、限界を見極めろってだけ」


「……学園で、お前に担がれたことがあったな」


「んあ? そうだったな」


 見慣れていないと気づかない程度に口許に笑みを浮かべるランスの濃い金髪を眺めながら記憶を辿る。




「遠慮はいらない」


 ぐんぐん背が伸びて、同年代より頭二つほど縦横に大きかった俺は、同級生との仕合では毎回手加減を心がけていた。教師は遠回しに怪我をさせるなと訴えていたし、俺自身も己の膂力の扱いに自信がなかった。


「遠慮しねえと怪我させるんだよ」


 模擬仕合の合間に文句を言われた俺は、不貞腐れて反論する。


「避けるし、もし、倒れたらお前が俺を担げばいい」


「はあ? マジで言ってんのか」


「本気だ。本気のメルに勝てるようになりたい」


 ランスが旧式の(かた)を習って仕合に応用するようになり、俺以外の相手からは勝利を取っている様子を間近に見てきた。


「そこ、仕合中は私語禁止だ、はじめ」


 注意され口を閉ざした俺たちは、構えて打ち合いに戻る。防御を無視した踏み込みの鋭い突きを、剣で受け止める。ランスの体重は軽いが、攻撃は重い。力任せに振り払うと、ランスが吹っ飛んだ。


「やべ」


「いい! 来い!」


 加減を間違えたと焦る俺を、声変わり前の甲高い声が一喝する。


「ちっ、知らねえぞ」


 舌打ちして斬りかかる俺の剣を、ランスはひらりひらりと交わして行く。当たらない。合間に鋭い突きや斬撃が俺を掠めて、苛立ちと焦りが生まれる。


「ふっ、たああ!」


「くっ、ぐぐ」


 ランスの剣が腹に当たった。痛みを感じる暇もなく次に肩を突かれる。防御が間に合わず、小さな鈍い痛みが募った。防戦に徹しながら、反撃の機会を伺う。雪崩のような絶え間ない斬撃と突きだったが、相手も疲れる。


