第4話
寝台、棚、机だけが置かれた部屋に案内されたナックルは、薄汚れた鞄を放り出した。騎士用宿舎だけあり、長身の彼の足もぎりぎり収まる大きな寝台に、音もなく腰を下ろす。
「いい部屋だ」
「ちょうど年末に掃除したとこだったんで、まだ綺麗っす」
案内役を押し付けられたルークに、ナックルは重々しく頷いた。
「うむ、ワーロングの家より片付いている」
ナックルの台詞に頬を引きつらせ、ルークは両腕を頭の後ろで組んだ。
「なんすか、せんせいの家行ったっつう、マウントっすか」
眼鏡の奥の目を瞬かせ、ナックルは小首を傾げる。
「彼女の家に行くことに価値があるのか」
ルークはかっと目を見開いて、ナックルを睨みつけた。
「あるに決まってるじゃないすか。コタロウもいるし!」
しきりに首を捻るナックルにそれ以上ローズについて話すのはやめ、宿舎内の規則について説明した。
「食事は時間が決まってて、時間外は頼めば軽食を作ってくれます。騎士はシフトが不規則なんで、宿舎にいる時は静かにっつうのが一番言われますかね」
「なるほど、承知した」
「ちょうど、夕飯の時間っすけど、食いますか」
「そうだな、行こう」
食堂で席に着く見覚えのないナックルに、騎士たちの注目が集まる。
「おい、ルーク、誰だ? 新人……じゃねえよな。時期過ぎてるし」
第二部隊の先輩騎士に声をかけられ、ルークは立ち上がった。
「ええと、この人は、医局のナックル・リーせんせいっす。今日からここに住みます」
食堂に集う騎士たちに話せばだいたい全体に伝わるだろう、雑だが効率的な告知をしたルークは、ぼんやり座ったままのナックルに目配せをする。
「なんだ?」
「挨拶した方がいいっすよ」
素直に立ち上がったナックルは、食堂内を見渡して静かに言った。
「ナックル・リーだ。今日から世話になります」
軽く会釈をするナックルに、先ほどの騎士が問いかける。
「医師がなぜここに住むんですか」
「使用人宿舎に空きがなかった」
着席しながら答えるナックルの隣に、第二部隊の騎士が座った。向かいに陣取ったルークは、黙って食事を始める。
「だからってここに? 確かローズせんせいは通いだったよな」
ローズが訓練場の脇を通って出勤、帰宅する様子は騎士たちの間で有名だった。
「ローズ……ワーロングはクララだったような」
呟いたナックルをチラリと見て、ルークはため息を押し殺す。
「ローズ・ワーロングせんせいっすよ。覚えてください」
第二部隊の騎士は胡乱な眼差しをナックルに向けた。
「おい、ルーク、この人本当に医師なのか」
「そうっす」
短く答えるルークにかぶせるよう、ナックルが言う。
「ワーロングの家は散らかっているし、こちらの方がいい」
しみじみ答えるナックルにこれ以上質問しても期待した応えは返らない、そう気づいた騎士は黙ってトレーの上の食事を平らげた。
ランスロットが目を開けると、窓の外は夕焼けのオレンジに染まっていた。跳ね起きた彼の目に、壁に掛けられた白衣が飛び込んで来る。人の気配はなく、部屋の隅にあるストーブが薄く明るい。
「何時だ」
呟いてポケットに入っていた懐中時計を取り出す。ぼんやりしていた思考が忙しく巡り出すのを感じた。彼が立ち上がった時、扉が開いてローズが顔を出す。
「おはよう、ランスさん。良く寝れましたか」
「はい、長時間お邪魔して申し訳ありません」
丁寧に腰を折るランスロットに、ローズは椅子を指示した。
「一回座ってください。まだ、帰っちゃダメ」
素直に座ったランスロットに近づいたローズは、夕暮れの薄明りで目を凝らす。顔色を診ているのだと理解していても、騎士の首と耳が熱を持って染まった。
「うん、良くなった。睡眠て本当に大事よね」
「はい、仰る通りです」
「体力があるからって無茶をしたらダメですよ。いつなんどき、監禁されて一日一食にされるかわからないんだから」
数か月前、ミシェルに拉致監禁された過去をサラリと苦言に使うローズに、ランスロットは静かに首を横に振る。
「無茶をしているつもりはなかったのですが」
「ああ、ランスさんてそういう人ですよね。他人のことは良く見てるのに、自分のことは後回し」
思い当たる節があり、ランスロットは言葉に詰まった。
「異動する前に自分が築いた仕組みをできうる限り資料として残したい。他人のためではなく俺の意地みたいなものです」
彼は視線を彼女の柔らかそうな太腿辺りに落とす。ローズは寝起きで乱れた彼の金色の前髪に手を伸ばしてそっと払った。息を飲んで顔を上げたランスロットは、灰色の瞳に陶然とした色を上らせる。
「相変わらず真面目だね」
囁いた彼女の手首を掴んだが、ローズは微笑んだまま動かない。見つめ合ったまま流れた沈黙はすぐに破られた。カリカリと扉を引っ掻く音が聞こえる。
「せんせい、部隊長さんは起きましたか? 第一の騎士が呼びに来てます」
「んん、ええ、起きたわ」
ランスロットはローズの手首を解放し、額にかかる髪を整えた。ローズが扉を開けると、コタロウが飛び込んで来て彼女の足に擦り寄る。
「コタロウも起きたのね、お散歩かなー」
屈んで愛犬の背を撫でるローズの隣に、ランスロットが寄り添うよう屈んだ。
「せんせい、お世話になりました」
「うん」
気負いのない静かな返事をするローズと、彼女を緩んだ目で見るランスロットを、コタロウのリードを持ったターニャは、好奇心と興奮の滲んだ表情で見守った。