「行くぞ」


 低く宣言して思い切り踏み込んだ。ランスは俺が振り下ろした剣を剣で受け止めたものの、力を受け流しきれずに、地面に沈んだ。


「勝者、モーガン」


 教師の宣言で体中から力が抜ける。転がるランスに近づくと、彼は目を閉じて意識を失っていた。


「……寝不足だあ?」


 医務室にランスを担ぎこんだ俺は、すっきりした顔で起きたランスを睨んだ。


「すまない。学科試験が近いから、ノートを作っていた」


「お前、成績いいんだから、そんなことしなくても主席だろ」


「……メル用に。進級が危ないと言っていただろう」


 申し訳なさと嬉しさが同時に生まれる。教養科の時に学科試験の勉強を共にするようになって以降、ランスが俺のために費やしてくれた時間は多い。


「悪い」


「いいんだ。メルと一緒に進級したい」


 率直で素直過ぎる台詞だった。


「はん、お前、俺と、ローズちゃん以外友達いねえから」


「ローズ先輩だろ」


「ローズちゃん先輩な」


 照れ隠しに揶揄う俺に、ランスは静かに目を伏せてはにかんだ。





 夕方、巡回を終えて繁華街入口の詰所へ戻る途中、犬を連れたローズに会った。コタロウに良く似た色の毛皮の上着を着こみ、マフラーを口から耳まで巻いている。


「よう、寒いな」


「あれ、メルさん、ガンメタールさん」


 北風で赤くなった鼻先をのぞかせ、ローズが大きな目を細めた。


「いつぞやと同じ面子じゃのう」


「ああ、そういえば、そうですね。今日も花のやに行くんですけど、ガンメタールさんもご一緒にどうですか」


 ガンメタ爺さんはにやっと意味深に笑って、俺を見上げる。


「わしは家で家内が待っておるからのう。このメルを連れて行ってくれ」


「おいおい、爺さん。俺にも予定ってもんが」


 ランスの顔がちらついて断ろうとしたが、俺の足にじゃれついていたコタロウが逃がさないとばかりに軍靴に齧りついている。


「噛み痕付けんなよ」


 笑いながら抱き上げるとコタロウは顔を舐めて来た。すっかり懐かれて、悪い気はしない。


「ふふ、シアもメルさんに会いたがってたわよ、先に行って待ってる」


 ヒラヒラ手を振って去って行く一人と一匹を横目で見送った。


「俺、行くって言ってねえし」


「予定なんぞなかろう」


 ガンメタ爺さんの問いかけは無視する。詰所に戻って私服に着替えた俺は、結局花のやを訪れた。


 花のやは盛況だった。食欲をそそる香りが立ち込めている。カウンターの向こうでは、アルコールランプの弱火の上に、小さな鉄鍋が乗って煮込まれていた。


「ナックルが読み散らかした本を片付けないから、注意したの。そうしたら、まだ読むからって」


 興奮して頬を紅潮させたローズの足元では、コタロウが丸まっている。シアさんは俺が現れたらローズを任せて調理や給仕に忙しそうに立ち働き始めた。


「まあ、なんつうか、ナックルせんせいは気を引かれることがあったら、他が留守になっちまうんだろうな」


「そう、そうなのよ。別に彼の性格は変わらないから仕方ないけど、散らかした本は毎回セイラが片付けてるのよ。当たり前みたいにうちの子を片付け要員にしないで欲しいわ」


 彼女は抗議しつつも鍋に舌鼓を打っていて、忙しない。


「まあな、セイラもナックルせんせいの世話だけしてりゃいい訳じゃねえしな」


 同意しつつグラスを傾けた。


「そう! もう、メルさんてば話が通じるんだから」


 俺の肩を遠慮なく叩くローズを、横目に眺める。下ろした黒い髪が首から背に柔らかそうに流れていて、びっしり生えた睫毛は上向きで、精巧に作られた人形のようだった。


「まあでも、ナックルせんせい、宿舎じゃ、感謝されてるぞ」


「ええ、そうなの」


「ああ。離婚して出戻ったヤツがいて、いびきが酷くてな。ただでさえ寝れてねえランスが切れそうになってた時に、横向きで寝ろ、寝酒をやめろって助言して、手持ちの薬も渡してた。だいぶましになって……て、ローズせんせい?」


 碧色の目に俺の顔が映り込んでいる。じっと俺を見つめる彼女から、そっと視線を反らした。


「ナックルが医師としては、優秀なのは知ってる。だから、イーサンせんせいの代わりにって推薦したんだから。でもなんか、メルさんにまで評価されてて腹立たしいわ」


「ハハハ、なんだよ、それ。アンタも俺に評価されてえのか」


 子どものように唇を尖らせるローズに、伸びそうになる手をポケットに突っ込んで止めた。花のやのカウンター席は隣同士が近い。


「最初の診察で私の助言を聞かなかったこと、忘れてないからね」


「おう、そんなこともあったな」


 さり気なく身を退いて距離を取ろうとする俺に、ローズがずいと身を乗り出して近づいてくる。


「ありましたっ。肩はどうなの?」


「大丈夫っつうか、もう、治ってるし。無茶もしてない」


 半眼になる彼女の肩を自席の方へ押しやって、俺はグラスの中身を煽った。不思議なことにかなり飲んでいるが、酔いが回っていない。鍋の残りをさらった。じっくり煮込まれた根菜は最後まで熱い。


「そ、良かった」


 ふにゃっと笑うローズから視線を反らした。


「だらしない顔で笑ってんじゃねえよ、酔っ払い」


 小声でぼやく俺の腹部に、拳が軽くめり込んだ。


「失礼なっ」


「そうよ、ローズの素の笑顔よ。かわいいじゃない」


 手が空いたシアさんが真顔で割って入る。


「ねえ、そうだよね、かわいいローズちゃんですよ」


 二人揃うと互いへの親愛があふれ出て面倒臭い。俺は肩を竦めて口を噤んだ。


 店を出ると、冷気が肌を刺した。


「せんせいも忙しいだろ」


 コタロウのリードを預かり、相変わらず飲んでも店を出たらしっかりした足取りになるローズの後ろをついて行く。


「アーオ」


 代わりにコタロウが鳴いて答えて、飼い主は柔らかな笑い声を上げた。


「ふふ、ランスさんほどじゃあないけど」


「医局長になんのか」


「ううん、代理。医局長はね、官吏だから。官吏登用試験に受からないとダメなの。私じゃ難しいかな……ナックルならきっと受かる」


 リードを強く引いて、コタロウが道端の草むらへ行こうと踏ん張る。


「代理でも大変だろ」


「うん、まあね。責任者なんて全然柄じゃないけど、他にいないから仕方ないわ。イーサンせんせいにも、医局は引き継ぐって約束しちゃったし」


「そうか」


 コタロウのしたいようにさせてやろうと立ち止まっている俺に気づいたローズが、踵を返して戻って来た。


「ねえ、メルさんさ。今さらだけど……改めて、ありがとう」


「なんだよ、急に」


「助けに来てくれて、ほっとした。迷惑かけてごめん」


 ちょこんと子どものように頭を下げたローズの頭をじっと見つめる。


「あん時も、ランスは今以上に、青白い顔して、死にそうになってたぞ」


 彼より先に動いてしまった自分を恨めしく思い出し、軽く言った。ランスの一途さは今も昔も変わらない。勢い良く上体を起こしたローズは、暫し考え込んだ。コタロウがさあ行くぞと戻って来て歩き出す。ローズは横に並びつつ、地面に視線を落としてはにかんだ。


「心配してくれたんだよね、すごく。ランスさんて過保護なお父さんみたいだから」


「お父さんってなんだよ。ランスが聞いたら泣くぞ」


「えー? ふふふ」


 弾んだ足取りで先を行くローズの背を、追いかけた。

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